◆110




「また壊したの?」


ドメイライト二階層に設けられた休憩テントで、赤毛をユルく結んだ皇位クラスの鍛冶屋ビビが、はぉー...と溜め息を吐き言った。


「いや、あの、正確には壊された。です」


「その細剣【氷樹の細剣】は強度高くないからねって、言わなかったっけ?」


「わ、わたしは悪く...なくもないけども」



今朝フォンに収納した愛剣【氷樹の細剣】が、フォンポーチの中だと赤文字になる、不思議現象を思い出し、わたしは原因をビビ様へ訪ねてみた。そして現在の様な、正座でビビ様のありがたいお話を聞くはめになったのだ。

なんでも、壊れた武具はフォンポーチ内では、赤文字で表示されるらしい。

よくよく思い出すと、わたしは騎士団本部内でフィリグリーに【氷樹の細剣】をパキンと一発やられていた。

防具も斬られた部分は裂けたまま。もうどうしたらいいのか...。いっその事鎧を身に纏うスタイルで防具の強度を上げる作戦...はイヤだ。布や革系の防具で防御力よりもダメージカットが欲しい。見た目もそっちの方がいいし...。



7つの星が描かれた紙袋からタバコを取り出し、一服するとビビ様は煙と共に質問を吐き出した。



「エミリオもだけど、みんな何があった?武具の生産、メンテ、強化の依頼が凄く入ってきて、ビビ1人じゃ手が足りなくいかはララと協力しようかなって悩むくらいなんだよね」



みんなも...そりゃそうか。

フィリグリーだけじゃない。騎士達の武具も相当なものだった。武具のスペックが高ければ高い程有利なのは子供でも理解できる事だが、そのハイスペック武具を強者が持てば化け物だ。

フィリグリーはその代表と言ってもいいだろう。

強く装備品もハイスペック。

ただ強い装備を揃えているだけではなく、自分が使いやすいプロパティと特種効果エクストラスキルを理解した上で装備を揃えている。


プロパティや特種効果を見て、これ強い!有能!壊れ性能!などの低脳感覚で選んでいるワケではなく、自分のスタイルに必要か、自分が扱い操れるのはこのレベルなのか、などの考えを持って、揃えられたものとしか思えない。


それに比べてわたしは低脳無能な装備選び...。


強い武具を持っても本質的なステータスが低ければ、隙だらけになる。しかし本質的なステータスに合う武具を選べばフィリグリーやレッドキャップ...他の強者や強モンスターとも今以上に戦いやすくなる...気がしなくもない。


