◇143
空間魔法から続々と現れた冒険者達を見て、女帝ニンフは顔を歪めるだけ歪め、今までにないレベルの咆哮を炸裂させる。エミリオとワタポ、天使みよと後天性 吸血鬼のマユキ、そして鍛冶屋ビビと癒ギルド白金の橋のヒーラー数名は離れた位置でその咆哮を浴びる。
大袈裟に耳を塞ぎ嫌な顔をする天使みよ、冷たい瞳を女帝へ向ける吸血鬼のマユキ。
治癒術中のエミリオも嫌な顔で耳を塞ぎ、ヒーラー達は焦りの表情のまま治癒術を続ける。人間のワタポは咆哮を聞き、素早く立ち上がった。
「今の咆哮は危ない!」
立ち上がるや否や、すぐに足を前に出したワタポはレイドへ参戦しようとしていた。しかし鍛冶屋ビビがワタポの右義手を掴み、足を止めさせる。
「やめとけ、その状態でレイド参加は邪魔になる」
「でも、今の咆哮は女帝が完全に本気の時に....それにあの女帝は
「完全でも不完全でも、邪魔になるとわかってる状態の人を、レイドには参加させられない」
左腕が無く、傷も多い。体力的にも消耗している状態のワタポがレイドに参加すれば必ず早い段階でミスが出る。それを助けようとした人物が最悪死ぬかも知れない。そこまで予想し、ビビはワタポを止めた。
「....ッ、なんで....また見てるだけ、もう見てるだけはイヤなのに、なんで」
普段ワタポが見せる事のない、悔しい気持ちに染まった表情。
エミリオはその表情を初めて見て驚くも、エミリオはワタポ以上の傷を負っている。痛みを誤魔化す為に傷口内まで凍らせる荒業を使い、痛撃ポーションも飲んだ状態。この状態ではまともに戦闘出来るのは数分。一旦集中力が切れた今の状況でレイド参加は不可能。と、自覚してる為、一緒に行こうとも言えず、ただ黙り見詰める。
「はぁー。なんでビビがこっち側に来たのかも予想出来ないなら、尚更レイド参加は認められない」
大きな溜め息を吐き、呆れた様に呟くビビはフォンを取り出し手慣れた動きで画面を撫で、フォンポーチから長方形のケースを2つ取り出した。
「なにそれ?武器!?魔銃!?」
天使みよは素早く食い付き、瞳を輝かせる。みよが言う様にケースはある程度の武器ならば収納出来る大きさ。
「武器と言えば武器だけど、普通の武器とは違うかな」
ロックを外し、開くとビビはピュ~と小さく口笛を吹きニッと笑って噂の武器を取り出した。
「さぁワタポ、戦場でのアームチェンジは麻酔する時間なんて無いよ。痛くてもビビるなよ~」
鍛冶屋ビビが取り出したモノはワタポがビビへ生産依頼をしていた黒鉄色の新型───
ワタポは驚いた顔を見せるも、強い瞳でビビを真っ直ぐ見て、頷いた。
◆
フェアリ城のガラスが強く揺れ、破裂するように一斉に割れる。
広間へ避難していた純妖精達は女帝の咆哮に怯え、粉々になるガラスを見て自分達の未来が無くなる不安感に抱かれ始める。そんな時、広間の大扉が軋む様に開く。
「皆さん、ニンフの森の、奥まで、避難します!私の部屋まで来てください!」
ライムグリーン瞳を向け、息を整えつつ言う女王の姿に純妖精達は呆然とするも、女王が「急いで!」と大声を出すと我に帰ったかの様に純妖精達は動き始める。
妖精女王さくたろ の部屋は最上階。そこまで一気に駆け登り、さくたろはイスを持ち上げ大きな窓へ投げつける。
「女王!?一体なにを!?」
「窓ガラスを割ります、あなた達も早く!」
女王の部屋の窓は強度があり、近距離ではなかったため女帝の本気の咆哮でも揺れる程度。その窓ガラスを割るため、さくたろは非力ながらイスを何度も投げつける。必死な姿に純妖精達は余裕がない事を悟り、女王を下がらせ魔術を発動。窓枠からブチ破る結果になった。
「ありがとうございます。ではすぐにエアリアルを使ってニンフの森の、ドライアド達の元へ全力で飛んでください!」
純妖精達は言われるがまま色とりどりの翅を広げ、窓から飛び立つ。
「女王様はいっしょに来ないの?」
子供の純妖精が涙をこらえ、さくたろへ言うと、
「私は....」
───私はどうするべきなんだろうか?私に力を貸してくださった者達を見捨てて、1人逃げるなんて。でも私の力では邪魔になるだけ....。
「....私も一緒にいきます」
さくたろは翅を広げ、純妖精達の先頭を飛んだ。
遠回りして飛んだのは女帝に見つからない様にするため。
純妖精達はさくたろと共に、無事ニンフの森へ到着し、ドライアド達は予想していたかの様に純妖精達を受け入れる。
「女王様。少しよろしいですか?」
金色のドライアドが女王へ深く頭を下げ言う。金色はドライアドの中で一番長く生き、一番偉い立場の者。さくたろは頷き、場所を変える。
「女王様。女帝ニンフの封印が解けたと言う事は....貴女が?」
「....はい。どんな理由であれ、私が鍵を....」
