◆206
所持金を確認し、わたしはガックリと肩を落とした。
大きな買い物をした記憶がないのにお金はガリガリ減っている。
ここ最近の自分の行動を思い返してみると.....珍しい食べ物を買って食べて騒いだり。その程度でここまで減るものなのか? と自分を疑うも問題は買い食いではなく、入ってくるお金がない事だ。
これらの間にわたしは恐ろしい金使いの荒さを自覚なしに披露し、あっという間にすっからかん状態まで自分を追い込んでいたとは.....いっそダメなヤツの見本にでもなってやりたい気分だ。
しかし武具は必要。そうなればわたしに休む暇などない。休む暇があるならお金を稼ぐのだ、天才冒険者よエミリオよ。
自分自身へ何度も何度も言い聞かせた、みんなを放置し、わたしは集会場へ走った。
本当ならキューレに小さくしてもらって、チビ竜の背か、だっぷーのフカフカおっぱいの上辺りに乗って【アルミナル】まで行く予定だったが、予定変更だ。
まずは街で出来るクエストを受注し、消耗品代を稼ぐ!
消耗品を買い込むだけのヴァンズが貯まったら討伐系やらのガッポリ稼げる系クエストをいくつかやる!
そして武具完成! わたし最強! 街の人々は「キャー! エミリオさん素敵! 尊敬! 好き!」と言い出しスーパーハッピーエンド。
震えてしまうほど完璧すぎる計画をたてたわたしは集会場に到着するや否や、すぐにフォンを繋ぎクエストリストを睨む。
なんだかんだで、今の所持金は10万vしかない。
あと5万くらい稼いで、全部消耗品に使えば討伐系クエストを何度か回せるだろう。
最低5万vで街中で出来るクエストはないか?
走る気持ちを押さえ、ひとつひとつクエスト内容を確認していると─── 時給1400v、1日4時間程度。のクエストが現れた。
1時間1400vで1日4時間.....2週間くらいやればいい感じになるんじゃね!? 4時間だから.....終わったら楽勝な討伐系クエストをやりつつここで働けばお金持ちになれそう!
と、天才的な閃きをしたわたしはそのクエストをタップし、詳しい内容を確認する。
【子キノコ募集!ノコノコしてたら〆じだよ!】
場所:ウンディー大陸【しし屋 アルコルード店】
内容:ノコノコ来たら説明しマッシュ。
時給1400v、頑張り屋さんにはプラスでご胞子!
採用期間:1週間。
ご希望ならば小さな部屋をお貸ししマッシュ。
中々に個性的な内容だが、名前が引っ掛かる.......しし屋ってどっかで聞いた........気がしなくもない。
しかもこれクエストってかバイト募集じゃんこれ! いやダメでないけども、ワードチョイスもすげーし、なんだこれ。でもまぁ.....面白そうだし【アルコルード】って街はまだ行った事ないし、これにしよう。
わたしは神さえも二度見する速度で指を走らせ、しし屋のバイト募集にノコノコ応募した。
すると───30秒程で返事が届く。
〈初めマッシュて、マップデータと馬車チケットご胞子したから、店にノコノコ来てね!〉
と、友達にメッセしているような、なんとも砕けた内容の返事が。まぁガチガチの返事が来るよりいい。マップだけでなく馬車のチケットまで添付してくれたのは大いに助かるし。
って事で。わたしは迷わず馬車乗り場まで走り【アルコルード】行きの馬車を待つ。馬車を待っている時間にキューレへ「バイトしてくるからみんなによろしく」とだけメッセージを送っておいた。
◆
バリアリバルから馬車に揺られ揺られたわたしは、芸術の街【アルミナル】の横にある、美食の街【アルコルード】に到着した。
美食と言われるだけあって、街の門を潜る前から胃を刺激する香りが漂う。そして門のデザインはドーナツときたか。
