◇395 -エミリオの魔法-2



月光が雲を和國それっぽい雰囲気にする下で、わたしは妖怪───アヤカシだったか?───雪女にエンカウントし、ドライに戦闘がスタートしたのだが、今は絶賛隠れんぼ中だ。初手の斬撃をギリギリで受け止めた瞬間、肩まで走り抜ける衝撃に本気で驚いたわたし、天才魔女(和國外套ver)のエミリオさんは足癖を披露し雪女を一旦下がらせた。その隙に素早い動きで茂みへダイブし、今はこうして息を殺して隠れている。

それにしても.....普通の攻撃を普通に受け止めただけでアホな衝撃とか、マズイぞこれ。まるで大剣を受け止めたような衝撃.....あんなモン数回受けたらカタナ折れるわクソ。


「もう諦めた? エミリオさんが投降してくれたら痛くはしないよ」


うるせーな雪女。痛くしないって大名が来たら痛いも何も遺体になるだけだろ。衝撃の痛みはもう消えたが、ここで出ても進めない.....作戦が必要だ、ビックリドッキリジーニアスな作戦が。


「───諦めた?」


「どわっ───っぷ!」


脳内会議で作戦を練ろうとしたのもつかの間、草影で隠れていたわたしを覗き込むように雪女のドアップと、闇に煌めく斬撃。身体を回転させ斬撃は回避したものの、外套の尾が斬られてしまった。


「チッ、雪女ぁ〜〜コートみたいでカッコイイ部分を斬るなよ.....あとコレ借り物だかんな!?」


「ヒェ、よく今の回避したねー! 足を斬ったと思ったけど意外にやり手?」


投降の意があるのか確認したくせにガチで足を斬りにきた雪女......気配が近付いてくると思ったら真後ろにいたぞ。ハイディングとは違って存在感は消えてなかったが足音や動作の気配は拾えなかった......これだからオバケは嫌いなんだよチート野郎共。


「おい雪女───あのオバケは元気か?」


「オバケ?」


隠れるのはなしだ。うまく掴めない以上は眼を離せない。かと言ってワタポみたいに “先読み” や “捉える” 眼があるワケでもなく、プンプンのように一点集中で見てられるほど集中力もない。そして残念な事にわたしエミリオさんはハロルド───半妖精のひぃたろのように小さな動作から狙いを予想出来るほど近接経験値もPvP.....対人戦闘の勘も鈍い。


「なんだったかな名前......あ、眠喰バクのオバケ」


眠喰というワードを飛ばした瞬間、ピクリも眉が動いた。フェアリーパンプキンの3人が持っていてわたしが持っていないものは多く、アイツ等はガンガンレベルを上げてる。でも、わたしだって遊んで生きてるワケじゃない。見切りも集中も予想も出来ないなら───わたしがやりやすい環境を作り上手く運べばいい。 


「あの眠喰ってお偉いさんみたいじゃん? 姫だったか?」


「......その話は今必要なの?」


ほらきた、やっぱりな! 竹林で会った時から華組コイツらは仲間を大事にするノリがビンビンしてたぜ。つまりそこを突っつけばペースを乱す事が出来てペースを掴める。盾職タンクがモンスターのヘイトを稼ぐ感覚で人を挑発すりゃこんなもんよ。


「その返事はアレだぜ、姫って事は否定してないよな。だったら姫様を拉致ってお前らを黙らせる作戦も使えるって事だな」


この上ないイタズラフェイスで笑い、わたしはフォンを取り出す。和國ここではフォンというスーパー便利アイテムの存在が認知されていない。つまり、言いたい放題できる。斬り裂かれた外套が短めのマントのように靡き、雪女はわたしがフォンを手に持った時点で、何かを取り出した、とだけ確認し構える。


「おっと動くなよ妖怪、コイツが炸裂するぜ?」


薄型の携帯端末───フォンを見せると予想通り雪女は警戒する。


「それは.....?」


「エミリオさんの秘密アイテム。今これで『雪女が動いたら発動する』って設定したから気をつけろよ? スイッチはお前自身だぜ」


「スイッチ? 何が発動するの?」


よしよしよし、釣れたで釣れたで雪女。こうなればスーパーエミリオタイム、つまり勝確だ。


「これは対象を異空間に隔離するアイテムで、隔離した対象はわたしの自由に出来る。例えば───」


と得意気に語り、わたしはフォンポーチからホムンクルス捕獲用の瓶を取り出す。ドメイライトでこれに入れられたあの日が懐かしいぜ。


「───この瓶も異空間で管理していたものだ。こうやって好きに出し入れ出来て、一度異空間に入れたものはわたしの命令通り動く。逆らえば死ぬ」


「なんてモノを......ッ」


「チャンスをあげるぜ妖怪ちゃん」


「チャンス?」


「雪女って事は雪化とか出来んだろ? お前それでこの瓶に入れ。瓶に入ってる間は一応安全だぜ?」


わたしが安全って意味な。さぁどーするよ雪女?


