◇146




2つの無色光が盛大な火花を散らし離れる。呼吸する暇もなく、蜘蛛の巣状の青紫色の雷が地面に広がるも虚しく消え去った。


「チッ!」


「アイツやるニャ」


魔女ダプネと猫人族ケットシーのるーは、SSS-S3指定の犯罪ギルド、レッドキャップのベルと戦闘して十数分。るーの大剣から繰り出される剣術も、ダプネの魔術と剣術も、全て的確に捌かれていた。


「魔女も猫人族も、そんなモンじゃねぇだろ?本気でこいよ」


峰部分は緑の鱗、刃部分は橙黄色の太刀を肩に担ぐようにし、ベルは挑発するような笑いを浮かべている。


「アイツ本当に人間か!?」


魔女ダプネはベルの魔術への対応力に何度も驚かされる。魔術を使える者ならば向き不向きがあるとは言え、平均して皆が使える魔術、つまり魔女以外も使える魔術で戦闘していたとは言え、ベルは中級スピード型、上級ホーミング型の魔術にも素早い反応と判断、そして的確な対応で回避に止まらず、魔法破壊マジックブラストまで披露して見せた。


「言っとくが、このレベルならSランクの冒険者でも出来るぜ?」


ベルはダプネを挑発する。しかし今の言葉は嘘ではない事をダプネも理解できる。人間に魔女が殺された話も存在している事から人間の枠に収まらない強さを持つ者も存在していて不思議ではない。しかし重要なのは “このレベルなら” とベルは言った部分だ。驚くべきパフォーマンスを見せ “このレベルなら” と言う者には二種類存在する。強がりで言う者と、まだ実力を隠している者。声色、表情、仕草、雰囲気から考えてベルは後者で間違いない。ダプネはベルの実力の底を見る事も叶わず、何度目かもわからない舌打ちを入れた。


「ダプニェ」


「ダプネだ!なんだ猫!」


猫人族のるーはダプネへ言葉を飛ばし、魔女ダプネも反応するも、2人はベルから眼をそらす事をしない。一瞬の油断が取り返しのつかない結果に繋がると理解した上でも、伝えなければならない事があるからこそ、るーはクチを開いた。


「アイツは強いニャ。お互いを気にぃして戦うにょは無理ニャ。お互い好き勝手にぃやる感じでどうニャ?」


「待ってたよ、その作戦」


ダプネもるーも、出会ったのは数時間前。その状態で上手く連繋をとれるハズもなく、お互いを気にし、位置を確認し、巻き込まない攻撃を選び攻めていた。その為、本来の自分の動きが出来ず戦闘が開始されてから十数分間、ベルに攻撃を掠める事さえ出来ていない。そこで、るーは周りを気にしない作戦を提案し、ダプネもそれを呑み込んだ。


「お?相談は終わったか?」


ベルは太刀を担ぎ2人が作戦会話を終えるのを待っていた。油断ともとれる余裕にダプネとるーは少々ヘイトを高めるも、2人の雰囲気は数十秒前とは明らかに違う事をベルも察知する。


「いいねぇ、痺れそうな雰囲気だ」


猫人族ケットシーの一番の武器、それはAGI───俊敏性。魅狐プンプンの俊敏性は恐ろしい、しかし通常時の俊敏性では猫人族に敵わない。

通常状態で最も速く行動出来る種族が猫人族。

るーは姿勢を低く構え、地面を流れる様に走る。重量級の武器、大剣を扱う者とは思えない速度でベルへ迫り、武骨な大剣を大きく振るった。しかしベルも驚くべき反応速度で回避し、るーへの反撃を狙うも、大剣の先がベルの太股を掠めた。


「!?....、いいねぇ」


高速移動から全力の攻撃は掠めたレベルでも確かな傷を与える事に成功する。ベルは攻撃する事をやめ、るーから距離を取った。ダメージはベルの予想以上だったが怯むレベルでもない。しかし距離を取った。その理由はるーの攻撃が剣術ではなかったからだ。ここでベルが反撃、つまりるーの攻撃範囲に残った場合、ベルの反撃はるーにヒットし、るーの剣術がベルにヒットする形になっていただろう。膨大な戦闘経験値量は分析力や判断力に直結する。

