◇119
魔女と一言で言っても様々な魔女が存在する。
人間も他種族も同じ、同種の中で違いが出るのは当たり前の事でそれが個性というモノ。
わたし、エミリオは魔女の中でも異質と言われる魔力量を持ち、好き勝手に魔術を覚えて使っていた。
当たり前だが、全ての魔女がわたしと同じではない。
生まれつき魔力量が少ない魔女、攻撃魔術が得意ではない魔女も存在する。これらが欠点になるのであれば、わたしは治癒系魔術が得意ではない欠点を持つ、魔女になる。
言ってしまえば魔女という種族は治癒系魔術が得意ではない。壊すのは得意。しかし治すのは不得意。
治癒系ならば天使がどの種族よりもズバ抜けている。
しかし、その天使に負けないレベル...充分に対抗できるレベルの治癒術を使う者も存在する。
その種族が何かに対して恐ろしい才能を持っているとしても、その種族全員が才能を持っているワケではない。
矛盾や言葉遊びと言う人もいるが、まぎれもない事実。
今わたしの前で、小さく笑う魔女も攻撃魔術───詠唱して直接魔術で対象を攻撃する事が苦手な魔女だ。
「どうする?勝てば一気に素材集まるよ?」
ダプネはニヤリと笑い、紅玉の様に赤い瞳に楽しげな色を宿す。
悪魔やプンプンのディアとは違う、宝石の様に綺麗で、どこか裏を感じさせる赤色の瞳。
わたしの知る限りでは、ダプネの瞳は【魔女の瞳】の中でも綺麗で、レッドキャップの眼球フェチ リリスが見ればとろけた顔で求めるであろう瞳。
「ダプネはわたしと戦いたいの?それともただ魔結晶の場所を知りたいの?」
時間稼ぎのつもりではないが、聞いておきたいと思い。
昔から、わたしが魔術で何かをしでかせば決まって「勝負しよう!」とダプネは言ってきていた。
使い魔のウパパを殺され、怒り暴れた時...わたしが地界に落とされる事になった時もダプネは変わらず「勝負しよう!」と。
今回も昔みたいに、ただお互いの強さを知りたいだけなのか、大人になり別の目的の為に言ってるのか...それが知りたい。
「魔結晶の場所は正直、わたしはどうでもいい。エミリオと戦いたい。そして」
そこで言葉を切り、ダプネは武具を装備し鋭く光る瞳で言う。
「
魔結晶の場所はダプネにとってはどうでもいい。と言う事か。
やはり他の魔女が地界に...他種族も魔結晶を狙い、動き始めたと考えていいだろう。
わたしに挑んで来た理由はやはり、自分の方が “魔法剣士” として上だと、証明したいと...か。
ダプネは魔女界で最初の魔法剣士...あっちじゃ魔剣士と呼ばれている。最近魔法剣士を名乗りだしたわたしの存在が目障りだと思う気持ちも、わからなくもない。
「どうする?やるならガチで空間魔法使うよ?わたしもやり過ぎで目立ちたくないし、エミリオもそうでしょ?」
どうする?と聞きつつ装備をしっかり整えるダプネ。
魔女の魔力を感知させない様にする魔術【マナサプレーション】で感知は出来なかったが、雰囲気が変わった事から戦闘になればダプネは本気でくるだろう。
