◇406 -星熊-



 鋼鉄のような身体と大槌のように重く圧のある拳、それでいてキレのある動きと勘の鋭さを持つ鬼と地下牢エリアで対峙しているウンディーの2人は、その野生的なステータスに手を焼いていた。大剣で攻撃しようにも鬼は鋭い勘───敵意などを素早く的確に感知し、攻撃は全て防がれる。カイトの剣術も、るーの剣術も防御反動こそ見えるがダメージはまるで無い。そんな2人を他所に龍組の傭兵、白蛇は縫うような動きで鬼を攻撃し続けていた。短いカタナ2本を器用に手元で遊ばせ、攻撃を回避してはカウンターを入れ、鬼を挑発するように鼻で笑う。


「アイツすげーニャ。あれだけ派手にぃ動いても息ひとつ切らしてにゃい......すげーニャ」


 ハイパワータイプの猫人族ケットシーるーは大型武器使いでも屈指の破壊力を持ち、猫人族の俊敏性AGI器用性DEXを持つ。万能にも思えるが、るーの最大の弱点はスタミナ。体力はあっても最大速度を維持するスタミナが無いるーは既に動きは遅くなっていた。


「るーこそ疲れてはいないだろ? ただ身体が上手く乗らないだけで」


 こちらもパワータイプの大剣使い。瑠璃狼の愛称と共にその名が広まった冒険者カイトは、若干の息切れがあるものの、まだまだ戦える。

 しかし、あの白蛇という少年は本当に凄い。狭い地下で壁も器用に使いクルクルと回避したかと思えばその最中に鬼へ攻撃を入れ、着地と同時に “色のある剣術” を使う。何度か攻防を繰り返しているうちに白蛇のカタナは眼で見える刃こぼれを起こす。すると、その武器を鬼へ投擲し、新たな短刀を抜く。背腰に吊るしてあるカタナは未だ抜かず、腰周りに複数本装備している短刀でやり合い続ける。


「アイツひとりでも行けるんにゃね?」


「いや......どうだろうな」


 隙を見ては参戦していた2人だが、狭い空間では確実に白蛇の邪魔になっていると自覚していた。一方白蛇は2人の事などお構いなしに自分流の戦闘で鬼を押し、ついには “色のある剣術” で鬼を吹き飛ばした。


「───おいおい1階の時のイキリはどうした? たいした事ねーな4本角」


 短刀を確認し、1本が刃こぼれをおこしていたらしく、緑色の剣術光を纏わせ投擲した。巨体を吹き飛ばされた鬼は壁に穴を空けるように倒れ、昇り立つ土埃の置くで鈍く短い声をあげた。


「今度は緑ニャ......にゃんにゃんだその色剣術は」


「さっきは青で水みたいだったよな......エミリオの魔剣術によく似てるけど魔力は感じないし」


───俺もやりたい───


 2人は白蛇へワクワクとした視線を送り、白蛇は「あー? なんだよ」と鬱陶しそうにする。本年齢こそ不明だが見た目年齢は15.6の少年。そんな少年は今の時点で青、緑、を持つ剣術を披露し頑丈な鬼を豪快に吹き飛ばした。土埃がおとなしくなると、瓦礫の中で鬼は眼を閉じていた。


「!? るー! あれを見ろ」


「───ニッ!? マジかいニャ」


 眼を閉じ倒れている鬼に驚いたワケではなく、その鬼の胸に突き刺さる短刀に2人は驚いた。全力で振るった大剣でも傷ひとつ付かなかった鬼肌に大剣よりも小さく華奢な短刀が突き刺さる......2人は同時に「色の剣術に何かある」と睨んだ。そしてそれは正解。白蛇が投擲の際に使った色は緑だけではなく緑の中に青があった。つまり、風属性を着込んだ水属性の投擲短刀。

 エミリオが使う魔剣術との決定的な違いは “自身に合う属性ならば同時に使える” という点だろう。

 エミリオは能力ディアを利用し、魔術を同時に使えるので今白蛇が使ったようなニ属性剣術を使えるが、ダプネには不可能。限りなくラグを無くした速度で魔剣術を2回使ったとしても、それはニ属性とは言えない。