背後から迫る風の刃をベルは上手くやり過ごし、猫人族へ攻めようとした瞬間、前方の空間が一瞬歪んだ。


空間魔法特有の歪みに反応しバックステップで下がった先には───空間魔法の入り口が待っていた。


「あ?」


空間魔法へ入ったと思えばすぐに出口から出されるベル。出た先は今までと変わらない街フェリアだが、


「いらっしゃーい」


出口を自分の攻撃範囲に設定していたダプネは魔術を発動し、剣に緑色光を纏わせベルを待ち構えていた。

3つの魔法陣から無数の風の針が一気に降り注ぎ、ベルへ突き刺さる。ダメージは期待出来そうにないが数が数百、空間魔法から出た直後のベルは回避が遅れ、捌ききれない針の雨を浴びる。ベルは魔術を無視しダプネの剣術をガードする事に集中した。

ダメージは期待出来ないとはいえ魔術を受けている事に変わりはない。魔術を受ける恐怖と針が刺さる痛みの中でも、ベルはダプネの剣術へ集中する。が、ダプネは笑った。


「───!?」


眼の前のダプネに、得体の知れない緑色光剣術にベルは集中していた為、背後から音も無く迫っていた猫人族に気付く事が出来なかった。

るーは無色光を纏わせた大剣を全身で水平に振るう。ベルは身体を捻り背後の攻撃を剣術をファンブルさせ硬直を利用した強防御で受け止める。大剣の一撃は重く通常の防御で受ければノックバック、最悪は防御破壊ガードブレイクが発生してしまう。受ける側も衝撃を受け流すか剣術で相殺を狙うのが理想だが、速度を乗せた剣術相手で、反応が遅れてしまった今の様な場合はわざと剣術をファンブルさせ、ファンブル時の硬直を利用した強防御でやり過ごす事が可能になる。


「やっちまったな」


ベルはるーの剣術を防御し、呟いた。この言葉は猫人族へでもなく、魔女へでもなく、自分への言葉。背後から迫る緑色光の存在を一瞬忘れ、強防御、つまりファンブル状態になってしまった時点でダプネの魔剣術を回避またはガードする事は出来ない。ベルは身体を少し捻り背後を見ると、ダプネは剣を降り下ろしていた。

風属性を持つ三連撃剣術がヒットし、血液を飛び散らせベルは数メートル押し退けられた。ここでダプネはディレイに、るーとベルはディレイから解放された。


「すげぇな....属性剣術って所か?」


身体を捻り左腕を盾にする様にしたベル。しかし左腕には深い3つの傷が刻まれ、止まること無く鮮血が溢れ出る。

そんな傷を負いながらもダプネの魔剣術に興味がある様な....魔剣術以外は今どうでもいいと言う様な表情で呟いた。


「お前、腕痛くにゃいにょか?」


深く抉れた腕の傷を見て、猫人族のるーが問いかけるとベルは鼻で笑い答える。


「ダメージは確かにあるぜ?すげぇなその剣術。でもこんなレベルで怯んでたら話にならねぇよな?」


防具どころか、肉まで斬り刻まれた腕を見るも、ベルは表情を歪めない。


「さぁ続きやろうぜ。痺れさせてくれよ?」





───想像以上に成長している。


ナナミは大鎌を弾き体勢を整えつつ、短期間でレベルアップしていたりょうに驚く。元レッドキャップのナナミはりょうの実力を把握しているつもりだった。以前は相手にする事も考えない程、ナナミの方が上だったが、それは最早過去の話。


