◇147



人の命の重さは平等ではない。心の何処かでそう思っていた。権力者が病気になれば世間は騒ぎ、何の力もない者が病気になっても世間は見向きもしない。


人の命の重さを計れるのはその人と関係を持った人だけ。


私は今まで避けてきた大切な人を失った。

何年、何十年と考えない様にしていた存在の命が終わる瞬間、私は心から思った。

変わりに私の命で生きてほしい、と。

そして同時に、私が貰った命を大切にして生きていかなければならない。とも思った。

醜くても、必死に。



「安心しろ。お前もすぐに行ける」



首に触れた剣は何人、何十人、何百人の血を吸ってきたのだろうか。冷たく、重い。

誰かの大切な人を奪って、自分達は笑って。そんな事許されるワケがない。

敵討ちなんて気持ちはない。

最後は自分の意思で選択し、さくたろは命を失った。


でも───


「お前達が純妖精を狙っているのならば、私はそれを阻止する」


「は?」


さくたろがくれた命。私はさくたろの想いも背負って─── 生きる。



「ッ!!!?」





ひぃたろはエアリアルを出すと同時に破裂させ、背後に立つスウィルへ攻撃した。油断ではなく、予想外の攻撃にスウィルはのけ反り、剣で首を撥ねるタイミングを失った。


スウィルの相手をしていた乙女座はボロボロの状態でも必死に起き上がろうとしていた。


「乙女座───....ヴァルア。悪いけど、さくたろをお願い」


ひぃたろの言葉にヴァルアは頷く。返事を確認したひぃたろはスウィルへ問いかけた。


「最後に言い残す事はあるか?」


「それはこっちのセリフだ、半妖精!」


「そう───」


呟いた瞬間、ひぃたろはスウィルの背後にいた。


「───なら話は終わりね」


大妖精を素材として生産された剣を更に精錬した【エタニティ ライト】を躊躇なく振る。芸術的な刀身はスウィルの肉を斬り、鮮血を散りばめた。

移動速度の枠を越えた移動に、スウィルを表情を歪める。人間....人型種の移動速度では不可能な速度でひぃたろはスウィルの背後をとった。


「....化け物が!」


SSS指定の犯罪ギルド レッドキャップ。モンスターや冒険者だけではなく、数えきれない程の命を奪い捨てて来たスウィルが───ひぃたろに対して焦りを見せる。


同族を捕食し、同族を越える力を手に入れた半妖精の瞳はスウィル逃さない。【エタニティ ライト】の刀身が無色光を放ち、瞬迅の速度でスウィルを斬り刻む。数分前までは確実にスウィルの方が上だった実力も、今では同等───いや、ひぃたろの方が上に。


心の中、頭の中に何年も残っていた靄が晴れ、自分の存在も、相手の存在も受け入れたひぃたろは───今このフェアリで一番の実力者とも言える。そしてこの実力がひぃたろが持つ本来の力。


半妖精と言う言葉が鎖の様にひぃたろを縛り、自分は半妖精、純妖精でも人間でもない未完成な存在。何をやっても半端な結果で、大切なモノを手に入れる資格はない。と何年も何年も、自分で自分を押さえ縛ってきた。


しかし───同族を手にかけ、狂った自分を見捨てる事なく救ってくれた仲間。星霊の毒に浸食されていた自分を救ってくれた仲間。こんな自分の為に命をくれた家族。

その存在がひぃたろの中にある大きくてちっぽけな鎖を消してくれた。


───私は半妖精。でも、私は私だ。半妖精だろうと純妖精だろうと、人間だろうと、私は私で、自分を隠し誤魔化す必要はない。


五連撃の迅系剣術【ソニック シュティルツ】はひぃたろの想像を遥かに越えた速度でスウィルを斬り、無色光を鎮めた。


剣術ディレイに襲われる中、ひぃたろはクチを動かし、唄う様に詠唱する。風属性魔術【シルフィード アロー】を発動させ、スウィルへ追撃の矢を射つ。緑の魔方陣から放たれた6本の矢。


「お前はもう殺す」


スウィルは迫る矢を見向きもせず、ひぃたろを睨み───煙る様に姿を消した。風の矢は地面に深く突き刺さり、消滅。


───このスキルなんだ?


