◆262



到着した教会班───各大陸の代表へアスランは見たままを伝えた。プンプンの様子がおかしい事も。


「またウンディーか!? また貴様等がトラブルを産んだのか!?」


イフリーの代表者、ビルウォールは青筋を立てセツカを睨み叫んだ。また、という言葉に心当たりが無いワケでもないが今は誰もビルウォールへ構わず、何をどうするべきか考える。アスランが持つ独特な領域系能力で負傷者は全快したものの、これは治癒術───魔力を使って傷を癒すものではなく、対象者の再生力を一瞬爆発的に上昇させる超回復。対象者は反動ですぐに活動出来ないのがアスランの能力で行う回復術。

しかしひとりだけ、すぐに起き上がった者がいた。


「さっきの、助かったデス。想像以上に活性化されて繋ぎ結びが速く済んでよかったデス」


酷い火傷だった後天性吸血鬼は火傷の中で自身の細胞を繋ぎ結び、真祖 吸血鬼が持つ再生能力をフル回転させていたらしく復活。白髪で黒紅の瞳に全員が驚くも、すぐに色は戻る。


「エミリオのツレやんな? アイツの個性的な人ばかり集める才能なんなんやろな」


「お狐様、プンプンさんでしたっけ? あの人も個性的デスしねぇ.....まぁ、今暴れてるデスがあたし達はプンプンさんではなく.......お客様の対応デスかねぇ?」


アスランの言葉にマユキは反応しつつ、横眼で何もない空間を睨んだ。一瞬その空間がひずみ、亀裂が走る。


「なんだ!?」


「力任せにこじった空間魔法じゃ!」


アクロスの驚き声へキューレは素早く答え、ローブを揺らし短剣を構える。

亀裂が破裂する前に戦える者は武器を構えた。力でこじ開けられる空間はガラスのように割れ───ピエロが悪戯に笑った。





冷たい雨が急かすように叩き、私は瞼を押し上げた。

左側は眼帯で暗く、右側は重たい色の曇り空を見る。

思ったよりもハッキリしている意識と記憶で、自分がアイレインにいる事、ベルと呼ばれるレッドキャップの男と戦闘した事、そして酷く痛む傷を思い出す。

私は痛む傷に瞳を細めつつ視線を横へ流すと、知った顔が。


「.......ジュジュ」


「お? おはよう。半妖精にも効くんだなーこの薬」


ギルド【マルチェ】のリーダーであり、皇位を持つ商人のジュジュは薬瓶を眺めフォンを忙しく撫でる。


「起きたばかりで悪いんだけど、とりあえずコレ飲んでくれ」


別の薬瓶を取り出したジュジュは、それを私へ投げ渡す。

見た所、痛撃ポーションにも見えるが.....匂いは少し違っていて、見知らぬキノコマークが瓶に描かれていた。


「......これは?」


「ししっていう人が生産した薬、ししは今この中で色々やってる」


この中といい指差した場所はボロボロの建物の中では比較的原型を留めている建物。雨を凌ぐには充分だが......数時間前まではこの建物も、街全体が綺麗だったハズだ。


「それは即効性の痛撃ポーションで、飲んで数時間は他の痛撃系ポーションを追加飲みしても無効で、同じポーションでも上乗せにならない。ここの部分を改良出来ないか試してるらしいけど、今はそれが完成形だ」


「へぇ......」


大陸名や狼印以外に消耗品を生産している人がいたとは知らなかったが、グレーなアイテムならば簡単に渡してくれないのがマルチェのマスター。これを普通に渡して来た事から、販売を認められたクリーンな消耗品という事になる。つまり、今説明された事以外にリスクはないと言う事になる。そして───、


「速効性の痛撃ポーションを持ち出したって事は......クラウンやレッドキャップ以外に面倒な事が起こっている?」


痛撃ポーションは傷や体力の回復ではなく、言わば誤魔化しでしかない。一応ジャンルは回復薬だが、痛みを一時的に弱める効果と言うのが正解。起きたばかりの私へ痛みを弱め誤魔化す薬を渡して来たという事は、すぐに動いてほしい何かが起こっているという事になる。

