◇469 -摩天楼 4階-



 3階はアヤカシだか妖怪だかの巣窟と化していた。造りも部屋が多く溜まりやすい構造だったんだろう。1階2階と比べて魂の量が少なかった、が狂ったアヤカシ達はその事にさえ気づかず3階をぐるぐる徘徊していたのだろう。それに比べて4階は───迷子にさせる造りだ。

 あっちへ進んでも分かれ道、こっちに進んでも分かれ道、部屋もなく魂も見当たらない。


 夜楼華の開花が早まったというしし屋からの───療狸発信の───情報はわたしの気持ちを焦らせる。クソネミも仲間が楼華の毒を食らっているので同じく焦っている様子。ヘソは───4階を進んで少し経った辺りからわたし達とは違う焦り......とも言えない何かを浮かべていた。


 蓄積した毒素を結晶化させず溜め込んでいる夜楼華の開花は、終わりを意味する。

 蕾が生った程度でこの騒ぎ、花が咲けば人間はアウト。毒素が眼に見えないというパンデミック顔負けの感染力と殺傷力を持つ霊樹......そういえば世界樹せかいじゅが死んで地界全体のマナの量や濃さにも異変が起こり、モンスターのレートも変動してるとか結構前に聞いた。

 それで冒険者のランクの見直しや、表記の変更。モンスター図鑑更新のため、モンスター情報は普段より高値で取引されているのか。

 マップデータとそのマップ詳細───異変なども今や立派な金策になる。っと、そんな事考えるのは今このシルキから全員無事に帰れてからでいい。とにかく今は夜楼華問題を解決しない事には冒険者ランクも金策もない。


「チッ、またかよ」


 進み続けていたわたし達の前にまた分かれ道が。


「......こっちだ」


 ヘソは分かれ道の度、道を選択していた。しかし全く終わりの気配がなく、しびれを切らしたわたしは、


「まてまて、まて。さっきからサクッと道を決めてるけどテキトーだろ? 今度はこっち行ってみようぜ」


 ヘソとは逆の道を指差した。別にヘソのせいで迷ったとは言わない。しかしまぁこれだけ走っても全く終わる気配がないのは同じ道をぐるぐる回っているからだとしか思えない。まるで純妖精エルフの都へ行く前にあった迷いの森だ。

 迷いの森よりもダルい点は幻想術などではなく、そういう造りという点と、何かを感知しようにも夜楼華の存在感が濃く大きいため感知もまともに出来ない。ま、元々感知は苦手分野だけど。


「適当に決めてたワケじゃないんだ。そこの分かれ道、よく壁を見ると傷があるだろう?」


「傷?......まぢだ。傷あんじゃん」


「本当だ。全然気付かなかった」


 本当に傷がある。武器で削ったような傷ではなく......爪か何かで押し書いたような傷。でもこの壁は爪じゃ無理だ。硬い何かを押し付けて引いた傷跡。


「木材に鉄屑を押し付けて動かすとそういう掘ったような傷が出来る。俺が昔住んでた場所じゃ、木片に鉄屑を使って文字を書くように傷つけていたんだ」


 なるほど、確かに木に鉄を押し当てて引けば掘ったような傷が出来る。木に石で傷つける要領と一緒だが、鉄だからこそ一撃で深く傷つける事が出来て何度もやらなかった分、必要以上に傷つける事もなく気付くのがムズい仕様になってたのか。


「んじゃヘソが決めた方で問題なさそうだな。全然終わんねーから同じトコ回ってんのかと思ってたぜ」


「ごめん、言えばよかったな」


「道が決まったなら進もう。時間が惜しい」


 やはり余裕がないクソネミはすぐに進む。わたし達もダラダラしていられないので進むしかないが、クソネミの焦りは流石に心配になるレベル。

 多分クソネミは......考え込んで潰れやすいタイプだろう。スノウ達がそれを上手い具合に中和してた〜みたいなノリか?


「......エミーがさっき言ってた夜楼華の開花が早まったかもって話、多分本当だと思う。それも凄く早まってる」


「「 !? 」」


 走り進みながらクソネミは続ける。


「さっきから魂魄が減ってる。見える魂魄じゃなくて、感知できる魂魄が大きな妖力に吸い込まれるように消えてる......魂魄が夜楼華に無理矢理入り込んでるんだ。いくつか悪意を持つ魂魄───死んでしまったなら生きている人達なんてどうでもいいって意識を強く持つ魂魄がある。その意が周りの魂魄にも伝染するように広がり、無理矢理夜楼華へ入ってる」


「性格地雷な魂だな......つか、そんな事までわかんの?」


「わかる。その魂魄は新しい───最近死んた誰かのだから、他の魂魄よりハッキリ感知出来る。夜楼華があるのはこの上だから、夜楼華を感知して進むのは難しいんだけどね」


 確かに上に夜楼華はある。それはわたしも分かる。そして夜楼華をゴールにこの迷路じみた4階を進むのは不可能だ。ゴールが真上にあっても道は真上にはない。


「私達が予想しているよりも早く夜楼華は開花する。あと数十分もない」


「数十分もない!? やべーな。アヤカシ相手に遊んでる暇なかったじゃねーかよ」


「エミー、アヤカシじゃなくて妖怪! さっきも間違えてたけど、そこは間違えないで」


「あ? どっちも一緒だろ」


「一緒じゃないんだ!」


 はぁ? なんでコイツはキレてんだ?



