◇140




揺れる空気を肌で感じる異質な雰囲気を充満させる森。禍々しい靄の衣を纏う半妖精ハーフエルフと星霊達が視線をぶつけ、空気が巻き上がる。靄の尾を引くように動いた半妖精───の姿をした破壊的思考を持つ元星霊王レーヴァ。ターゲットは迷う事なる、現星霊王。


「ッハ!受け止めたか!」


「ッッ!!」


耳を突き抜ける衝突音が遅れて発生する程、恐ろしく速い剣撃を、星霊王は両手で握った剣で受け止めて見せた。剣から腕へ走る衝撃に全身が叩かれる中、星霊王は奥歯を噛み乙女座ヴァルアへ眼線を送った。


「行くぞ!油断すれば....殺されるぞ!」


殺される。この言葉とほぼ無縁の星霊達だが、今回ばかりは油断も余裕も無い表情で星座達は頷き動く。

星霊は死なない。それは嘘ではないが、本当でもない。正確には “一定以上の傷、ダメージを負えば再生が間に合わず死ぬ” 、以前プンプンが獅子座戦で「殺しちゃうね」と言ったのは、数回の戦闘を観察し、プンプンが気付いたからだ....星霊は何回か殺せば確実に殺せる事を。

レーヴァは元星霊王、星霊の殺し方を知っていても不思議ではないうえ、レーヴァならば実際に星霊を殺した事があってもおかしくない。それほど危険な存在が今、弱まった剣の封印から溢れ出ている。


レーヴァと星霊王を囲う様に、十二星座が各々の配置に付く。その配置を見てレーヴァは微笑を浮かべ、一気に靄を溢れさせた。


「靄には気をつけろ!」


叫ぶ星霊王に、棘または槍の様な形状に変化した靄が容赦なく突き刺さる。痛みに歪む表情を見てレーヴァは喉から声を漏らし笑う。星霊王が攻撃を受けた事に十二星座は焦り動くも、靄が球体化し、2人を包んだ。十二星座で一番STR───筋力が高い獅子座の斬撃も通じない程、硬く濃い靄の球体。


「くっそ!俺のパワーでも傷ひとつ付かねぇ!」


天秤座、射手座、蠍座が同じ場所を攻撃するも、やはり効果はなく、今度は十二星座が一斉に攻撃してみる。しかし鋼鉄の様な強度を持つ靄の球体は星霊族の強者、十二星座のフルアタックでも傷ひとつ付かない。


「魔術も剣術も効かない....困ったね」


水瓶座アクウェスが長髪の奥で眉を寄せるも、現時点で靄の球体を十二星座ではどうする事も出来ない。レーヴァと遭遇し、早くも手詰まりの状況に13名の星座達は表情を曇らせた。





空気に混ざる情報を残さず肌が拾い、頭の中にピンとくる様な感覚。それらを自然に感知してから初めて、感知術を使う。本来の感知術者がこれを聞けば、ため息が出るほどデタラメすぎるが、このやり方が天使みよの感知術の流れ。何十年も感知術を磨いた人間や他種族でも感知確率は高くて1/2。しかし天使みよの感知率は100%になる。理由は単純に、他の感知術者は勘の様なモノで感知術を発動させ、異変や違和感、独特な魔力やマナが近くにあるかを調べる。しかしみよはその勘の様なモノではなく、肌や頭が無意識に“何かある”と伝え、感知術を使う。

簡単に言えば、弱いレベルの感知術が常時発動している、と言う事になる。もちろん無意識に発動しているので疲労や魔力消費はない。ディアではなく、特種体質。

その特種体質───特質がみよへ感知術を使う様に促す。


現在、魔女エミリオ、魔女ダプネ、吸血鬼マユキ、妖精女王さくたろ、そして天使みよは純妖精エルフの都【フェリア】へ向かっていた。もっと物理的な言い方をすれば、移動中だ。身体を動かし移動している最中、みよは感知術を使った。停止しなくても感知術は使える。しかし感知出来る範囲が自分を中心とした円ではなく、自分をスタートとした前方のみになってしまう。それも円ではなく波打つ様な定まらない形での感知。


「....ッ」


みよは舌打ちをして加速、先頭を走っている妖精女王さくたろと並び、前方に仲間が入らぬ様、感知術を発動させた。


14歳という若さで、ここまで高度な感知術を持っているみよ。天使族は決して感知に優れた種族ではない。本人は自覚など微塵もしていないが、感知術の枠ならばみよに勝てる者は存在しない。何前年も生き、豊富な知識を持つドラゴンや、魔術に特化している魔女でさえ、みよの持つ感知術の精度には驚くだろう。


みよの性格が “自分は感知術に特化した存在” と自覚させる前に、わたしすげー天才!他の人なんて知らねー!興味ねー!と調子に乗ってしまうので、ダプネが先程「凄いけど、それあんまり言わない方いいぞ。わたし達魔女から見れば、凄すぎて厄介なレベルだからね」と、みよへ言った。

