◆94
イフリー大陸の首都デザリア。王国だったが数ヵ月前に王を失い不在のまま今に至る。
王や女王は人々の上に立ち、導き、その大陸の代表となる者。軽い気持ちでその様な者を決めるのはどうなんだ。との声が王族達から上がり、今は王不在の状態で、ウンディー大陸が同盟国として手助けしつつ、イフリーは本来の大陸の...デザリアは本来の国の良さを取り戻しつつあった。
同盟しているからと言って、相手側から話が来ない場合はウンディーも手出ししない。干渉しすぎない関係性と距離感が国には大切。
その王不在の大陸、首都デザリアでは国を盛り上げようと王族や貴族が過去の大イベントを企画し、今まさにそのイベントでデザリアが賑わっている。
種族も性別も年齢も関係ないイベント、闘技大会。
参加者は自分の実力を存分に発揮し試合する。
試合に参加していない者もこの闘技大会を利用して自分の実力を発揮する為に、別の形で参加している。
傷付いた参加者を治癒する者。
料理スキルを存分に発揮する者。
生産スキルを存分に発揮する者。
他にも色々な形で大会参加している者が存在する。
勿論、大会に関係していない者も多く集まっている。
こうしてデザリアは賑わっていた。このまま盛り上がり、無事イベントが終了すれば、素晴らしいイベントとして全世界にデザリアの名が広まり、ウンディー大陸襲撃事件への誤解も弱まり解けて無くなるだろう。
絶対に成功させたいと願う王族や貴族、人々もその気持ちを理解してなのか心から楽しそうに笑い遠慮なく盛り上がる。そんな人々の影に隠れ蠢く存在が今この街を這いずり回っている。
犯罪ギルドにして最強のギルド レッドキャップ。
レッドキャップと言う名は童話などに登場するゴブリンともオークとも言えぬ姿をした亜人型の悪い妖精。人々を襲い、犠牲者の血液で帽子を赤く染める事からレッドキャップと名付けられた。
人間だけではなく、ほぼ全ての種族が知る有名な童話。
そのレッドキャップの名を掲げた犯罪ギルドは人々を襲い、犠牲者の血液でローブを染め、人々を恐怖のどん底へ突き落とす存在となった。
目的があるのかさえ解らないギルド。メンバーの実力は童話のレッドキャップとは比べ物にならない程 高く、騎士や冒険者、国でさえ迂闊に手を出せない存在となった。
最悪と最強を持つ犯罪ギルド。
レッドキャップ 。
◆
デザリアの地下にいる黒髪に赤い瞳の女性。
右手には闇色にギラつく刃を持つカタナ、左手は指先が真っ赤に湿り、その手で何かを包み持っている。
レッドキャップのメンバーで、元人間 現悪魔のナナミは足下に倒れている魔女で冒険者のエミリオを冷たい瞳で見下す。
「....外が騒がしい」
ナナミの声は地下に響き消える。エミリオは反応しない。
「...誰か来たら面倒だし、魂貰って終わりにするね。バイバイ」
右手の指を器用に使い、カタナを逆手持ちにしたナナミはピクリと止まった。
一瞬だが確かに気配を感知したナナミは周囲を
街の下にあるこの地下はモンスターが生息している。高レベルの
ナナミのリビールスキルは30メートル先の木々の影でハイディングしている隠蔽特化型の植物モンスターさえ見抜く。広く邪魔になる物がないこの地下部屋では例え高レベルの隠蔽特化型モンスターが潜んでいてもリビール可能。
しかしモンスターの姿は見えない。
気のせいだった。
これで今感じた気配を処理し、右腕を少し上げ、逆手持ちのカタナで倒れるエミリオを貫こうと構えた瞬間、カタナを通して右腕に伝わる衝撃、耳を突く鋼鉄音と散る火花。
火花の奥に見た、表面がザラついている様な巨大な刃。
突然の事に驚いたものの、無意識に素早く距離を取ったナナミの戦闘経験値は高い。
「....」
無言で乱入者を見つめる悪魔。
武骨なデザインだが確り強化された刃はザラつく様に輝く大剣と、黒地に赤羽織の和防具。
背後には揺れる細い影。
頭の上には形いい耳。
恐ろしい隠蔽スキルと俊敏性、相手を直接ターゲットにした攻撃は、攻撃モーションの時点でヘイトプラスされる為、隠蔽は解ける。その瞬間ナナミは気付き回避、またはカウンターを仕掛けてきただろう。
しかし武器をターゲットした攻撃だった為、攻撃モーションでは隠蔽が解けず、攻撃の動きで隠蔽は解ける。
モーション...構えではなく、アクション...動きが始まって初めて隠蔽が解ける。
ここでナナミが気付いても反応は遅れ同じ結果になっていただろう、しかし万が一の可能性にも備え、乱入者は最小限のアクションで攻撃が出て終わる 突き を選び放った。
乱入者の戦闘経験値もまた高い。
「にゃんこ...