───私が鍵を命に変えても守り抜くべきだった。もう数えきれない程の純妖精達が犠牲になったでしょう。それも全て、私の責任。
「そう、ですか。しかし完全に女帝化してしまっては言葉も通じません!死にに行く様な真似だけはしないでいただきたい!」
「......」
さくたろは迷っていた。今からでも遅くない、すぐにフェリアへ戻り、自分に力を貸してくれた者達の元へ行くべきだ、と。しかし大きな恐怖も胸に居座る。自分が到着した時もう全員殺されているのではないか、自分が行った所で何も出来ず殺されるだけではないか、と。
「あの状態では会話も....貴女の事も忘れています!もうあれは母親ではなく、凶悪なモンスターなのですよ!」
「え?」
さくたろの反応を見て、金ドライアドは自分が余計な事を口走ってしまった事を知るも、もう遅い。
「私の、母親?女帝ニンフが母?」
ドライアドは唇を動かすも、言葉は見つからない。
「どういう事です?母は私達をフェリアへ置き去りにし、人間と何処か遠くへ行ったのでは?」
さくたろはまとまらない頭で必死に質問するも、ドライアドは眼を伏せクチを強く閉じる。
「ドライアド!説明しなさい!」
大声がニンフの森を抜けた。
◆
私の名前を呼んで、自分の名前を言い、プンちゃんは私を強く抱き締め、涙を流していた。傷だらけの身体で、親と離れるのが嫌な子供の様に強く抱き、何度も名前を繰り返す。
頭の中の靄がゆっくりと晴れ、自分が何をしたのか、うっすらと思い出す。
そうだ。鼻を抜ける鉄分の香りと妙な視界。これは現実だ。
「プンちゃん....私、」
「悪い夢を見てたんだよ、もうひぃちゃんは大丈夫、大丈夫だから」
夢なんかではない。私は自分の意思で純妖精を殺し、自分の意思で純妖精を───。そこで突然暗闇に堕とされた様な感覚に包まれて、プンちゃんへ剣を向けた。
会わせる顔がない。
一番大切な存在を、自らの手で傷つけ、泣かせて、もう....。プンちゃんはウンディーへ戻って、妹の願いを叶える事を何よりも優先して。もう私と一緒に....私はプンちゃんと一緒にいる資格はない。
「プンちゃん」
「ん?なに、ひぃちゃん」
「私は───」
私はもう一緒に居れない。そう伝えようと、言葉を喉まで運んだ瞬間、大声が響いた。
「今のは....?」
「わからない....」
ただの大声ではなく、鬼気迫る様な迫力を含む大声。妙な不安感が膨らむ。
「様子を見てくる」
「あっ!ダメだよ寝てなきゃ!」
プンちゃんの声も遠くで聞こえる程、私は膨らむ不安感に包まれていた。まだ理解出来ない視界を必死に進み、声が聞こえた方へ向かうと、
「女帝ニンフは貴女の....さくたろ様の母親です」
「え?」
◆
上空から大咆哮を降らせた女帝ニンフはすぐに耳障りな声をあげる。
威嚇の為の咆哮ではなく、自身の覚悟を決めた咆哮とでも言うべきか、女帝は痛みに耐える表情で声を吐き出し、後天性吸血鬼に切断された半身の傷口を強く睨む。
すると───新たな下半身が突き破る様に、触手ではなく、二足の脚が。
女帝ニンフは舌をダラリと伸ばし、ヨダレを垂れ流しながらも、二足の脚の誕生に笑った。この脚こそが女帝ニンフが持つ本来の脚。
女帝ニンフは元々純妖精。
純妖精は脚が二本。二本の脚を操る事が限界な人型種は触手を自在に操る為には恐ろしい集中力が要求される。
その為、女帝は触手を使っている時はその場から動こうとしなかった。触手を操り移動する事が出来なかった。それほどまでに余裕がなかった。
しかし今、女帝ニンフは本来の───操りなれている二本の脚。そして封印されていた期間の空腹も純妖精を捕食し、満たされている。女帝は空気を吸い、瞳を閉じて深く吐き出す。
冒険者達は初めて見る女帝ニンフへ下手に攻撃出来ずにいた。ダラリと伸びた舌が黒緑色の唇を舐め、両眼を開くと、恐怖が冒険者達の全身に絡み付く。
「全員、戦闘開始!」
ダガーの刃を強く握り、痛みで恐怖を打ち消したセツカは大きく、強く、シンプルなワード叫び冒険者達の恐怖を拭う。SS──S2ランクのモンスター【森の女帝 ニンフ】討伐が開戦する。
女帝は翅を畳む事なく空中停滞した状態で風属性魔術を発動、緑の魔方陣が数個展開された瞬間、セツカは素早く指示を飛ばす。
「タンカーは魔術をガード、バッファーは魔耐バフ!ヒーラーは治癒術を!アタッカーは女帝を叩き落としてやりなさい!」
声が響いた直後に風の弾が雨粒の様に降り注ぐ。タンカーが大盾を構えると足元に無色の魔法陣が範囲展開される。魔方陣内にいる者を対象としたダメージカット率と魔法耐性を上昇させるバフ。風の雨が大盾に直撃する瞬間、大盾は無色光を放ち防御術を発動させ、限界まで防御力を上昇させた状態で魔術を受けきる。