魔女だけではなく、全種族、もちろん同種の天使から見ても、みよの感知術は “厄介” なモノでしかない。その天才的な感知術が前方の情報を感知した。


「....、えみりん!フレが寝てる場所でヤベー事なってんぞ!聞いてんのかババア!?」


「は!?ヤベー事じゃわかんねって!わかる様に説明しろやクソガキ!」


エミリオとみよが会話すると、お互い遠慮なしの口調....砕け過ぎた口調になってしまう。他のメンバーはそれを笑って聞くが、今は誰ひとり笑わない。全員がみよの感知術の凄さを少なからず知っているからこそ、黙り、状況説明を待つ。


「なんか10人くらい知らねーヤツいて、そいつ等がヤッベー魔力の何かを囲って攻撃してる!ババアのフレは離れた場所で寝てるけど、もうひとりのフレはヤッベー魔力の中だわ!」


ざっくりレベルでは済まされない程、ざっくりな説明に4人は別々のリアクションをした。


「....まぁ、とにかく急ごう。早く到着すれば考える時間もあるだろ」


宝石の様な赤い瞳を持つ、空間魔術を得意とする魔女剣士ダプネが言い、全員速度を上げる。体力的面が心配なエミリオ、みよ、そしてさくたろは体力消費を半減するバフをダプネにかけてもらい、必死に足並みを揃える。

女帝の影響なのか、純妖精達の関係が影響しているのか、森の中にモンスターの気配も、小動物や微妖精の気配もない。夜が近付く空が不安感を撫でる中、天使みよが声を響かせる。


「この先が広場になってて、そこに....やべ!防御!」


やべ、の言葉を聞いた瞬間、濃い魔力が膨れ上がるのを全員感知した。妖精女王さくたろが早クチで歌を呟くと、さくたろを中心に魔方陣が展開し、薄い光が全員を包む。直後、黒紫の靄が波の様に森を走り抜けた。


「───ッ!」


グッと奥歯に力を入れ靄の波から全員を守るさくたろ。魔方陣内の者を守る防御術が靄を防いだ。


「助かったぁー....音楽魔法!?すげーな女王!」


ほっ、と息を吐き出し大袈裟に安心する天使みよは妖精女王さくたろへ言うも、肩で息をするさくたろは返事をする余裕がない。変わりにエミリオがクチを開く。


「....んや、音楽魔法とはちょっと違う気する」


稀少な音楽魔法を使う冒険者をエミリオは知っていて、音楽魔法を間近で見た事もある。魔女の力を100%ではないが自在に扱える様になったエミリオは微妙な魔力の違いも敏感に察知する。


「うん、音楽魔法に近いけど、音楽魔法ではないな。純妖精が使う....歌魔法って言った所か?」


エミリオと同じく魔女のダプネが消えかけの魔方陣を見て言った。ダプネは魔女の力をエミリオよりも使えるため、言うまでもなく察知力の感度もいい。


「なんにせよ、助かったのは事実デス。ありがとうデス」


後天性の吸血鬼ヴァンパイアのマユキが妖精女王へお礼を言うと、完全に魔方陣は消える。煙の様に残る靄がゆっくり薄くなると眼の前が広い空間である事を知る。


そして、


「あ?なんで星座達....しかもボロボロじゃん、、」


ボロボロの十二星座を見てエミリオは呟き、すぐに眉を寄せ睨む。睨んだのは十二星座ではなく、広場の中心で倒れている男性を見下ろす様に立つ、靄の衣を纏う半妖精ハーフエルフを。



「....誰だお前」


エミリオの声に半妖精は奇妙な瞳を動かすも身体を動かそうとはしない。


「イケてる眼玉じゃん。みょん、アイツの中に違うマナはある?」


「奥の方で小さくなってるけどある...でも」


「?....でもなんだよ」


「でも、女帝に似てるマナだよ」




女帝に似ているマナ。みょんはハロルドのマナを感知し、意味不明な事を言った。しかしみょんの表情は嘘や冗談を言っている表情ではない。


「よぉ、久しぶりだな水色」


わたしの伸びた髪を見て声を出したのは十二星座の獅子座....名前はたしかリーオウ?巨体から発せられた声とは思えない程、弱りきった声にわたしは息を飲んだ。獅子座リーオウはニヤリと笑い、親指を立て、自分の背後を指差し、ゴポッと重く濡れた音を吐き倒れた。十二星座───星霊が血を吐き出し倒れる姿など、戦闘した事あるわたしでさえ見た事がない。いくら攻撃を与えても血を散らす事はなく、微粒子を散らす程度だった星霊が、ボロボロになり、人間や魔女と変わらない赤い血液を見せている。