ひぃたろはリビールスキルを全開にし、周囲へ集中するもスウィルの気配すら感知出来ずにいた。十二星座全員がリビールスキルを使っても看破出来なかったスウィルのこの行動。ひぃたろ1人がリビールを張り巡らせた所で結果は同じ。


スウィルが煙る様に消えて十秒が経過しようとしていた瞬間、ひぃたろの右腹部は激しい痛みと共に血液を地面へ散らした。右眼は包帯で死角となっていたとは言え、今の攻撃は例え右眼が見えていても反応出来ない。

傷の形状から、自分が斬られた事と、スウィルは純妖精を探しに消えたのではなく、確実に自分を殺そうとしている事をひぃたろは確認し、瞳を鋭く細め周囲を見渡す。

すると二撃、三撃目と攻撃が繰り出され、ひぃたろは見えない剣撃に刻まれる。

半ば勝手に反撃の剣を振るうも、空気を斬る手応えの無さにひぃたろは表情を曇らせ始める。


「───さっきまでの勢いはどうした?」


姿はないものの、スウィルの声は確かにひぃたろへと届いた。


───ハイディング中に相手へ届く声を出せば、ハイドレートは一気に低下する。しかしその気配はない.....。これはハイディングではなく、別の何かだ。


ひぃたろは落ち着いて思考を走らせ、スウィルが使用している謎のスキルがハイド系ではない事を確信する。

現状を素早く把握し、分析。自分の知る情報を素早く引き出し、今の現状に一番近い答えを叩き出す思考速度。

純妖精の判断力と応用力、人間の好奇心と柔軟性。そして自分自身の性格である冷静さを持つ半妖精のひぃたろだからこそ出来る冷静かつ正確な分析で辿り着いた答え。それは───


「変化系...いや、補助や補正が働くタイプのディアか」


変化系のディアはプンプンや獅子座、猫人族のるーが使うエンハンス系。自分の姿を変化させ自身を強化するディア。

リビールが全く働かない事からハイディングではなく、煙る様に消えた事から変化系である確率が高まったものの、乙女座が使う自身に何らかの補助や補正が働くタイプのディアならば “気配を消し武器も消し行動する” 事が可能になる。


そして、今のひぃたろの発言に対して何の反応もしなかった事が、ひぃたろの出した答えが正解だったとも言える。

始めからスウィルが優位に立っていたのならば、ここで惑わす発言をしていただろう。しかし煙る様に消える直後までひぃたろが優位だった為、切り札とも言える行動を見抜かれたスウィルは言葉を失ってしまった。


「レッドキャップがいくら悪魔だの何だのと恐れられていても、所詮は人間ね」


ひぃたろは更にスウィルを挑発した。姿を消し、確実に命を狙うスタイルで、冷静さを失えば大きなミスが出る。それを狙いつつ、ひぃたろは微粒子を撒き散らし、翅───エアリアルを大きく広げた。飛ぶワケでもなく、ただ翅を広げその場に停止するひぃたろ。姿を隠し確実なチャンスを狙うスウィル。

まるで時間が止まったかの様に、長く短い沈黙の後、一瞬で勝敗が決する。


スウィルはひぃたろの死角、右側から音も無く接近し、心臓を狙い剣を突き出す。


───勝った。


スウィルはそう確信した直後、眼の前にいたひぃたろが消え、脳内に響く嫌な音と自分の胸から伝わる違和感に思考が停止する。


うっすらと姿を現したスウィルは苦痛に歪む表情で呟く。


「なんだ....今の」


スウィルの胸を背後から貫通している芸術的な刀身は血に染まり、剣先から滴を溢す。


「行動って文字を知ってる?行いには動きが付いて回る。姿を消しても存在は消せない。あなたの行動に微粒子が揺れた....それで位置がハッキリとわかったのよ」


ひぃたろはエアリアルを広げる際、微粒子を散りばめていた。エアリアルは発動すると必ず少量でも微粒子を飛ばす。蝶の鱗粉にも似たエアリアルの微粒子。羽ばたく際にも微粒子を散らす。

空気中に残った微粒子がスウィルの動きで起こった微風に反応し、ひぃたろはそれを見逃さず位置を的確に判断する事が出来た。


「でも....なぜ背後に」


「あぁ、これ?これは私のディアよ」


「!?....お前のは回復系じゃ」


「私は回復系の他にもうひとつディアがある。自分の微粒子が存在している場所へ一瞬で移動....ワープするディア。距離制限や誤差はあるけど、この距離なら制限も誤差も無視出来るわ」


