◇253



赤黒の靄が渦巻く謎の空間魔法内をわたしはフワフワと泳いでいた。

泳ぐ、と行っても水中を泳いでいる感覚とは違う。流れに身を任せている、という方が近いのかもしれない。

ダプネがわたしに使った意味不明な空間魔法.....今の所はダメージもなく出口もない事から、拘束系の空間魔法とみていいだろう。


「........なにやってんだよ、あのバカ」


拘束系空間魔法をこのわたし、エミリオ様にブッパした事に対しての嘆きではなく、顔面にピエロメイクを施してアイレインを滅茶苦茶に踊り回った事に対して、わたしは言葉を溢した。


魔女で唯一と友人と言える存在がダプネだ。

昔は泣き虫で、昔から正直言ってフラフラと揺らされやすいヤツだった。今は泣き虫の部分は弱くなったけど.....揺らされやすい部分は強くなってしまっている。


わたしが魔女界から弾かれて15年くらいか? 魔女にとって15年なんて短い時間でしかないが、それでも15年、沢山の変化はあるだろう。ダプネが黒曜という名を与えられて強魔女になっていたり、エンジェリアが完全に天魔女の座に着いていたり。他にも変化は沢山あるんだろうな。


でも、どんな変化をしていようと、わたしにはどうだっていい事。

今わたしが大事だと思っているのは地界で、その地界を荒らし回るのがダプネならば、わたしは遠慮なくダプネを叩く。お前が何かにグズグズ迷っていたとしても、わたしは容赦なくお前に噛み付くぞ。


「........にしても、出口が全然ねーしモヤモヤしててイライラすんなここ。くっそ」



見た事のない空間魔法はどこまで続いているのか......わからないが、わたしは流れに身を任せ続ける事を今は選んだ。





白銀の狼───の背の上でワタポは眠るししへ視線を向けた。


ししは人間ではなく、獅人族リオンという種族。そしてししのキノコ帽子から現れた小人は───自分と同じ人間種である事を今まさに小さな人間からワタポは聞いた。



───自分がししの立場ならば他人に構う余裕はない。自分が小人の立場ならばきっと全て諦めているだろう。



眠るししから視線を外し、重たい雨雲に覆われた空を見た───直後、空が青白く光り、鳴き声のような雷が雲を切り裂き落下した。



「わっ!? 雷!?」


「こわいよぉ、オヘソとられちゃう」


「かっこいー!」


「こら、早く帽子に戻るぞ!」



小人達はクゥの上からししの帽子へ戻る中、ワタポは、



───今のは、



「クゥ! ワタシは行くから、ひぃちゃとししちゃをお願い!」


「バウ!」


フェンリルの「任せろ!」と言うような返事を聞き、ワタポはクゥの背から飛び降り、雷が落ちた方向へ走る。



───今のは多分.....いや、絶対にプンちゃだ。



ただの雷にしては音が明らかに違っていた。まるで泣き叫ぶような、そんな音。

プンプンならば絶対にマズイ状況に違いない。ワタポは焦る気持ちで足を動かしていると、今度は特異な魔力の風が全身を叩いた。



「───!!?.......魔女? でもエミちゃのとは違う......」





四大魔女の紅玉、蒼玉、翠玉は炎、水、風の上級魔術を驚く速度で詠唱し、放った。

強魔女達は天魔女の指示通り素早く感知術を使い、黝簾を探す。


「おま、幻想術でもその火力は直ったら乙るっつーの!」


グルグル眼鏡の魔女フローは両手をバタバタさせクチを開き焦る───様子を見せるも上級魔術に対抗する様子を見せない。三種の上級魔術はフローへ迫るも、


「真面目にやれ」


小さく声が響くと、フローはバタつかせていた手を止め、グヒヒと笑う。

声の主はフローの後ろにいた黒曜の魔女ダプネ。呟いた直後に大型の空間魔術を発動させ、三種の上級魔術を呑み込んだ。魔女達はダプネの行動に驚き、一瞬の停止。その隙を逃すワケもなく、ダプネは空間の出口を強魔女達へ向け開く。すると三種の上級魔術は待っていたかのように荒れ狂う。


