◇367 -腐敗した女帝-5



鼻に残る独特な甘い香りが広がる、和國の大寺【療狸寺やくぜんじ】の境内。調理場と思われる場所から昇る湯気は嗅いだ事のない香りで、世界の甘党エミリオもこのタイプの甘い系は苦手だ。

なんと説明すればいいか.....甘いとひとくちにいってもこれは、猫人族の里シケットで食べた赤黒いねっとりとしたアンコウとやらに似たタイプの、そう、“和國の甘いやつ” 系の匂いだ。


「では、私は華組様達をお送りして来ますので、エミリオさんと烈風さんをよろしくお願いします。ひっつーさん」


「はい、気を付けてください」


妖怪ひとつ眼 女がわたしと烈風、ついでに気分悪そうな───死んでるから悪いもなにも無さそうだが───テルテルを受け取り、千秋ちゃんは妖怪を送りに飛んだ。


「.....なぁ、ひっつー」


鼻をおさえ、わたしはこの匂いの原因を訪ねる。


「なに? 治療は状態を見て私や療狸様がするから痛い所あるなら「~な感じにヤバイ」とか曖昧な言い方じゃなく、確り教えてね」


なぜか既に、完全に、わたしに対して敬語を失っているひっつーだったが、まぁそういうのはいい。それより今の「~な感じにヤバイ」はわたしの真似なのか? だとしたら熟練度が足りなすぎる。


「この匂い.....独特なものも混ざってるけど、甘酒か?」


「あまざけ? なにそれ」


「シルキの.....名物ではないけれど、外から見れば珍しいモノかもかな? 酒だけど甘くて、普通の酒とは全然モノが違うよ。体にもいいし後であげるから」


「おっかえりー! 魔女さん無事ですかー!? わちき心配で心配で.....って、うわあああああ!? 龍組の鎌鼬ィ!? ひやああぁぁごめんなさいごめんなさいぃ」


突然現れて、突然焦り始め、突然おどおどビクビクする妖怪枕返しのわちき。ちゃんとした名前もあるだろうけど、わたしはコイツをわちきと呼んでいる。しかし.....うるせーヤツだな。


「おい、わちき! うるせーぞ! そんな所でビクビクしてる暇あったらさっさと甘酒持ってこい!」


「ひええぇぇ、ごめんなさいぃぃ」


気弱に見えるわちきだが、行動力は恐ろしく高い。わたしに言われた瞬間すぐに何処かへ走り去ったのは.....多分アイツまぢで甘酒とやらを取りに行ったぞ。


「......いいのか?」


「さぁ? いんじゃね?」


「.....、.......、、ハァ」


何に対しての溜め息なのか、ひっつーは大きな瞳を閉じて肩を落とすような溜め息をついた。





ギィギィと昆虫系の脚を擦り合わせ、プライヤーめいた二股の脚先を磨ぐ異形なモンスター。

正体は───レッドキャップの新メンバーとして和國を訪れていた【テラ】だった。妖華ようかのアヤカシ モモと竹林道でやり合い、駆け付けた雪女によって意識を失っていたテラの前に、腐敗仏達が現れ、囲い、テラへ群がった。アヤカシ戦で受けた酷い傷の痛みさえ遠くなるほど強烈な腐敗仏の群がりにテラは狂うように抵抗した。自分でもどの様な抵抗を見せたのかハッキリ覚えていないが、覚えている事もある。クチに無理矢理入れられた異形の一部を噛み千切った。その際、腐敗仏は悲鳴にも似た声と反応を見せた事でテラは「噛み千切り喰ってしまおう」と常人では考えられない思考で抵抗し、腐敗仏達へ噛み付いた。

腐敗仏は元々人間。テラも人間。

人間が人間を喰う行為は共喰い。


テラは腐敗仏を喰い殺した後、自分の体内が沸騰するように熱く煮え、意識が焼き切られた。その後すぐ覚醒し、結果───女帝種となってしまった。


「生きてるヤツを喰えばこんなにも強くなれるんスね。もっと速く知っていればもっと喰ってやったのに......ま、こうして皆さんがいるし今からでも全然いいんスけどね!」


