◆215



緻密な計算に計算を重ね、やっと扱える空間魔法。わたし、しし屋のバイトリーダーエミリオさんは緻密な計算を攻略し空間魔法を使ってアイレインまで向かっていた───のだが、どこで計算を間違えたのか、空間の出口がウンディー平原の上空に繋がってしまっていた。


「───あぶぁ!?」


計算ミスでの落下死などダサすぎる死因はゴメンだ。

次の空間をすぐに開き違う出口から飛び出ればいい、と考えたわたしだったが、自分のではないよく知る魔力を感知し、迷わず身を任せた。


落下ルートに現れた虹色の靄。吸い込まれるように落下する身体。

遊び心か意地悪心なのか、出口が地面ギリギリに繋げられていたため、ウンディー平原へダイナミックなキスをするようなスタイルでわたしは着地。空間内を複雑なルートにした事で落下の速度は消え滑るように着地できた事から術者の技量がうかがえる。


「お前は.....何がしたいんだ?」


倒れているわたしを見下ろし、呆れ声を降らせたのは空間魔法のプロと言っても過言ではない気もしなくもなくもない同族のダプネ。


「死ぬかと思ったぜ.....助かった」


今朝の宿屋前での騒ぎで失踪してから姿を見せなかったダプネだったが、いいタイミングで現れた。落下死を免れたわたしは安心しつつ、早速ダプネへ空間のお願いをする。


「アイレインまで送ってくれよ」


「はぁ? いきなりなんだよ? てか歩いていけよ」


確かにここからアイレインまでは充分歩いて行ける距離だ。しかし.....わたしは歩くのが面倒臭いのだ。


「送ってくれよ。てか何しにきたんだよ? わたしの魔力感知して来たんだろ?」


ダプネこそ平原をひとりで歩くようなタイプではない。得意の空間移動でサクサク街を飛び回れる魔女が平原を歩くなどあり得ない。ここに来た目的は知らないが、わたしの魔力を辿って来たのは確実。

何か用事があるのだろうダプネは、慣れない動きでフォンを操作し何かを探しつつ答える。


「お届け物。お前が魔女界あっちに置き忘れていたモノだぞ」


あっち、とは外界の魔女界。

わたしが置き忘れたモノ.....何も持たず地界へ弾き飛ばされたうえ、もう10年以上も前の話だ。何を置き忘れてきたのかさえ思い出せないほど、地界ここでの生活はわたしを楽しませてくれている。


「あった、これ3つとも全部お前のだろ」


そう言って取り出された三種類のアイテムにわたしは声を出さずにいられなかった。懐かしく、そして成長した今だからこそ嬉しいアイテム。


「あーん? おぉ!? おおおー!!」


取り出された三種のアイテム。まずは、箒。

魔女の代表的な移動手段が箒で飛ぶ事。これは地界でも童話の魔女が箒で飛んでいる事からここでも代表的な移動手段なのだろう。

幼いわたしはこの箒を操れずにいたが今なら余裕で操れる気しかしない。


「初箒で “ムスタング” 選んだお前は相当頭がおかしい魔女だよな」


小馬鹿にするように呟かれた言葉。しかし今なら幼きわたしの無謀レベルを自分で小馬鹿にしたくなるレベルだ。

魔女界で最速を誇る 魔箒まほうき固有名は【ムスタング】名前の通り、じゃじゃ馬 だ。細かい動きを行う際の魔力要求量が中々に馬鹿げている事から、誰も愛用しないイカレ箒。


次にダプネが取り出したアイテムは帽子だった。

魔女のトンガリ帽子ではなく、わたしが好むキャスケットタイプの帽子。魔女のマークと四属性の色を持つ星マークが描かれたキャスケット。


「おおおお! エミリオ帽子じゃん! 懐かしいなー!」


懐かしきキャスケットを手にわたしは、ついはしゃいでしまった。幼い頃はサイズが合わずブカブカだった帽子も今では───少しブカブカまで成長している。


エミリオ帽子こと 固有名【ソルシエール キャスケット】は装備者の魔女力が多ければ多いほど全属性耐性を上昇させ、行動などで消費する体力を下げてくれる特種効果エクストラ持ちの帽子。

