◇393 -帽子、京へ-3



時刻は21時。夜も夜の真っ暗和國を、わたし 隠密モードのニンジャ魔女 エミリオ殿は月明りの下を箒に寝転がるテクニカルな操作で飛ぶ。箒は黒い布生地に覆い隠された状態。

今向かっている街は和國でも大きな街であり、華組の拠点でもある【京】と呼ばれる都。そこには妖怪は勿論、人間も住み暮らしているらしい。バリアリバルも人間と他の種族が住んでいるから今更驚かないが、街中で箒やら剣やらを持って歩くのはうまくない。かと言ってフォンポーチから出し入れするのはあまりよろしくない。なんせ、この大陸にはフォンがほぼ存在しないのだから。地図も紙切れ、装備は装備したままだったり、外したら置いておくスタイル。外套と笠まで用意して和國に紛れ込む作戦なので、下手にフォンは使えない。


「わたしは妖怪 帽子のエミリオ〜」


と、鼻歌を奏でつつ向かう京では、わたしは妖怪帽子。箒は太刀や長刀を運ぶ時に使う布を使って隠し背負う。外套の中───ベルトには愛用の短剣。外套の外───背中には療狸寺で借りたカタナ。わたしの愛剣【ブリュイヤール ロザ】は見た目的にも外の剣なのでNGで短剣【ローユ】と違って隠すに隠せないフォンポーチでお休みしてもらってる。


つまり! 今のわたしは太刀or長刀とカタナを背負う強者風味な和國の住人! という見た目。


「サムライかニンジャか.....ブショーってヤツに間違われたらどうしよう」


などと考えていると鼻先に柔らかく甘い香りが。

箒の上で上半身を起こし前方を見ると、思わず「おぉ〜」と声が出てしまう幻想的な風景が見てとれる。月光を浴び、まるで発光しているような木花が生える街と、それを見守るように佇む城。

あれがシルキ大陸の首都と言われる 京。わたしは速度を落とし、高度を下げ、街から離れた位置に着地。布箒を背負い、ここからは徒歩だ。飛んで入って「妖怪ッス!」とやるには魔力ではダメだ。そしてわたしには妖力がない......悲しい子。


「箒おっけ、カタナおっけ、装備おっけ、アイテムおっけ、フォンはワンタップで剣と上着を取り出せる。よし」


いつの間にか追加されていたフォンのワンタップ機能。ショートカット欄に5つのアイテムが設定可能で、それはホーム画面に出ている状態なので操作する必要なく取り出せる。しまうのは今まで通りなので急ぎのアイテムだけ設定した方がいい。例えばわたしのように装備とか。

ま、これを使う時は騒ぎが起きた時で、騒ぎを起こした場合はすぐ大名の耳に入ると思っておけ〜って感じに言われたので今回は使わず済みそうだが。


「見えてきたな───京」


歩き進むこと数分で噂の街、京の入り口が見えてくる。

大門の前に2人の門番兵.....このまま突っ込んで入れるか?


「おい待て」


無理だった。


「なんだ───なんでゴザル?」


あっさり止められたが、丁度いい。昔何かの本で見たサムライのゴザル語が本当に通じるのか試してみよう。


「何だその変な喋り方.....怪しいな.....」


え、通じないの!? いや通じてはいるけど、メジャーじゃないの!?


「こ、これは拙者の故郷の、アレでゴザルよ」


「アレ? とは?」


───やべぇ。


「その外套.....どこかで見覚えがある.....葉の模様.....」


───なんだ? 何か有名なマークなのか?


「黒地に葉の刺繍は、大寺の刺繍じゃないか?」


「そうだ、それだ! と言う事は療狸様の所の妖怪か?」


───まぢかよアイツ! 有名人かよ!


「まぁそんなトコだ。それより街に入れてくれよ。歩きっぱで疲れたぜ」


「療狸様の所なら問題ない、足止めしてすまなかった」


───おおぉ、入れる。療狸ってすげーなおい!


「ご存知の通り、今は緊張状態ですので少しでも怪しい方は足止めさせていただいてまして、変な疑いをかけて申し訳ありませんでした」


「おう、気にすんな。じゃあ門番頑張れよ」


ビシッ、と親指を立てた激励を送り、わたしは京の街へ一歩踏み込んだ。大門と城壁めいた壁で見えなかったが、街中はほんのりと明るく想像していた和國に近いが、想像よりも鮮明な和國の街。

建築物だけではなく道端に生える草花も和國その雰囲気を増加させる。

バリアリバルと違って夜はそれなりに静かだ。いや、これが普通か? ノムーも夜はそれなりに静かだし、そう考えると.....朝から晩まで賑やかなバリアリバルの連中がアホっぽくも思える。とはいえ、バリアリバル───ウンディーには今や様々な種族が暮らしている。夜行性の種族も増え、クソブラッキーにも思えたユニオンも夜間勤務は夜行性の種族が行っている。習性や特性に合った環境を用意し、どの種族も暮らせる基盤をしっかり形にして披露した女王セッカは凄いな。