「.........カァ、ッ。久しぶりに自分の血を見たぜ。やるな白髪のガキ」


「今まで弱い者イジメしかしてなかったんだろ? 老害」


 新たな短刀を抜き、白蛇が追撃の剣術を構えるも剣術を立ち上げる事はせずチラリと上───1階へ繋がる階段を見る。すると足音も無く数十名の龍組が押し寄せ、白蛇は命令する。


「この鬼を解体バラして核と角を持ってこい。俺は仕事に戻る」


 突然乱入してきた鬼に少々腹を立てていた白蛇は、その鬼が自分を攻撃してきた事で仕事を一旦放棄し鬼の相手をしていた。部下達へ処理を任せ、本来の目的───傭兵としての仕事である眠姫ネムリヒメの確保へ向かうべく1階への階段を数段登った所で瑠璃狼カイトが声を響かせた。


「おい! 近付くな!」


 白蛇に対してではなく、白蛇の部下に対しての言葉。しかし既に龍兵は鬼へ手をかけていた。体術戦法の鬼の射程距離に入った龍兵は瑠璃狼の声を聞く前に、頭を果実のように潰された。龍兵達は仲間が湿った音で倒れ込むのを見て見事にフリーズ。鬼は跳ぶような一歩で龍兵の群れへと混ざり、


地下ここめーって見りゃ解んだろ、無駄に集まんじゃねぇよ」


 と呟き、連撃系体術で龍兵の頭を潰し胸を貫き、首を千切り腹部から解体バラす。狭い地下に飛び散る破片、汚れた惨状の上で鬼は白蛇を見てキバを出して笑った。


「部下の仇討ちする機会をやるよ、上で続きやろうぜ。お前らも来い。上は広いし本気で相手してやっから」


 瑠璃狼カイト猫人族るーを挑発するように指で誘い、鬼は天井を見上げ、手足に赤色光を纏わせ跳んだ。爆発めいた音と共に鬼は高く跳び、天井を殴り砕いて1階へ。


「俺達は階段で行くニャ」


「だな。一応体力回復ポーション飲んどこうぜ」


「.......犬と猫、上に来るなら巻き込まれても文句言うなよ」


 和國産のポーションであろう小瓶を白蛇はひと飲みし、瓶を投げ捨て階段を登る。ウンディーの2人もポーションを飲み終え、数歩遅れて1階へ。


「おし、準備はいいか?」


 やる気満々の鬼は瓢箪ひょうたんを煽り、クチを拭う。胸に突き刺さった短刀の傷は既に癒えており、ダメージはおろか疲労さえ感じられない。


「鬼ってのは吸血鬼のように即回復するのか?」


「ニィ? ただでさえデタラメにゃのに勘弁してくれニャ」


「いや、“アイツ等” が特別なだけだ」


 意外にも白蛇はウンディーの脳筋コンビの会話へ参加してきた。部下を全滅させられた状態でも白蛇は顔色ひとつ変えず、落ち着いた視線で鬼を見る。そこにカイトは不満や不信感を抱く。


「.....部下がやられたのに何も思わないのな?」


「部下じゃねーよ。龍兵共アイツらは俺とは別の傭兵だ。どこでいつ殺されよーが他人は関係ない。自分が弱かっただけ。それが傭兵だ」


「傭兵......か。その生き方はつまらなさそうだな」


「お前の話の方がつまらなさそうだな」


 そう言い捨て、会話を終わらせる白蛇と、いくら傭兵とは言えそんな生き方は納得いかない様子のカイト。しかしカイトがとやかく言う事でもないのは事実。白蛇も先程の龍兵達も自分で傭兵になる事を選び、傭兵として生きてきた。冒険者にも暗黙のルールがあるように、傭兵にもそういったものがあるのだろう。カイトは色々と思う事や白蛇に話たい事があるものの、今は鬼に集中する事を選んだ。


「話は終わったか?」


 会話が終わるのを待ってくれた鬼へカイトは「あぁ、待たせたな」と答える。すると鬼は両手を一度叩き合わせ、


「俺は四鬼しき星熊ほしぐまだ。俺を殺して角を大名共へ渡せばいい金になるぜ?」


 星熊と名乗る鬼は瓢箪ひょうたんを再び煽り、空になった瓢箪それを高く上げた。瓢箪が地面に落下した直後に開戦。そう全員が予想し構えていると、圧し潰されそうな程 濃く重い “魔力” が蜃気楼を揺らし、瓢箪は空中で不可解な圧に耐えきれず砕けた散った。



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