回避後ナナミは膝を曲げた状態で乱入者を観察していた。
身体を起こす様に立ち上がりカタナを持ち直し言った。
「勘ニャ」
乱入者は猫人族でチームエミリオのメンバー、大剣和防具の るー。
ナナミの質問に対して短く答えたが、ここに来た理由は勘ではない。
エミリオはレッドキャップとの戦闘中、ファイアウォールを使いその炎へ腰ポーチごと投げ入れた。
その時ポーチが炎の中で小さな爆発を起こし、パープルピンクの煙を大量出した。その煙をストームで細かく吹き飛ばし地下から地上へと煙を拡散させた。
この煙こそが、るーに自分の居場所を知らせる為のモノだった。
パープルピンクの煙、正体はマタタビ爆弾。
ウンディー大陸のダンジョンでキューレが使用し、猫人族は煙に対して過剰な反応を見せた。面白い、と思ったエミリオはそれを覚えていて、いつかイタズラで使うつもりだったのか、フォンポーチにマタタビ爆弾を常備していたので今回の作戦を思い付き実行、マタタビの匂いを辿り、一番匂いが濃く残る、この地下へ猫人族は到着した。
勘でも偶然でもなく、エミリオは自分のレベルでは勝てない事を即座に、と言えば聞こえはいいが、足掻かず即諦め、一番簡単で届けば確実に仲間が来てくれる作戦を選び実行、結果は成功し、るーが今ナナミの一撃からエミリオを救った。
「勘、ね」
ナナミは空気を軽く吐き出し、闇色のカタナをキンッと1度冷たく鳴らし、突進系剣術を放つ。数十メートル先のるーまで1秒も必要としない速度重視の突進系剣術。
剣術特有の、武器が無色光を纏う初動モーションが無いのではないかと思う程一瞬で剣術を発動させる悪魔。
無色光の線が通過した瞬間、擦れる様な耳障りな音と火花が散り、再び沈黙が訪れる。
まばたきも許されない速度の突進系剣術を、るーはカタナの刃へ大剣の刃を擦る様にぶつけ、軌道を変えやり過ごす。
「....凄い」
回避はほぼ不可能。動きに反応しガードしたとしても、距離で速度が上がり、速度で威力上がった今の剣術をガードしきれずガードブレイクが発生する。ガードブレイクが発生するとノックバック、最悪スタンに陥る。
ナナミはヒット、ノックバック、スタン、この3つのどれかを狙い、剣術を発動させたが結果は予想外の受け流し。
無意識に「凄い」と声が漏れた。
るーはナナミを見る前に自分の武器
カタナが接触した部分が修復不可能な程の刃こぼれ...削り取られている。圧倒的なスペック差を一撃で知る事になったが、るーは笑う。
モンスター戦闘経験値は高いが対人戦闘経験値がほぼ無い猫人族。人生初と言ってもいい対人戦闘の相手がレッドキャップのメンバーで、悪魔。
この悪運にるーは喜び笑う。
「こんにゃいいチャンスにゃいニャ」
半端な相手と戦闘するよりも、強者クラスの相手と戦闘した方が色々と知る事ができる。
自分は今どこまで通じるのか、自分には何が足りないのか、全てを知りたい。
そう思ったるーは王竜大剣を両手で構え、尻尾でナナミを挑発する。
パラパラと落ちる砂。
その砂が止んだ瞬間を合図に悪魔と猫人族は無色光を纏った武器を振るった。
空気を鋭く斬り迫るカタナ、空気を圧し斬り迫る大剣。
この2つの無色光が、細く長い光と幅広の光が接触し、加速する。
連撃系に連撃系を繋いだ剣術をお互いぶつけ合う。無色光から溢れる火花、斬風に乗って砂が踊る様に舞う中で無色光がほぼ同時に消滅。
ここで素直にディレイを受け入れず2人は並ぶ様に走り、隙を見て体術を打ち込む。るーが左拳を握った事を確認し、ナナミは蹴り系の体術を放ち攻撃は相殺で終わる。
体術には手を使うワザと足を使うワザがあり、威力は足の方が高く、速度は手の方が少し早い。
猫人族が産まれ持つ
ここで初めて悪魔の表情が変化する。蹴りが拳に打ち消された事にも驚いたが表情の変化は驚きよりも険しい。