「....化け物が」


ひぃたろが剣を抜くとスウィルは血液を吐き出し、倒れる。


「私の勝ちね」


ひぃたろは呟き、剣を振り血液を飛ばし、鞘へ戻した。

全身の力を失い、声も出ないスウィルはただひぃたろへ視線を飛ばす。


「....殺せって顔してるわね。その傷なら急がなくても死ねるわよ。生きるも死ぬも勝手にしなさい。私はお前の命まで背負いたくない」


ひぃたろの言葉を聞き終える前に、スウィルを瞼を落とした。





ズキンっと頭の中が激しく痛むと、一気に全身が軋む。ひぃたろはぐらつくも、倒れる事に抗い、その場で停止した。


「....血を出すぎた?」


スウィルに斬られた傷は深く、予想以上に血を流してしまった事に今更気付くと遠かった痛みが迫る。しかし今ひぃたろを襲う痛みはそれだけではない。全身が軋む様な痛み....体感した事のない痛みが止まずに襲う。


「今はそんな事より、さくたろを───」


無理に身体を動かすと、全身の力が抜かれる様な感覚に襲われ、ひぃたろは身体の自由を失う。


「おっと、大丈夫か?」


「?....ヴァルア」


倒れるひぃたろを支えたのは十二星座の乙女座ヴァルアだった。


「動ける星座に純妖精の女王を任せ、駆けつけたのだが....終わった様だな」


沈黙のまま動かないスウィルを見てヴァルアは呟いた。スウィルの肌は色を失う様に青白くなり、瞳も光を失っていた。


「....ッ!?くっ、」


「大丈夫か!?傷が深すぎる」


全身の痛みが消える事なくひぃたろを襲い、傷口からは未だに血液が溢れ出る。霞み始める視界と遠くなる痛みの感覚の中で、


「いた!ひぃちゃん!」


響いた強い声がひぃたろを現実へと引き戻した。


「お前達は冒険者の」


「話は後にした方がいいデスねぇ。傷が深すぎるデス」


現れた冒険者達に乙女座が反応するも、後天性吸血鬼のマユキはひぃたろの傷を見て珍しく表情を引き締めた。マユキはひぃたろの傷口へ触れ、指先に付着した血液を舐める。


「....複雑な血デスねぇ。半妖精デスか?」


血液を摂取する事で相手の種族や血液型、病気なども見抜くマユキ。半妖精である事もすぐに理解し、表情を曇らせる。


「あたしには半妖精の血を創る事は出来ないデスし治癒術や再生術を使えるヒーラーもいないデスし....でも血液量がそろそろヤバイデスね」


旧フェリア遺跡でワタポを救ったマユキだが、半妖精の血は生成出来ず、ヒーラーもいない状況に珍しく焦る。


「ヒーラーならいる。それも優秀なヒーラーが」


後天性の悪魔ナナミはそう口走るとフェリア城へ視線を飛ばす。


「もうレッドキャップも消えた。一応スウィルの近くに数名残り動きを見せたら迷わず殺せ。私はリピナを呼んでくる。それまで頑張れ、半妖精」


ナナミはひぃたろを一度見て、すぐに城へ向かった。





大きな門には蔓の装飾。

上質な木材で作られた扉を私は力任せに開く。


「....リピナ!私だ!ナナミだ!」


大声を出したのは何年ぶりだろうか。他人、それもそんなに関係を持った事もない者の為に私が動いているとは....数ヵ月前の自分からは想像出来ない行動だな。


「───ナナミ!?」


応答と同時に広範囲のハイディングが解け、壁に見えた部分に大きな扉が現れる。扉は軋む様に開かれ、


「おぉ、本物じゃの!」


情報屋のキューレ、治癒術師のリピナ、天才商人のジュジュが顔を出し、アスラン、烈風、天使の子供、そしてセツカが現れる。


「ナナミ!皆は無事ですか!?」


セツカが不安そうな声を上げるも、私は説明する時間も惜しく思え、リピナの顔を見て付いてくる様に言う。

全員がビンを持っている謎の状況に不思議な気持ちになったが、ビンの中に純妖精や冒険者が入っている。あれはキューレのディア。

逃げ隠れるだけではなく、その時は戦うつもりで純妖精達や傷ついた冒険者をビンに入れたのか....私達だけではなく、全員、戦う覚悟があった。それを知れただけでも人間をまた好きになれそうだ。