「言うだけあってなかなかヤるデスねぇ」


渇いた灰色の大剣を軽々と操る吸血鬼はりょうの実力が想像以上で驚く───が、いくらりょうが成長したとはいえ、相手が悪い。


ナナミは闇色のカタナを構え、距離を無視して大振りする。振る瞬間に刀身が強い無色光を放つ。飛ぶ斬撃───飛燕系の剣術がりょうを襲う。

斬撃の速度は申し分なく、何よりも無色光を纏わせるモーション、剣術を起こす溜めの様なモーションが極限まで省略されているナナミの剣術にりょうは反応が遅れる。斬り上げから素早く斬り下げる、二連撃の飛燕剣術。りょうは大鎌でのガードを選んだものの、一撃目の直後に二撃目。斬り上げと斬り下げがほぼ同時に大鎌へ炸裂し、上下からの攻撃に耐えきれず大鎌は折れる。折れた衝撃により、りょうはバランスを崩し、その隙を吸血鬼は逃さない。

渇いた灰色の大剣が煙る様な無色光を放ち、紅い眼が光の線を残す様に。

刺々しい大剣の刃はりょうの胸を抉り斬る。

溢れる鮮血を浴び、マユキは小さく声を漏らし、笑顔で言った。


「犯罪者なら殺しテモいい、デスよねぇ?」





ベルとダプネ、るー。りょうとナナミ、マユキが戦闘を開始した頃、少し離れた場所でも戦闘が開始されていた。


「避け、る、ばかり、じゃ、勝てな、い、わよ?プン、プン」


死体人形師───ネクロマンサーやパペットマスター等の異名を持つリリスは桃色の髪の人形達を操り、魅狐プンプンへ攻撃するもプンプンは人形達へ反撃せず回避を続けていた。人形達の髪、顔は同じ。瞳の色と身体の至る所に見える傷だけ違っていた。

プンプンは人形を見て眼を伏せる様にし、ただ回避を続ける。


「....、やる気、ない、みたい、ね」


リリスはプンプンの行動に溜め息を吐き出し、人形達を停止させ、本を持つ人形を操りページをめくらせる。


「やる気、が、ないな、ら、いいわ。邪、魔、しない、でね。プン、プン」


リリスは本から更に人形を召喚し、フェリアの入り口へ視線を向けた。

光を宿してない瞳と青白い肌、痛々しい縫い痕。どの人形も同じ背丈、同じ顔、同じ髪。その人形達を見れば見るほど、プンプンの表情が変化してゆく。


「今、私、も、プン、プン、と、遊ぶ、気は、ない、の。今、度、ゆっ、くり、遊び、ま、しょ?」


リリスはそう言い、人形達を引き連れフェリアへ入ろうとするも、バチッっと小さく弾ける音が鳴り、リリス達が進んでいた先にプンプンが高速移動して見せた。


「この中には行かせない。それと───ボクはもうお前と遊ぶ気はない。ここで終わらせる!」


「あら、残、念。でも、終わら、せるの、は、無理、よ?、だって、私、逃げる、もの。プン、プン、とは、最、高、の状、態で、遊び、たい、もの」


平然と逃げる発言をしたリリスへプンプンは苛立ち、毛先が逆立ち瞳は朱色に染まり始める。


「何が最高の状態だ....ボクはお前がいるだけで最低な気分だ!」


バチッっと先程よりも大きな破裂音を鳴らし、プンプンはリリスへ飛びかかる。全身に白金色の雷を纏い、長刀を容赦なく振る。


「モモカ、盾」


リリスはニヤリと笑い、指先を奇妙に走らせ人形を盾に。

プンプンの剣撃は人形の横に落ち、地面を深く抉った。


─── 一度は人形と割り切った。でも姿を見てしまうと、眼の前にしてしまうと、どうしても....。


プンプンは顔を歪め、リリスを睨むも人形を攻撃する気にはなれなかった。


「雷、の色、が、変わ、ったの、ね。素敵よ。尻、尾は、何、本、まで出、せるの?」



リリスは人形達を盾にし、その奥で、左右の色が違う瞳を歪めて笑った。





ひぃたろの五連撃の迅系剣術【ソニック シュティルツ】が閃く。並みの使い手では何連撃かも理解出来ぬ高速の剣術───迅系剣術または迅剣術。ソニック シュティルツはひぃたろが現在扱える剣術の中で最も速い。その剣術を前にスウィルは、


