328 -療狸寺の妖怪-7



ヒタヒタとなる足音が徐々に近くなり、軽いスライドドアを開ける音がした。


「ん.......、、」


「朝ですよ、エミリオさん」


わたしの名前を呼ぶ女性の声........


「.....ねむい.....あと5秒だけ」


「ダメです。早く起きてください! 朝御飯片付けちゃいますよー?」


わたしは身体を揺らされ、瞼を開くと───


「──────おわっ!?」


わたしを覗き込んでいたひとつ眼妖怪にビビり驚き、身体を起こしてしまい、こういう状況での定番、おはようの頭突き合い───と言っても相手は眼なので相当なダメージだろうか、ゴッチンしてしまった。


「いって........」


「~~~~~~っ!!」


転がりもがくひとつ眼妖怪のひっつー。普通ならデコと鼻辺りをぶつけてお互い「いってー」でまぁ終わるが、ひっつーは眼球に頭突きを食らったようなもんだ。転がり回りもがき散らすのは仕方ないが......ひとつ眼が自爆行為をするなよ。


「ごめ、わざとじゃないんだ」


「~~~~~っ!」


まだ痛みの渦に呑まれているひっつーへ申し訳ない視線を送りつつ、わたしは自分の両手両足を確認した。数時間前に折られた───粉砕された骨はなおっていて、痛みもない。

ぼんやりとしか覚えていないが、あの後テルテルが狸女を呼んできて、わたしは寺の中へ運ばれた。その後の事は覚えていないが、運送されている時に狸女が「これくらいならすぐ治るのじゃ」と言っていたのを聞いていたからこそ、今こうして確認作業を済ませたのだ。しっかし、本当に治ってるとはな。


「.......うぅ、エミリオさん、おはようございます」


「おう.....おはよう」


痛みが弱くなったのか、ひっつーは何とか会話出来るまでになり、とりあえず挨拶を。

療狸寺やくぜんじの空き部屋で眠っていたわたしを起こしに来てくれたのはありがたいが.....もう覗き込むのはやめとけよひっつー。


「......さぁ、エミリオさん。一緒に顔を洗いに行きましょう。私がご案内しますので」


瞳をガッチリ閉じたままのひとつ眼娘にそう言われても.....付いていきたくないが、療狸寺を知らないわたしには彼女を頼るか迷子になるかの二択しかない。迷子になって朝食を食べ損ねたなんて事になったら寄生神エミリオの名が廃ってしまう。


「おい大丈夫か? 眼閉じたまま歩いたら危ねーぞ?」


「.....大丈夫です、うっすら開いてますから」


「そ、そうか」





療狸寺やくぜんじは見た目通り広く、廊下がまず長い。ヒタヒタ歩く足音を追っているだけでも飽き飽きするほど長いので、扉につけられた紙みたいなのを指で突き、穴を開けながらわたしはひっつーを追跡していた。


「着きましたよ」


「へ? あ、あぁ」


サイレント指突きがバレたかと思ったが、朝御飯がある場所へ到着した事を意味する つき だった。和國製品は妙に高いイメージがあるから紙も違法的な請求額を要求されてもおかしくない。が、暇だったので仕方ない。バレていないなら何の問題もないし、早く朝御飯を食べて───狸女のポコちゃんに色々と聞かなければならない。

昨日、ひっつーとやりあった後ポコちゃんは「寺の中は今はまだ案内できん」とわたしに言った。でもどうだろう? 今わたしは寺の中を裸足でペタペタと歩き扉の紙をズボズボ連打し、朝御飯まで頂こうというスタイル。寺に入る、または入れるには条件.....決まりがある感じか? だとすると───わたしの骨がボッキボキに折られた事が条件か? ま、それはポコちゃんに聞けばわかる。なんにせよバリアリバルの安宿屋よりもフカフカの毛布で寝られて朝御飯まで寄生出来るのはラッキーだ。


「お待たせしました」


「おいっす」


ひっつーの後にわたしが声を出し、泊まった部屋よりも広く大きなテーブルがある部屋へ入る。すると、


「おはようです!」


「ふぁ~.....っ、おはようさん」


元気のいいわちき妖怪は朝御飯と思われる皿を運び、狸女はダラリと溶けていた。


「よぉわちき。元気いいな」


「魔女さん、おはようです! 適当に座っていてください!」


なんだか忙しそうに行ったり来たりするわちきだが、楽しそうな顔をしている。ひっつーはわちきに加勢するらしいので、わたしはダラリと座らせてもらおう。ここで手伝ってしまえば寄生は失敗してしまうからな。