蹴り系の体術は威力が高くノックバックとガードブレイク、上手くhitすれば転倒とスタンをとる事が可能。しかしこの体術ディレイは足が対象となり、剣術の様に 剣を持つ腕から意識を切り離す 事は不可能。
必然的にディレイがナナミを襲う。
数限りないモンスターとの戦闘で、このディレイルールと威力ブーストを知っていたるー。わざとナナミに見える様に拳を握り、蹴りを誘発し相殺。
剣術ディレイもまだ終わらない中で足がディレイによって重くなるナナミは るーの追撃を回避不可能。
剣術ディレイ中になんとかガード体勢をとるも、猫人族が放ったのは蹴り系の重体術。
回転し踵で蹴る体術はガードブレイクと強いノックバックを発生させ悪魔を壁まで吹き飛ばす。
ここでお互いの剣術ディレイは終了し、もしナナミが今攻撃を仕掛けてきてもるーは剣で対応できる。
1度回転し発動する蹴り系重体術を選んだ理由は初動モーションが遅い分、威力は高く、相手はディレイで回避不可能状態。ゆっくり確実に発動させ自身の剣術ディレイも終わらせる狙いは成功した。
壁に衝突した悪魔はそのまま地面に座り込み頭を数秒停止、頭を2、3回ふりスタン状態から解放される。
「猫人族って対人戦闘が全然ダメだったのに...キミは違うね」
「俺は星座とも戦ったし、フローやキューレとも模擬戦してもらってたニャ。猫人族が対人戦闘にぃ弱いにょは単純にぃ経験値が無かっただけニャ」
「へぇ...キミがあの時居たら面倒だったけど、面白かっただろうね」
「...に?」
るーはナナミの言葉の意味がよくわからなかった。あの時、とは一体いつどのシーンを言っているのか、悪魔と戦闘する機会など普通に生活していればまず訪れない。悪魔や魔女と遭遇する機会さえ無いのが普通。今眼の前に悪魔がいて、魔女が倒れている事が普通ではなく、その悪魔と自分が戦っていて、倒れる魔女は自分の知り合いとなれば、るーの頭の中は理解する事を後回しにした。
魔女であろうが知り合いが殺されそうになっていた、相手が悪魔だろうが黙って見ている訳にもいかない。
この思考でるーは今悪魔と戦闘している。
無駄な事は考えず、ただ悪魔をこの場から消す事だけを考えて剣をとった。
そんな時に悪魔は、キミがあの時居たら と発言してきた。
るーは記憶を辿り悪魔と遭遇できそうな出来事が過去にあったか調べる。そして1つ思い出す。
「シケットの太陽を奪った悪魔かニャ?」
「正解。私があの靄を出した」
「そかそか、で、その手にぃ持ってるモノはにゃんだ?」
靄を産み出し故郷の太陽を奪っていた悪魔。それがナナミだが、るーの中であの一件、クエスト 太陽の産声はもう終わった話。今さら靄を産み出した犯人を知った所で、終わった事に対してグチグチ言った所で、何の意味もない。
これは種族の問題ではなく、るーの性格がキッパリしているからこその反応。
そんな話よりも手に持つそれはなんだ?とるーが質問するとナナミはカタナを地面に突き立て、腰ポーチから瓶を2つ取り出し手にあるモノを1つずつビンの中へ、液体の中へ入れる。
「...。これアイテムだよ。素材かな?アイテム名は、魔女の瞳」
そう言いビンをるーへ見せる様に持ち、液体の中で浮かぶ眼球がるーを見る。
エメラルドグリーンの瞳。
猫眼にも思える線が入っているが猫人族や猫よりは幅が狭く、魔女特有の瞳。
魔女の瞳に何の価値があるのか、そんな事を今考えた所で答えは出ない。
「その眼がフローの眼かニャ?」
るーがエミリオを呼ぶ時はフローと呼ぶ。本人もそれで反応するので別に変える必要はない。ナナミはこの事を知らないが、るーが喋った瞬間に倒れるエミリオを見たので理解はした。
「そう。魂も奪うつもりだったけど、そこににゃん...猫人族が来てまだ魂までは奪ってない」