「キレが悪い」


呟き、五連撃を全てパリィして見せた。


1つの瞳に2つの瞳孔がある女帝眼でもスウィルの動きをハッキリと追えなかった事、迅剣術があっさりと崩された事にひぃたろは焦りを見せる。

本来の眼、左右の眼は1つの物事を両方の瞳を使い見る。しかしひぃたろの女帝眼は1つの瞳で2つ物事を見る事が出来る。簡単に言えば1つの瞳で右を見ながら左を見る事が可能となる。その女帝眼を使いスウィルの動きに集中していたにも関わらず、スウィルの動きをハッキリ見切る事は出来なかった。


「悪いがこちらも時間がないものでな。ボスが到着する前に純妖精の血を入手したい」


スウィルは煙る様に消え、ひぃたろの前から姿を消した。


そして─── 何連撃かも理解出来ぬ高速の剣術がひぃたろを容赦なく襲った。


「これが迅剣術の使い方だ」


その言葉を聞き終える前に、ひぃたろの意識は沈んだ。






星霊界から急ぎシケットへ帰還したさくたろ達。シケットから空間魔法で素早くフェリアへ戻った。空間移動の感覚にも慣れ、足が地面に着く瞬間に驚く事もなくなったものの、やはりまだ空間移動中は眼を閉じてしまう。

フェリアへ到着し、瞼を上げたさくたろの眼には嫌に輝く剣を振り下ろそうとしている男性と、横たわる女性が映る。星霊達はそれを見た瞬間に反射的に動き、男性へ一気に接近、男性は剣を引き戻し下がる。


「はぁ。今日は邪魔が多い日ですね....邪魔するな星屑」


レッドキャップの男性スウィルは苛立つ口調を星霊達へ飛ばした。


「そうもいかない。この人物は我々の知る人物なのでな」


乙女座がハッキリと答えると、スウィルは舌打ちを入れ───煙る様に消えた。


「ギョギョ!?消えたよ!?」


「うっせーな!見てたしわかってる!」


魚座の少女が焦り声を出すと、蠍座の女性が叫ぶ様に魚座を黙らせるも、焦りの色を隠しきれない表情を浮かべる。星座達は周囲を警戒しリビールを尖らせる見渡すが、スウィルの姿は見当たらない。


「所詮はSランクだろ」


そんな声が響いた直後、まずは双子座が星屑に。続いて射手座、獅子座、山羊座と散り、最終的には十二星座全員が見えないスウィルに斬り刻まれ倒れた。


「さて....貴女が純妖精の女王様でよろしかったでしょうか?」


さくたろは背後からの問に全身をビクつかせ振り向く。銀色の剣を地面へ突き刺し、スウィルは深々と頭を下げると再び質問を飛ばす。


「純妖精の....女王様で?」


「....そうです。私が純妖精の女王です!私に用があるのならば───....え?」


さくたろは震える手を握り、スウィルの問に力強く答えた瞬間、胸を走る冷たい感覚に戸惑った。冷たい感覚は鉛の様に熱くなり、全身から力が抜ける。さくたろが女王だと答え瞬間にスウィルは剣を抜き、さくたろの胸を貫いていた。

倒れたさくたろは喘ぐ様に空気を吸い込むも、まるで呼吸している感覚がない。知らず知らず涙が溜まる瞳と、震える身体。


「安心してください。貫いたのは心臓では無いですよ?落ち着いて、私の質問に答えてください───純妖精達はどこにいる」


この質問でさくたろはクチを閉じる事を選んだ。

スウィルは純妖精達の居場所を知らない、感知出来ない。そして自分が半妖精である事を知っている。目的が純妖精の血液ならば、絶対に渡す訳にはいかない、と強く想いクチを閉じる。