複数のフォンを忙しく操作していたジュジュの手が止まり、真面目色の瞳を私へ向けた瞬間───朱色の光が近くで拡散し、光から感じる気配で私は理解した。





蜘蛛の巣状に拡散する朱雷をワタシは黒円の瞳───素早い動きを捉える能力でギリギリ回避した。プンちゃの動きは元々速かったけど、この眼で捉えられないほどではなかった。でも今はこの眼を持ってもギリギリ。


「んにゅ......ビリッっとしたニャ」


ワタシと同じくギリギリで回避した───といっても尻尾の先を掠めた様子の───猫人族ゆりぽよ は剣弓を構えつつ尻尾の先を気にする。濃いピンク色の尾は先が少し焦げている程度で大きなダメージは無さそうだった。


「なぁ、プンプンって前にもこんな感じになった事あるの?」


朱雷───白青の雷よりも速度が速く細かい動きを見せていた雷を簡単に回避していた少女は、プンちゃを見詰めたままワタシ達へ言った。見たところ本当に少女のような顔立ちを持つこの人物は───天使。天使についてはほぼ何も知らないが、味方であり、プンちゃを心配していて、助けたいと思ってくれている。


「暴走みたいな感じは前にもあったけど.....この雰囲気は暴走とは全然違う」


「音も平常だニャ。能力の暴走にゃったりゃ、もっと音が狂ってるハズだニャ」


形のいい耳をピクピク揺らし、プンちゃから音を拾うゆりぽよ。たしか ゆりぽよ は音から色々と情報を得る能力を持っていたハズ。


「マナや魔力も言っちゃえば正常なんだよね。プンプンにしてはちょっと冷たいってか、変わった雰囲気だけど、荒れてたり揺れてたりはない。だからわっかんねーんだよな......」


どこか苦しそうな表情を時折みせる天使は、綺麗な翼を一度扇ぎ、起こした微風でワタシ達を回復してくれた。


「んニャ!? 治癒じゃにゃい回復術はいいにぇー。天使にゃん」


「あーん? ニャンニャンニャンニャンなに言ってるか意味わかんねーけど、大天使の私は有能だろ? 一生養ってくれてもいいんだよニャンニャン」


「ふざけた事は終わった後で! 来るよ!」


声を出すまでもなく、ゆりぽよは音で、天使はマナや魔力の変化でプンちゃの攻撃を見もせず回避する。



「ねぇ、天使って死んだ命を蘇生できたりするかな?」


パチッと雷を破裂させ、天使を一直線に見詰めるプンちゃ。


「うーん.....無理だと思う。蘇生したいのは亡くなった妹でしょ? 天才蘇生術師が蘇生術を使っても今更無理な話だよ」


「そうなんだ.......わかった」



底が見えないほど深く冷たい雰囲気を一気に溢れさせたプンちゃは───今までの速度を遥かに越えるスピードでゆりぽよの背後をとっていた。ワタシもゆりぽよも天使も、微雷が肌を撫でるまで反応出来なかった。


「天使の感知は凄いから、モモカを探すのに使わせてもらうね」


「───ニッ!?!?」


朱雷を纏うプンちゃの右手が鋭く走り、ゆりぽよを容赦なく貫いた。背後から右肩付近を貫通。ゆりぽよを投げ捨てるように引き抜かれる腕は血を散らし、魅狐はふわりと揺れ───、


「ッっ!」


「───!?」


ワタシの背後へ回り込んだプンちゃは、同じように朱雷を纏う腕での突き。悔しいけど、この眼でも見えなかった。

それでもワタシはプンちゃの攻撃を両手で止める事に成功したのは───勘だ。


「凄いね.....ボクの動きが見えたの?」


「ううん、でも次はワタシを狙うってわかったし......同じように背後を取る事も予想できた.....ッ」


女帝種に対抗すべく生産してもらった義手はプンちゃの朱雷を両手で受け止める事も出来たけど、両手でも押し返す事は出来ず、接合部分が軋む───嫌な感覚が走る。


「生身の腕なら受けられないのに......その腕、邪魔だなぁ」


軋みは重く残る痛みへと変わり、義手への感覚を遠くする。このタイミングでプンちゃは朱雷を強め、腕を力任せに圧しきった。


「痛ッ!」


「壊せた」


義手は指先から剥がされるように抉られ、接合部分まで一気に亀裂が走り砕け散る。

腕を失った時を越える激痛が、ワタシを押し潰した。






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