「キューレ。全員を小さくして私の手に乗せろ」


移動しつつ私が言うとキューレは訳を聞かずにすぐ行動してくれた。自分以外を小さくし、私の手のひらへ乗せ、最後に自分が小さくなり私の肩へ乗る。


「確り捕まってろ」


呟き、私は一気に速度を上げた。耳元でキューレの声が聞こえるも、速度を下げる気はない。キューレは訳を聞かずにすぐ行動してくれた....私を信用してくれての行動。全く....捨てた人間の心がどれほど大切なモノだったか、今になって悔やむとは情けない。


前方に人影が見えた所で私は一気に飛び、着地する。


「速いデスねぇ」


「お前も出来るだろう」


私はそう答えつつ、手の上に乗ったリピナ達を下ろし、キューレを見て頷く。

ポワンっと可愛らしい音と煙を出し、ビンの中以外の者は通常のサイズに戻る。

リピナはすぐに半妖精の状態を見て叫ぶ。


「中も戻して!」


「オロロロ....、了解じゃ!」


眼が回っていたキューレだったがリピナの声で眼眩から解放され、コルクを抜き中を出し、指をパチンと鳴らし全員のサイズを戻す。想像以上の人数が現れ、フェリアの広場は一瞬で人混みに。

リピナはギルドメンバーに指示を飛ばしつつ、既に意識を失っていた半妖精の治療を始めた。しかし、


「血が足りない....」


呟かれた声、言葉は全員を凍りつかせるものだった。血、つまり半妖精の血が足りない。人間の血でも純妖精の血でもなく、半妖精の血が。




───プンプンさん。


「え!?」


魅狐プンプンは頬を撫でる優しい風と、囁かれる心地よい声に驚き周囲を見渡すも、声の主と思われる存在はいない。しかし再び、


───プンプンさん、私の血を....さくたろの血を....


声が。それもさくたろと名乗る声。


「....ひぃちゃんの妹?」


プンプンは声に返事をする様に呟くと、リピナがすぐに声を出した。


「妹がいるの!?それなら血液が同じかも知れない!」


直後、乙女座が獅子座の名を叫ぶと巨体の獅子座はさくたろを優しく抱え、ひぃたろの横へ。


「....、ごめんね」


リピナはさくたろに触れた瞬間、唇を噛み小さく震え、謝る様に呟いて腕に針を刺した。管からさくたろの血液を吸い込み、溜まった血液が別の管を通してひぃたろへ。

徐々にひぃたろの顔色も良くなると後天性吸血鬼がリピナへ頷いた。


「.....はぁ~。大丈夫、もう大丈夫よ」


リピナは緊張を吐き出し、疲れた表情を浮かべ笑った。

冒険者達が安堵の声をポツリポツリと溢す中で、ひとりの純妖精が震える唇を動かした。


「....女王は半妖精だったのか?」


その声は一瞬でざわつきを呼び、純妖精達は徐々に表情を歪め、軽蔑する視線で双子の半妖精を見る。毒の様に吐き出される言葉は半妖精だけではなく、冒険者達をもターゲットとする毒。

プンプンが心ない言葉に怒りを溢れさせようとするも、キューレがそれを止め、純妖精達へ言う。


「これからもっと喋る事になるんじゃ。今から体力使うと持たぬぞ?」


そう言うと空間が歪み、虹色の入り口が開かれた。大型とまでは言えない大きさの空間から現れたのは形のいい耳と細く優雅な尻尾を持つ猫人族達。


「ニャふぁ!?....顔面着地ニャう」


桃色の毛を持つ猫人族のゆりぽよは顔面からフェリアに着地し、涙眼でゆっくり立ち上がるとキューレへ小瓶を渡す。


「これが世界樹の葉から作った薬ニャ」


女帝ニンフを星霊界へ連れて行き戻る最中、キューレから連絡を受け取ったゆりぽよはシケットに残り大急ぎで薬を生産し、届けにきた。空間魔法は世界樹が使っていたもので、座標をうまく合わせて魔術を扱える猫人族が世界樹の葉を魔力変わりにし、使い一時的に繋いだもの。