「そかそか」
シケットに靄を産み出したのは自分だ。とナナミが言った時同様、あっさりとした返事を返す猫人族の大剣使い。
故郷から太陽の光を奪い、今は仲間の眼を奪い、次は命まで奪おうとしている相手に対し、怒りの感情を見せないるーへナナミは物足りなさを感じる。
「...怒らないの?」
悪魔の問い掛けに対し猫人族はあっさりとした返事を返す。
「んにゃ怒るニャ」
「怒っている様には見えないけど」
「怒らにゃいワケじゃにゃいけど、怒る事じゃにゃい。シケットの話はもう解決してるしぃ、その眼はフローも奪われにゃい様に戦って、結果負けた奪われただけにゃ。俺が怒って、その眼を返せって言うのは違うニャ」
人間ならばここで怒る、または恐れるタイプが半数以上。
人間じゃない種族だとしても、多少の怒りや憎しみの感情が芽を出す。しかしこの猫人族は違う。ナナミはここで、変に相手を刺激する行為を止めた。
腰ポーチへ魔女の瞳入りビンを納め、両手でカタナを持つ。
表情が沈み、存在感...雰囲気も薄くなった瞬間、赤い眼をギラつかせ闇色のカタナを煙らせる様に振るった。
一瞬、本当に一瞬。闇色の刀身を無色光が包んだのをるーは見た。
見た直後、胸に走る痛み。
何枚も着るタイプの和防具、それも王竜素材で作られた防具を簡単に通過し、胸に届く斬撃。
痛み...ダメージだけではなく、ノックバックまでもがるーを容赦なく襲う。
大剣を地面に突き刺し転倒は何とか回避した猫人族だったが、自分の周囲を回る赤黒く燃える球体を視界の端で確認、すぐに顔をあげると1つの球体がるーに引き寄せられる様に動き、接触した瞬間全身に赤黒い炎が燃え広がる。
続く2つ3つと黒炎球が猫人族を燃やし、合計6つ...合計6回、るーは黒炎に身を焼かれた。
単発重剣術 飛燕、闇属性中級魔術 ダークフレア。
そして今、闇色の刀身が強い無色光を放ち構えられえいる。
左足を踏み込み回転し、カタナを振る。
単発重剣術 絶空。先程の飛燕を大きくした様な斬撃が猫人族を通過し、遅れて身体が後方へ打ち飛ばされる。
黒地の羽織が湿り、地面に残った。
「すっげーニャ...たった2歩、一瞬で殺されるかと思ったニャ」
斬撃、魔術、斬撃、衝突。
この全てがクリティカルヒットしたと言っても過言ではない、それほど完全に攻撃を受けたるーだったが瓦礫を投げ飛ばしふらつきながらも立ち上がる。
胸には飛燕で受けた傷が斜めに、腹部には絶空で受けた傷が一閃に、肌は火傷、頭からは血が落ちる。
鎧装備や攻撃ヒット中に回避行動または防御をしていたならば死ぬ事はない。勿論ダメージは受けるが命を落とす事はなくなる。しかしるーは回避も防御も...ダメージカットする行動を1つも行っていない。いや、行えなかった。
対人戦闘の経験値が問われる瞬間は攻防の中、突然訪れる。
いかに早く相手の狙いを見抜き処理するかが対人戦闘では重要になる。経験値を微量しか持たないるーは結果、眼を反らしたくなる程の傷を全身に受けた。
「モンスター戦闘とは違うニャ...モンスターの動きにぃはパターンがあるけど、対人にぃにゃるとパターンもルートもにゃいニャ。痛ってぇー」
S+以下のボスモンスターにならなければ、動きを観察し、パターンを覚えれば何とか戦える。
S+以上のボスモンスターはパターンもルートも対人戦闘に似た流れになるが、ワザや習性等の情報を持って挑めば、やはりやり易くなる。
しかし対人戦闘はモンスター戦闘とはジャンルが違う。
るーは今それを、身を持って知る事ができた。
「殺したと思ったのに」
「俺のVITにゃめるニャよ」
悪魔の言葉に対し、強がってみたものの、状況は最悪。防具の半分...上半身を失い、魔術で大剣はボロボロ。闇属性魔術は物理的攻撃力も他の魔術より高いらしく、大剣は虫の息。
