◆103





眼の前で誰かの戦闘を見るのは初めてだ。

手を伸ばせば触れられるのではないかと思う距離で騎士は赤黒い大鎌を振り悪魔の命を奪い狩ろうとする。その鎌を闇色のカタナが叩き軌道を反らし、資料や実験器具等が斬り砕ける。


躊躇なく斬りかかった騎士も凄いが...近距離攻撃を簡単に反らす悪魔も凄い。武器だけを見れば間違いなく攻撃力も重さ...一撃の威力も大鎌が上。しかし簡単に反らしやり過ごす悪魔のステータス、戦闘経験値が武器スペックの差を埋める。強武器を持てばある程度の相手とも戦えると思っていたわたしの考えが、一瞬で否定された。


緑髪のツインテール騎士は悪魔の対応を予想していた様で、軌道を反らされた大鎌の刃を床に刺し、武器を振った時の遠心力を身体に乗せ蹴りを打ち込む。が、悪魔は簡単に回避して見せる。

アクロバットスキルを盛れば武器攻撃後の追撃や回避が流れる様に進むのか。この戦闘はもう少し見たい気もするが...逃げたい気持ちも強い。

こんな所で巻き込まれて死ぬなんてごめんだ。

シンディの部屋はイスが1つで机と本棚が大きく、狭い環境で効率よく仕事が出来る様に仕上げられている。簡単に言うと狭く汚い部屋。

そんな部屋で大鎌とカタナを振り回すコイツ等は頭がオカシイ。


「ガチでバトりたいなら外でやったら?ここ狭いし部屋のせいで負けたとか最悪じゃん」


わたしの声を聞き騎士は顔を小さく揺らし部屋から出る様合図する。

よし、そのまま外に出てどっか行け。と思っていると悪魔はわたしが入っているビンを掴み「逃がさないよ」と呟き部屋の外へ...巻き込まれて死ぬのがイヤだったのに結局コレか!






「わーわー!速い速い!」


ドメイライト騎士団本部 三階廊下に響く楽し気な声と破裂する様な音。素早く動く影を狙い、青色の魔方陣から巨大な水弾が何度も発射される。その度にはしゃぐ声が響く。

人間1人を簡単に押し潰す程の重さを持つ水弾を発射する水属性上級魔術 タイダリーショット が小柄な猫人族をターゲットし襲う。

AGIをフルに使い回避、移動し、アクロバットスキルを使い回避行動に隙を生まない猫人族の太刀使い ゆりぽよ。武器で魔術を斬ろうと考えなかったのは正解だ。タイダリーショットの速度はまぁまぁだが威力、重さはさすが上級魔術と思わされるレベル。半端な剣術では押し負けてしまう。かと言って逃げ続けても戦闘は終わらない。ゆりぽよは猫眼をギラつかせ一瞬の隙を虎視眈々と狙う。

水魔術を得意とするシンディは次から次へと魔術を詠唱し発動。発動中にはしゃぎ笑う姿を横眼にゆりぽよは身軽さを全開に使う回避術を披露する。


「うっそー、今のも回避するのかぁ~」


水の塊、水の槍、水の弾丸、全てを回避し接近するゆりぽよを見て楽し気に言い、シンディは眼鏡に飛んだ水滴を拭き取る。


「....にゃッ!」


エプロンドレスにパンプスの可愛らしい防具を組み合わせている猫人族だが、可愛らしさの欠片もない鋭くギラつく猫眼をシンディへ向け、グッと足に力を入れ磨き上げられた廊下を蹴り進む。眼鏡の水滴を拭き取る行為、この瞬間生まれ隙はゆりぽよから見れば大きすぎる隙。


パシャッと廊下に溢れ散る水滴を踏み一気に距離を詰めようとした瞬間、シンディは両眼を見開き笑う。


「残念!」


水滴の音がトリガーとなり攻撃系術式が発動される。

猫人族の移動速度よりも早く、辺りに散った水が水の針へと姿を変え、音の鳴った方向へ発射される。四方八方から捻れ迫る水の針。眼で見て回避するのは不可能な速度と半端なプロパティの鎧や盾ならば簡単に貫通するであろう濃い魔力を持つ水針が猫人族を貫いた。