「よぉポコちゃん。二日酔いか?」


「よくわかったのぉ。頭を内側から魑魅魍魎に叩かれとる感じじゃわ」


「あ? なんだその.....なんだかって」


「気にするなぃ」


意味不明な事を言ったポコちゃんは「あうー」と唸りながらひっつーへ手招きすると、ひっつーは呆れ眼で薬茶を差し出した。中々気の効く妖怪じゃないか。


「お客様が居るのに二日酔いだなんてもぉ.....療狸様やくぜんさまはもう少しここの主人あるじとしての自覚と、大神族だいしんぞくとしての自覚を───」


「その話は後で聞くのじゃ~、あうー.....妖酒 神殺し は旨いんじゃがコレが辛いのぉ.....」


呆れ怒るひっつーと溶け崩れるポコちゃんを他所に、わちきが朝御飯の準備を済ませたので酒の話は置いといて、早速ゴチに。


「魔女さん! 沢山あるので遠慮なさらずどうぞ!」


「サンキュー、んじゃいただきます」


ちゃんとした和國の料理を食べるのは初だが、なんだろう.....予想していたよりも.....派手さがない。

確かこれは和國のご飯.....えっと、米だ。イフリーにも似たようなよがあるが、イフリーはもっと細く、見た目からして違う。そして魚の丸焼きと卵焼きとスープと、サラダにしては少量すぎる野菜、そして、さっきからわたしの鼻を攻撃する謎の種。形はヒマワリやカボチャの種にも見えなくもないが、色は茶色でとにかく臭い。わちきもひっつーもその激臭種を箸という棒でグルグル回している。


「なぁ.....その種やばくね? なんかネバネバしてんぞ? 腐ってんだろ完全」


回せば回すほどネバつく種。回せば回すほど臭いを拡散させる種にわたしは顔を歪める。


「これは種ではなく、納豆という食べ物ですよ。大豆なので種なんかよりも柔らかいです」


「ほぉ......くっせ! これはやべーってハナモゲラなっちゃうわ!」


見た目も臭いもとにかくヤバイなっとーをわちきとひっつーは米の上に爆撃し、平気な顔して食べる。ポコちゃんもグルグルと混ぜ、スープに爆撃し、そのスープを米にぶっかけて食べる。


療狸様やくぜんさまぁー? それはお行儀が悪いのでやめてくださいと何度も言ってるじゃないですか」


「あうー、頭が、頭がぁー」


「良薬飲んだのでもう頭痛はないハズですよねぇ? もう、いい加減にしてくださいよ」


......どうやらあの食べ方はNGらしい。こうして見ると、ひっつーはポコちゃんのお世話係みたいだな。わちきはふぁぐふぁぐ言いながら恐ろしい速度で朝御飯を食べてるし、妖怪って何かすげーな。


「.....あれ? テルテルは?」


ポコちゃん、ひっつー、わちき、だけがこの場にいて、わたしの骨をボッキボキにした体術使いテルテルが居ない。昨日感じた気配もない。


「テルテルじゃったら今死んどるぞ~」


「死んでますね。千秋さんが一緒ですしテルテルさんは大丈夫です」


「死んでる? どゆこと?」


「魔女さんそれ食べないの? わちき貰ってもいい?」


なっとーを求めるわちきへ押し付けるように渡し、死んでる、という意味を考えたが......全くわからなかった。昨日死にそうだったのはわたしの方だし、あれか、可愛い可愛いエミリオちゃんをボコッた罰で殺されたのか? それなら納得出来るし、仕方ない事だ。


「まぁいいや、食い終わったらポコちゃん話相手なってくれよ」


「そう来ると思ったのじゃ。ひっつー、後でワラワの部屋に茶と茶菓子を頼むのじゃ」


「コーラとケーキな。ひっつー頼むぜ」


「私もお掃除や修行、買い物もあるんですからそのくらい自分達でやってください! こーらとかけーきとか何ですかそれ! 知りませんよそんなの!」



.......ひっつーは怒ると頬や耳が赤くなって、涙眼になるタイプの女の子だった。




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