◇361 -現喰-16



ウンディー大陸にある職人達が集い賑わう芸術の街【アルミナル】で念願の新装備をゲットした日に妄想した、強者感ある自分。

新装備であり、自分専用の装備であり、これから共に育っていく装備を身に纏い、空前絶後の天才魔女でありスーパー冒険者として歴史に名を刻むであろうわたし、エミリオさんは今、和國の竹林道で美しく踊るように眠喰から伸びるスケスケ赤腕を回避していた。


「あっぶね、段取りってモンがあるだろ!」


格好つけて妖怪退治へ参戦したのはいいが、言葉の駆け引きなしに眠喰バクの赤衣は攻撃を仕掛けてきた。動きは速い方だが、この1年とちょっとで修羅場の中の修羅場を潜り抜けてきたわたしには充分見切れる速度。しかし攻撃力がルナティックだ。強靭な繊維の塊とも言える竹をスティックビスケットのように軽々折るパワーを前にびびらずにはいられない。


「おい雪女! 寝不足の衣だけ凍らせろよ!」


「今やってるって!」


雪女の妖怪だかアヤカシだか知らないが、とにかく雪女にわたしは寝不足───眠喰が纏う薄赤色の衣だけを凍らせるよう声を飛ばした。瘴気をどうにかした時に赤衣は確かに凍った。今回もそれでいい具合に凍らせて、寝不足だけうまく回収出来ればどうにかなると考えていたが、表面的に凍結した所で別の腕がヤスリのように凍結を撫で削り、その間にも無数の腕が攻撃を仕掛けてくる。


「あーもうウザってーな! 腕ありすぎだろ!」


腕、と言っても薄赤色の衣───能力でうまれた妖力の衣───は本物の肉体ではない。伸び縮みも自在で、膝付き苦しむ寝不足妖怪の背部分から無数に伸びている。勿論、寝不足の身体が伸びたりしている訳ではないので衣自体に攻撃しても.....多分寝不足にダメージはない。多分。


「.......この能力イマクイ、何かが違う」


花弁や葉っぱ、根っこや蔓を滅茶苦茶に操る派手花妖怪は攻防の最中で眠喰の能力へ違和感を覚えた様子。寝不足の能力なので、寝不足自体を気絶なり何なりさせれば衣も消えるが、今は近付く事さえ出来ない。だからこそ、小さな情報でも知りたいし必要だ。


「何がどう違う!? って、わたしは元を知らねーんだけどな」


「......!? 攻撃.....弾かれてる感じじゃないよ!?」


氷の盾や氷の槍、氷結弾を忙しく使って赤腕の相手をしていた雪女も違和感をクチにした。元の能力効果を知らないうえに攻撃を一切していないわたしには話が見えない.....が、寝不足の能力に詳しいヤツらが言うなら間違いなく何か変化しているのだろう。


「魔女さん、魔術を使って本体を狙ってくれないかい?」


既に20を越える数の衣腕───現喰の腕───が伸びうねる中でも落ち着いた声音が変わる事なく、派手花妖怪はわたしへ魔術をオーダーしてきた。つまり、天才の出番というワケだ。


「任せろ、ド派手なやつ行くぜ!」


「いや、出来るだけ地味で質素な魔術を頼みたい。合図はこちらで出す」


落ち着いた声でそう言われると、どっちが雪女なのかわからなくなるほど花妖怪が冷たいヤツに思えてしまう。が、何か考えがあってのオーダーだろう。ここは大人の魔女としてキッチリとオーダー通りの魔術を使おうではないか───出来る女として!


「いつでもいいぜ!」


出来る女エミリオが選んだ魔術は中級水属性魔術。足下を流れる霧の水分を利用して下級程度の詠唱速度で中級を放つ作戦。試し撃ちのようなやり取りから、わたしは雨の女帝戦と似た雰囲気を感じ、魔術が効くかではなく魔術がどうなるのかを調べるものだと察した。攻撃者ではない者が外からその経過を見る。レイドでも無意識のうちに恐らく全員がやっている観察を今意識的に行う。