世界樹というワードに純妖精達は怒濤の声をあげるも、キューレは熟練度が天井のスルースキルを発動させ薬をひぃたろへ飲ませた。すると、


「....にが」


驚くべき速度で薬が効き、ひぃたろは眼を覚ました。


「よ、おはようさん」


「ひぃちゃん、よかった、よかった!!」


プンプンは上手く動かない身体を全力で動かし、ひぃたろへ抱きつく。


「プンちゃん....痛いよ」


「んにゅ~どこかで見た事あるニャ。その感じ」


半妖精と魅狐のやり取りに猫人族ゆりぽよは呟き、思いだそうとするも、すぐに諦める。


「おい!女王は半妖精だったのか!?我々を....騙していたのか!?」


ひとりの純妖精は涙声で叫んだ。


「....さくたろは半妖精で私の妹。女帝ニンフの子供よ」


あっさりと答えたひぃたろ。プンプンは驚きひぃたろの顔を見て、何かを感じたのか黙り頷いた。


「ドライアドなら全部知ってるでしょ。私も知らない部分があるし、もう何も隠さず話してもらうわよ」


ひぃたろは立ち上がり、純妖精達の前まで進み、力強い声で言った。その表情からは不安こそ感じるものの、迷いは一切なかった。


「わかった。全てを話そう」


金色のドライアドはそう呟き、一度瞳を閉じ、ゆっくりと開いて語った。その内容はひぃたろの予想していたものとは違い、深く辛いものだった。





ひとりの純妖精が人間と出会い、恋に落ちた。人間に対しての知識を持たない純妖精は度々、人間の行動に不思議がっていたものの、恋心はその不思議さえ弱く小さくし、やがて人間はそういう生き物だと思わせるまで育った。


そして純妖精は人間との子を授かる。


人間として、人間の世界で生きよう。そう心に決めた純妖精だったが現実は違った。人間は授かった子を軽蔑の眼差しで見て、愛していたハズの純妖精へ「モンスターの子供なんて気味が悪い。騎士に相談してお前もろとも処分してもらう」と言い人間は姿を消した。その数時間後、騎士は純妖精の元へ現れ、剣を向けた。純妖精の言葉に耳を貸さずモンスターを見る様な瞳で「拘束しろ」と命令する。

純妖精は愛する人に裏切られ、共に生きようとしていた人間に命を狙われ、大切な子を奪われそうになる。


───この子を守れるのは自分しかいない。


純妖精は騎士へ反抗し、ひとりで騎士隊を半壊させる程の実力を見せるも拘束され、騎士団の牢へ。


牢へ訪れたのは愛していた人間。その人間は純妖精を見て酷く歪んだ笑顔を浮かべ、重量感のある革袋を見せる。金貨が沢山詰められた革袋に人間は頬を擦り「貴族様がお前と腹の子を買ってくれたよ」と呟き、酷く歪んだ笑顔で牢を後にした。

貴族が純妖精を迎えに来るや、牢ですぐに謎の石を見せられる。その石を飲み込めと貴族が言うも、純妖精は当たり前の様に拒否する。すると騎士が牢へ入り、純妖精を力で抑え、無理矢理石を飲ませた。お腹に子を宿している母親に使えば、子を双子に出来る石【ジェメッリマテリア】のテストとして純妖精が使われた。


体調に変化もなく、まだお腹の子も大きくなっていない状態で使われたマテリアは効果を充分に発揮し、子を双子にした。この結果に純妖精は狂う様に泣き、そして騎士も貴族も殺し人間の街を出て森へ戻った。ニンフの森で純妖精達から身を隠す様に生活し、ドライアドの力を借りて双子を出産した。

姉はピンク色の髪、人間側の色を持つ半妖精で、妹はライム色の髪、純妖精側の色を持つ半妖精。【ジェメッリマテリア】は母親に良く似た子を生成するマテリア。しかし、マテリアで生成された子こそが、人間の髪色を持って生まれた子だった。

テスト段階のマテリアは母親に良く似た子を生成する時、純妖精の魔力に触れ性能が変化し “母親の能力を全て引き継ぎ父親の色を濃く持った子” を産み出した。


数年は何の変化もなく成長した双子だったが、ある日変化が現れた。ライム色の子供は瞬発力も魔力も極端に低く、どこか弱々しい。ピンク色の子は母親に並ぶ程の瞬発力や行動力を持ち、魔力も高く健康的。

