◇417 -残滓と記憶のカケラ-1



「───!? これって......エミちゃの、」


 夢幻竹林を進んでいたウンディー第三陣もまた、溢れあがる “魔力” を肌で感じ、その魔力が誰のものなのか瞬時に理解したのは、この魔力に両腕を奪われた冒険者 ワタポだった。しかしワタポ───騎士ヒロであり冒険者マカオンだ───が両腕を失った時とは比べ物にならない程レベルが上がっている魔力に汗粒を滲ませる。


「これがエミリオの魔女ガチ 魔力!?」


「デザリアの時に感じた時よりチューニングされてるね......」


「どこから出てんの?」


 青髪帽子の魔女エミリオの魔力をまともに感じた事のある者は、この中ではワタポひとりと言っていい。最初に声をあげたララはエミリオがデザリアで魔力を出した時、同じデザリアに居たものの、鍛冶屋としてのブースには様々な生命や魔力を宿す武具が山のようにあり、魔女の魔力を感じたにせよ、ストレートなものではない。

 音楽家ユカはデザリアでハッキリと体感し、その頃よりもチューニング───仕上げられていると語ったが、やはり本気の魔力を知らない。

 ビビに至ってはあまり興味が無さそうだった。魔女だろうが何だろうがエミリオはエミリオで、ビビにとっては友人。肺に残る濃度の魔力をエミリオが出しているのならば、出しているのだろう、という考え。


「今向かってる方向で間違いない、行こう!」


 嫌でも感知出来る魔力へ感知スキルを向け正確な位置を把握したワタポは急ぎ向かおうとする。しかしビビが夜空を見上げ、


「誰かくる」


 指をさし言った。ワタポ、ユカ、ララも釣られて夜空を見上げ、大きな鳥のシルエットを見た。そのシルエットはすぐに濃くなり更に大きくなり、ついにはワタポ達の前に降り立つ。


「こんな時に大型モンスターとか面倒すぎでしょ!」


 嘆きながらも自慢の武器を手に持つララ。それに習い白金の橋のヒーラー陣も杖を手にする。音楽家ユカも双剣を構え、ビビもハルバードを向ける。ワタポも武器へ手を伸ばすが、どこかで見た顔の巨大鳥に記憶を漁る。そして、


「シケットの時にいた鳥の......人だよね?」


 人、という言葉の前に 元 という言葉を付け足さなかったのはワタポの優しさか。とにかく知った顔の鳥へワタポは訪ねると、鳥の背中から反応が。


「ん? その声は」


「......え? れぷさん!?」


 知った声が聞こえたかと思えばすぐ本人が巨大鳥の背から跳び降り立つ。ウンディー大陸を拠点に冒険者として活動している烈風が黒基調に見慣れない刺繍を持つ和防具でワタポ達の前に現れた。


「その防具、なんか凄いね」


「だよね、相当なモノ?」


 瞬時に食い付くスミスズを他所にワタポとユカは烈風へ質問をすべく近付くと、独特な雰囲気を持つ者達が巨大鳥の背から顔を覗かせる。


「烈風さんのお知り合いですか?」


「わ!? 外の人だ! わちきこんなに外の人と会うなんて思ってもなかったです!」


「えぇ!? 眼が」


「おぉ!? 大きな瞳だね、クールだ」


 烈風に続き顔を見せた妖怪に、ワタポとユカは驚いた。枕返しは見た目が普通の人型種だがひとつ眼は名前通り大きな瞳がひとつ。エミリオよりは薄い驚きだったがやはり驚いた。


「ハハ、やっぱり驚きますよね。ごめんなさい」


 謝る必要があったのか不明だが、ひとつ眼妖怪は2人へ謝り、巨大鳥の背へ隠れようとする。


「あっ、待って!」


 それをワタポが呼び止めた。





「おぅおぅ......こりゃ大変な事になりそうじゃのぉ」


 大門の上に座り月見酒、といきたい所だったげ栓を抜くのをやめた大神族 療狸やくぜん。月の下で昇り立つ “魔女の魔力” に眼を細めた。

 何やら大名達が強引な手段に手を出したと聞き、それを予想していた烈風は急ぎ京へ向かった。しかしこの魔女の魔力までは予想出来ていなかっただろう。


「あのクチ悪娘がこれ程じゃったとはのぉ......あぐらではおられんぞ、エンリー」


 療狸は過去に魔女の魔力を間近で見た事があった。魔力だけではない。威圧感と圧倒的なまでの魔術、デタラメなその強さを、療狸は知っていた。その時の魔女と比べても今回の魔女が圧倒的に濃く重い。

