◇416 -創成世代の残り火-



「───!!?」


 強引に記憶の蓋を抉じ開けられるような頭痛にダプネは眩んだ。


「......大丈夫か?」


 フローにいつもの飄々とした態度はなく、額に手をあて膝をつくダプネへ気を向けつつ、グルグル眼鏡は京の方角を見る。


「凄い、魔、力、ね......帽子、の子、かしら、?」


 リリスもフロー同様に京方面の空へオッドアイを向け、クク、と喉を鳴らした。


 シルキ大陸に突如吹き出したかのように広がった魔女の魔力に【クラウン】の面々も例外なく反応した。リリスとモモカ、ダプネは既にフローが作り出しつ空間から退出し、次なる目的───本来の目的ともいえる鬼探しを始めようとしていた所でこの魔力。感度を持たない者でも拾えてしまう程、濃く重い魔女の魔力はダプネに大きな影響を与えていた。


「痛ッ......なんだ、これ......」


 頭が割れそうなほどの頭痛と目眩、昔の記憶が数倍速で再生される感覚と胸の奥を突き刺す感情にダプネは嘔吐する。


「あの、大丈夫ですか?」


「どう、した、の? 本、当に、大、丈、夫?」


 これにはモモカもリリスも───リリスはそこまでではないが───ダプネを心配する素振りを見せる。


「コレ飲んでその辺りで横になってるといい」


 フローは魔女の魔法薬をダプネへ渡し、周囲を探るように気を張った。そして、


「......───リリスちゃんや、ちょいと言ってくるからダプネが無理しないように見ててくれナリ」


「? いい、けど、どこへ、行く、の?」


「大親友にご挨拶ナリ。んじゃ、頼んだっちゃ」


 いつもの調子でフロー言い、空間魔法を使いどこかへ消えた。


「モモカ、ダプネ、を、診て、あげな、さい」


「うん」





 フローが空間魔法で移動した先は、朽ちた真っ赤な鳥居、砕けた九尾の狛犬、階段もその役目を果たせない程崩れている魅狐神社だった場所。

 フローは足裏で風魔術を暴発させ、崩れた階段を跳び超え魅狐神社の境内へ。するとそこには景色が透けて見えるほど薄い───大親友がいた。


「......何千年ぶりだい? 随分と薄〜くなったナリねぇ、エンジェリアたん」



 大親友───現在の天魔女であり、今シルキに降り注ぐ魔力の持ち主エミリオの母でもある、エンジェリアが崩落した魅狐神社でフローを待っていたかのように、屋根だったであろう瓦礫に腰をおろしていた。何千年ぶり、とフローは言ったが天魔女とはアイレイン襲撃時に会っている。しかし大親友エンジェリアと会うのは何千年ぶりで間違いない。

 現在の天魔女───金剛の魔女エンジェリアは能力人格。しかし呑まれ、や、フレームアウトではなく、覚醒だと能力人格は数千年前にフローへ語っていた。ただのフレームアウトではなく覚醒。これが非常に厄介だった。長年エンジェリアの中でおとなしくしていた能力人格は、主人格を通し様々なモノを見て学び、考え試す時間がたっぷりとあった。


 天魔女は金剛の魔女を通し、素早く正確な分析力と分解力を育て、高水準な対応力や汎用性を手にした。それに加えて金剛と並ぶ知識量、魔術センス、最後の最後には金剛の全てを超え全てを支配するまでに自身を成長させ、キバを向けた。


 悪魔の意からつけられた能力ディアという名称は、悪魔のような力を得る、という意の裏には “自分にとって最悪の悪魔” という真意が隠されている。SF-フレームやステージという段階的な区分で確りと距離を測り続ける事が能力の持主がやらねばならぬ事であり、能力が危険域に達した場合、同族などに伝え速やかに殺処分してもらう事が大切となり、それが自分の悪魔を飼うという事。

 この事実を憂いたひとりの魔女───エンジェリアの母が初めて能力との対話、会話に成功し、初めて能力の悪魔と共存してみせた。

 これにより能力と対話、会話、対戦、などが可能だという事実が広まり、能力持ちはより一層自身の能力に眼を向け、現在の状態───フレームアウトや呑まれ、共存や突破などが可能となった。


『好き勝手にやってくれてるみたいじゃない。まるで “シンシア” ね、フロー』


 綺麗な金髪と紫の深緑の瞳、クチ元のホクロが特徴的であり妙な魅力を持つフローの大親友であり、エミリオの母であり、魔女の歴史上で最も魔に愛された天才 と謳われていたエンジェリア。


 エンジェリアが能力悪魔に喰われ呑まれていなければ───このエンジェリアが天魔女として君臨していたのならば───フローも今よりももっと慎重になっているだろう。いや、もしかすると今のような行動、クラウンというふざけた名を持ち出す事もなかっただろう。


「......それが何とかストックの残滓ざんしナリか?」


『ええ。まさかあの子が無理矢理この私を弾き飛ばすなんてね......』


「無理矢理 魔女界からエミリオを弾き飛ばして地界へ落っことしたお前が言うナリか?」


『フッ、それもそうね』


「......」『......』



 お互い無言のまま長い数十秒が流れ、フローはエンジェリアへ背を向け空間魔法を展開した。


『相変わらずデタラメな魔術ね』


「───エンジェリア。わたしはお前が維持したこのガラクタみたいな世界をぶっ壊すぞ。シンシアなんて可愛いと思えるくらい混ぜて壊す。天魔女も───全部ゼンブぜーんぶ、鍛え上げたメガトンパンチでぶっ壊してやるっちゃ! 薄っぺらで見てるといいナリよ!」


『貴女......どうしてそんな───』


 フローはクラウンの隠蔽アイテム【マジカルピエロ】をこのタイミングで使った。

 対象に自身の存在がバレていない時に恐ろしい程の隠蔽力を発揮するアイテムだが、今現在使用した所で眼下や頬にピエロ染みたマークが現れるだけ。勿論フローはそれを理解して使用した。


「グヒヒ、つまらないなら楽しくすればいい。壊して遊ぶのが一番楽しい。遊び飽きたなら粉々にする。それがフローさんだっちゃ。その残滓も長く持たないっしょ? せいぜい余生楽しむ事ナリね、エンジェリアたん」


『...........』


「グヒヒヒヒヒ、んじゃばいに」


 フローは不気味な笑い声を残し、空間魔法の中に消えていった。

 不気味に、滑稽に、響き残すように笑うフローだったが、いくらふざけても、いくら笑っても、マジカルピエロの涙メイクは消えも隠せもしなかった。



『フロー......』



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