「時間がないんだ、喧嘩は全部終わってからだ。俺が先頭を走る、分かれ道で足は止めないから付いてきてくれ!」


「へいへい」「了解」


 そこから何本かの分かれ道を通過し、道幅が広く───下の階と同じ幅広の廊下になったが、ここまで来るのに数分かかった。開花までの時間がジリジリと迫る今、一気に4階......だけじゃなく5階も通過したい。

 が、そう上手く進まないのが世の中だ。4階広間───5階へと続く階段の前に、誰かがいる。魂魄やモンスターじゃなく、誰かが。


「今度は何のアヤカシだぁ? クソネミ、アイツ何だ?」


 人の姿をしている事から3階にいたアヤカシ───じゃなくて妖怪か───の一種だろう。


「あの人は......人間!? それと、アヤカシじゃなくて妖怪! アヤカシは───」


「わかったって、つーか何で人間がピンピンしてんだ?」


「私にもそれはわからないけど、サクラ病にかかってないなら早く京きょうへ避難しないと.....あの人も危ないよ」


「時間ねーってのに.......。おいお前! なんでここに居るのか知らねーけど、さっさと京へ帰れ!」


 人間が毒の餌食にならない時点で妖怪かアヤカシだろアイツも。髪長いし白いし、妖怪白髪マンか何かだろ。


「......帰るのはお前らだ。さっさと行けば見逃してやるよ」


 長髪の後ろ姿で性別の判断が出来なかったが声は男。その男はわたしの言葉へ返事しつつ振り向いた。


 長い白髪はくはつと拘束具めいた黒い服。両眼を隠すように黒布が巻かれている───どこか異質な雰囲気を持つ男。人間でこの雰囲気は絶対にない。つまりコイツも、


「お前も塔のヌシかよ.........時間ねーって言ったろ? 邪魔すんなら消すぞ、眼隠し白髪野郎しらがやろう


 ナメた態度とりやがって、何が見逃してやる、だ。京までぶっ飛ばしてやってもいいんだぜ? クソ眼隠し眼帯野郎。


「エミー。ここは任せてくれないか?」


 戦闘する気満々だったわたしの前に出るように、ヘソは一歩進み言った。視線は謎の眼隠し人間へ向けたまま。


 わたしはクソネミに「行くぞ」の合図を送り、眼帯野郎にはどうせ見えないだろうと中指を立て、可能な限り足音を立てず5階へ向かった。





 グルグル眼鏡が言った通り、本当にここへ......青髪帽子の小さな魔女が現れた。

 あの魔女を殺せば、俺もやっと終われる......のに、クチから出た言葉は 見逃す だった。


 きっと俺があの魔女を殺せなくても問題ない。あのグルグル眼鏡は───自分が楽しい思いをしたいがために、俺へあんな話を持ち掛けたんだろう。そこまでわかっていてただ乗るのはしゃくだ。少し魔女を泳がせてから殺っても問題ないだろ。

 あの魔女を夜楼華の元へ行かせたくない理由があるんだろう? だったらお前が自分でどうにかしろ、グルグル眼鏡。俺はあの魔女が夜楼華の元に到着し、何かをしてからなら、殺してやるよ。



「.....追わなくていいのか?」



 それまでここに残ったアイツに、時間潰しの相手をしてもらうとする。


「俺がお前を殺してすぐに追えばいいだけの話だ。下もここと同じように、ひとり残して登ってきたんだろ?」


 誰だか知らないが、ハズレくじを引いたと思って諦めてくれ。


「俺を殺して、か.....ずいぶん変わったな。お前」


「───?」


 誰だ......俺を知ってる誰かか?

 猫人族ケットシーの知り合いはいない。さっきの魔女とは違う濃い青髪の男......猫と言うより犬のような耳と、肌には妙な模様。

 歳は同じくらい.........いや、今更知り合いに会ったとしても何の意味もない。

 思い出そうとするだけ無───


「お前とやるのは何十年ぶりだ? 俺に勝てるまで強くなったか? トウヤ」


「───お前.........カイト、か?」



 なんでお前がここにいるんだ?


 お前は───デザリアの騎士になってひとりでも多くの人を救ってるハズだ。



 何でお前が、ここにいるんだよ......。



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