風の雨がまだ止まない中でヒーラーは治癒術を発動し、タンカーの体力を回復しつつ、傷を癒す。女帝ニンフの魔術が終わった瞬間、AGI全開の
猫人族の【ゆりぽよ】は弓術で女帝のエアリアルを射抜きバランスを奪うと、大剣使い猫人族【るー】と【リナ】が女帝を叩き落とす事に成功。
地面に落ちた女帝をアタッカーの先攻隊が一気に攻める。
カタナ使い【烈風】の瞬迅の剣術と、同じくカタナ使い【ナナミ】の肉を挽き裂く様な剣術が女帝へヒット、素早くアロハの男【アスラン】と音楽家【ユカ】が間に入り、双剣で連撃系剣術を使い女帝を仰け反らせ、追撃までのラグや詠唱時間を稼ぐ。
狙い通り、思い通りに事が進み、アタッカー隊は怒濤の攻撃を女帝ニンフへ打ち込む。剣術、魔術、デバフ。ヒーラーとタンカーも遅れて参加し、ヒーラーは魔術を、タンカーはディレイタイムが短く、ヘイトが高い単発重剣術を打ち込み、素早くハウルや挑発、ウォークライなどの高ヘイト プロボーグスキルを使う。
今回のレイドではタンカーではなく、ブレイカーとして参加していたギルド 赤い羽 のマスター【アクロス】は女帝の一瞬の動きを逃さず、行動阻害効果を持つ剣術を一撃入れ、バックする。タンカーとして優秀なアクロスは壁をする最中にブレイカーを観察し、自身でブレイカーを引き受けるまでのスキルを身に付けていた。
「凄いですねアクロスさん。初ブレイカーとは思えない仕事ぶり!」
同じブレイカー隊の冒険者がアクロスの働きに驚く。初ブレイカーとは思えない仕事ぶり、そして初が高難度モンスターだというのに堂々とした動き。セツカの予想を越えたアクロスの働きは冒険者達の攻めを一気に加速させる。
「全員フルアタック!タンカーはヘイト重視でお願いします!」
セツカは全体へ指示を出すと、素早く詠唱を行う。詠唱速度を速めるピアスを装備しているセツカだが、それでも詠唱時間が数秒要求される多数を対象とした上級補助魔術。移動速度上昇、体力消費軽減、バッドステータス耐性の三種類の効果を持つ上級バフを全員へかける。
「お嬢ちゃんや、無理するでないぞ....と、言いたい所じゃが、相手が相手じゃしのぉ」
肩を揺らして呼吸する疲労を見せるセツカへ情報屋の【キューレ】が気遣い声をかけるも、キューレが言うように相手が油断出来ない相手。
普段から素早い動きを見せるキューレだが、セツカのバフと自分自身で使ったバフの効果が乗り、猫人族を越えるAGIで戦場を駆け抜ける。
ジグザグのダガーを逆手持ちし、フードマントを靡かせ冒険者の間を通過し女帝ニンフへ攻撃が届く距離まで詰める。
消えては灯る無色光、色とりどりの魔法陣に飛び交う冒険者達の声。どこからどう見ても冒険者達が圧している状況だが、セツカや他の数名の冒険者達はある不安感を消せずにいた。
女帝ニンフは最高ランクの危険度の持つモンスター、充分な準備時間もなく組まれたレイドで圧勝できるほど甘くない。それを現実にするかの様に、S2ランクの女帝がついに動く。
大雨の様に刺さる剣術と魔術の中、女帝は翅を破裂させた。回避不可能な数の小さな破片が冒険者達へ向かうも、唱壁がその破片を防いでくれる、と確信していた。のだが....唱壁が薄いガラスの様に脆く砕け、エアリアルの無数の破片が冒険者達へ小さなダメージを与える。
細い針先に一瞬触れる様な、小さく弱い痛み。しかし強モンスターが相手という今の状況では大きな意味を持つダメージ。
後天性の悪魔【ナナミ】は小さな痛みを感じた瞬間、焦りを感じた。攻撃にデバフはなくダメージも無視できるレベル。しかし、精神面へのデバフやダメージは無視出来ない。ナナミの焦りは見事的中し、チクリとする痛みに対し大袈裟な反応をとってしまった冒険者達は顔を真っ青にした。経験の差、経験値の違いが大きく現れるのがレイドや強敵相手。ダメージもほぼない攻撃に対し大袈裟に反応した冒険者達の剣術、魔術はファンブルし、本来のディレイよりもクールタイムが長い、ファンブルディレイに襲われる。このチャンスを待っていた、あるいは狙っていたかの様に女帝は広範囲上級風魔術を発動させる。緑色の魔法陣がレイドメンバーの足下に展開され、風圧が吹き上がりガード出来なかった者は必要以上に打ち上がる。
「チッ....」
ナナミは舌打ちするも自分が打ち上がらない様ガードするのが精一杯。他のメンバーも同様に、大袈裟に言えば全員、行動停止状態。女帝ニンフは魔術後、エアリアルを広げ宙に浮く冒険者をターゲットに飛ぶ。
───魔術のディレイ中もエアリアルでの行動は可能なのか。