「...なに考えてるのか大体わかったよ」


ビビ様はクチから煙の輪を出し、闇属性のデバフ系魔術なのか、心を読んだ様子で言い、タバコを消し立ち上がる。


フォンを操作し、曇った銀色の剣と細剣を取り出し言う。


「それは刃がないタイプの練習用武器。それ両方ポーチに入れて」


言われるがまま受け取りわたしは剣をフォンポーチへ収納すると、ビビ様は次にの同色のハルバードを取り出した。

ハルバードの石突き部分を軽く蹴り、クルクル器用に回し頷く。


「よし。エミリオ時間あるよね?外いこう」


わたしは頷き、ビビ様の後をついて行く。

長くダルい階段を降り、ドメイライト一階層を目指している最中、ビビ様は装備を服から防具に変更。

見るからに魔法耐性が高そうなナイトローブ系...。


一階層に到着しても足を止める事なく、そのままアーチ門方向へ...。


「え、外ってドメイライト平原!?」


「そよ」


短く答え、門を出たビビ様。

遅れたわたしは少し走り後を追う。


「なにか倒すの?」


「倒さない、でも戦闘はする...この辺りでいいかな」


足を止め、周囲を見渡し、ハルバードを肩に担ぐ。


街から少し離れた外───ドメイライト平原でビビ様はわたしを見て言う。


「剣、細剣、どっちでもいいから装備して」


今度もわたしは言われるがまま細剣を選び装備する。


「よし、それじゃ戦おうか」


「は?ウルフ...は夜の方がポップ率高いよ?それにこの辺りじゃモンスターは」


そこまで言うとビビ様がクチを開く。


「ビビとエミリオが戦う、その為に外に出たし、その為の練習用武器」


担いでいたハルバードをクルクル回転さて、構えるビビ様。

笑っていた表情がスッ...と消え、スイッチを入れたかの様に地面を蹴った。

振られるハルバードを見て、反射的にわたしも細剣を抜剣し、受け止めようとする。


「普通の防御じゃ細剣折れるよ」


ビビ様の声を拾ったわたしは瞬間的に身体を低くし、ハルバードを回避、頭上を過ぎたハルバードの大振りはヒットすれば強攻撃だが、ミスった場合大きな隙が生まれる。


「なんだか知らないけど...ッ!」


攻撃されて黙ってる程わたしは優しくない。

隙を逃さず接近し、細剣を振った。刃がないなら手加減も必要ないだろうし、骨折しても街には医者や治癒術師もいる。それに戦おうと言ったのはビビ様だ。


手加減なしに放った剣撃は引き戻されたハルバードのポール部分に受け止められ、そのまま押合いへ。


「剣術も魔術も使っていいよ?その為のナイトローブだから」


「....鍛冶屋なのに怪我してもしらないよ?」


わたしは手首を横にし、ポールを撫でる様に細剣を走らせる。刃がなくてもハルバードを持つ手を斬る様に叩けばダメージは発生するし、実戦ならば指が斬れる。


「ん、惜しい」


ビビ様が呟いた瞬間、腕をクロスさせる様にハルバードを回し、細剣はハルバードの下へ、ハルバードは細剣の上へと。そのままビビ様はハルバードを横振りする。


今度も姿勢を下げ、ハルバードの攻撃を回避し、わたしは細剣を突き出そうと腕を一度折りたたむ。瞬間、ビビ様は手首を返しわたしの頭上を通過したハルバードを斜め下へと振り下ろす。



防御...無理だ。姿勢を下げた状態で上からの攻撃を防御するには頑丈な武器と堅く重い鎧防具が必要になる。

なら...。


「っ...とぉあ!」


左右の手を地面につけ、手で地面を押し、足で地面を蹴り上へ跳び、そのまま身体を回す。

カエルの様なスタイルで垂直跳びし、ハルバードを回避。と同時に宙で身体を捻り回し、遠心力を味方につけた単発剣術 スラスト を空中発動させる。


「お?」


「んぐぁ....ァ!」


無理な体勢だったが、無色光はわたしを裏切る事なく細剣に宿り、剣術 スラストが撃ち出される。

水平斬りではなく斜め斬りのスラストは残念な事にビビ様を捉える事なく、空気を斬り裂いた。


そのまま地面に着地するフロッグエミリオは単発剣術スラストから、天才エミリオ様が考案した天才的五連剣術 ホライゾンを炎属性詠唱を交え発動させる。

五連撃剣術 レッドホライゾン は練習用細剣に赤い無色光を纏わせ、放たれる瞬間、無色光は炎に変化。空気を焼き焦がしビビ様を襲った。


「...、完全ヒットしたしょ!」


手応えアリの状況にわたしはそう叫ぶと、ビビ様は即応答する。


「それが魔術と剣術を使ったエミリオの剣術かぁ、ビビったビビった」


多少の火傷はある様だが気にする必要もないレベル...斬り傷もない。

完全射程範囲で放ったレッドホライゾンで、手応えも充分あったが...。


「終わろうか。練習用武器じゃなかったら危なかったなぁ。さすがッスよ魔女さん」


ビビ様は余裕ある笑顔を見せた。危なかった...と言うのはどういう意味なのか気になったが、聞かないでおこう。

わたしは練習用の細剣と剣を返品する為、フォンポーチから剣を取り出すと、ビビ様は言う。


「さっきの剣術、その剣でやってみて」


「...出来るかなー」


わたしはそう言いつつ、剣を両手で持ち、五連撃魔剣術 レッドホライゾンを放った。

細剣ではなく剣での発動なので剣術速度は低下するも、驚いた事に炎の量と炎が舞う範囲も広がっている。


「ふむ、細剣と片手剣の間くらいの武器がいいっぽいね。フルーレタイプを選んでたのは軽くて、斬りも使えたからでしょ?レイピアやエストックを選ばなかったのは斬りより突きをメインにしなきゃ意味がないもんね」


