◇363 -腐敗した女帝-1



数時間前ウンディー大陸から出発した潜水艦は、想像を遥かに越えた速度を披露し、本来の船では不可能な時間でウンディー海域を抜けシルキ海域へ入り、あと数十分でシルキへ到着する。

貨物船や定期船ならば数十時間~半日ほどで大陸から大陸へと渡れるが、僅か数時間でウンディーからシルキまで行けてしまう潜水艦は控えめに言っても凄い技術が詰められている。『世界の最先端を走り続ける技能族テクニカの技術力は1分1秒と進化を続けている』とアルミナルの職人達がクチを揃えて言う意味も理解できる。それほどまでに、技能族の技術力はずば抜けている。


現在、潜水艦内には9名の人物が乗っている。


「そろそろ和國シルキの海岸沿いに到着するのじゃ」


情報を売り買いし生計を建てる人間冒険者であり、皇位の称号を持つ地界一の情報屋【キューレ】が年寄り染みた喋りで言い、背凭れのない鉄製の丸イスへ腰かける。


「よし、女王様からの指令内容を確認するぞ」


キューレとは逆に、イスから立ち上がり全員の前へ立った人物はギルド【マルチェ】のマスターであり皇位の称号を持つ商人冒険者、人間の【ジュジュ】はウンディー大陸の女王様からの指令、任務内容を確認する。


「まずシルキへ入ったら小型の潜水艦へそれを伝える。そして俺達ウンディー勢は “腐敗仏” と呼ばれている異形な奴等を探し、異形が誕生する原因の特定と排除だ。大妖怪の螺梳ラスは上陸後、自由にしてくれ」


シルキ大陸など存在しない、誰かが真似事をしてシルキ品を作ってるだけだろ。と言い笑う者がここ近年増える中、ウンディー大陸へ入り込んだシルキからの異形【腐敗仏】により、今ウンディー大陸はシルキ大陸の話題で持ちきり。冒険者ならば行きたいと思ってしまう地界───四大陸で最も存在に確証がない大陸へ、ジュジュ達は確かな情報と存在を手に、上陸する。その存在が今この潜水艦に乗っている大妖怪。


「送ってくれてありがとう。冒険者には報酬で金品を払う方がいいと思ってるが、持ち合わせで差し出せる物がコレしかない。どうだろうか?」


大妖怪という強大な名を持つ妖怪種【螺梳ラス】は着衣の胸中を漁り、一枚の紙を出した。


「紙ニャ」


にゃんの紙ニャ?」


「私は酒がいいニャ」


猫人族ケットシーの大剣使いで変化系能力の色が濃く身体に残った鬼猫【るー】が隻眼で螺梳の取り出した紙を見る。

るーに比べて興味なさげだが一応、反応するピンク髪の猫人族【ゆりぽよ】と全然興味なしで手に持つ瓶をクチへ運ぶ酔い猫【リナ】。


「それ、地図?」


「地図.....だねえ!」


「マップデータじゃなくて本物の地図だ!」


半狼状態だか紛れもない人間の【カイト】と恋人ペアの人間───ではなく “ホムンクルス” だとクラウンのクチから拡声された【だっぷー】、そして可愛らしいキノコ帽子の獅人族リオンの【しし】が今となってはレアな紙の地図へ食い付く。


「シルキは長年他国と交流してないからなー、マップデータだとかみんなが使ってる板みたいなそれを知らん。この地図じゃダメか?」


板みたいなそれ、はフォン。つまりシルキにはフォンが存在しない。となればマップデータも勿論存在せず、今も紙性の地図を使ってる大陸。見方によっては古い、進歩のない大陸となってしまうが、シルキは必要最低限の技術を極端に研ぎ澄ませ質を高めている大陸とも言える。今後、他大陸との交流を公に持つ事でどう変化するかは不明だが、今現在はマナを利用した便利アイテムはほとんど存在しない。