ナナミは苦い表情をするも、女帝から眼を離す事をしなかった。本来の純妖精ならば魔術に関わらず、ディレイ中エアリアルも硬直する。しかし純妖精を越える力を持つ純妖精───森の女帝ニンフはディレイ中エアリアルでの行動は可能。高く打ち上げられた冒険者達へ接近した頃、ディレイ拘束が解け、恐怖を煽る咆哮後、女帝は指を揃える。爪が刃物の様に鋭く、鋭利な輝きをギラつかせる。
「ガード、ガードしろ!」
自分自身が動ければ迷わず飛ぶ。そう強く思うも、風属性魔術はまだ終わらない。ナナミの叫びも虚しく、ファンブルディレイがのしかかる冒険者は身体を動かす事も出来ず、エアリアルを器用に、自在に操る女帝の空中移動は夜空に線を描く様に早く、エアリアルが溢す微粒子の線が止まる頃、風魔術も終わり───血の雨が降り落ちた。
バケツの水を溢した様な血液、重い落下音と散らばる───。セツカやキューレ、アスランや烈風もフリーズしたかの様に眼を見開き停止する中で、ナナミは叫ぶ。
「次が来る!切り替えろ!」
ナナミの声が冒険者達をフリーズから解放するも、上空に大きく展開された、濃く蠢く緑の魔法陣は絶望色に見える。魔法陣の属性色が濃く、流れる様に光を動かす魔法陣は上級の中の上級、最上級魔術を意味する。魔法陣の中から風の巨腕が現れ、引き寄せられる様な暴風。女帝は両手を広げホバリングしている事から、いくら女帝ランクとはいえ最上級魔術を発動している間は行動不能、と見てとれる。しかし女帝へ向かおうと身体を動かせば一瞬で吸い寄せられ、竜巻で作られた巨腕に呑まれる。自分達が呑まれない様にするのが精一杯の冒険者達は次々に引き寄せられ、粉々に消える仲間をただ見る事しか出来ない。そして───腕は迫る。
「くっそ!どうにかならんのか!?」
アスランの声も暴風に呑まれ虚しく消える。絶望の腕が街を吸い寄せ砂粒に変え、冒険者を吸い寄せ、粉々に消し、地上へゆっくりと伸びる。猫人族の俊敏性もこの状況では意味を持たない。武器を地面へ深く突き刺し、全体重を下へ向け、ただ迫る死を待つだけ。
◆
「うおっぷ!やべー吸われる、あっぶ帽子!」
「これは笑えない魔術デスねー!」
「タバコの火が消えるッス」
「ちょ、ビビさん!こんな時にタバコは」
「いやいや、本気で笑えねーって!おい!あれ呑まれてね!?」
戦場から少し離れた位置にいるエミリオ達も風の腕へ吸い寄せられていた。戦闘の状況を見るには遠すぎる場所だが、吸い寄せられた冒険者の影は辛うじて確認でき、天使みよが叫ぶ。
帽子を気にしたり、タバコを気にしたりしていたメンバーだが、冒険者が吸われ散る影を見て、笑い事ではない。と遅すぎる脳の切り替えを行う。
───距離がもう少し近ければ女帝の後ろに魔法陣を出せるのに....距離的にもわたしのレベル的にも今は無理だ。
魔女力をほぼ解放したとは言え、まだその力の加減や距離計算も知らないエミリオでは魔術で女帝の魔術を止めさせる事は現段階では不可能。
何も出来ない状況と、魔女力を解放した事に満足していた自分に苛立ちを見せた。
しかし風の巨腕は止まらない。
◆
金ドライアドの言葉を聞いてしまった私の複雑な視界は揺れた。1つは金ドライアドと眼が合い、もう1つは───私は眼をそらした。
「もぉ!怪我人なんだからひとりで───.....」
私を追ってきてプンちゃんはドライアドとさくたろ、そして私を見て言葉を止めた。ドライアドの言葉が聞こえた訳ではないだろう。しかしここに充満する沈黙と緊張を察知し、プンちゃんはクチを閉じた。
「....お姉さ....お姉ちゃん、ですか?私の、お姉ちゃんですか?」
さくたろは私を見て、細く震えた声を必死に吐き出す。私は迷ってしまった。ここで自分が姉だと言うのは簡単で、本当の事だ。しかし、さくたろは妖精の女王で私は
「.....」
言葉が見当たらない。
真逆の世界で育った私とさくたろ。母親が存在していた時点で私達の道は違っていた。
さくたろの瞳と髪の色はライムグリーンで、純妖精の色。私の瞳と髪の色はローズクォーツ、純妖精ではあり得ない色を持って産まれた時点で扱いの差は決定的だった。いや....産まれる前から既に決まっていた事なのだろう。
私は後から宿った人間の膿みが混ざった
そんな存在が女王の姉であってはいけない。
この金ドライアドは知っているだろう。ならば、ここだけで食い止めなければ、さくたろの人生が終わってしまう。
「....場所を変えましょう。私の家ならば誰も来ない」
金ドライアドは私の考えを読み取ったかの様に提案し、金ドライアドの家へ移動する事になった。私はプンちゃんにも同行してもらい、ドライアドの家へ向かう。
このドライアドはどこまで知っている?私とさくたろが双子で、半妖精である事を知っているのか?金色のドライアドは私達の母が生きている頃の事を知っている?私は金ドライアドの性格を知らないが、今の時点では───厄介な存在だ。