「困ったものですね....仕方ありません。自力で探す事にします─── 十二星座は当分起きる事はないぞ。純妖精の居場所さえ教えてくれればお前の命は奪わない....いや、奪う価値がない、と言うべきか?」


痛みは激しくなるも、気持ちは痛みを越えたさくたろは閉ざしたクチを開く。しかし純妖精の居場所ではなく、


「貴方に、命の価値なんて、理解できるとは思えない、わね」


精一杯の挑発、強がりともとれる発言にスウィルは小さく笑い、さくたろを蹴り飛ばす。


「いい加減、純妖精の場所を言え」


見た目とは違い、短気なスウィルは苛立ちを隠す事さえ止めた。強烈な蹴りで意識が飛びそうになるも、頬に触れる温もりがさくたろの意識をハッキリさせる。


「───!」


さくたろは唇を動かした。限りなく小さな声で、でも確かに声を出し───唄った。


微粒子がさくたろに触れた温もりへ集まり温度が上昇する。


「───お前何を!?」


苛立ちで思考が鈍っていたスウィルはさくたろの唄に気付くのが遅れた。そして気付いた時には唄は終わり、小さく弱い呼吸で、しっかりと温もりを握っていた。


「....、さくたろ?」


「ひぃ....たろ....お姉....ちゃん....」


弱々しく、聞き取るのも難しい声で、さくたろは温もりの主である、ひぃたろの名を呼んだ。





とても懐かしくて、とても温かくて、とても優しい唄が聴こえた。

その唄は───私が幼い頃に、双子の妹が唄っていた唄。


「....、さくたろ?」


長い夢から目覚める様に瞼を開くと、小さく弱い力が私の手を握っていた。


「ひぃ....たろ....お姉....ちゃん....」


聞き取れないほど弱った声で、辛く苦しそうな笑顔で、妹は私の名を呼んだ。


「さくたろ!?」


自分が何処に居るのか、何をしていたのかもすぐに思い出せないほど長く眠っていた様で、眼を開いた現実が全てを一気に思い出させる。


私はスウィルに斬られ、冷たい死が私を掴み暗闇へ引き摺り落とした。迫る死をただ待っていた私に届いた唄は幻ではなく、さくたろが私を回復させる為に唄った妖精術───妖精の唄。


「さくたろ?さくたろ!?」


私は過去の事も、純妖精の事も、何もかも忘れ、ただ妹の名を呼んだ。

妖精の唄───フェアリ ソング。その唄は唄った者の命を削り、聴かせた者の命を増やす蘇生の唄、または、滅びの唄とも呼ばれる超回復唄魔法。


さくたろの体温はどんどんと下がり呼吸も更に小さく、弱く。


「その偽物は治癒術師だったのか....まぁいい。そいつはもう」

「黙れ」


私は遠くでクチを動かすスウィルへ呟き、さくたろを見る。まだ息があるなら治癒術の対象になる。私も治癒術が使え───


「───さくたろ....その傷よりも私を」


胸からコポコポと溢れる血液。剣で突き刺された傷口。唄で傷を癒し逃げれば、こんな状態にはならなかったハズだ。それでも、死に掴まれていた私を....目覚めるかも解らない私を選んだと言うの?


私は無意識にクチを動かし治癒術を詠唱していた。

スウィルがそれに気付き迫るも、詠唱を止める事をせず、ただ必死にクチを動かしていると鉄と鉄がぶつかる音が響いた。


「邪魔するな、星座の女」


「それは、こちらのセリフだ。人間」


聞き覚えのある声。強く凛々しく、どこか優しい声は私と妙に縁がある十二星座の乙女座。


「こちらは気にせず集中してくれ半....───ひぃたろ」


乙女座には悪いが始めからそのつもりだった。私は詠唱した治癒術でさくたろの胸の傷を癒し、すぐに治癒術を詠唱し、さくたろへ使い続ける。


「お姉....ちゃん」


「───!?」


「私、産まれて....初めて、森の外....行ったの」


くそ、くそくそ、くそ!何で、何で治癒術中に会話が出来ないんだよ!後でいくらでも話は聞くから、いくらでも何時間でも聞くから、今は黙ってなさい!さくたろ!