攻撃、防御、どちらか1度行えば大剣は死ぬ。
そう解ったうえで、るーは大剣を構える。
「コレ使い過ぎててそろそろヤバイんにゃけど、死ぬよりマシだニャ」
悪魔を見てニャっと笑う猫人族。直後、変化は起こる。
猫人族が持つ耳が細く尖り、黒毛は色を抜かれた様に白...灰に染まり、肌も少黒く色付く。
「それリリーの新作人形と同じディア...エンハンス系」
「同じ、ではにゃいと思うぞ?似たディアはあっても同じディアはにゃいニャ」
ナナミが言ったリリスの人形はデザリアのハクを素材に作ったモモカ。ハクは悪魔の様な力を得て攻撃力と防御力をメインに上昇させるディアだった。
しかしるーのディアは悪魔ではなく、鬼という言葉が合う。
灰の長髪、黒の角にも見える耳、尻尾も灰に染まり赤い模様が入り、少し赤黒く染まった肌と瞳孔が小さくなった青緑色の瞳。
悪魔ではなく鬼。
ナナミもそう感じ、ただならぬ雰囲気に喜び、カタナを構え無色光を纏わせ鬼猫へ攻める。ボロボロになった大剣は命の最後を燃やす様に無色光を放ち、カタナを、悪魔を迎え撃つ。
砂の一粒も入る隙がない程、連撃剣術を打ち合う悪魔も鬼猫は同時に停止し、嫌な程長く短い静寂が時間を止めた様に訪れ、動く。
るーの持つ大剣、王竜の大剣はガラスの様に粉々に散り、右眼に縦傷が入る。
ナナミのカタナはピシッと弱い音をあげ亀裂が走るも、ナナミに傷はない。
止めていた息をゆっくり吐き出す猫鬼、ニヤリと笑う悪魔。最初に言葉を吐いたのは悪魔だった。
「そのディア、
数秒間をあけ、るーが喋る。
「正確にぃは全ステータス上昇からさらにぃ、STRとAGIを上げるニャ。それと眼の1つにゃらくれてやるニャ。その変わり...ニャハ」
るーは笑い、左手に掴むモノを見せた。
冒険者が絶対に、腰に装備しているアイテム、ベルトポーチ。ナナミは自分の腰を触り、今初めてポーチを奪われた事を知る。
「俺は鬼じゃにゃく、猫。ネコババには気をつけるニャ」
ニャシシ、と笑う鬼猫るーにナナミは苛立ち、カタナを構えようとするも、剣術ディレイ。意識を離す事も忘れていた為、今はここで黙ってディレイクールを待つか魔術で攻撃するかしかない。しかし魔術は選ばなかった。
るーの武器は粉々に砕けた為、ディレイは無くなる。詠唱した瞬間に接近され体術で魔術を潰されて終わる。ディレイが解けた瞬間に斬り込む。そう決めていたが、その考えも切り捨てた。
地下に響く足音と気配。
足音も気配も、1ヶ所からではない。しかしその全てがこの部屋を目指し接近してくる。
カタナにはヒビ、体力も連戦により消耗している。
相手は全員冒険者で間違いない。負ける気はしないがこれ以上はマイナスの方が大きい。ここで剣術ディレイが消える。
「にゃんこ名前は?」
「にゃん!?るー」
「また遊ぼう、るー」
ナナミはそう言いカタナを地面に突き刺す。するとナナミの足元が崩れ地下の地下へ落ち消えた。
「もう遊ばにぇーよバーカ。それよりも...頼むニャ~、最初にキューレが来てくれニャー...」
鬼猫るーは両手のひらを合わせ入り口を見て祈る。
「...じゃろ!?ウチもあのバカには散々な、うぉわ!?」
祈りは届き、キューレ、ワタポ、ひぃたろ、プンプンがクゥの背に乗り、この部屋に到着した。
全員がるーの姿を見て驚く中、るーは入り口へ走り、体術を連発。瓦礫で入り口を塞いだ。
「アイツが..エミちゃん!」
とプンプンが言いクゥの背から降りると同時にピリピリと空気が揺れる。
「プンちゃん、アイツ人間じゃないわ。気を付けて」
と、ひぃたろがゆっくり降り、宝剣が鞘を走る。
「2人ともエミちゃをお願い...アイツはワタシに斬らせて」
ワタポは すたっ と飛び降り、爆破剣を抜き瞳の色を変える。