床や壁には細い穴が無数に、ガラスは砕け散り、宙には赤い液体と透明の液体が舞う...血液と水。そして無色光が弱まり消える。


「残念だニャ」


1秒程前にシンディが言った言葉をゆりぽよが返す様に言う。両眼を見開くシンディとは逆に、両眼を閉じたゆりぽよが。


水の針が生産された瞬間、ゆりぽよは太刀を構え、水の針が迫った瞬間、両眼を閉じ太刀は無色光を纏った。

そして自分に近い水の針から連発重剣術で叩き回避でもガードでもなく、ダメージカットを成功させていた。


眼で見て狙うのは不可能。見て狙いを定めた瞬間にはもう身体の前まで針は迫ってしまい剣を動かしても遅い。回避も同じく、針が迫る方向と逃げる方向を見つけ出した時には回避が遅れる。

ゆりぽよは水針が空気を突き刺し進む音から距離や数等の情報を得てダメージカットを成功させた。

音を敏感に感知しその音から数々の情報を得るディアを持つゆりぽよだからこそ成功した作戦。全破壊は不可能と踏んだ為、致命傷にならないであろう水針は無視し危険な水針だけを水滴にした。


ゆっくり両眼を開きニャッと笑うゆりぽよ、ユルんでいたクチ元をキュッと閉じるシンディ。完全に仕留めたと思っていたシンディだったが対人戦闘に少々慣れた猫人族を簡単に仕留める事が出来ない。


シンディに揺れが見えたこの瞬間をゆりぽよは見逃さず、今度は水滴を避け接近するとシンディは水属性防御魔術 アクアシールドを発動させる。

水流の盾がシンディを守るも、ゆりぽよは魔術ごと斬り裂いてやろうと太刀に強い無色光を纏わせ構える。猫人族は踏み込んだ足で床を蹴り、前....シンディの方ではなく後ろへ大きくバックステップし剣術を意識的に終了させた。


ゆりぽよ と シンディの距離が開いた瞬間に天井...四階の廊下一部が抜け落ちる。


「えぇ!?」


シンディが驚き声をあげ、ゆりぽよは四階から落ちてきた影を見る。


鎧姿の女騎士と赤髪の冒険者ルービッド。


「んにゃ~こりゃマズイやつかニャ?」


眼を閉じ動かないルービッドと無傷の女騎士。そしてシンディ。ゆりぽよは笑って見せるも瞳には不安色を濃く宿る。


「次は猫人族の冒険者か」


女騎士は冷たく呟くとシンディは言った。


「その猫ちゃん速いから気を付けてね~...ってレイラっちは心配いらないか、残念」


ゆりぽよの前に現れたのはドメイライト騎士団 団長直属の騎士レイラ。

騎士時代のワタポの上司...隊長をしていた女性。


一瞬で空気が張り、重くなる。


魔術師...シンディを先に潰そうとゆりぽよが動いた瞬間レイラは見えているのか簡単にゆりぽよを捉える。

短剣で移動中の猫人族へ攻撃を仕掛けるも、ゆりぽよは回避しカウンターを太刀で入れる。


「速いな」


レイラは呟き太刀の刀身を掴み止める。

鎧装備をしているとはいえ、手のひらまで鋼鉄が覆われた籠手はあり得ない。

動きを止められたゆりぽよを短剣が貫こうとするも、太刀から手を放し短剣を回避、武器を捨てる形になったが迷う事なくゆりぽよは武器より命を選んだ。


「残念!」


太刀を手放し攻撃の回避を予想していたシンディは水属性上級拘束魔術 アクアフェグニスを発動させる。青色の魔法陣がターゲットの足下に展開され猫人族を水の球体へ閉じ込める。捕らえられたゆりぽよは脱出しようと試みるも水圧が全身にのしかかり身体が思うように動かせない。