「...よゆの調べる為にバトったの?」


「うん。直接近くで見た方いいじゃん」


客にいい武具を作ってあげたいって気持ちは理解できるが、その為に客と戦闘する鍛冶屋の気持ちは理解できない.....確かに戦った方が早いけども。


「よし。それじゃ依頼の話は戻ってからにしよ、腹へった。帰るよエミリオ」


「...あい」


なんて言うか、わたしも人の事言えないけど自由と言うか、そう思った瞬間、次には行動がくるタイプの人間なんだろなビビ様。


何はともあれ、武器の話を聞いてくれる様子なのでよかった。練習武器を返品し、ドメイライトまで戻ったわたし達はそのままレストランへ入った。


「やっほー!奥さんパパさん、また来たよー」


ドアの上についているベルが鳴り、音が消える前にわたしはそう言う。すると店主の夫妻は笑顔で迎え入れてくれる。

他の客もいるので、一番奥の席へ座り適当に料理を注文する。


「そいえば、ビビ様はなんでハルバード使ってんの?」


他人が使う武器や防具、装備類に興味はあるが、その人がなぜその装備を選んでいるのかは興味なかった。

しかし悪魔ナナミンやフィリグリーとの戦闘が、わたしの考えを変えてくれた。


「かっくいーから」


「は?」


「じゃあエミリオはなんで細剣なん?軽いから?」


「それもあるけど、カッコイイから!」



あ、そういう感じか。

ビビ様も、強い使いやすいだけを重視する効率厨かと思ってたが、強い使いやすいの他にも、テンション上がるからって感じで武器を選ぶタイプだったとは...さすがだ。


使いやすさは重要。

使えない、使いにくい武器を持ってモンスターと戦闘するのは自殺行為。


強さも重要。

いくら使いやすい武器とはいえ、弱かったら余計に戦闘時間がかかる。


そして、見た目やタイプも重要。

強いけど見た目がゴリゴリ系武器だと、戦闘する気が湧かない。



「強さと使いやすさ、そして見た目が大事。その気持ちは理解できるぞビビ様よ」


わたしは有名鍛冶屋相手に偉そうに頷いていると、奥さんが呆れ笑いを浮かべ、料理を持ってきてくれた。

賑わう店内でひとまず料理を食い散らかし、お互いお腹のストレージが満杯になった所で、ビビ様は破損した【氷樹の細剣】を見せてみろ!と言う。わたしは堂々と細剣を取り出し渡すと、ビビ様は鞘から刃を少し露にしテーブルの上に置く。左手を武器に触れさせ右手で宙を...まるでフォンを操作する様に指を忙しく動かす。


片手で数える程度しか見た事ないが、一度でも見れば忘れないあの忙しそう払われる手首と、揺れる視線。

武器や防具の強化や生産、洗練リファインと、各ジャンルの作業に必要な素材等も見る事が出来る ディア [パーフェクトスミス]だ。

武具に触れなければ見えないが、武具に触れる事さ出来ればその武具の 弱点 も見抜けるらしい。


「ふむ。ところでエミリオさん」


「ん?」


「強化、生産、洗練ってどう違うんだっけ?」


忙しそうに【氷樹の細剣】のファクトツリーを見ているビビ様はわたしへ質問した。

わたしがイマイチ理解出来ていない事を知っての質問攻め。


「えっと、そのままの意味だよ」


誤魔化せないのはわかっているが、自分の無知を認めたくないという謎のプライドがわたしにそう答えさせた。


「...もう一度説明するから覚えてよ。こうして武器渡されても、エミリオが何をどうしたいのか言ってくれなきゃ、ビビは困るぞ」


ぐっ...たしかに武器を渡されても「で?」ってなるだろう。

今後の為にも、そろそろ覚えておきたい事ではあるが...。


「まず強化ね。これは今ある武具を強くする事。強化すれば武具名の後に+1や+2ってつく。最大は+E...END。もう最大です、これ以上強化できませんって意味ね」


ふむふむ。

わたしの武具は全てEND品だぜ!って自慢出来るワケか。イカス。


「次は生産。これはモンスターや他の素材から武具を作り出す事で、作りたい武具で素材は様々。素材を多めに使う事でより良い武具も作れるけど、失敗は素材ロストで終わり。成功は素材がなくなって武具が産まれる。大成功は素材がなくなって成功よりいいプロパティ...いい性能の同名武具が産まれる」