「まてまてお前さん達。こやつ...レッドキャップかも知れんぞ?ウチも手を貸す。全員でやるのじゃ」
キューレが降り、そう言うとクゥがただならぬ唸り声を上げた。
「にぃや、ちょっと」
るーが動こうとした瞬間、ワタポが先に動く。
一番簡単で一番燃費がいい魔術、ファイアボールを唱え発動すると、プンプンが雷の足跡を残す様に走る。ひぃたろは空気を蹴りエアリアルで直進、猫人族も驚く速度でキューレがトリッキーに接近する。
「にゃ!?のぁ、ちょっと待つニャ...ぁ」
ファイアボールを回避し、プンプンの長刀が頬を掠め、ひぃたろの一閃が腕を斬り、キューレの蹴りが、自慢のVITにクリティカルヒット。
猛攻が止まった瞬間、恐ろしい表情、まるで鬼の形相でるーは必死に叫んだ。
「るー!るーるー!るー!」
「なーにがるーるーるーじゃ!そんなんで狐でも呼ぶつもりかのぉ!?それともアレか!?頭に飴ちゃん隠しとるオバサンの歌かのぉ!?」
「それは、るーるる、るるる、るーるる ニャ!」
「「「「 ニャ...? 」」」」
ここでやっと自分が猫人族の大剣使い、るーである事を伝える事に成功した。
「るーさん何やってるの?」
と、ワタポが言うも、るーは素早く言う。
「説明は後ニャ!キューレ!フローを小さくして、みんにゃ逃げるニャ!」
ワタポ、クゥ、ひぃたろ、プンプンが首を傾げる中でキューレはフォンから空きビンを取り出しエミリオへ近付く。
倒れるエミリオへキューレが手を触れた瞬間、ポワン と可愛らしい音と煙があがり、エミリオが僅か1センチの大きさに。
「魔ビンに入れたのじゃ!」
「にょし!全員その穴にぃ落ちるニャ」
るーは痛撃ポーションを一気に飲み、迷う事なく穴へ。ナナミが立ち去る時に作った穴へ落ちた。
全員が穴の下へ到着した事を確認し、キューレはフェアリーパンプキンのメンバーを全員1センチに縮める。
「安心せい。これがウチのディアじゃ。触れたモノを最小1センチに縮める。自分にも使えるぞ」
そう言いつつキューレは全員をエミリオ入りのビンの中へ入れ、地上を目指し進んだ。
魔ビンは中に入ったモノの魔力を外に絶対に溢れさせない。
ホムンクルスなどを捕獲する際に使用される瓶で、魔女や悪魔の魔力でさえ中に留める。
これで今は魔女の魔力反応が消えた状態になる。あの部屋に向かっていた冒険者の8割は魔女討伐狙い。感知出来ない状態になれば諦めるだろう。
ビンの中ではワタポとひぃたろが治癒術、再生術でエミリオを治療するも、ここまで酷い傷は治癒系魔術、ヒーラーではなく医者の仕事になる。
地下を走る鬼猫の傷もヒーラーではなく医者レベルが出てくる傷だ。しかし治癒術で応急処置は可能な為、キューレは素早くビンに全員を入れた。
穴に落ちてすぐに発見した階段を約5分駆け登り、地上へ、デザリアへ帰還した。
遠くの空がオレンジ色に染まり始めている事に少々驚きつつも安心する。
るーはフォンから ティポルマント と ティポルの帽子 を取り出し素早く装備する。
さっきまで装備していた和防具は一応回収したが使い物にならない。マントで上半身を隠し、角耳は別に隠す必要はないがマントを装備しているならば帽子も装備した方が見た目もいい。
「とりあえずリピナの所へ急ぐのじゃ」
昼過ぎに起こった街での事件...レッドキャップのリョウが暴れた事件があった為、デザリアの街にはデザリア軍、ドメイライト騎士団が巡回している。
闘技大会の1日目も終わり、冒険者達も街に。これだけ戦える者が入ればレッドキャップも下手に動かないだろう。
るーとキューレは張り詰めた雰囲気に変わってしまった街を無言で走った。
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