ここはバリアリバルではなく京なので、夜やってる店は当たり前だが、数が少ない。宿屋は除外して、ラフに入れそうなのは呑み屋か? 酒場とは雰囲気がまるで違うが......って別に酒呑みに来たワケじゃない。酒場で情報を〜も必要ない。今現在の目的は城へ入り込みアホ共を助け、金になりそうな品を頂戴して退散する事。

時間もナイスで人が少なく、外套は黒地なので夜間の隠蔽効果がブーストされ、さらに隠蔽率上昇が特種効果で付いてる。魔術を使えば即バレる.....ので、苦手な隠蔽スキルを使って潜入だ。この暗さと装備なら何とかなりそうな予感しかしない。


───っ、と呼吸を可能な限り細く弱くし、周囲に溶け込むイメージを膨らませる。

ここからは慣れの世界、つまりノリと勢いの次元だ。


笠を深く被り、闇夜の京へわたしは溶け込み、華組の城─── 蜃気楼しんきろうへの潜入任務をスタートさせた。





酒の水面が月を揺らす夜、療狸は無理矢理 鎌鼬を月見酒に付き合わせていた。

硝子製の酒器には、和國では珍しい酒───氷結酒。


「なんじゃお主、酒は苦手じゃったっけか?」


着物を緩く崩した療狸は自室の空枠に浮かぶ月を見上げながら、隣に居る鎌鼬───烈風へ声をかける。


「いや.....氷結酒が和國ここにあるとは思わなかった」


「古いのぉ。今の和國には氷結酒だけじゃのぉて、ブドウ酒.....果実酒の種類も豊富じゃえ? ま、この氷結酒はお前さんトコの盲目からの貢物、供物じゃがのぉ」


「盲目.....まさか───」


くいっ とひと呑みし、療狸は氷結酒の瓶を鎌鼬へ渡し「瓶底を見てみぃ」と。言われるがまま瓶を回し底を見た鎌鼬は、瞳を少し開いた。


「この火模様......イフリーの商品、それもこのマークは最近完成したものだ......」


「イフリーは火模様、ウンディーは水模様、ノムーは岩模様、じゃったかのぉ?」


空になった酒器をクイクイと揺らし、療狸は「ほれ注げ」と言う。眼下をほんのり桜色に染める大神族へ妖怪 鎌鼬は言われるがまま氷結酒を注ぐ。


「大陸で商品に印すマークが統一されたのは本当にここ最近だ。それをなぜ知ってる?」


再降臨した狂気の道化師【クラウン】の件で大陸感で様々な事が決定した。こう言っては難だが、クラウンの存在が凝り固まっていた地界を少しだけ解した。そのひとつが「商品などに対して印されるマーク」だ。生産者だけではなく、国が認めたマークとして先程 療狸が言ったようなマークが追加される。


「盲目─── 影牢かげろうに聞いたんじゃ」


「影牢.....トウヤはなぜ外の情報を、外の酒を───!?」


鎌鼬が話している途中にも関わらず、療狸は鎌鼬を押し、言葉を物理的に切った。


「そんな話はどうでもええじゃろ。いずれ知るじゃろうし.....それより鎌鼬───ワラワに “用事” があるんじゃろ?」


「.......あぁ、同じ風の性質持ちとして、同じ妖怪種として、大神族に頼みがある」


鎌鼬は緑髪の奥で鋭く研磨された視線を療狸へ送る。


「っっ.....っ、それじゃよ、その眼、好顔ええかおじゃのぉ。昔 療狸寺ここへ来た風斬が戻って来たかと思えば腑抜ふぬけたツラをぶら下げとるし、もうその好顔かおは見れんもんじゃと思っとったわぃ」


注がれた酒を呑み干し、酒器を雑に放った療狸は艷やかな唇を舐めある種の笑みを浮かべた。


「───ええぞ。お主じゃったら貸してやってもええぞ、大神族ワラワの力を」


「......、.....助かる」


「うむ。お主がどこまで成長しとるか見てやるぞぃ」


崩した着物を揺らし這い歩きで鎌鼬へ距離を詰める療狸。開けた着物から見える肩や足を照らす月明かりも相まって妖艶さが増す。鎌鼬───烈風を覗き込むように這い、艷やかな唇を上げ囁く療狸。


「解っとると思うが大神族ワラワ 達は───!?」

「わかってる! .....っ!? わ、悪い.....」


声音を重く張り、険しい表情を浮かべる鎌鼬は療狸の言葉を切るように押し返し、今度は鎌鼬が療狸を覗き込む体勢に。聞きたくない言葉でもあるのか、衝動的に言葉を押し切った烈風は我に返り療狸へ謝った。


「良い良い、多少強引な方がワラワは好きじゃぞ?」


「〜〜〜〜っ」


「お主とは二回目じゃし肩肘張らずに、のぉ?」


「何が のぉ だ。それと..........そういう事は、言わなくていい.....」



───頬を桜色に染めとるのは酒か狸か、ういやつじゃのぉ。



療狸はクスっと笑い、烈風の首へ手を回した。




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