「キューレ、あの地図はどうだ?」


「うむ、良品じゃの! このレベルじゃったら地図マニアにも高く売れる代物じゃわ」


今回のパーティリーダーであるジュジュは情報屋にも意見を聞き、和國までの船代を地図で頂く事にした。


螺梳ラスさん、金無いって.....和國はヴァンズじゃないの?」


「ん? ヴァンズだ。金無い理由は......街で酒に使っちまった。外は色々な酒があって金がいくらあっても足りないな」


「あー、それ凄くわかる。オレも飲んだ事ない酒がまだまだあるし、ガンガン種類が増えるし」


カイトと螺梳は酒の話で頷き合い、猫人族のリナも参戦し、もう勝手に盛り上がってくれ状態。

各々が上陸準備をしつつ話しているので、この話題を止める必要もない。3名が酒で盛り上がる中、ししとだっぷーは素材だの加工だの薬品だのとアルケミストな会話で盛り上がり、猫人族のゆりぽよはキューレと、ジュジュはるーと会話しつつも確りと上陸準備を済ませシルキへ備えた。





「......? なんだ?」


廃楼塔の最上階で長椅子へと身を沈めていた仏───観音は遠くの海辺に現れた妙な気配に眉を寄せる。


「知らない生が8つ、知っている1つは......滑瓢ぬらりひょんかな? 全く───最近は外からの侵入者が多すぎる」


ギリッ、と奥歯を鳴らし眉を鋭く立てた観音は吹き抜けの壁から見える廃楼街を見下ろし、不快感に染まる表情を遠くへ向ける。


夜楼華ヨザクラが開花するかも知れない大切な時に外から邪魔が入る.......開花を早めるべき、かな?」


観音は立ち上がり、吹き抜けの壁へ躊躇なく足を進め、廃楼塔から落下するように外へ降りた。

音も無く着地した観音は周囲を見て、玉遊びしている子供を発見し近付く。


「やあ、こんにちは」


優しそうな笑顔で子供へ話しかけ、他愛ない会話をする。子供達はそんな観音に興味を示し近付くと、


「みんな綺麗なサクラを見たくないかな?」


ニコニコ笑って言う観音。子供達が無邪気に頷くと観音は───


「それじゃあ誰よりも一番近くでサクラを見るといい」


───子供を全員殺した。


腕をひと振りしただけで子供の首は撥ねあがり、身体はくったりと倒れ込む。



「寄り道しないで行ってらっしゃい。夜楼華のもとへ」



療狸と同じ大神族だいしんぞくでありながらも、好き勝手に振る舞う観音。腐敗仏を産み出しては放っていたがそれにも飽き、次は夜楼華を開花させ夜楼華の力を身に付け大神族の中でも最も強い存在になろう───と迷惑の規模を越えた身勝手極まりない行動を長年続けていた。


龍組と華組が本格的に争いを始めた事で沢山の命が散る。夜楼華開花に必要な “栄養” は龍と華が生産してくれるので、今まで腐敗仏を産み出して遊んでいたが、今日、この瞬間から観音は本格的に動き始めた。



「大神族.......私は特別な存在だ。何をしても許される神なのだよ」



観音は定期的に村や街を訪れては人々の悩みを優しい表情で聞き、救いの言葉を与えていた。その存在は人々から神、仏と言われ、シルキ大陸の平和の象徴となっている。普段どこで休んでいるのかさえ人々は知らない。突然現れては包み込むように優しく人々を導く存在。


だが、


「........血?」


綺麗に仕上げられた上半身に付着した子供の血を指で掬い、不快そうに眉を潜めた観音はもう動かない子供達を何度も何度も踏み潰した。


これが、現在シルキ大陸で最も力を持ち、最も権力を持つ存在───大神族 観音 の本性。


人々の信仰心を集めた───煽った───のも、ただの遊び。

腐敗仏を産み出し放ったのも半分は遊び。

龍と華の争いを止めもせず見ていたのは夜楼華へ栄養を送るため。


この大陸に存在する人間や妖怪の魂を夜楼華へ無理矢理送り、溜まりに溜まったそれらを夜楼華は蕾を開花させるために使うだろう。そうなれば、毒も瘴鬼も相手にならない程の歪んだ妖力が溢れ舞う。


それを観音は我が物とし、大神族最強の座を狙っている。



「汚れてしまったな......一旦戻って湯浴みでもしよう。汚れてもい衣服と武器が必要だね」



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