「華嵐後に正面へ!」


派手花妖怪が魔術発動タイミングをわたしへ告げ、和國型.....妖術の魔法陣を展開させ花弁の嵐を起こした。わたしが扱う魔法陣自体が他の連中の魔法陣とは違うし、魔女は各々魔法陣が違う。しかし妖怪が扱うそれもまた別物。この部分を少し突っ込んで調べたいが、今そんな質問をすれば魔術がファンブルしてしまうだろう。と考えているうちに派手な花弁の嵐が止みわたしは詠唱済魔術キープスペルを撃つ。青魔法陣から無数の水滴の弾丸が飛び、周囲の水分───足下に立ち込める霧を吸い進み弾丸は砲弾サイズへと変わる。


「水弾はガードやパリィで弾けるようにしてある! 見逃すなよ妖怪!」


最低限の魔力のみを使い詠唱した魔術。水滴の弾丸は霧を吸い、水球の砲弾へと変化し威力も上昇したとはいえ、あくまでも魔力は最低限。本来の水球系の水弾魔術よりも柔らかい。


「弾けた瞬間にいくつか私が凍結させる! 散った氷塵からも色々見えてくると思うし!」


雪女のナイスな案に頷いた頃、水魔術は眠喰の衣の完全射程範囲内へ入った。腕を伸ばせば遠距離で対応出来ただろうけど、初見の魔術に対して下手な行動を起こさなかったのだろう。この判断だけでも能力ディア ───あるいは寝不足───の戦闘経験値が並みより高い事がわかる。


薄赤の腕が束になり、太い一本の腕へと形を変えた。寝不足の背辺りから伸びるそれは尻尾のようにも見えるが、先端部分は五本指を持つ猛人の手。指先を鋭く尖らせ開かれた手のひらを、腕を、横薙ぎに振り水弾を、


「アァ!?」


「消え......ヒェ!?」


「やっぱり、吸収したんだ。あの腕で」


水弾は全て薄赤の腕に触れ、打ち消されたような脱力感を残し、腕に吸収された。その証拠に寝不足の衣の中を吸収した水魔術が浮き泳いでいる。そして───


「吸われた魔術飛んでくんぞ!」


腕に水弾を集め、投げ飛ばすように腕を薙ぎ払った。魔力、速度、大きさ、全てがついさっき使ったわたしの魔術と同じだ。ならば、別魔術で簡単に消し飛ばせる。と考えたものの、雪女の冷気が走り抜け水弾はその場で停止し凍結。落下し砕け散った。


「ナイス雪女。で、何がわかった?」


わたし自身も今の攻撃でわかった事はある。しかしここは派手花の意見を聞いた方が効率的というか効果的というか、とにかくわたしは魔女の直感で思った。


「全部わかったよ。でも今はここを終わらせよう」


「あ? いや言えよ終わらせるも何も、攻撃効かねーんだろ!?」


「簡単だよ。剣術で本体を叩けばいい」


鼻で笑うように派手花妖怪は言い、小馬鹿にするような笑いを浮かべわたしを見る。


「あっそ、何かお前.....あれだ、男になってる時のお前好きくないわー」


剣術で本体を叩けばいい。そうとわかったならやる事は簡単だ。わたしは武器を鞘へ戻し一歩下がる。すると派手花はカタナをスノウの足元へ投げ、わたしと同じライン───後方へ。


「魔女は魔術、私は華の妖術でサポートする」


考えは同じだった。


「氷系は攻撃にも防御にも使えんだろ? お前が行けよ雪女」


これが今一番いい策で、おそらく一瞬で終わるだろう。


「......わかった。行ってくる」


変化系能力の暴走時はその変化部分を消し飛ばす事で鎮静できる。その他に、本体を完全に気絶、あるいは殺してしまえば嫌でも止まる。

プンプンやさっきの鬼のように、身体に変化がハッキリ現れるタイプには前者が有効だが、寝不足のように変化系なのな操作系なのか具現化系なのか謎なタイプには後者で押さえつける。

寝不足本人は意識を保っている様子だし、薄腕のみに集中すればいい今の状態なら、簡単に雪女は寝不足を気絶させられるだろう。


「舞い飛んだ花も操れるのか?」


「勿論、妖華ようかだからね」


「おっけ、風で腕の相手すっから上手く使ってくれ」


簡単なやり取りを終え、わたしは風魔術をここぞとばかりに連発乱発。派手花はこれまた器用に根蔓を使いつつ、風を利用し花弁を泳がせ、別の腕を抑制。わたしの想像以上に簡単に雪女は寝不足へ接近し、カタナの裏側で寝不足を叩き気絶をとった。


気絶と同時に能力は動きを止め、眠喰の赤衣は蒸発するように消滅した。



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