【ジェメッリマテリア】で生成された子は成長が早く、寿命が極端に短い。

母親は純妖精達と暮らし、マテリアの子も変わらず厳しく、そして優しく育てようと心に決めた。そんなある日、ニンフの森へ純妖精が現れ「半妖精は何処だ」と言い放った。


ひとりのドライアドが半妖精を気味悪がり、純妖精へ告げ口をし、処分してもらおうと企んでいたのだ。

母親は純妖精達に捕まり、子が純妖精達の前に。自分の子が眼の前で奪われる。そんな地獄の様な現実に耐えられるハズもなく、母親は抗うも、相手は人間ではなく純妖精。抑え付けられた母親は何も出来ず2人の子を奪われるのをただ見る事しか。

愛した人に裏切られ、同族にも裏切られる運命。そんな運命は受け入れたくない。

母親はクチを動かした。

「ライム色は純妖精でピンク色は半妖精。人間に捕まった時夫が殺され、お腹の子を必死に守っていた時、人間に無理矢理....。ライム色の子は純妖精です」と言い、涙を流し地面に顔を向けた。


無茶苦茶な言い訳にも関わらず、人間に対しての知識がない純妖精達は簡単に信じ、ピンク色の子を殺そうとする。そこで金色のドライアドは半妖精を人間に売る事を提案し、殺される事だけは免れた。


どちらの子も生きてほしい。

どちらの子も死なせたくない。

そんな母の思いを感じたドライアドは “人間に売る” と言う残酷過ぎる答えの中に “どうか逃げて生き延びてほしい” と言う思いを込め、大妖精の剣を持たせ、ピンク色の子を森の外へ。


その後母親は人間も純妖精も怨み、取り返す力を、守る力を求め、同族を喰い荒し子が知らぬ間に母親は【女帝 ニンフ】へと成り変わってしまった。


女帝ニンフを封印する際にライム色の子が女帝の気を引き、その隙に封印する事が出来た。この功績が評価されライム色の子は元女王に偉く気に入られ、時期女王として育てられ、純妖精の女王にまで成長した。





「......」


「これが真実だ。今まで隠していて、黙っていて申し訳ない」


.....言葉が出ない。母は最低な存在で私を邪魔だと感じて捨てた。そう思って疑わなかった。のに....。

それに、私がマテリアで生成された子?さくたろはこの事を知っていたの?何も知らないまま、騙され続けて、最後まで真実を知らないまま、


───お姉ちゃん。


「───!?」


───お姉ちゃん。私知ってたんだ。お母さんが昔泣きながら呟いてたの聞いちゃってね。でも、そんな事どうだってよかった。



頭の中に流れて来る様な声は聞き間違えなどではなく、紛れもなく、さくたろの声。



───私はお姉ちゃんの妹として産まれてこれて、最後にお姉ちゃんに会えて、力になれて本当に嬉しかった。そして、お姉ちゃんが純妖精達の為に戦ってくれて、嬉しかった。


───お姉ちゃんは....生きて。



優しい風が髪を揺らし、頬を撫でて───遠くの空へ消えるのがハッキリわかった。



純妖精達の空気も変わり、怒りや憎しみではなく、悲しみの空気が漂うフェリアで、私の眼から涙が落ちた。


さくたろは半妖精だと理解した上で、それでも純妖精の女王を選んだ。私にはない強さをさくたろは持っていた。


「半妖精とか純妖精とか、よくわからないけど....女王様はお花髪飾りをいっしょに作ってくれたの!作り方も教えてくれて、わたしは女王様が大好き!女王様はもう起きないの?」


