◇475 -幻楼庭園-1



 すぐに壊れちゃう。そう思っていたけれど、そんな事はなかった。苦しいとか、辛いだとか、そういうのも今はない。

 実感がない......実感が湧かない......に、なるのかな?


 私は夜楼華の毒と魂魄を───妖力も生命も、喰べた。



「......、......」


「───おい」


「!? ......エミー、なんでまだ居るの?」


「お前何したんだ? ......髪そんな長かったんだな」


 編み束ねていた髪が解けていた。


「うん......それより、エミーは何ともない?」


「あ? 別に何ともないぜ。お前の方ヤバそうだったけど何したんだ?」


 エミーは何ともない......狙った通りに、狙った対象に能力を使えたんだ。よかった。


 私は魂魄に夢喰ユメクイ、夜楼華には前喰カコクイを使った。

 夜楼華の毒は現喰イマクイでは食べられないモノだったので、蓄積されているモノなどを対象とする前喰カコクイ

 効果違いの能力を連続で使うのが初めてだったから制御が不安だったけれど、上手くいってよかった......。


 眠喰バクという妖怪種に産まれ、種族の中でも特別な体質、性質を持つ私は能力効果を三種類も備えている。能力を三種ではなく能力の効果が三種......一種でもいっぱいいっぱいなのに三種なんて、という気持ちは今も消えない。でも、三種あってよかった、という気持ちも確かにある。


「今、私は能力を使って魂魄も夜楼華の毒も、全部喰べたんだ......」


「その喰べたってのが意味わかんねーんだよな。食ったもんはどこにいくの?」


「基本的には打ち消す、消滅させる。でも流石に量も質も桁外れだから───......残っちゃった」


 残った。自分の中に。

 これを言葉にした途端、蓋が壊れたように涙が溢れ出てくる。

 魂魄と夜楼華の毒を体内に抱えた私は───悪霊化してしまう。





 クソネミは魂魄と毒を喰ったって事か。

 妖怪が魂魄を求めて悪霊化......クソネミも妖怪だ。


「喰った結果、どーなるかわかっててやったんだろ?」


「...........うん」


 どうにも後悔を感じる返事。

 しかしもう遅い......クソネミの髪は上から徐々に赤へと染ま始め、眼───瞼などには赤いクマが薄っすら浮き上がる。


「自分でそうするって決めて、喰ったんだろ?」


「...........うん」


「そうか」


 それならしゃーない。自分で考えて、自分で決めた事だ。実際、クソネミがいなかったら100パーセントわたしは死んでる。わたしだけじゃない。アホ魂魄が夜楼華に入り込んで華を咲かせて毒が溢れてシルキは死亡だった。

 あれだけ浮遊してた魂魄も今は無いし、毒が無くなった夜楼華は咲く。停滞、枯渇していたマナが巡回してシルキは潤う......一時的に。


 助かったには助かったけど、何の解決にもなってねーんだよな、こんなの。

 それに───


「なぁクソネミ。お前さ」


「......?」


「自分で決めた事なのに、なんでそんな辛そうなんだ?」


「え───何で.....って......」


「言わなきゃわかんねーぞ。私はスノウとかお花妖怪と違って、クソネミとは数日前に会ったばっかりだからな。察してくれなんて無理な話だぜ?」


 察してくれもなにも、誰だって死にたくねーよな。喜んで死ぬヤツは頭がイカレてるヤツで、クソネミは頭がイカレたヤツじゃない。

 それでも聞いておきたい。

 クソネミ......お前は “どっち” を言う?


「......能力を使いすぎてちょっと、辛い、かな。胃もたれみたいな感覚って思ってくれていい。時間経過で治るよ」


 コイツ......どう生きてきたらこんな性格になるんだよ。泣いてる事を必死に隠して笑って、一番辛い事を押し殺して......。

 自分で選んだ事ならいいじゃん。そう思うし今もその思いは変わらない。でも、選択肢がほぼ無い状態や選びたくない事を選ばなければならない現実は───クソだ。


「......夜楼華の花弁はゲット出来たし、わたしは戻るぞ。お前はどうする?」


 って決まってるよな。どう考えても今もお前は、動く夜楼華───昔話に出てきた幻想楼華 様に王手かけてるもんな。


「私は......ここに残る」


 だよな。下手に動いて街で悪霊化なんてしたら毒ばら撒いて暴れるヤツになるもんな。


「残ってどーすんの? 永遠に夜楼華の代わりになんの?」


「うん......それしかないよ」


「あっそ、勝手にしろ───って言いたいトコだけど、お前の愉快な仲間達はどーすんだ? なんて説明すりゃいい? なんでクソネミちゃんを 見捨てたの! なんて言われたらわたしブチギレんぞ?」


「.........」


「10分くらい待ってやるよ、その間に後始末考えろよ」


 夜楼華の幹に背を任せ、わたしは寝るように座りクソネミの心を揺らし続けた。

 死にたくねーだろ?

 愉快な妖怪達ともっと遊びてーだろ?

 なんでお前がひとりで損してんだよ?

 なんで相談しないんだよ?

 多分、お前からのお願いなら妖怪達は聞いてくれると思うぞ?

 わたしは性格いいから、お前がちゃんと言ったら考えてやるよ。


「自分の中で答えが出たら起こしてくれよ。んじゃおやすみクソネミ〜」



 わたしは夜楼華に寄りかかり、帽子で顔を隠して闇魔術を詠唱、発動させた。





 やっぱりこの魔女の言動は理解できない。必要だった夜楼華の花弁も手に入って、今の夜楼華は開花しても毒はない。もう用はないのに、どうしてここに残るの? まだ花弁を使った結果を聞いていないのに、どうしてそんなに安心しているの? 今すぐにでも京へ戻り、仲間の容態を確認したりしないの? 夜楼華に背を預け、本当に眠ってるの? 理解できない。


「.......」


 私も妖怪じゃなく人間として、和國ここじゃない国で産まれていれば、あんな風になれたのかな?

 いいや、私じゃ無理か。自分の願いはおろか、夢もクチに出来ないような......願い、、、


「エミー」


「あーん? 言い訳決まったか?」


「あの、」


「あ? ハッキリ、サクッと言えよ」


「あの、お願いがあるんだ」


「ほう、何だ?」


「私が......私が悪霊化しちゃう前に、エミーの手で殺してよ」


 これが一番いい。悪霊化して暴れて、毒を散らすような真似はしたくない。

 きっと魔女の仲間が私の仲間も助けてくれているハズだし、これで私が死ねば一時的でも夜楼華は廻る。その間に何か方法を考えてくれるといいな。


「そのお願いを聞く前に、質問させてもらうぜ」


「? なに?」


「お前をわたしが殺したら、ウンディーとシルキが戦争なったりしないの? 一応アレなんだろ? 眠姫って呼ばれてるんだろお前? 殺すのはいいけどみんなに面倒事が残るようならだりーなって」


「悪霊化したって説明すればきっと大丈夫」


「そか、んじゃサクッっと行くぜ」


 .......これで、終わっちゃうんだ。

 私はこれで、こんなに簡単に......終わっちゃうんだ。

 みんな怒るかな? 泣いてくれるかな?

 悪霊化って言ったら納得しちゃうよね......。

 ごめんね。私が勝手にアヤカシにしちゃったせいで長年付き合わせて......置いていくように終わらせちゃって........最後にみんなのために動けてよかったよ.......何も出来ないまま終わらなくて.......。



「じゃーなクソネミ。成仏しろよ」


「───」



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