◇337 -鬼の毒-2



夜叉やしゃ

鬼の一種で、鬼の中でも獰猛な分類に属する種。

その獰猛な鬼、夜叉のアヤカシである あるふぁ は自分の夜叉部分を忌み嫌っていた。そのため極力使わないようにしていたが───今この瞬間だけは後先を考えず、使う事を選んだ。

褐色とはまた違う浅黒.....赤茶色に染まる肌と一本の角。猫人族の るー も鬼化する変化系能力を持つが、それとは雰囲気が違う。

るーの能力は変化系だが強化系に近い。あるふぁの能力はプンプンのような完全な変化系能力。

この手の変化系は性質そのものを変化させてしまう。温厚という性格も今では変化し、唸りを上げる。


「おい、それ」


痛みにも慣れた烈風が身体を起こしあるふぁへかける言葉を探すも、既に変化してしまったあるふぁを前に、烈風は悔やむような表情を浮かべた。


「......ハッ、完全に化物じゃねぇか! 猫鬼とはずいぶん違ぇな.....雷狐といいお前といい、そういうイカレた野郎を待ってた!」


流石は最大級犯罪者。唸り睨む半鬼夜叉を前にしても笑う余裕を見せる。


「烈風っつったか? お前は後だ。まずはコイツを殺る.....邪魔すんじゃねぇぞ」


烈風へそう告げたベルは鞘を捨て、瞳を鋭く尖らせる。邪魔するな、という言葉には、邪魔するなら先に殺る、という意味を含んでいる事を烈風は理解する。そして烈風はベルを邪魔する気など全くない。変化系能力を使った時点で、強さよりも危険度はベルより圧倒的にあるふぁが上になる。

鬼という種は “枷” 無しの場合、鬼以外には毒でしかない妖気を撒き散らす存在と化す。

烈風にとっても、ベルにとっても、今のあるふぁは毒を纏い散らす危険な存在。


「邪魔なんてしないよ、俺は鬼を狩るだけだ」


「あァ!? テメェそれを邪魔っつーんだよ!」


「邪魔はしない。お前が鬼と戦って鬼が弱った所を横取りさせてもらう」


「.......へぇ。コイツはそんなに強ぇのか。この俺が殺される程強ぇのかァ!?」


烈風の発言に噛み付くベルだったが、内心では烈風の事など今はどうでもよく、ただ戦いたいだけ。殺したいだけだった。弱った所を横取りするという言葉はつまり、戦闘中烈風は見ているだけという事。あるふぁを殺せば次は烈風、強い相手と戦闘する事が生き甲斐という一見寂しく思える生き甲斐を持つベルにとって、これ以上ない最高の状況ながれが完成した。


「コイツを殺ったら次はテメェだサムライ冒険者。それまでそこで座ってろ」


太刀を一度振りしベルは独特な型で構えた直後、鬼は咆哮をあげ背中から大太刀を外し、鞘に貼られた札を千切り捨てた。





飾り気のない黒塗りの鞘にはいくつもの貼跡が見える。新しく貼られた札は特種な文字を微かに発光させ、燃えるように文字を揺らしていた。

その札を、鋭利な爪を持つ煉瓦色の腕がクシャリと掴み千切った。掴まれた瞬間に文字は発光を弱め、千切れた瞬間に鎮火。何の効果も価値もない紙切れは薄霧の中を揺れ湿った地面に着地した瞬間、ボッと小さな音を上げ灰滅した。

ただ札を貼り付けるだけの簡単な封印を施されていた、鬼神が造りあげた大太刀【妖刀 鬼殺し】

鬼の神が造り出した太刀が鬼殺し。

鬼を殺す為に造り出された太刀ではなく、鬼にしか扱えず、扱う鬼を殺す太刀。

あるふぁ はハッキリ意味がわからなかったが、自我さえ喰われた状態の夜叉は荒れ尖る頭でその意味を嫌でも理解する。


大太刀の封を千切り、一思いに抜刀した瞬間、刀身は妖気を放ち、夜叉の魂を啜るように、あるふぁの命を削り斬るように蝕む。


鬼にしか扱えない強大な妖気を孕む大太刀。

扱う鬼の魂や命を斬り啜り妖気に変える大太刀。

【鬼殺し】の名以外この太刀に相応しい名は存在しない。と納得出来てしまうほど荒ぶる妖気。

その妖気にアテられ、更に夜叉は荒ぶる。


豪烈な咆哮を轟かせ、夜叉は大太刀を担ぎ構える。柄頭から吊るされている鈴が悲しそうに泣き、泣き声を置き去りに夜叉の眼光は尾を引く。


「ッ───ッハ!」


ベルの単発の笑い声は鼓膜を叩く鋼鉄の轟音によって消され、太刀と大太刀はガチガチと鳴き震え、花を散らし噛み合う。


「まさか呑まれてんのか? おいおい.....そりゃ、つまらねぇぞ」


間近であるふぁの顔を見たベルは別人のような視線と表情に呆れ吐き、夜叉の腹部を押し蹴る。

能力───変化した途端に荒れた事から能力に呑まれた状態だと推測するのは間違っていない。むしろそう考えて行動、対応する方が賢い。

離れた位置で回復ポーションを煽り夜叉を観察していた烈風も能力に呑まれたかと考えたが、どこか抵抗を感じさせるあるふぁの表情から、完全な呑まれ───フレームアウトではないと推測する。


stage3 frame2 80%、ベルと同じSFだが質がまるで違う。

能力に呑まれかけている夜叉あるふぁは歯噛みし、迫る悪魔の手に抗っていた。


「唸ってるだけじゃ話になら無ぇ。が、そうなっちまった以上は話す事なんて何も無ぇ.....サクッと終わるのだけは勘弁しろよ? 鬼」


濃く強い無色光を黄色の刀身が放ち、緑の太刀は一切の迷いもなく夜叉へ斬り進む。烈風はここで乱入すべきだと足裏を動かすも、足が動く事は無かった。

ベルは強い。強く、危険。

そんな事はウンディー大陸......シルキ以外の三大陸で数ヵ月暮らした事のある者ならば知れる情報で、ここ最近では嫌になるほど【レッドキャップ】や【クラウン】の話題でどこも持ちきりだった。皆クチを揃えて “この2つには関わるな” と言う。今までは追う事を笑う者こそいたが、止める事をする者はいなかった。しかしここ最近では止める者の方が多い。

その理由は───レッドキャップが本格的に.....周囲の眼を掻い潜ろうとせず大きく動き始めたからだと、烈風および冒険者や騎士達も気付いていた。水面下から顔を出したレッドキャップは奪い殺す事になんの躊躇もない。今までも躊躇はなかったが、今まで以上に異常。


何の目的で楼華や夜楼華を求めているのかは知らないが、和國にとってレッドキャップの存在は厄介であり脅威。


だが、烈風は手を出そうとはしなかった。

自分が殺られる事を考えたワケでも、敵.....華組の数をベルに削らせるなどという考えもなかった。


夜叉はベルを殺せない。そして、ベルも夜叉を殺せない。

お互いがお互いの存在、情報を持たない。そんな状態での無茶な討伐は絶対にやらない。特にベルは。


烈風はそう思い、疑わなかった。

自分が警戒.....構えるのはふたりの戦闘が終わった後に残る、夜叉だ。


自分に言い、烈風は太刀を強く掴み直す。



ベルの剣術が夜叉の首へ迫る中、夜叉は獰猛な声をあげ大太刀は褐色光を荒々しく纏い、ふたつの剣術光が竹林の空気を激しく歪めた。




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