◇453 -醜悪な大神族-



 エミリオ達が空間魔法で楼華島サクラじまから京へ飛ぶ少し前、大神族、大妖怪、四鬼が竹林道を震わす。

 もう会話など必要ない。そう言わんばかりの視線を向ける大妖怪と四鬼に対し、道に出来た水溜りを鬱陶しく思うような表情を浮かべる大神族。大妖怪─── 滑瓢ぬらりひょん螺梳ラスは腰のカタナを閃かせ、四鬼しき 八瀬やせは強く握った拳をブレさせる。どちらの速度もまばたきの間だが、大神族─── 観音かんのんは難無く回避し、お返しの打撃を2人へ見舞う。

 螺梳はギリギリで回避するも頬を掠めた風が薄い切り傷を残す。八瀬は左腕で防御するもたった一撃の打撃で左腕の骨が軋み砕ける。


「フム、鬼のお前は腕が折れたぞ」


 確かな手応えと音を感じた観音は満足そうに笑うも、2人は一歩も引く気がないらしく、螺梳は抜いたカタナの刀身に青色光ならぬ、水そのものを纏わせる。渦潮の如くうねる水は斬撃と共に観音を斬り押し、渦は広がるように散る。

 竹を切断する水の威力、何十本もの竹と共に散る観音の血液が地面に落ちる。


「.......フム」


 螺梳は剣術の手応えを確かに感じていた。しかし観音は何事もなかったかのように、声を響かせ身体を起こす。


「妖力を高め研ぎ澄ませた者のみが使える妖剣術か......美しい。その属性の色に発光するのではなく、属性そのものが現れる。剣術と妖力を高めなければ出来ぬ達人芸。流石は滑瓢ぬらりひょんだ」


 剣術で受けた広く深い傷が見る見るうちに塞がり治癒される。療狸から奪ったと思われる微力の治癒再生力に自身が持つ治癒力を合わせた事により、本来よりも早く傷が治る。しかし治りでは鬼も負けていない。八瀬の砕き折られた腕は観音が吹き飛んだ頃再生が完了、すぐさま背後へ回り込み、渾身の打撃を観音の背へ打ち込んだ。

 戦闘に特化した種である鬼の中でも温厚......とは言えないが自ら実戦を行うよりも頭脳面で指揮を取る八瀬だが、今は鬼の本能に従い大神族を討つべく角を晒し牙を剥く。


「大神族っていうのは案外脆いんだな?」


 他の四鬼や鬼と違い、普段あまり感情的にならない八瀬だが、今の表情を鬼達が見れば驚くであろう。それ程までに感情的な表情で行動した鬼の腕は大神族を背後から貫き、真っ赤に染まる手の中には折り抜いた肋骨が見える。

 ゴロゴロと重く粘土のある吐血音、か細い呼吸で背後の八瀬へと意識を向ける観音。喉に迫り上がる血液が言葉に蓋をする中でも尋常ならざる殺意の視線を八瀬へ突き刺す。


「一点集中は観音おまえの悪い癖のひとつだ───前見ろよ」


 ぐちゃぐちゃと痛々しく生々しい音と共に八瀬の腕が肘まで露になり、八瀬はそのまま観音を抱くように腕を折り叫ぶ。


「このまま殺れ!」


 剣術硬直が終了した螺梳ラスはすぐさま次の剣術───螺梳が最も得意としている型、居合剣術を構える。

 腰の鞘へカタナを納め、姿勢を低く構える居合。以前、半妖精のひぃたろが蜘蛛ギルドのギルドハウス───と呼ぶには広すぎる屋敷で披露した居合剣術とは全く比べ物にならないほど、螺梳の居合は隙も無く型の段階でこれが本物だと思える雰囲気を納めている。