「......断ったら?」


「空間隔離が発動してお前の仲間はみんな異空間行き。大神族だろうとこの効果には逆らえないぜ」


「それで私達を操って殺すつもり?」


「あ? そんなつまんねー事しねーよ。そうだな.....まず姫様を外で売る。それをお前らは見てろ」


「売る? どういう......、、お前.....」


理解したな雪女。この鬼畜帽子の考えを!


「さて話は終わりだ。お前がこの瓶の中でおとなしくしてくれれば全部OKって事だ」


ま、全部嘘なんだけどな。お前らがフォンを知らないのが悪い、わたしは悪くないぞ。それに魔女だからって魔術ばかり気にしてないか? わたしは魔女で手品師、つまり言葉巧みに仕掛けを散らして、気が付いた時にはもう落とし穴に真っ逆さま、これが魔女わたしの言葉の───魔法だ。


「.......わかった。でも約束して」


「なにを?」


「絶対誰も殺さないで......絶対に」


「オーケーオーケー、わたしの得意分野だ。安心して瓶詰め雪女になれるな」


ホムンクルス捕獲用瓶を開け「ほら、はよ入れ」と言う。雪女はカタナを腰鞘へ戻し、一瞬で全身を溶かし、瓶の中へ入った。あの身長サイズで入れるもんなのか!? と思ったが冷水化した雪女はギリギリ瓶に納まった。


「おぉー.....ギリギリだな」


能力的なもの.....ではなく、これは妖怪的な特性か何かで上手くいっただけだろう。同じ瓶詰め作戦を他の妖怪に試すには、キューレのように収縮化出来る能力が必要か.....ま、瓶もコレしかないから無理なんだけど。


『約束は守ってよ。絶対誰も殺さないで』


「わーかってるっての、瓶の中くらい黙ってろよな水溜り妖怪」


さて、雪女は奇才戦略で攻略完了した。次は───出来れば誰にも会わず牢まで行きたい。


「おう水溜り、牢ってどこにあるんだ?」


『.......』


「シカトすんなよ瓶振るぞ?」


『......地下』



なるほど、瓶を振られるのは嫌なんだな、雪女よ。





華組の城である蜃気楼しんきろうを前に立ちはだかった妖怪、雪女。一本橋───というには広く頑丈で立派な橋───の前で雪女を相手にわたしは見事勝利した。と言っても戦闘そのもので勝ったワケではなく新たな武器───魔術ではなく言葉の魔法───を匠に使い、雪女をホムンクルス捕獲用の瓶に詰め込む事に成功したのだ。

終わったから正直に言うが、あの手の相手.....真っ当に強いタイプは苦手だし、わたしでは勝率はカナリ低いだろう。周りを気にせず魔術をブッパできれば話は別だが、そんな事すれば本格的にウンディー大陸が悪者になってしまう。


今からわたしは蜃気楼に入るのだが、ここでも多分魔術をブッパしまくる事は許されない。理由は、約束してしまったからだ。右手に持った瓶に詰め込んだ雪女と「絶対に誰も殺さない」という約束を。そんなもん守る必要はない、と思うものの、もしわたしが誰かを殺した時、雪女がキレれば瓶が破裂する恐れがある。なんせこの瓶はホムンクルス用の瓶であり、魔力にはそれなりに反応、対応してくれるものの妖力には全く反応しない。もし妖力に反応しなんらかの対応を働かせてくれるなら雪女は冷水化していないだろう。

つまるところ、わたしは雪女との約束を極力守らなければならない。戦闘中に雪女がすぐ横で瓶を破壊し現れでもすれば完全に詰む。これだけは避けたい。


「おぉ、城の中も綺麗じゃん」


蜃気楼の中へ入り、手近な柱の影に隠れつつ城内を観察。療狸寺の質素な感じとは違い、こちらは派手だがうるさくない。上品、という感じか?

もう少し観察───もとい散策したい所だが、今は地下牢へ急ぎウンディー勢を解放する事が優先。外は今もまだ騒ぎになっているし大名の耳に入るのも時間の問題.....だと思って行動すべきだ。

地下へと繋がる階段は簡単に見つかった。外で騒いだせいか、城内は手薄。この調子ならウンディー勢解放も簡単に───


「───って、そんな上手くいかねーわな」


呟いてから城の床を蹴った。後ろへ下がる感覚ではなく、高く跳ぶ感覚で。身体が跳んだ瞬間、たった今わたしが居た場所には根蔓のような植物が逆巻くようにうねり、空気だけを縛り上げた。


「あっぶねーな、立ってたら足イッてんぞ?」


独り言ではなく、上の階へ続く階段からゆっくり現れる妖怪への言葉。


「外にはスノウさんが居たハズなんだけど.....どうして?」


お花妖怪はわたしを見て首を傾げた。


「スノウ? 誰だそれ。つーかお前、髪染めたんだな。薄桜色そっちのがいいぜ」



ここでお花妖怪はシャレになんねーぞ。





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