ドライアドへ鋭利な視線を飛ばし観察、思考を回転させていると、金ドライアドの家はすぐ眼の前に。太く確りした木が絡み付いている様な家。これでは音が漏れる心配もなく、絡み付く木がマナを吐き出している事から、ピーピングなどの術も通じない。
招かれるまま中へ入り無言のまま私達は座るとドライアドがすぐにクチを開く。
「....最初に話しておきます。私はお二人がまだ母親のお腹の中にいた頃から知っています。お二人が知らない事も、全て」
───やはりコイツは厄介だ。その気になればそれをネタに私だけではなく、さくたろも揺らす事が出来る。
「お前の話はいい。お前が知っていて、私達が知らない話と、母親が女帝であると言った話の続きを聞かせろ」
言葉を選んでいる余裕はない。今この森で何が起こっているのかもハッキリ掴めていない私は無駄な会話を省略し、確信となる部分だけを話す様、強く言った。それでも渋る様子なら多少の脅しもするつもりだ。
「はい。お二人の母は....お二人を守る為に力を求めた。相手は全純妖精という絶望的な状態で、頼れる存在は自分しかいない。相手が同族で、すぐに同族を越える力を得る方法....それが」
ドライアドは言葉を切り、私を見た。
「私と同じ、同族を捕食し同族以上の力を求めた、と言う訳ね」
「はい。同族を捕食すれば同族を越えた力を得る事が出来る。お二人の母は力を求めすぎた。守る力は壊す力にもなる....必要以上に求めた結果、お二人の母は完全な女帝となり、純妖精達は多大な犠牲を払い女帝ニンフを封印する事に成功した」
母は私達を捨てて消えたと、純妖精達に聞かされていた。しかし真実は私達を守ろうとして、自らの命を捨てる覚悟で同族を手にかけ、化け物になってしまった。全く笑えない話だ。
「女帝ニンフが私達の母親である証拠もないまま、その話を信用しろと?決定的な証拠が見られないのなら、例え99%の可能性だったとしても私は疑う」
「ひぃたろ様は剣、さくたろ様は皇玉を持っていませんか?」
「剣?」
「皇玉?」
意味不明な事を言い始めるドライアドへ私達は質問を返した。剣など私以外の純妖精も持っているし、冒険者の中には何十本もの剣を集めているコレクターも存在している。固有名をハッキリと言わない辺りが、確率論を吹っ掛けてきているとしか思えない。
「大妖精の素材から作られた剣、妖精の剣【メイリア ライト】と大妖精の魔結晶である、皇玉【メイリア】です」
ドライアドがクチにした剣の固有名は私が物心付く頃から所有していた剣の初期名。今は洗練により【エタニティ ライト】となっているクリスタルの様な刀身に芸術的、幻想的な彫刻を持つ剣。
大妖精の素材から生産された剣、というのは初耳だ。
そして───
「メイリアの魔結晶....私は持っています」
さくたろは本当にメイリア───恐らく大妖精の名前だろうか、魔結晶を所有していた。
「私も剣を持っているわ。でも、それがなに?」
所有物を調べて言うくらい、簡単な事だ。私はドライアドを信用していないし、疑っている。ドメイライトも純妖精と関係している種族。警戒するな、疑うな、と言う方が私には無理だ。
「メイリア ライトの最終形に必要な素材がメイリアの魔結晶と、大妖精の系譜に属する妖精種の翅。お二人の母は大妖精の系譜であり、今生きている妖精種だとお二人だけが大妖精の系譜となります」
大妖精の系譜とやらには興味がない。しかし、剣の最終形に必要な素材の話は興味がある。ドメイライトの話が真実だとすれば、こういう事だ。
【メイリア ライト】を洗練していくと【エタニティライト】になり、次の派生が不明になる。次のステップへ進むにはさくたろが持つ魔結晶【大妖精 メイリア】と、大妖精の系譜───つまり私かさくたろの翅が必要になる、という事か。力を手にする為に同族を喰い、剣を進化させるには家族を手にかける。笑えるほど高い対価だ。
「私がこの剣を最終形にしたいと望んだ場合、さくたろを殺して翅と魔結晶を奪えばいい、って事ね?」
「!?、ひぃちゃん!それは絶対ダメだよ!」
今まで黙っていたプンちゃんが私を止める様にクチを開いた。わかってる、私もそんな事するつもりは───今はない。でも、必要になった場合....どうするのか自分でも予想出来ない。力を求めて純妖精を捕食した私には。
「....私が、私の持つ魔結晶と翅があれば、純妖精達を救えますか?」
....バカなのか?妖精の女王とはいえ、私と同じ半妖精。扱いは違ったとはいえ、半妖精に変わりはない。その事を純妖精達が知れば今までの扱いとは真逆になり、最悪殺される事になる。それなのに、翅───エアリアルを、命を捨てるつもりなのか?