 滑瓢ぬらりひょんは鋭く、短く、息を吸い右腕を煙るように振る。一閃の剣線が走り、ピタリと停止した後にカタナの刀身を包む薄い水が波紋を広げる。

 すると観音は腹部から血液を噴射させ中身はこの場に押し出される。背の皮一枚を残しカタナを走らせた螺梳は「離していいぞ」と八瀬へ言い、カタナを納める。

 支えを失った観音はその場に倒れ折れる際、上半身と下半身が分散。おびただしい惨状に立つ滑瓢の白髪は返り血に染まっていた。


「狙って斬ったのか?」


 右腕を振り、付着した血液と折り抜いた肋骨を捨てる八瀬の言葉に螺梳は散らばる観音から視線を外し頷いた。


「俺は何でもかんでも斬る訳にもいかん。殺すつもりが無くとも俺が与えた傷が決定打になり、命を奪ってしまえば......俺だけじゃなく、俺に関わってくれた人達も大変な事になるからな」


「それは一体どういう───螺梳!」


「なんだ? ───もはや大神族じゃなく腐敗仏はいぶつだな」


 勝利したと思っていた2人の背後で、大神族 観音はおぞましい姿を晒した。

 穏やかな表情で瞳を閉じ、身体は数倍にまで肥大化。下半身は虫であり、背には大輪の菊を広げ数十本の腕を生やし、腕や顔には彼岸花の刺繍を持つ化物。

 数十本の腕が観音の頭を掴み捩じ切ると、新たな顔が、今度は身体のサイズにあった顔が現れる。胴も肥大化している事で頭のサイズに違和感は無くなったものの、どう見ても化物でしかない姿に2人は汗粒を滲ませる。


「腕はそのままでいいのか? 細すぎると思うぞ?」


 螺梳の言葉にピクリと反応したものの、言葉は返ってこない。

 言葉の代わりに、無数の腕が掌を2人へ向け、雨のように一斉に降り落ちる。

 巨体となった観音から繰り出される無数の掌底は恐ろしく重く、氣と呼ばれる無属性妖力を纏う腕は虚空を圧し空気弾のように撃つ。

 広範囲であり、空気の歪みでしか判断出来ない空気弾、その後に続く重い掌打。回避はおろか防御も不可能な集中攻撃に対し、2人は迎撃という姿勢を見せた。


 しかし、風のように速い影が2人を引き、観音の攻撃は地面を深く陥没させるだけで終了した。


「間に合ったな───邪魔したかな?」


 京からエミリオの空間で飛んできた烈風が、速度を大幅に上昇させる能力を惜しげも無く使い2人を掌打の雨から拐った。


「いいや、いいタイミングだ」


「流石に鬼でもあの集中連撃は不味い。助かった」


 迎撃体勢をとっていた2人も、参戦と同時に救出行動をとった烈風へ安堵の声でお礼を言い、観音を睨んだ。


「......、......、、差し出しなさいな差し出しなさい。夜楼華を頂こう、差し出しなさい」


 観音は空打ちした地面を見るも既に興味は夜楼華へと移っていた。

 療狸を狙った理由も最終的には夜楼華を我が物にするため。しかし今、螺梳と八瀬の攻撃が予想を遥かに越え痛手を負った観音は抑え込んでいた力───腐敗仏めいた姿を晒した事により療狸の力など既に不要とも言える。


 命彼岸の種を体内へ植え、体内で育て、身体中に根を生やし、本物の神になろうと頂きへ手をかけた者の末路───腐敗した大神族であり、腐敗仏を越えたものの大神族の力が未知な働きを見せ、妖魔にもなれず醜悪な神の贋作となった観音はその巨体を摺り、何処かへ進み始めた。


「夜楼華は甘味か甘味か、魂魄は甘味で甘露。種を植えましょう、種膣は何処 何処に?」


 数十本の腕を落ち着きなく動かし、観音は夢幻竹林を進む。


「......、京へ戻ろう」


 観音の眼に最早自分達は映っていないと判断した螺梳は帰還を提案し、烈風はすぐにフォンでエミリオへと連絡を入れる。


「夜楼華の件もあるうえに化物の徘徊......下手に追って全滅するよりも、避難を優先ですね」


 眼鏡を装備し、臨戦態勢から解放された八瀬は口調も戻り、烈風が通話を終えると少し離れた位置に空間魔法が展開された。




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