「もっと、沢山の....世界を、見たかった....なぁ」


何で、何で治癒術の光が弱まるの!?魔力はまだあるのに何で、


「ずっと....黙ってた、けど....作り物でも、お姉ちゃんは本物の....お姉ちゃんだよ。怖くて、言えなく....て」


───何を言ってるの?


「一緒に、産まれてこれて....お姉ちゃんの、妹になれて....」


「最後に....お姉ちゃんに、会えて....嬉しい、よ......───」


───....さくたろ?


「....嘘、嫌、ウソでしょ、さく───」




私は純妖精をうらんでいた。

母親と同じ髪色、瞳の色で産まれた さくたろを、うらんでいた。


でも、それは違った。


うらんでいた、ではなく、うらやんでいた、だった。


そして───さくたろの事が大切だと思っていた。








悲鳴が響き、全員が気を引かれた。その悲鳴からは怒りや恐怖ではなく、深い悲しみの色が溢れ出る。


「モモカ、みんな、を」


リリスは素早く命令すると、本モモカはリリスへ本を渡し、一気に分散しプンプン以外の者へ攻撃する。

リリスの近くの空間が突然割れ、空間魔法が現れるとリリスはその中へ。プンプンはリリスを追う事なく、一瞬強い視線を飛ばすも、悲鳴が聞こえた方向へ視線を戻した。

りょう、ベルはリリスへ続く様に空間へ飛び込み、ダプネ達へ攻撃を仕掛けたモモカ達は本に吸い込まれる様に消え、空間も戻った。


「逃げられちゃいましたねぇ、残念デス」


「深追いすると痛い目みるわよ」


マユキとナナミはプンプンの元へ寄ると、ダプネ、るーも。


「レッドキャッパーって相当強いよ」


「キャップにゃ」


「.....ボク行かなきゃ───!?」


フェリアの中へ入ろうと足を動かしたプンプンだったが、ぐらりと揺れ倒れる。

本人も驚いた様子で、頭を振り、立ち上がろうとするも力が入らずにまた。


「なんだよ、これ」


何度も何度も立ち上がろうとするも、結果は変わらず、立ち上がる事すら出来ない。


「....プンプンだっけか、妖精の秘薬飲んだろ?」


ダプネはプンプンの身体を見て、目立つ傷も気になる傷もない事から怪我の影響や状態異常ではないと踏み、今の状態で一番確率が高い予想をクチにした。するとプンプンは頷き、思い出した様に眼を見開いた。プンプンはドライアドからもらった秘薬を確かに飲んだ。しかし副作用は数日後だと聞かされていた。


「妖精の秘薬の副作用は通常数日後。でもあれだけ派手に動き回れば薬も回り、効果も早く発揮され、副作用も早くなる。次からはよく覚えておけよ」


魔女であるダプネは妖精の秘薬についても詳しく知っていた。同じ魔女でもエミリオとは大違いの知力を見せたダプネだったが、プンプンは聞く耳を持たない。


「おいおい無理だって!全身に力が入らなくなるのが妖精の秘薬が持つ副作用だ!」


「無理でも行かなきゃ!さっきの声はひぃちゃんの声だった....あんな声今まで聞いた事ない。きっと何かあったんだ」


無理に立ち上がろうとするプンプンをダプネが止めようとするも、こうなってしまったプンプンは簡単に止まらない。


「手を貸そう」


そう呟き、プンプンを支えたのは後天性悪魔のナナミ。


「え、ありがとう」


「礼は後だ。急ぐんだろう?行こう」


「あたしも付き添うデスよぉー。ここに居ても暇デスし」


「俺も行くニャ。みんにゃが気にぃニャるし」


「わたしも行く、と言いたい所だけど、先いってて。少し休んでからエミリオ達拾って追い付くから」




ダプネを残し、メンバーはゆっくりとフェリアへ向かった。




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