広がる爆炎を業水が消し、沸き立つ水蒸気を暴風が吹き散らかす。


「ナーイス、ダプネちゃん。信じていたナリヨ」


「嘘つけ」


「あら、やっぱりわかる?」


フローは魔女を前にヘラヘラとしたふだけた態度を変える様子もない。散らかった水蒸気が消える前に、魔女達は魔術を放つ。


「動かんでええよ、ダプネちゃん」


フローは呟き、地面を人差し指でトントン、と叩く。するとフローを中心に小範囲の無色魔法陣が展開され、無色のドームがふたりを包む。

中級、上級魔術の嵐を受けてもブレないドームにダプネは驚かずにいられない。

いくら防御術といえど、いくら相手が幻想術の存在だといえど、これだけの数、様々な属性の攻撃魔術を受けきる防御魔術など聞いた事ない。

そう思う半面、フローならば天魔女も知らない魔術を知っていて使えたとしても不思議ではない。と思う自分もいた。


「ありゃ、終わりかいな? こんな火力じゃ魚も焼けないぞ? 全く......ちゃんと魔術をお勉強しなされよ! お前達は魔女なのに残念すぎるっちゃ」


「またふざけた魔術を作ったのねフロー」


「ふざけてなんかないもん! まじめだもん!」


これまたふざけた仕草でエンジェリアを挑発するフローだったが、エンジェリアは紫の瞳をフローから外し、ダプネへ。


「ダプネ。フロー側って事でいいのね?」


「........あぁ。お前達とは敵だな」


「よしよし、んじゃ、話をまとめると.....わたしとダプネは君達魔女の敵で、わたしもダプネもこれ以上幻想体のお前らと話す事はナス! 地界の人達をビビらせるノリで来たんだろうけど、それもフローさんの可愛らしい手によって阻止されるって事ッス。ザンネンっしたっ」


フローは言い終えると同時に、キンッ、と心地好い音を響かせコインを2枚弾いた。

魔女達は素早く詠唱し、魔術を放つもフローは焦る様子もなく宙で廻るコインをキャッチ。

すると、フローとダプネを包むように光りの風が吹き、魔術は風に触れた途端に消滅。

魔術が消滅した直後に魔女達を包むように炎の円が現れ、まばたきよりも速い一瞬の時間で円内を獄炎が焼き潰した。


「.....なん....だ、今の.....」


強魔女の中で一番四大魔女に近かった黒曜───ダプネでさえも眼を見開くフローの攻撃。


「シンシアコイン! 護風コインと獄炎コイン。このレベルで驚いてちゃ話になんないよ。もっと強くならなきゃだな! ダプネちゃん!」


「.......ハハ、イカレてるなフロー」


「自覚してるナリ。んな事よりも、ほれ! 早くメイクして、行くぞ」


フローは【シンシアコイン】を専用のケースへ収納し、自作の隠蔽アイテム【マジカルピエロ】をダプネへ渡し、グルグル眼鏡をワクワク色に輝かせる。


「行くってどこへ?」


ダプネ小瓶を受け取りピエロメイクを済ませ、どこへ向かうつもりなのか一応訪ねた。するとフローは口角をあげ遊園地を楽しみにしている子供のような雰囲気で、


「あの魔女バカどもはマナサプ解除したろ? その時、空で雷が鳴いたの気付いたかい?」


「雷?......いや、必死すぎて全然」


「むぅ~、ダメだぞ! どんな状況でも楽しんで、どんな状況でも楽しそうなモノを探す癖つけなきゃクラウンとしてやっていけないぞ! ダプネちゃんは今日から黒曜の魔女じゃなくて、道化の魔女なんだよ! しっかりしてよね!」


腕を組み、頬を膨らませ怒る仕草を見せるフローは、その仕草の瞬間になんの魔術かわからないが魔術を発動させ、水が沸騰した時に上がる水蒸気のようなものを自分の頭からあげ、コミカルな演出を見せた。


───無駄な魔術の使い方だが、感知さえ遅れる程の速度で魔術.....ふざけているが、コイツは凄い。


小さく無意味な状況でもフローの凄さが伝わる。真面目に戦えば天魔女と同等.....もしかすると、それ以上ではないのか? とダプネ思わざるを得ない。魔女達が幻想体だったとしても、シンシアコインの一撃もあり、ダプネの中でフローはどの魔女よりも異質で異常な存在に変わっていた。


「幻想個体でも相手はヴァル魔女だぞ? 楽しむ余裕があるのはお前だけだろ......で、その雷が?」


「その雷は自然のモノだけど自然のモノじゃないのだよ! 雷を操る力を持つ人が自然の雷も一瞬操った、みたいな感じ? 面白いモノが見れそうだから行くよ!」


「はぁ?......たまにお前の言ってる事が理解できないぞ.....」


「まぁまぁ、見ればわかるっちゃ。空間繋ぐから行くよ! 早く! 速く! ほら! いそげー!」


フローが腕をクルッと回した直後、空間が現れ、そこへフローは迷わず飛び込んだ。ダプネも呆れつつ、空間へ飛び込んだ。







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