「私よりも、お姉ちゃん....ひぃたろさんの方が強い。私は補助系魔術や治癒術しか使えません。でもひぃたろさんは剣術も魔術も治癒術も、ディアも持っています。どちらかが犠牲にならなければという状況ならば、私が犠牲になった方がマイナスはなく絶対的にプラスです」
「ダメだよ。そんな事、2人が....妖精種みんながいいって言っても、ボクは絶対に認めない。そんな事になったら何をしてでもボクは邪魔するよ」
プンちゃんの言葉にさくたろは眼を見開いた。必ずプンちゃんは割って入ると思った。
「素敵な、素敵な友人をお持ちなのですね、ひぃたろさん」
さくたろは泣き出しそうな声で呟き、クチを閉じた。
どんな気持ちでそう言ったのか、私には解らない。でもどこか嬉しそうであり───悲しそうでもあった。
「お二人が犠牲になる必要はありません。大妖精の系譜、つまりお二人の母....女帝ニンフの翅でも可能です。そしてそうなる事を望んでいたからこそ、女帝となった母は翅があるというのに、森から逃げようとしなかった。意識も呑まれ同族をただ捕食する化け物になっても、純妖精達が女帝を殺そうとしているのに、この森に残り続けたんですよ」
母への想いも、母の気持ちも、私は知らないし知りたくもない。純妖精達が女帝に全滅させられようとも、私には関係ない。私は母も純妖精も....嫌い....なのに、どうして私は今ここに居る?どうして森へ来た?私はどうすれば....、
「ひぃちゃん、行こう」
金色の瞳を真っ直ぐ向け、プンちゃんが私の背を押すように言った。
「行く?どこへ?」
「ひぃちゃんのお母さん....女帝ニンフの所へ」
真っ直ぐな瞳は揺れる事なく、強い光を宿し私の背を押す。
「....私が?純妖精達を助けに?冗談じゃない」
自分の気持ちに嘘をつく様に。いつからこんな癖がついたのか、私にも解らない。でもこうやって自分の気持ちを隠し、圧し殺し、誤魔化した方が───傷つかない。それに、純妖精の事が嫌いなのは本心だ。
「純妖精達を助けに行くのが嫌ならいいさ。でも女帝ニンフに、もう食べなくていい、もう眠っていいよって誰かが言ってあげなきゃ。そしてその誰かはボク達や他の
「.....」
我慢も嘘も限界を越えれば大変な事になってしまう。確かにキューレはバリアリバルのギルドハウスで言っていた。私はこの言葉の意味を自分なりに理解したつもりでいて、結果、純妖精を捕食し大変な事をしてしまったと思っていた。でもプンちゃんは違う。今の私への言葉?
