◇380 -本拠地への帰還 龍-
華組の領土でありシルキの首都とも言える京とは反対方向にある街、
龍組の本拠地であり、城下町である龍楼街を歩く人影は、両眼は黒布が巻かれ視界はないにも関わらず、まるで見えているかのように歩く男性。無造作に伸びきった白髪を垂らし異質な雰囲気を纏い放つ───人間とも妖怪ともアヤカシとも言えぬ存在。
「おや? おやおやトウヤ様、無事帰還してなによりです。どうでしたか?
大名とその取り巻きが男性───トウヤを見かけ話しかける。妖怪である事は確かだが何の妖怪なのかさえわからない大名。興味も無く関わる気もないトウヤは足を止めず進む。
「いやはやトウヤ様はお偉い御方ですなぁ、我々のような下々の者とは会話すらしてくれぬ。お偉い御方だ」
鼻につく言い方をされようと、トウヤにとってはどうでもいい事。なのだが、
「大名殿、トウヤ様は我々とは違うのですよ。世の理から弾かれた存在ゆえ、きっと我々の事は小石以下にしか考えておりませぬ」
取り巻きのひとりが妙に声を張り言い放った言葉。世の理 という絶対的な殻に曖昧を隠す言葉にトウヤは足を止め振り向く。
「おい」
一歩一歩近付くトウヤに一瞬臆するも、大名勢は謎の意地を発揮しその場から一歩も下がらず「なんですかな?」と喉を絞り言った。
「世の理っていうのは何だ? 俺はその理ってやつから弾かれているのか?」
トウヤの姿形は人間や妖怪と変わらぬ人型種だが、纏い放つ雰囲気は異質で異形個体そのもの。そんな存在を間近にし、肺が痙攣しているかのように呼吸が難しくなる大名とその取り巻き。一歩、また一歩と近付くトウヤだったが建物の屋根から刺さるように降り注ぐ視線を感じ、足を止めた。
「あら? 止めちゃうの?」
響いた女性の言葉はトウヤへ向けたもので間違いなかった。鍛え磨がれたカタナのように鋭く、誤魔化しや捻りなどない真っ直ぐな敵意や殺意を含む視線も、建物の屋根に座る女性がトウヤへ向けたもの。
「........」
「また無視ですか。それでお金貰えるんだからいいですねー、貴方は」
身軽に屋根から飛び降り、最小限の音で着地する女性。格好は和國産の防具だが、烈風やジュジュ、華組のものとは違う隠衣───ニンジャだ。
「ヌエは死んだ、烈風は消えた」
「あらー、指示者が死んじゃった場合どうすればいいんだろう?」
「殺したのは外から来た奴等だ」
「外? 別大陸って事?」
「そうだ。あと、俺は “この能力” を奪ったワケじゃない。
「今日はやけに喋るね? もしかしたら.....本来の性格はもっと明るいのかな?」
「........」
トウヤはクチを閉じ、城へ───龍楼城へ向かい街中へ消えていった。
しのぶは大名達の方へニコニコ歩みより「無意味に絡むと殺されちゃうよ」と助言のような脅しをし、一瞬で姿を消した。
◆
龍楼街の茶屋前に、柔らかく着地したしのぶ。大名達の前から一瞬で姿を消した───かのように思える程、音も弱く素早い動きで茶屋まで移動した。ニンジャならばこの程度当たり前。幼い頃からそういった訓練を受け、ある程度の技術が身に付く頃には骨の髄まで忍術が浸透する。そこまでいけば、日々の生活で忍術を多用し更に磨きをかけ、新たな忍術を学び覚える。と言っても今やニンジャは しのぶ ひとり。ニンジャの真似事をしている連中は存在していても、所詮は真似事。しのぶが見れば眼を伏せたくなる程の完成度でニンジャだと唱える。
「───あら、しのぶちゃん。いらっしゃい」
「女将さん、お元気そうでなによりです。お団子みっつくださいな」
ニコニコ笑いしのぶは団子を3つ注文し、茶屋の外椅子へ腰掛け龍楼城を横眼で見る。城下町を重圧するように佇む城......しのぶはあの城が嫌いだ。何の為にここを、街を見守れる場所に城を構えているんだ。龍楼城の支配者は何を考えているんだ。と、日々思ってしまう。それも無理はない。以前、この龍楼街に腐敗仏が入り暴れた時、龍楼城は完全閉鎖された。街の人々を誰ひとり城へ入れず、大名達だけをいち早く匿い、街を見放した。ヌエや烈風は怒り抗議したものの、聞く耳持たない大名や龍主は2人を地下牢へ放り込むという馬鹿も呆れる行動をとった。
街に入り込んだ腐敗仏は傭兵組によって討伐されたものの、多くの被害者を出してしまった事に変わりはない。だが、龍主はそれを気にする様子もなく半壊した城下町を見下ろし、無言のまま城の奥へ消えた。
───私は龍主が嫌いなのに、なんで龍組傭兵の件承諾しちゃったのか。ヌエが持ち掛けたからってワケでもないし、不思議。
そう思う心の奥深くに、龍組の傭兵を承諾した理由が、目的が、眠っている。しかし しのぶはそれらから故意的に眼を背けていた。
「お待たせ、お団子みっつね」
「ありがとー、また来ますねー」
ニッコリと笑い団子を受け取ったしのぶは茶屋を後にした。
「甘いものが苦手で、手もつけられない程暴れていた影踏みの子が、笑顔でお団子ねぇ.......どこへ持っていくんだか」
彼岸花のように束ね上げられた後ろ髪が小気味よく揺れるのを、茶屋の女将は心配そうに見守った。
妖怪
子供が夕日を背負い影踏み遊びをしているかのように、無邪気に対象を殺しては遺体を引き摺り持ち帰り、どの程度の温度で人体は壊れるのか、どの程度の圧で人体は朽ちるのか、どこをどう傷つければ出血量が多いか、などを調べていたニンジャの中でも一際残酷だった子が今はどこか乾き枯れそうな笑顔で毎日を過ごしている。
「うーさぎ うさぎ、なに見てはねるー、十五夜 お月さま見て はーねーるー.....」
しのぶは昔歌ったうさぎの歌を小声で奏で、龍楼街の外れにある大親友であり最大の敵だった者の墓へ、団子を添えて肩を震わせた。
「うーさぎ、うさぎ..........うさぎさん何処にいるの?」
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