...ふむ。ここら辺から怪しくなるぞ。

えっと...生産は素材から武具を作る事で、失敗、成功、大成功がある。どれになっても素材はなくなる。


失敗はなにも産まれず残念。


成功は予定通りの武具が産まれる。


大成功は成功以上の性能を持った、予定通りの武具が産まれる。


「最後は洗練リファイン。これは今現在所有している武具をベース素材にして、同種の別武具やモンスター素材をベース素材と混ぜて、ベースにした武具を進化させる感じ。この時ベースに合わない武具を素材には出来ない」


...そろそろ脳がオーバーヒートしそうだが、覚えておきたい。


洗練リファインは武具を進化させる事で...進化させたい武具をベースに、他の武具やモンスター素材を混ぜてベースを進化させる事。


わたしの武器【氷樹の細剣】は氷属性攻撃の威力が上がる特種エクストラ持ちだから、火武器を素材には出来ない。


細剣を洗練する場合は素材も細剣...と。



「どうエミリオ?覚えられそう?」


「...ざっくりなら」


「それでいい、それじゃ話を戻すけど、この細剣はどうしたい?インゴットに戻して、別武器を生産するも良し、修理して洗練するも良し、勿論このまま洗練素材に使えるけど、壊れた武器を素材にするのはオススメしないかな」



またでたぞ専門ワード。

インゴット。ざっくり記憶だと...あれだ。ミスリスとかオリハルコンとかの、武具を生産する時絶対に必要な素材、鉄の塊みたいなやつだ。

壊れた武具も溶かしてインゴットに出来るのか...なるほど。


平原でビビ様と戦闘した時、確かに「細剣と剣の間くらいの武器が~」とビビ様言っていた。

ならばここは。


「インゴにして、生産する方向でお願いします」


わたしは考え、そう答えるとビビ様は頷き、武器の生産依頼が成立する。ここでついでに防具の話もしてみた所、わたしが装備している防具【シャドー】は強化こそ可能だが、洗練する場合はベースに選ぶ事は不可能らしい。つまりもう進化しない防具という事だ。

いい機会なので、武器と防具の両方を新調する事を決め、武具生産を頼んだ。


「武器と防具の 生産 ね。了解しました。とりあえず...騎士団修復が終わったら、この武器持って店に顔出してよ。詳しい話はそれから。そんじゃビビは修復作業行くから、ここよろしく」


「あいさー...え、ここの払いわたし!?」



ちゃっかりしてるぜ鍛冶屋ビビ。



どんな武具にするか、生産費は何ヴァンズなのか...早く話したいが騎士団修復も大事な仕事だ。



過程はどうあれ、ウンディー、イフリー、ノムーが今いい感じに手を組もうとしている。

レッドキャップはやはり危険なので下手に追う事は禁止しているも、放置ではなく、危険を承知でレッドキャップを追う者には出来る限りの情報を提供する所まで決定した。


それだけでも充分な進歩だろう。


この調子で人間界が1つになれば、いい感じ。



「さて、次はキューレから情報を買おうかな」



わたしはキューレへメッセージを飛ばし、ビビ様の分も支払い、店を出た。





@90こと、皇位情報屋キューレから買った妖精エルフの情報は正直期待外れだった。


ウンディー大陸のどこかにある森で妖精達は暮らしている。


妖精達は長年、他族と交流を持とうとしない。


妖精の寿命は700~800歳。

外見は70~80歳で変化を停止させる。


耳が長くて、美しい容姿。



...。情報料が1000ヴァンズと安かった時点で、もしかして...と思ったが、キューレ自身も妖精の情報を集めている身で、他族と交流を持たない妖精の情報は集めるのが難しいらしい。




「皇位様もお手上げですか...。こりゃハロルドに直接聞いた方いいな」






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