 過去の記憶が療狸の胸に寂しさの風を吹かせていると、ふと懐かしい香りが鼻腔を擽った。


「───ぬ!? なんてこっちゃ......ハハハ、そんな薄っぺらで再会とは予想外じゃわ。思念体......かのぉ?」


 懐かしき香りと共に、療狸の隣へ現れた半透明の人影。金色の長い髪は昔のままだが、瞳は深緑から濃紫色へと変わっていた。


『思念体......そうね。残滓ざんしなんだけれど、ニュアンス的にはそう理解してもらってもいいわ。久しぶりね。あら? 涙眼よ? そんな顔しているとウチの純妖精姫にまた、ポコちゃん泣き虫で可愛いね、って言われるわよ?』


「む、全く........何千年と経っておるのに何をしでかすかわからん所は変わらんのぉ、エンリー」


 エンリーと呼ばれた思念体、残滓ざんしのような存在は、現在の魔女の頂点、天魔女であり、エミリオの母親のエンジェリア。なぜこのタイミングでシルキ大陸に現れたのか......その理由もすぐ言うだろうと療狸はクチを閉じた。


『私の娘には会ったかしら?』


「お? 時間があるんかえ? 会ったぞ、とんでもない娘じゃのぉ」


 目的、現れた理由よりも先に娘の話をしてきた事へ驚いたものの、そういう会話をする時間があると解釈した療狸は答えた。


「どんな娘になっとるか知りたいかのぉ?」


『凄く知りたい......けれど、もうすぐ会えると思うから直接見る事にするわ』


「ほぅ.......さしずめ、お前さんが魔術か魔術か魔術でエミリオに何かしとったんじゃろ? それが何らかの出来事で解けた、または外れて、今こうしてお前さんがワラワの隣にる。そんな所じゃろ?」


『あら、正解よコリ。立派に成長しているみたいね。昔は治癒術こそ中々だったけれど他の事は全くもって話にならなかったのに、本当に時間は進み流れて時代は変わったのね......』


コリ、と言う名で呼ばれるのは何千年ぶりだろうか。突然の再会に思わず溜まった涙粒を払い、療狸は自分の名を何度か胸中で繰り返した。


「......、何千年経っとると思っとるんじゃ? 今じゃワラワは大神族じゃぞ? コリ、じゃのぉて療狸やくぜん。種名がそのまま名前になっとる」


『大神族? 貴女が?』


「そじゃぞ、敬えよ?」


『へぇ───凄いじゃない。泣き虫狸のコリちゃんが大神族だなんて......本当に凄いわ。よく頑張ったわね』


「今も昔もワラワの方が年上なんじゃがのぉ......」


 思念体めいたエンジェリアに頭を撫でられる療狸。年齢の事を呟くものの悪い気はしないらしく、エンジェリアの腕を払う事はしなかった。


『本当に凄いわよコリ。貴女なら......治癒系の大神族ね?』


「そじゃぞ。ま、遅かったんじゃがのぉ.......」


 小声で自分が大神族となったものの既に遅かった、と嘆いた療狸。

 彼女が大神族の座を求めた理由は、今まさに隣にいる魔女の助けになりたいと思い、必死に治癒術や再生術を学び磨いた。その結果、見事大神族の座に到達したが、その頃にはもう遅かった。


『さて、そろそろ行くわ』


「エミリオの所かえ? この魔力とお前さんが現れた事が関係あるんじゃの?」


『ええ。コリ───いいえ、療狸。私はもう以前の私じゃない。今ここにいる私がきっと貴女に会う最後の私になるわ』


「うむ」


『大神族になった貴女は直接手を出せない立場なのは理解しているわ。それでも......エミリオに力を貸してあげて頂戴。あの子は私より───』

「知っとるのじゃ」


 エンジェリアがエミリオの事をクチにしようとするも、療狸が割って入る。


「お前さんより、無茶苦茶で、考えなしの基本的には他力本願。じゃが自分で考えて自分で決めた事は馬鹿みたいに貫く。我儘の範疇越えとるでぇありゃ」


『───ッ......そう、そうね』


 療狸は今まで一度も見た事のないエンジェリアの表情に驚きを隠せなかった。自信家でどこか上から目線な態度と、それ相応の雰囲気を持つエンジェリアが、今にも泣き出しそうな顔でどこか嬉しそうに笑っていた。


「はよ行かんと時間なくなるのじゃ」


『そうね。それじゃ───療狸』


「うむ。遠回しに力くらい貸してやるのじゃ。お前さんの出来の悪〜〜い娘にのぉ」


『......ありがとう』


 そう言い残し、エンジェリアは煙るように消えた。


「ありがとう、かえ。初めてエンリーに礼を言われた気がするのぉ.......終わったと思っとったワラワ達の時代が、世代が、起き始めたかえ.......全く、ワラワを含めた年寄りは心配性じゃのぉ〜」



 嫌な胸騒ぎを療狸は溜息のような深呼吸で誤魔化した。



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