今の私....今の、
「自分の気持ちに素直になれない所、ボクは好きなんだけどね!」
私は、私の奥底にある気持ちは───さくたろを助けたいし、純妖精達に半妖精だろうと別種族だろうと、いつまでも古いルールで生きてほしくない。私の存在を認めさせたい。力ではなく、私を私として見て、ひとりの存在を認めさせたい。
猫人族と純妖精を争わせようとしている存在がいる事も、猫人族は争いを望む種族ではない事も、全部知ってほしい。狭い森の中だけではなく、広い外の世界にも眼を向けてほしい。
さくたろの事も認めて、さくたろに生きてほしい。
母親に....お母さんに、文句の1つくらい言いたい。
『そう、それでいいと私は思うわ』
『ほら、早く行きなさい』
───また私が私へ話しかける。
『会えるのはこれが最後になるかも。貴女は私、何があってもきっと大丈夫よ』
『たまには素直になりなさい。もう食べちゃダメよ?』
───。
「2人は....プンちゃんとさくたろは私と一緒に来てくれる?」
自分の気持ちを自分でハッキリと解らない。でも、胸にシコリが残っている様な今の感覚は決して気持ちが良いモノではない。
「当たり前じゃん!ボクはずっと一緒にいるよ」
「私も、私も一緒に行きます」
今まで全部ひとりで抱えていたのだろう。半妖精である事も、さくたろとの関係も、自分の事は全て自分でどうにかしなければ、と考えひとりで抱えていた。でも、今少しだけわかった気がする。
頼る事は弱い事だと思っていた。頼られる事が強い事で、私は強い存在になりたかった。でも、全てひとりで抱え、手一杯になって何も見えなくなってる今の自分は何よりも弱い。
少しだけ、弱い私に手を貸して。
「ありがとう」
◆
全身が強い力に引き寄せられる中、わたしは大声で叫ぶ。
「みょんとゆきちはイケる!?ビビ様、ワタポの腕は!?」
天使のみよ と 後天性吸血鬼のマユキはわたしの声に頷き、ワタポは自分の腕へ眼線を送った。
「腕おっけー、何すんの?」
暴風の中でも焦りを見せないビビ様。隣でワタポが痛みに耐える表情をしていた。
「ワタポ、イケるか!?」
ワタポはわたしの言葉にコクリと頷くも、痛そうな表情は変わらない。でも、本人が頷いたんだ。イケる。
「全員わたしの合図で突撃!細かい事は考えないで、女帝本体を叩く事だけを考えて」
「は!?死ぬって!ババーこの中で一番信用できないだろ!」
「ならお前はそこで一生風に逆らってろ!」
「ひぇー!それ勘弁!」
みょんとのふざけた会話を終えたわたしは女帝本体の位置を確認する。S2モンスターでも女帝、いくら喰い漁っても魔女にはなれない。女帝が使っている最上級魔術は最上級の中でも扱い辛いタイプの風属性魔術。魔女以外だとサポートする者がいたり、自分の姿を隠してる時にしか使わない魔術。威力は確かに高いが、風の巨腕を操らなければならないデメリットは大きい。
そして、魔女ではない種族は発動中も停止していなければファンブルする。つまり───発動中の今が攻撃チャンスだ。
焦るな、頭を止めるな、計算しろ。タイミングを間違えるなよ、わたし。
◆
くっそー、なんでわたしが地界落ちの低種族の為に動かなきゃならない。
紅玉の瞳を細め、小さな舌打ちを入れ空間魔法で移動する魔女ダプネ。フェリアからニンフの森まで再び戻っていた。数十秒でニンフの森へ出たダプネは足を止める事なく、星霊達が居るドライアドの家へ向かう。その最中、大声が聞こえるも、ダプネは足を止めず星霊達の元へ急ぐ。
垂れ幕の様な蔓を掻き分け、タプネは声を響かせた。
「星霊!力を貸せ!」
十二星座達は現れたダプネに驚く様子もなく、そう言われる事を予想していたかの様に立ち上がる。
「我々の力を貸せるなら、喜んで貸そう」
乙女座は凛々しく言うも、眼が少し赤く、頬には涙の後がある。
「....頼もしいな。ヴァルア、だっけ?」
ダプネが乙女座の名をクチにすると、乙女座ヴァルアはフッと笑い、夜空色のマントを装備した。回復を終えた獅子座も参加し、十二星座全員の表情が先程ダプネが会った時より遥かに力強いものになっている。
「ダプネ、と言ったか?ターゲットの情報は?」
「S2-女帝ニンフだ。人間種と変わらないサイズだが魔力は化け物クラス。下手すりゃ全滅するかもな。それでも力を貸してくれるか?」
「お前が真面目にやれば我々の出番はないだろう?」
「勝手に評価するのはいいけど期待値高すぎだろ。友人が戦ってる、今死なせるワケにはいかない。力を貸してくれ」
ダプネは妙な微笑を一瞬見せ、すぐに真面目な顔で言った。ヴァルアが頷くとダプネは空間魔法を繋ぎ、すぐに中へ。数十秒の浮遊後、ニンフの森からフェリアへ到着する。
空間魔法から出た瞬間、全身を引き付ける暴風にダプネは驚き、十二星座は各々リアクションするも、さすがは星霊族の強者と認められた者達。吸い寄せられる事なく着地に成功する。
ダプネ達が到着した頃、巨腕は冒険者達のすぐ上まで迫り、青髪の魔女が無茶を始めた。
◆
「突っ込め!」
わたしは声を最大ボリュームで出し、突撃の合図をした。
するとヒーラー達以外の全員、ワタポ、ビビ様、みょん、ゆきちは迷う事なく身を投げ、武器を構えた。
───今だ!