攻撃的ではないものの、全耐性と体力温存系の特種は紙防御のわたしにはありがたい代物。

ソルシエール───魔女力を意味する単語。

その名の通り魔女の魔力で特種効果エクストラの恩恵が変わる魔女の帽子。デザインがトンガリ帽子ではないのがまた憎いほど良い。


「最後は.......ローユ!? とっくに誰かパクってると思ってたぜ.....わたしの短剣ちゃん!」


最後のアイテムは骨っぽい質の鞘で眠る短剣、固有名【ローユ】だった。これは生産時に固有名が無かったアイテムで、その場合は所有者が名前を決める事が許される。幼いわたしはこの短剣の素材となった老いた竜の名前をそのままつけた。


「懐かしいな.....あのドラゴンもう死んだかなー.....」


わたしはローユと出会った時の事を思い出し、ポツリ呟く。


「もういい年だったんだろ? その竜」


「うん、ダプネと空間魔法やってた時になぜか繋がってなー。初竜でテンション上がったぜ、あの時は」


魔女界では部屋に閉じ込められたままだったわたし。定期的にダプネが遊びに来ては魔術の勉強と言い、魔女子レベルでは許されない中級魔術や上級魔術の本を読み漁っていた。その時、空間魔法という魅力的な名前に惹かれ、わたしとダプネは連日のように空間魔法の練習をした。

何を間違えたのか、わたしの空間は老いた竜【ローユ】が静かに暮らしていた洞窟へ繋がり、何を思ったかわたしはその竜と友達になるため空間移動した。結果友達になる事に成功し、帰り際にローユが自分の抜け落ちた角を二本くれた。一本は自分に、もう一本はダプネへあげ、当時の天魔女へ説明し、わたしの角だけ武器にしてもらった。


「........あ、それでか!」


わたしは思い出の中で短剣の特種を思い出し、数ヵ月前にダプネの空間内で起こった “ファンブルでもないのに発動しなかった魔術” あれの正体を今さら知った。あれは───ローユ武器の特種効果エクストラスキルだ。


「ローユの特種効果エクストラは、触れた魔法を破壊する。詠唱中にローユの特種が発動すれば魔術は消滅.....あの時ダプネの剣とわたしの剣がぶつかってたし、だから詠唱済みの魔術が消滅したのか」


「あー、イフリーで再会した時のな。正解だよ。この特種は言うこと聞かなくてなー.....最近やっと3分のディレイありでやっと操れるようになったよ」


そう嘆きつつ、ダプネは背負っている剣へ手を伸ばし鞘を走らせた。固有名【レリーフ ピニオス】はわたしが魔女界を去った後に作られたローユ素材の剣だった。


「わたしも剣にすればよかったぜ.....まぁ短剣にしたおかげで鞘もローユの角製なんだけどな」


「鞘なんて何でもいいだろ」



短剣をクルクル回すわたしへダプネは呟き、横眼で見てくる。正面からわたしを見ない時のダプネは───何かある時だ。


「どうした? 何か悩みでもあるのか?」


からかう様に呟き、ダプネの喉まで上がっている言葉を引き出す。幼い頃は人見知りで泣き虫だったダプネへ毎日こうして話しかけていた。


「別に悩みじゃないが.....アイレインに何の用事なんだ?」


「よくぞ聞いてくれました! ウンディーの女王様のクエストにわたしが選ばれたのさ!  まぁ面倒臭いんだけど、わたしレベルじゃなけりゃ無理なクエストって事だろうし、それならしょーがねーじゃん?」


「お、おう。全然面倒そうに見えないが.....アイレイン、か」


「そそ、だからサクッと空間よろしく!」


「......。はぁ、わかったよ空間繋いでやるよ」


「さっすが空間魔女!」


嫌そうな感じはあるものの、ダプネは空間魔法を発動し、虹色の入り口を展開してくれた。これでアイレインまでひとっ飛びに移動ができる。


「サンキュー、愛してるぜダプネ!」


「さっさと行けよ、閉じるぞ?」


本当に閉じられそうな視線に焦り、わたしは空間魔法へ飛び込んだ。ふわりとした浮遊感と落下する感覚後、わたしが到着した場所は───


「.......、、どこだここ? さむっ」


真っ暗な場所だった。






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