とにかく街に入り噂の【しし屋】を探そう! と意気込み走ってすぐ───この街の怖さを知った。
街の8割が飲食店とみて間違いないだろうか。屋台もあり、街全体が訪れた者の鼻を刺激し胃を全力で攻撃してくる。
そして街を歩いている人々は何かしら食べている。罪深き食べ歩きだ。
甘い物から辛い物まで全てが揃っている街.....見たことも聞いた事もない食べ物で溢れる街。料理だけではなく食材ももちろん豊富。巨大なエビやキラキラツヤツヤのフルーツ。調味料や酒の種類も恐ろしく揃っている。
美食の街.....料理人の街とも言えるなこりゃ。
「.......っと、迷う前にマップでしし屋の場所を確認しとこ」
添付されていたマップデータを読み込み、アルコルードのマップが表示する。目的地である【しし屋 アルコルード店】は “プラ” と呼ばれるエリア───多分他の街でいう大通りだろうか?───にあるらしい。
【プラ】【ヴィヤンド】【ポワソン】と不思議な名前を持つエリアが3つ。マップを見る限りでは3つとも大きなエリアで盛り上がりも期待出来そうだ。是非今すぐに3エリア制覇を目指したいが、お財布事情がアレなうえに、この街は食べ物の誘惑が凄まじい。お腹に余裕があってもお財布に余裕がない貧乏神こと、わたしエミリオには【プラ】と呼ばれるエリアへ急ぐ以外に選択肢はない。
あぁ、下級貴族でもいいから人間貴族として産まれたかった。などと自分の種族から否定し始めそうなので1秒でも早く【しし屋】へ到着する事だけを考え、美味しそうな街でヨダレを飲み走った。
◆
グツグツと煮える鍋、綺麗な水に浸かっている色とりどりの野菜。オーブンではパンがいい香りを漂わせ、大きな釜では
美食の街【アルコルード】に店を持てる時点で相当な料理スキルが要求される。しかしこの街で店を維持する事が何よりも難しい。早い店ならば1週間で撤退させられるほど料理に対して一切の妥協を許さない街。
その街でも最もレベルが高いと言われているエリアが【プラ】と呼ばれるエリア。
「~~~ッ....ふぅ。パンさん焼けたかな?」
アルコルード【プラ】エリアでキノコの看板を出す【しし屋アルコルード店】店主ししは一度伸びをいれパンの焼け具合を確認する。アルコルードでのしし屋はお弁当屋さん。店内にテーブルなどはなくテイクアウトオンリーの店。
ししは巨大オーブンを開き、こんがり焼けたパンを取り出す。こんがり熱々に焼けたパンから熱を少し逃がす間に、店の看板を出す事に。
キノコマークの看板はしし屋の目印。アルコルード以外の街で既に店を持つししは “お弁当屋さん” をやりたいと思い、今日からこの場所で始めてみる事にした。
常人ならば美食の街は絶対的自信を持つ料理を看板に挑む街。しかし ししは “場所が空いていたから” と簡単な理由で美食家達の巣窟とも言えるこの街を迷う事なく選んだ。
「カニパン カンパン コレはかんばんー.....んん?」
キノコ印の看板を抱え、窓の前を通過したししは声を拾った。初めてこの場所で店を出すというのにもう開店待ちが? と思えるほどどこか賑やかな声が外から聞こえる。
待たせるのも悪い、と思い急ぎ看板を出そうと扉を開くと、そこには開店待ちの人間ではなく猫達がしし屋前で声を出していた。
「あら? 猫ちゃんがいっぱい」
一匹二匹ではなく、ざっと数えても十は越える数の猫がしし屋前でししを待っていたかの様に座り声を出していた。
ししはしゃがみ猫と同じ眼線になった時、今度は人の声が。
「うっわ.....猫だらけじゃん」
片手にフォンを持つ青髪の帽子はフォン画面を見て、店を見て、猫を見て、嫌そうな顔をした。
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