自分に気合いを入れ、素早く詠唱し、ある魔術を発動させた。使うのは初めてで、教えてもらったワケでも、本で学んだワケでもなく、近くで見て覚えた【空間魔法】を発動させる。
虹色のゲートが現れ、風に吸われる4人はゲートに入る。そして出口は───女帝の背後。
初の空間魔法は数センチの誤差が生じるも充分過ぎる位置に出口が展開される。
中から飛び出る様に4人が現れた時には既に、武器が無色光を纏っていた。
吸い寄せられる事、身体が宙に浮いている事、バランスがとれない事、を確りと考え、この条件で一番成功率が高い剣術を選び発動させる。
「よっしゃ───やば!」
剣術がヒットするのか見ていたかったが、初の空間魔法を成功させた事に油断してしまったわたしは身体が浮き上がり、一気に吸い寄せられる。
剣術のヒットよりも、わたしが巨腕にヒットする方が早い!死ぬ!
と、思った瞬間わたしの眼の前に虹色のゲートが現れ、まばたきする時間よりも短い時間の中でわたしは空間移動をした。
「無茶苦茶だな チビ女!」
空間から飛び出たわたしの腕をキャッチした大きな腕。
「!?....おわ!お前は星霊のライオン座!」
「獅子座だ」
何が起こったのか理解する暇もなく、女帝は空中で悲鳴をあげ、巨腕の形を保つ事が出来ず暴風がフェリアを走り、女帝の魔術はファンブル、紫色の血液を溢し、女帝が落下する。
「セッカ!」
わたしがレイドリーダーの名を叫ぶと、素早く指示を飛ばしたウンディーの女王。
タンカーは盾を捨て、ヒーラーは治癒術を捨て、文字通りのフルアタック。
「エミリオ!炎!」
そう叫び詠唱を始めたのは空間魔法の使い手であり、魔女剣士のダプネだった。
さっきの空間魔法もここに星座がいる事も、一瞬で理解したわたしは素早く詠唱に入る。わたしがセッカの名を叫んだ瞬間、ライオン座は手を放してくれた事が助かった。捕まれたままではこの魔術の詠唱は難しい。
詠唱を済ませたダプネは魔女だけが許される、詠唱後ならば魔術発動前でも数回の会話が可能という魔女スキルを使う。
「同時にいく!」
「おーけー!」
わたしも詠唱を済ませ、答えると、タイミングよくセッカが冒険者達を下がらせ、眼線をこちらに送る。
ダプネの風属性最上級魔術とわたしの炎属性最上級魔術が大型魔方陣から放たれ、女帝を狙う。風と炎が合わさり、超広範囲の強火力魔術へと変わり、女帝を呑み込んだ。
「星座!エミリオは全範囲水!」
ダプネは短く叫ぶと、十二星座達は燃える風の柱へ突撃する。星霊の死なない的な特性をフルに使った攻撃。魔術の中で星霊達は剣術を女帝へ撃ち込み、タプネは風魔術を破裂させる様に拡散させる。
わたしは広範囲水防御魔術で炎を消す事に成功し、レイド隊にも建物にも、炎が接触する事はなかった。
「ムチャすぎだろダプネ」
魔力的には全然余裕だが、体力的に少々バテたわたしはダプネへ呟き、呼吸を整える。
さすがの女帝も焼け死んだろ。既に勝った気でいたわたしはゆっくりと深呼吸を入れた瞬間、煙幕の中で何かが小さく輝き、それは拡散した。
「───は?」
ヒーラーの治癒術で穴を塞いでもらったばかりの腹部にガラスの破片の様なモノが突き刺さり、遅れて痛みが全身を駆け回った。
わたしだけではなく、見事全員へ破片が刺さり、痛みを感じた時にやっと、指先さえ動かない事に気付く。
───麻痺!?
クチも動かないレベルの麻痺、それも速効性を持っている。ダプネも麻痺っている事から、この麻痺は魔術ではない。魔術ならば感知し、回避する事が出来る。デバフレジスト持ちのダプネや星霊達にも麻痺が働いている事から、これは相当なレベルの麻痺。効果時間は短いだろう....けど、今この状況での麻痺は効果時間が5秒だったとしても地獄だ。
「シィィ....ギュ」
と、キモさをカンストしている声を溢し、女帝は広げた翅をすぐに砕き割り拡散。数センチの破片がわたしの手に刺さる。麻痺で痛みも感じない中で、破片は地獄を更に深く、長くする。女帝が細かく砕き拡散させた翅には麻痺効果があり、同種デバフを連続すると瞬間耐性により効果がイマイチなものになる、というルールを破る規格外なS2モンスター。麻痺は全身を焦らす様に廻る。
火傷と裂傷の女帝はターゲットを決めたのか、一歩進む。しかし女帝の足はそこで停止し空を見詰め、驚いた様に眼を見開いた。
フワリとした風、地面から伝わる軽い振動。
空から舞い降りたのは半妖精と魅狐だった。
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