何も知らない子供の純妖精。次の世代に立つであろう純妖精の子が無垢に呟いた。

その声は何の汚れもなく、綺麗で。


「さく....女王様は、疲れたから眠るのよ。お姉ちゃんと一緒におやすみって言おう?」


「眠るの?うん、わたしもおやすみって言う!」


時代は変わる。

知らないうちに次の世代の芽が育ち、その芽が花開き新たな時代が始まる。繰り返してはならない現実と、忘れてはならない現実は違う。


今を生きている純妖精達も変われる。

きっかけが無かっただけで、変わりたいと思っている。

その証拠に、みんな....涙を流して半妖精であるさくたろを送ってくれているよ。


今日から私は自分の事を、純妖精を受け入れて生きる。

心配しないで。何があっても私は諦めたり投げ出したりしない。

だから安心して眠ってください。おやすみなさい、さくたろ。






「ふにゃ~~....。凄いニャ。あにょプライド高い純妖精達が半妖精の死で涙を流してりゅニャ」


フェリア城の窓から広場を見下ろす青髪の女性はアクビ混じりに呟く。


「これをキッカケにぃ、純妖精は変わるにゃろーニャ」


ホニホニと耳を触り、二度目のアクビをする青髪の女性。大きな瓶底メガネが妙に似合っている女性の背後から声が。


「お前は何者なんだ?」


声をかけたのは黒髪の長髪を持つ男性。青髪の女性を警戒しつつも何処か狙いを定めた様な雰囲気で一歩近付く。


「おっと、それ以上近付くニャよ、ロン毛のパドロッ君。情報料はそこにぃ置いて下がれニャ」


「....これでいいか?」


男は言われるがまま情報料を床に起き、一歩下がる。


「ウンウン、確かにぃ受け取ったニャ」


パドロック。レッドキャップのリーダーであり、最高レベルの犯罪者である男と接触していたのは猫人族のグルグルメガネ、フロー。お金を数えていたフローへパドロックが大きく接近した瞬間、術式が発動し魔方陣が展開されパドロックは声を出す間もなく消えた。


「近付くニャって───....近付くなって言ったのに耳が腐ってるのかな?まぁただ飛ばすだけの移動術式だし、潰してカマボコにしてやってもよかったんだけど、アイツがいなくなると面白さが減っちゃうもんなー」


別の魔方陣がフローの足下に展開され、魔方陣が消えるとフローの頭の上にあった形のいい耳も、細い尻尾も無くなり、口調も猫人族ではなく通常の人型種と同じものに。


「妖精の唄が聞こえるねー....。さて、次は何の種族に変彩しようかな....っと、その前に」


鼻唄混じりに呟き、フォンポーチから手鏡を取り出し、ニッと笑った。


「一回 戻っとこかな─── 魔女界・・・へ」







純妖精エルフ半妖精ハーフエルフであり、女王であった【さくたろ】の死に涙を流した。純妖精は半妖精を嫌う。大昔から変わらなかった掟の様でくだらない拘りとプライドは優しくて、純妖精を思う半妖精の死によって溶け、消えた。綺麗に消えたワケではないものの、純妖精達は自分達がどれだけ世界から孤立していたか、どれだけのものを今まで無視し、どれだけ進歩がなかったのかを、生きる半妖精【ひぃたろ】から学んだ。


殺したい程憎かった純妖精の為に戦い、猫人族ケットシーと純妖精との会話を中立の立場として同行し、どちらにも厳しく、そしてどちらの事も思って発言した。ひぃたろは、さくたろの死で変化した。さくたろの意思を受け継いだとまでは言わないものの、純妖精は今不安定な状態。さくたろが大切にしていた純妖精が安定するまで多少ならば手を貸すと言い、さくたろが望んでいた純妖精と外の世界の交流にも手を貸す事を言った。

世界樹の件はひぃたろが「あるべき場所も調べず、世界樹の為に戦わなかった者がクチを挟むな」と冷たく言い放ち、純妖精達は言葉を失った。

しかし猫人族は深々と頭を下げ、世界樹を守れなかった事、純妖精が大切に思っていた樹だと知らなかったとはいえ伝えなかった事などを謝罪した。


純妖精と猫人族の死体については魅狐【プンプン】が【リリス】の存在を伝えると全員が納得した。会話も出来ず瞳に光もなく、ただ暴れる死体人形。これは【レッドキャップ】が仕組んだ争いだった事を知り、純妖精達は深く悔やみ悲しむも「外の世界と交流がなかったから、何も知らず取り返しのつかない事を起こした。繰り返したくなければ変われ」と、これまたひぃたろが純妖精に厳しく言った。

後天性 悪魔の【ナナミ】は世界樹を殺した犯人として純妖精に殺されるのも受け入れると言ったものの、セツカが「罪が消えるワケではないですが、もう少し様子を見てほしい。彼女も変わろうとしている」と頭を深く下げ純妖精達へお願いし、純妖精達はナナミの件は全てセツカに任せると言ってくれた。