自分が女帝種になった事を簡単に受け入れ、自分の身体を把握し、喰い散らかす道を選んだテラは昆虫の様な脚へグッと力を込め、高く飛んだ。跳躍までの速度が速く、冒険者達も眼で追ったが視界には午前の陽気な雲と太陽だけが映る。


「消えた!?」


「こーゆー時は、ゆりぽよぉー!」


カイトの発言通りテラは姿を消していたが、逃げたワケではない。だっぷーはすぐに猫人族の地獄耳ゆりぽよの名を呼び、その能力を使いゆりぽよは、


「キノコの後ろニャ!」


テラの位置を微かな音で判断し、弓術と同時に場所を言い放つ。カイト、リナ、るー は驚くべき反応速度を見せ、矢の如くテラの位置を狙い斬る。が、矢も斬撃も空振りに終わる。


「.....猫人族ケットシーは好きに動いてくれ。カイトとだっぷーはししの周辺を警戒、キューレは猫人族から眼を離すなよ」


指示を出すつもりなどなかったジュジュだが、相手が相手。しかし戦闘中にアレコレ指示を出すのは自分のやり方でもない、と考え ジュジュは最低限の指示を飛ばし、あとは各々のスタイルに任せる自由戦法を選んだ。これが大規模なレイドだった場合、指揮の少なさにレイドは崩壊する。今の状況と戦況を瞬時に把握し、窮屈感を極限まで削った指示を最低限の言葉で放ったジュジュは、ししの周辺を警戒する。


───このパーティに純癒はししひとり。ここを潰されれば一瞬で詰む。


「さて.....どうするかな」





立派な竹が所狭しと生え延びる夢幻竹林。

朝方に立ち込めていた霧はすっかり薄くなり無いに等しい中、透明化でもしたかのように周囲に溶け込む女帝種は、覚醒した自分の隠蔽技術に心が踊っていた。


───本当に一瞬で高レートまで伸びるハイド.....最高ッスね。


自身が女帝化───SS指定の討伐対象───になった事など今更どうでもよく、そんな小さな事よりも自分のステータスが異常なまでに飛躍した現状と結果にテラは喜んでいた。

妖華のアヤカシにもらった傷は無かった事になっているように治癒再生し、潰れた瞳も裂けたクチも傷痕ひとつなく綺麗で。

身体がだいぶ人間放れ───モンスターでも異形な姿を───しているが、テラにとっては気にする必要もない小さな事だった。


高い自己治癒、再生能力、ステータスは全体的に成長し新た特性なのか隠蔽率が恐ろしいまでに上昇していた。この時点でテラは大いに喜んだが、女帝種のオプションというには大きすぎる覚醒がテラを更に喜ばせていた。



───気持ち悪い連中を喰い殺した時にもらったんスかね? 奪ったって感じッスかね? 使った事ないのに使える気しかしないんスよねぇ......



テラは腐敗仏を喰い殺した際、一体の腐敗仏に埋め込まれる形で宿っていた導入能力ブースターを喰らい、女帝化の際 身体がそれを取り入れていた。本来ならば導入能力を喰らおうが能力持ちを喰らおうが、相手の能力面を奪う事はまず出来ないのだが、例外として様々な例が上がっているため、不可能と一言では言えない状態になっている。


女帝に限らず、異変種についての詳しいデータを揃え、そこから答えを導き出せればいいのだが、それはほぼ不可能。異変種は基本的に、素早く討伐するのが何百年、何千年と変わらない原則であり現実なのだから。



能力ディアってのがどんなモノなのか、はやく使ってみたいッスね」



ハイドレートをギリギリまで下げ、テラは相手の位置を竹影から確認した。



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