マナサプは魔女からみれば恐ろしく便利な魔術だが、空間魔法を使う とダプネが言った事から予想して...魔女力をフルに使うと解けてしまうバフで間違いない。どのレベルで解けるかは謎だけども。
わたしは無言でフォンを操作し、装備を整える。
勝ち負けはどうでもいい。
ただ、今のわたしはどのレベルまでPvPが出来るのか、そして魔女力を爆発させたらどうなるのか。
それが知りたい。
「アイテムは?」
「アリアリでやろう。使う暇ないと思うけど」
わたしの質問にダプネは迷わず答えた。
もう会話する必要はない。そう言われている様で、わたしもスイッチを入れる。
「空間魔法使うから、エミリオ先入って」
虹色に揺れる入り口へ迷わず進む。身体がふわりと浮かぶ感覚が無く、すぐに足は着地。シケットで体感した空間魔法よりも、デザリアで体感した空間魔法よりも、熟練度が高い証拠が今の感覚の無さだ。
移動した空間は身を隠す建物、視界に入るオブジェもない虹色に揺れる、まさに空間。
数秒遅れてダプネが現れると入り口は音も無く閉じる。
「最後に確認なんだけど、アリアリ...なんでもアリって事ね?」
「そ。なんでもいいから勝てばいいって事」
わたしの最終確認にダプネは楽しげに答え、背中の剣を抜いた。
薄青と薄緑が混ざった綺麗な色の刀身が鏡の様で、辺りの色を吸い込む様に反射させる。
「イカス剣でしょ?【レリーフピニオス】って剣なんだ」
剣を見て固有名を呟くダプネの瞳は深く赤く、染まる。
わたしが剣を抜き終えた瞬間、赤々と染まっていた瞳が線を残す様に動き、鮮やかな刀身が視線を斬り迫る。
必死に頭を後ろへ引き、眼の前を通過する剣先を睨み距離を取る。
「反応いいねーエミリオ。ナイスRES!」
「ダプネも相変わらずエグいASPDじゃん」
レッドキャップや電気ウナギのプンプンで、ビックリドッキリな速度を体感済みだったからこそ気付けて回避出来たが、当たり前の事だが昔よりASPD───攻撃速度が速い。
RES───反応が遅れていれば確実に眼を斬られていた。
「...ッ!」
妙な敗北感を舌打ちしで消し、次はわたしがダプネへ攻める。
しかし、わたしの剣撃は簡単に回避される。
───それならば剣術で。
黒のギザギザ模様の刀身がアイスブルーの光を纏い、わたしの左腕は煙る様に閃く。
氷属性五連剣術 アイスホライゾンが冷気を吐き出しダプネを襲う。
今度は回避ではなくパリィを選んだダプネだが...その判断はミスだ。
この魔剣術はデバフ氷結を持つ。
冷気を吐き出す五連撃全てを受け止めたダプネの剣【レリーフピニオス】は刀身が氷結状態。腕は完全氷結までしていないものの、氷の重さと自由を制限された腕ではASPDが低下する。
アイスホライゾン中に詠唱していたわたしは魔術での追撃を狙う。しかし魔術を発動させるよりも早く、ダプネの剣が強い赤色光を放ち、振り下ろされる。
わたしは重い剣と左腕を必死に引き戻しディレイガード───硬直を利用した強ガードで何とかダプネの魔剣術を防ぐも、恐ろしい反動が剣から肩まで走り抜け、不様にノックバック。
ここでわたしは息を飲んだ。
───魔術が発動しなかった...ファンブルした!?