純妖精、猫人族、人間の関係は決して良いとは言えないものの、まだ始まったばかり。

これから純妖精達が自分達に良い距離感を掴み、その中で交流していけばいい。

繰り返してはならない歴史と忘れてはならない歴史は違う。ひぃたろの言葉は純妖精達の胸に深く残り、変化の種となり芽を出し始めた。





「ひぃたろ、ちょっといいか?」


癒ギルド 白金の橋のマスター【リピナ】が珍しく、いや、初めて私へ声をかけた。

星霊達と会話しようと思っていたが、先にリピナの用件を聞く事に決め、リピナに誘われるままフェリアの街を進んだ。すると一件の建物に到着した。


「ここは純妖精達に言って借りた、一時的な病院みたいなものだ。入って」


私が中へ入ると、リピナは扉を閉じた。中は他の者の気配もなく、私とリピナの2人だけ。


「どうしたの?」


「説明というか、報告というか、最初は本人に言うのが医者ってものだ」


リピナはお茶を入れ、テーブルにカップを置き、説明や報告を始めた。


「まず、ひぃたろの身体はマテリアで生成されたモノだった。しかし純妖精を喰いマナを取り入れたせいか、不安定だったひぃたろのマナは安定し、そこへオリジナルとなる さくたろの血液が入り込んだ事で実質、本物の半妖精になったと言う報告」


「....そう」


不思議とそんな気がしていた。体調に変化はないし何か異変があるワケでもないが、そんな気がしていた。


「マテリア生成された身体は朽ちやすくなるが、テスト段階だったんだろうね....デメリットを全てオリジナル、さくたろが持って産まれた事が大きかった」


「え?」


「触れただけで色々見えたり、解ったりする。それが私のディア」


「そう....さくたろが全部....」


「感謝しなきゃね、妹さんに」


グッと熱いものが込み上げてくるも、カップのお茶を飲み溢れそうな涙を堪える。


「それで、その眼なんだけど」


リピナは私の眼、女帝眼を見て次の話を持ちかける。


「その眼は治せない。でも眼....眼球をどうにかする事が出来るとすれば、どうする?」


「どうにかって言うのは?」


「別の眼を移植するって事。そしてあなたに合う眼はオリジナルの眼以外に存在しない」


オリジナル───さくたろの眼。


「移植するしないは本来2人で話して決めてもらう事だけど....、それに無理して移植する必要もないし、全部あなたが決めるといいわ」


「.....」


私はさくたろから貰ってばかりだ。この身体も、力も、命も全てさくたろから貰ったもの。そして私はさくたろにマテリア生成時のデメリットを押し付け、力を奪い、命まで....。眼なんて貰えない。

移植の話は断ろうと思った時、あの時さくたろが弱った声で言った言葉を思い出す。


───もっと沢山の世界を見たかった。


さくたろはそう言って、涙を浮かべて弱く、優しく笑っていた。


「....リピナお願いがある」


「なに?」


「この眼....左眼は忘れない様に繰り返さない様に残す。右眼にさくたろの瞳を移植してほしい」


「....これからあなたが見る世界はさくたろに見せられる世界じゃないかも知れないじゃん?それでもいいの?」


「お願い」


「....ok、揺らす様な事言ってごめん。実はもう純妖精達に許可は貰ってるんだ。助手を呼んでくるからここで待ってて」



さくたろ....外の世界にはリピナが言った様に、酷い事や辛い事、見たくないものも沢山ある。でも同じくらい素敵な事や楽しい事、綺麗なものが沢山ある。


私を本物にしてくれてありがとう。お礼になるかわからないけど、一緒に世界を見て回ろう、さくたろ。


「───!?」


優しい風が頬を撫でた。

窓も扉も閉じられいるのに、優しく柔らかな、温かい風が私の頬をゆっくり撫で、優しい、妖精さくたろの唄が───聴こえた気がした。





妖精の都 フェリアで純妖精、猫人族、人間が新たな一歩を踏み出した頃、ウンディーの孤島では───


「ッ....くっそ。手加減なしかよ」


青髪の魔女は白銀に染まる洞窟で身を隠していた。

胸に受けた傷を氷魔術で凍結させ、傷口を無理矢理塞ぎ痛みの感覚を遠くする。ベルトポーチから痛撃ポーションを取り出し煽った。

マイナスの世界で震える身体へ、体温を上昇させるバフをかけ落ち着く。


「ありゃS3F2....80%ってトコか?」


青髪の魔女は長く伸びた髪を束ね、帽子を被り直し呟いた “S3F2” それが今のワタポの状態だった。




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