◇447 -狸の使い-



 夜楼華が蕾を宿した。

 これがどれだけ大きな事なのか、わたし達ウンディー勢にはハッキリわからない。しかし、モズに斬られたチームエミリオのメンバーが一層に苦しみ始め、さっきまで起きていた音楽家も今はみんなと変わらず苦しんでいる。


「私も少しだけ気分が悪い事、今苦しんでいるメンバー......夜楼華は人間に対して何らかの影響を与えるのかしら?」


 気分が悪いと言いつつも冷静に分析を始める半妖精のひぃたろ───ハロルド。

 さっきまで外で会話していたキューレも今は話す事も出来ぬ程、苦しそうにしている。


「くっそ......サクラの方もどうにかしたいのに、夜楼華まで......どうすりゃいいんだよ」


「........」


「あ? なんだプー? さっきからこっち見てっけどお前も何か考えろよ」


 わたしをジッと見ていたプー、魅狐プンプンへ妙な言い方をしてしまった。多分、プーもそれなりに考えているハズだ。

 それなのに、わたしはそんな言い方をしてしまった。それに対しプーは、


「うん、でもその前にエミちゃんは落ち着きなよ」


「は? 落ち着いてるぜ、そんな事より───」


「いいや、落ち着いて冷静になりなよ。何があったのか知らないけれど、エミちゃんは起きてから変だよ。空元気......ともまた違う......不安みたいなものを必死に噛み潰そうとしてる」


 まさにそうだった。自覚もしている。

 あの空間でエンジェリアに何百回と殺され、わたしの中にあった自信は砕かれた。プライドってやつもぐっちゃぐちゃのズッタズタ。魔女として覚醒した? 魔力が全て魔女力になった? 色魔力を持ってる? それが何だっていうんだ。

 強くなければ何を持っていようが何の意味もない、何を持ってても持ち主が何の役にも立たないようなら本当にゴミだ。


 そこを今、プーに触れられてわたしは───冷静になるなんて不可能な話だった。


「......今そんな事言ってる場合じゃねーだろ! ワタポ達がこの状況なんだぞ? 何でお前は焦ってないんだ!? 何で冷静でいられるんだ!?」


「みんなも、妖怪さん達も苦しみ始めたのは今だよ。ここであたふたしてたら原因なんて絶対わかりっこない! まだ深刻な状態とも言えないし、今は冷静に───」

「───これが妹だとしてもそうしてられんのか?」


 いらない事を言った。

 そんなの聞く必要ないし、ここでプンプンの妹を出すのも違う。

 プンプンの言う通り、今苦しみ始めた所、まだ深刻な状態ではないと判断してもいい。勿論、放置なんてする気はないしプンプンもみんなもそうだろう。冷静に分析し、手を考える。

 みんなの状態が酷くなってからではそれこそ冷静でなんていられない。だからこそ今落ち着いて見極めている。

 わかってる。わかってるけど、


「エミリオ」


「え、ひぃちゃん!?」


 わたしを呼んだハロルドの声をすぐ追うようにプーの声が響き、遠くなった。


「アンタは外で頭冷してなさい」


 ハロルドの凄まじい速度の蹴りでわたしは文字通り社から蹴り出された。

 プンプンを煽って、ハロルドがそれに対して怒って、わたしは蹴り出されて......だっせーな。

 プンプンが怒るよりも先にハロルドが怒る......落ち着いて考えればそうなんだよな。アイツら仲良しだし、プーの事になるとハロルドはそうなんだよな......。

 もしこの場でワタポが起きていたら、きっとワタポにも怒られていただろう.......。何がしたいのか、何をすべきなのか、何をやってるのか、自分でもわからない。


「......だっせーな」





 魔女エミリオを社から追い出した───蹴り出した───半妖精のひぃたろはすぐに魅狐プンプンの表情を見るも、プンプンは大丈夫だよ、と言葉にせず頷いたのでひぃたろも頷き返し、社内の状況整理へ視線と思考を回す。無事な者の確認をする。外のエミリオと自分を含めて18人が無事。

 猫人族のゆりぽよ、単眼妖怪は攻撃を受けているので無事ではないものの他の者達より比較的に楽そう───とは言っても辛いには変わりないが。

 攻撃を受けたであろうチームエミリオの面々は苦しむ理由がその攻撃という線が残る。しかし他の者達はどうだ? 攻撃はおろか戦闘さえしていない人間が苦しみ、妖怪も数名........ひぃたろはその妖怪について何か思い、問う。


「苦しんでいる妖怪は───人間のハーフか何かかしら?」


 自分も純妖精エルフと人間のハーフ......から作られた模造品。いや、今は完璧な半妖精ハーフエルフだ。半妖精に完璧という言葉を添えるのはおかしいが、これ以上適切な言葉はない。

 自分のオリジナルとも言える半妖精の血、片眼、生命、、、様々なモノを貰った自分は、完璧な半妖精と言える。

 先程の問いは、半妖精である自分、半分が人間───細かく言うと半分ではないが───である自分も多少気分が悪い事から、もしかすれば苦しんでいる妖怪は純妖怪ではないのでは? という予想からの問い。

 その問に過剰な反応を見せた金髪赤眼の妖怪。驚きと戸惑いが入り交ざる表情を見たひぃたろは何かを察した。


「悪かったわね。もういいわ」


「え?」


 返事という返事はしていない妖怪 眠喰。しかしひぃたろはそれ以上何も言わず聞かず、話を変える。


「夜楼華の蕾程度でこの有様......街にいた人間達にも影響が出ているんじゃないかしら?」


 ひぃたろの言う街は京。それ以外にも街や村は存在しているが、ウンディー勢が言う街は京を指している。そして妖怪達はひぃたろの言葉に表情を渋めた。

 夜楼華の一番近くにいる人間は今ここにいる者達で間違いない。そして蕾程度で会話はおろか呼吸さえ必死にならなければ出来ない状態。開花すればどれだけの人間が......いや、開花よりも先にまず蕾が増える。その時点で京だけではなく他の街や村の人間達にも影響が出るだろう。そうなればいよいよ手が回らなくなる。


 眠喰、滑瓢、鎌鼬、四鬼は一層表情を険しくし、龍傭兵の忍と白蛇は気を張るように浅い呼吸をした。


「あ、あの、えっと、妖怪のみなさんは何か知ってるんですか? わちきは......以前咲いた夜楼華を知らない歳です。話には聞いた事ありますが、どれも曖昧で、わかった事は夜楼華が咲いたら大変な事になる程度です......。でも、夜楼華が咲かなければこの大陸は枯渇する......わちき馬鹿だから、わかんないんです。咲いたら大変なのに咲かないと大変......一体わちき達はどうすればいいんですか?」


 不安と不満をずっと我慢していた枕返しが弱気ながら語った。こんな事を普段クチにすれば「シルキ大陸の者だというのに何も知らない」や「馬鹿は気楽でいい」など言われ、話題は投げられるように終了する。しかし今は普段とは違う。夜楼華が蕾を宿した、つまり、夜楼華の開花はすぐそこまで迫っているという非常事態。


 仲間の状況と夜楼華の蕾だけでも手一杯の常態で、さらなる非常事が覆い被さる。


「おい! 緊急事態だ!」


 社の外で落ち着くよう言われていたエミリオが落ち着きとは逆、焦り色に表情と声を染め社へ戻った。肩に小さな狸を2匹乗せて。


「───竹林で療狸が殺されるかもって、この狸が!」



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