あり得ない。アクティブ詠唱できる魔女が詠唱済みの魔術をファンブルするなんて、あり得ない。
「ダッセーなエミリオ」
見下す様に笑う紅玉の瞳。
ダプネが放ったのはディレイが最小の単発剣術スラスト。
火属性...ではなく、炎属性を乗せた魔剣術のスラストだった。
炎で氷を溶かしつつ、ガードの衝撃で氷を砕き、完全にデバフを打ち消した。
わたしは剣術ディレイと謎の魔術ファンブルで完全に行動不能。魔剣士ダプネは容赦なく【レリーフピニオス】を振るう。
緑色光の渦を纏う刀身が空気を巻き込む様にうねり、わたしの首へ迫る中、両眼を閉じた。
諦めたワケではない。
逆だ。
わたしは死ぬつもりはないし、殺される気もない。
昔、ワタポはわたしに「エミちゃは命について考えて、命を少しでも守れる様に救える様に生きる事だと思う」と言った。
その日から命の価値というモノを考えて、命というモノを考えた。答えは今でもわからない。
でも、わたしの中でこれだけはハッキリしている。
魔女の命は───守り救う対象ではない。
「!?」
自分の中にある蓋の様な壁の様な、ビンの様なモノを、自分の意思で今破壊した。
ダプネは感知したらしく、下がる為に剣術を足下に放ち、ディレイを避け、離れる。
まだスッキリしない頭で、左手に装備されているブレスレットを外す。
すると内側にあった何かが、今度こそ溢れる。
ペレイデスモルフォのアジトの時よりも、デザリアの地下の時よりも、多く、重く、濃い魔力が溢れる。
「やっとキメたかエミリオ...って魔女力の質と魔力量は、相変わらずのゲスいな」
久しぶりに頭が100パーセント、スッキリする。
瞳が熱を持つ様に強く色を出し、身体はふわりとした浮遊感。意識は─── 途切れた。
「おはようエミリオ。気分はどう?」
ダプネの言葉はわたしの耳には届かなかった。
◆
「....ふぅ」
エミリオとるーが去った後、だっぷーはグラスを片付け一息つく。
普段は充分過ぎる広さを持つ部屋だと思っていたが、落ち着きのない魔女とダラダラする猫人族が、果てしなくくつろいでくれたお陰で、2人が居た時は狭く感じた。
でも今は広く、静か。
久しぶり、本当に久しぶりだった。
笑って、走って、必死に無茶をしたのは。
街の人達からモンスターの話を聞けば、みんなの為にだっぷーが討伐しに行く。
街の人達は安心し、無事に帰ってくるだっぷーに喜び、お礼の言葉をくれる。
だっぷーの仕事はモンスター討伐や街の安全を守る事ではない。
頂いたお礼金は一切使わずに貯めている。
彼女の本職は錬成師───アルケミスト。
モンスターの素材や植物、鉱石などを特種な魔法陣を使って錬成し、薬品や生活用品などを生成する仕事。
作った薬品などは他大陸にも輸出される程の腕前。
アメーババレットなどの特種系弾丸も彼女自身が生成したモノだ。
錬成師───アルケミストがなぜモンスター討伐などを行っているのか...。
エミリオとるーを家へ招待する事にした時、だっぷーは写真立てを倒していた事を思い出す。
「あ、ごめんねぇ!これでよし...」
写真立てを戻し、写真を見詰める。自分の隣で子供のように笑う、ダークブルーの髪を持つ男性の姿を。
「...今日私ね、石食い蜘蛛を討伐してきたんだよぉ!鉱石を食べられちゃうとみんな困っちゃうもんねぇ!」
写真の男性が以前、モンスター討伐業をしていた人物。
だっぷーは今日あった出来事を事を報告するように話す。
「それとね、エミーとるー...えっと魔女と
写真の中にいる男性へ話しかけても、もちろん返事はない。
「2人はウンディー大陸の冒険者なんだってぇ!炎犬の素材を探してイフリーまで来たって言うの。私も一緒に炎犬を倒しに行ったけど、全然敵わなかった」
それでもだっぷーは写真の男性へ、笑顔で話しかける。
「火山でね、モンスターに石投げてやれ!って私が言ったら、エミー本当に石投げてさ、ビックリしたぁ.....」
笑顔で話しかけていたが、だっぷーの表情は徐々に、徐々に沈む。
「...覚えてる?花火を一緒に見るって約束を守る為に、討伐対象だったオルウルフに乗って帰ってきた事。あの時くらいビックリしたんだよぉ...」
瞳が優しく揺れ、写真立てを手に取る。
「覚えてる?私を海に連れていってくれるって言ったの。私、待ってるんだよぉ...」
声が震え、写真が歪む。
「どこにいるの?もぉ...もぉ独りは寂しいよぉ...」
エミリオ達に見せた、頼りになる雰囲気はそこには無く、少し触れれば崩れそうで...優しく脆い雰囲気で───写真を強く抱き何度も声を揺らした。
喉は炎を宿すように熱くなり、鍵のかからない想いが形を変え、ポツリ ポツリと写真を叩く。
「....カイト」
滅多に雨が降らない大陸に零れた、小さくて優しい───雨。
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