「捕獲完了~!猫人族の素材は無かったし、ラッキー!」


「実験は後だ。他の侵入者も排除する」


レイラは足下で倒れているルービッドを見て言った。


「えぇ~私この猫ちゃん止めたからいいじゃん...はぁ残念」


軽い会話を終えシンディは嫌そうな顔でゆりぽよの近くへ歩み寄ろうとしたが、レイラがそれを止め廊下の先を見る。

突然レイラに腕を引かれたシンディは「え?」と声を溢す。状況も何も、レイラが何をしたいのかもわからないままシンディは肌に熱を感じた。

上の階...レイラが四階を破壊し三階に降りてきた時の穴から炎が三階廊下へ流れ込む様に溢れる。シンディは素早く水属性防御魔術を使い水膜で自分の周囲を包み炎をやり過ごす。

炎が消えた直後、バシャっと音をたて猫人族を拘束していた水の球体が弾け消えた。


「にゃふー...死ぬかと思ったニャ」


呼吸を整える猫人族の足下...床には1本の傷。



「上の穴から炎を入れて視界を潰し、炎が消えるタイミングで魔法陣が展開されていた床を斬り拘束を解除...速度重視の炎だったので火力は低い。しかし防御魔術の微調整をする暇を与えない速度、近くにいる私を守ろうとすれば必然的にこの冒険者も守られる。素晴らしい作戦だ....、久しぶりね」


「....生きていたのですね、レイラ隊長」



レイラの言葉に返事をしたのは元ドメイライト騎士団で、過去 レイラ隊に所属していた冒険者のワタポ。天井から炎を三階廊下へ流したのは愛犬で相棒、フェンリルのクゥだった。



「...ゆりぽよ、クゥと一緒に七階へ向かって。きっとエミちゃは七階にいる」


「ニャ!?相手は2人だニャ!私も....、。わかったニャ」


自分もここに残り一緒に。そう言おうとしたゆりぽよだったが今まで見た事ないワタポの表情に言葉を飲み込み、頷く。


ワタポは腰から ほんのり赤い刀身の剣 ダリア クストゥスを抜き廊下を走る。何の合図もなしに同時にゆりぽよも走りワタポはレイラへ剣撃を放ち、ゆりぽよはシンディへ。2人の騎士はバックステップで攻撃を回避した瞬間、天井の穴からクゥが降り、ゆりぽよは倒れているルービッドをクゥの背に乗せる。


「.....今度みんにゃでシケット行こうニャ。きっと楽しいニャ」


そう言い残し、ゆりぽよとクゥは七階を目指し廊下を走った。



「あぁー!逃げられたよ!レイラっち!」


「...彼女の相手は私がする。シンディは猫と犬を追え」





レイラとワタポが顔を会わせる数分前、ワタポはドメイライト騎士団本部の三階にいた。


ドメイライト騎士団本部。

八階建てで八階には団長室等があり、今回の魔女の様に重要人を本部で管理する場合は七階にある捕虜等を管理する部屋だろうか。

ワタポは自身の記憶を起こし、フォンのマップデータを確認する。

七階は研究室が多く、レベルの高い魔術を扱える騎士が出入りする為、そこで捕虜を管理する。暴れだせば魔術で黙らせ、下からは騎士達、上からは騎士団長達が訪れるシステムになっている。


「...魔女レベルなら牢獄より七階で管理するハズ」



クゥの背に乗り騎士団本部の三階を爆走するワタポは階段を発見次第すぐに上がる様指示する。

まさかこんな形で騎士団本部に訪れる事になるとは...。

階段を登っている最中、ズンッと重い音が聞こえ、何かが崩れる様な音が後追いで届く。誰かが戦闘しているのは間違いない。ワタポ達は音が聞こえた四階廊下を目指し走った。




そして、元隊長と数年ぶりに出会う。





クゥと出会ったあの孤島で、死んだと思っていた隊長と。






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