巨体が意識を無くした様に倒れると、黄金色の髪を持つ女性───魅狐ミコのプンプンがリーオウの後ろで眠っていた。


「....お前、プーを守ったの?」


みょんの話ではプーは気絶状態だったはず。今さっき溢れた靄の波はまともに受ければダメージを受ける、魔術とも剣術とも言えないが攻撃である事は確かだ。その攻撃からプーを守る様に自分を盾にした獅子座のおっさん。他の星霊よりも傷がエグく深い事から、防御系の術やスキルを自分ではなく、プーに使ったのだろう。


「エミー」


倒れている獅子座を見ていたわたしへ、吸血鬼のゆきちが話しかけてきた。声は出さず、視線だけをゆきちへ向けると言葉を続ける。


「色々思う事があると思うデスが、今は───」


続きの言葉は言わず、視線をわたしから外し、立っている人物へ向けた。

立っている人物は半妖精ハーフエルフの友人、ひぃたろ。しかし中身は明らかに違う。魔女力の影響なのか、近くにいる人物のマナや魔力の変化がハッキリとわかる。


「は?これどーすんの!?わたし達は女帝追ってるワケじゃん?女帝はもっと奥の街向かってんだけど、無視していいの!?」


動こうとしない半妖精の姿をした何かと、動くには傷が痛む十二星座、そして苦しそうに倒れている謎のイケメン男と、獅子座&魅狐。

少しなら考え、会話する時間がある、とわたしは踏んだ。

この状況で、今一番理想的な動きはなんだ。頭を廻せエミリオ。


「.....青髪の女、お前達はお前達の目的へ進め。リーオウはこちらでどうにかする、そこで寝ている仲間も連れて、早く行け」


銀髪を揺らして無理に立ち上がる乙女座の剣士が苦しそうな声を吐き出した。ハロルドにも負けない美貌を持つ乙女座も顔を歪める程のダメージを負っている。


「....はぁ」


わたしは大きく息を吐き出した後に、鋭く短く息を吸った。


「ゆきちとみょんは女帝を追って、ダプネはプー連れてドライアド家まで飛んで。女王様は好きにしなよ。わたしは───」


ワタポが女帝と戦闘したのは言ってしまえば偶然だろう。本当の目的は違う。

プーがボロボロになっている理由も、今なら少しわかる。

任せろ!とは言えないけど、まぁほら、続きはわたしがやるよ。何があったのかまでは見えないけど、2人がそんな傷を負っても本気で動いてたって事は....ハロルドに何かあったんだろ?

ワタポ、プー、ハロルド。お前ら起きたら説明しろよ!そして、何か奢れよな!


「わたしはここでハロルドにくっついてる靄を吹き飛ばす」


皇位持ちの鍛冶屋スミスララが貸してくれた剣が背中の鞘を走る。


「わ、私は....ここで....でも」


気持ちがハッキリしない妖精女王を無視し、わたしはハロルドへ斬りかかる。この靄が何なのか知らないけど、タゲを自分に向けなければ他のメンバーも動けない。

イビツな形をした剣でわたしの剣を受け止めた瞬間、


「よろしく!」


と、わたしは叫んだ。もちろんハロルドに挨拶したワケではない。ゆきち、みょん、ダプネに対しての合図だ。

みょんがわたしを見て頷き走り抜ける。ダプネはプーまで一気に走りつつ詠唱、プーだけではなく獅子座も空間へ落とす。ゆきちは....


「妖精の女王様、あたしと一緒に行くデスよ」


「....え?」


「女王様デスよね?ほら、行くデスよ」


ゆきちのナイスプレーでさくたろは女帝側へ。キューレからの情報では....さくたろはハロルドの妹さん。姉を助けたい気持ちと自分が女王である事で迷ったのだろう。でも、女王なら個人ではなく、種族を選ぶべきだ。



「誰だお前は」


「エミリオだ。お前こそ誰だよ」



剣がギリギリと鳴く押し合いの中でも、わたしは靄の変化───正確には靄が放つ魔力の変化を自然と感知し、一気に下がった。靄は細く螺旋状の針に姿を変え、さっきまでわたしが居た場所を貫いた。


「めっさ便利じゃん。魔女力」


戦闘の勘、と言われるモノが本当にないわたしは魔女力が勝手に感知する魔力の変化をヒントに攻撃を回避する事が出来る。熟練の冒険者───と言えば大袈裟だが、ワタポやプーのレベルでも、相手が次にどう動いてくるか、などを感覚である程度の予想が出来る。それが経験値量の違いなのだろう。今靄ではなく、魔力が関係していない攻撃ならばわたしは予想出来なかっただろう。


このスキルを上手く使えれば女帝ランクのモンスターが使う微量すぎる魔力攻撃も見抜けるか?よし、辺りで、


「レベルアップさせてもらいますかね。手伝えよ、ハロルド」





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