◆77



「セッカ!」


ユニオンに到着したわたし達はすぐに奥の部屋、セッカが女王の仕事をする時等に使う通称 女王の間へ走り、扉を無礼極まりない開き方をして叫んだ。


そこにはセッカだけではなくキューレ、ジュジュ、他にも数名の冒険者が忙しそうにフォン、タブレを撫でタップしている。数人の冒険者が魔術を使ってバリアリバルのマップを作り出し今の状況、被害等の確認をしていた。


「みなさん無事だったのですね!」


セッカはわたしの声に赤毛を揺らし無事を喜んでくれたが、すぐに表情を鋭く変化させ「続けてください」と他の者に呟きコツコツと足音を響かせわたし達の前まで進み停止、腰からダガーをぎこちなく抜きその先端と視線を真っ直ぐに向け言った。


「今すぐ襲撃を止めなさい。今回の指揮官は貴方ですよね?アスラン」


セッカの言葉にわたしは驚いた。アスランがデザリア軍の人間で何か偉そうなのはわたしも知っている事だが、それはアスランから直接聞いたからだ。

拘束魔術も解除していた為、アスランを敵と判断する要素はこの悪趣味なデザリア軍の服装だけ。指揮官の要素は何処にもない。しかしセッカは迷う事なくアスランへダガーを向け言った。

キューレが情報を入手し、それをセッカに伝えた可能性は大いにあるが、そうだとしてもここまで接近しダガーまで向けた事には驚いた。


アスランは両手を上げその場に座り、無言で頷くとセッカは一瞬唇を噛みダガーを下ろし言った。


「話は後で聞きます。今はこの襲撃を止める為に力を貸しなさい」


そう言うとセッカは魔術で作り出された巨大マップを指差し移動、アスランと共にそれを上から覗き込む様に視線を送り、マップを数ヵ所指で叩いた。


確かあの魔術は地形を...隅々までマッピングされたマップデータのマナがあればそのマップを立体的に作り出せる補助...と言うより便利魔術の1つだ。効果の割りには魔力消費量が多く、普段は絶対に使わない魔術。しかし今の様な状況では確かに役に立つ。


立体化させたいマップに術者がいる場合は魔力をより多く注ぐ事で現在進行中の情報も随時追加される。生き物の位置や動き、道や木々、建物まで細かく表示されるが、そのレベルまで熟練度を上げている人間はまずいない。

魔女でさえこの魔術を最大限に使えるのは数人くらいだ。


セッカがタップした部分に別の冒険者が詠唱し、魔力を注ぐとその位置が細かく表示される。

術のベースを作る者、拡大されたマップを細かく表示する者、その拡大部分の情報を更新する者、3人で1つの魔術を完成させるこのやり方には、頭いいな。と素直に思った。


魔力消費量が酷いので別のパーティが今魔術を使っているパーティの様子を見て詠唱、マップベースを作り出し誰かが同じ部分をタップし素早く他の2人が魔力を注ぎ、途切れる事なくローテーションしていた様子。次のパーティが詠唱を始めようとした時、わたしはその冒険者に声をかけ詠唱を止めさせた。


「この手の魔術は苦手だから変わってあげれないけど、魔力ならあげれるから任せて」


わたしはそう言い素早く詠唱、自身の魔力を対象に送り与える魔術 マナリチャージを3人対象にし発動させた。

ポーチから一応魔力回復ポーションを全て床に出し、セッカに目線を送り頷くとセッカは「無理はしないで」と小さく囁き、本題へ入った。


「ここでゆうせーさんとワタポを発見しました。2人は瀕死状態だった為素早くリピナ達が治癒術を、アクロス達が2人を安全な場所へ移動させつつ辺りを警戒し、そのままアクロス達は街の様子を見る為バラバラに行動しています」


そこで言葉を1度切り、アスランを強く見て言った。


「2人を救助した時に別の誰かがここに、確かに居ました。しかしその者達はこの魔術にさえ表示されない...一体何者なのですか?」


その言葉にアスランは眉を寄せ短く「わからん」と答え、フォンを操作し、セッカに自分のフォンを渡した。

そこには今回の襲撃...任務内容と参加したデザリア兵の名前が記されている。アスランはマップの別の部分をタップし拡大させると、そこにはデザリア兵がほぼ全員集まっていた。それを数秒あるいは数十秒覗き、アスランは言う。


「ここにゆうせーとハク以外は全員おる。ゆうせーの居場所はわからんがハクはもうこの街にはおらん。ウチの人間はこの魔術の対象外ではないな...スマン、こいつ等を拘束してやってくれ」


アスランがそう言うとセッカではなくジュジュが短く、了解 と答え数台あるフォンから1台選び、メッセージを送信した。


「今アクロス達がそのエリアに行く、ちゃんとアスランの命令でユニオンまで って言うと思うから大丈夫だろ」


ここから数十分後、本当にアクロス達 赤い羽とルービッド達 アクロディアがデザリア兵を全員拘束し、ユニオンまで連行してきた。


みんな何処か...助かった。と言う様な表情をしているのは多分、帰ったら殺されるという恐怖から少しでも逃げる事が出来たからだろう。


複雑な表情を浮かべるセッカが何かを言おうとした時、わたしのフォンが短く鳴った。

魔術中でも自由に動けるわたしは喋る事だけはしない様に、受信したメッセージを開くと猫人族の ゆりぽよ ことキティから『街の人は全員アルミナルに避難した、全員無事』と猫語なしの文に何かファイルが添付されているメッセージを送ってきた。

文をセッカ達に見せ、わたしは添付ファイルを開いてしまった。

吹き出しそうになったがここで吹き出すとマナリチャージがファンブルしてしまうのでどうにか我慢する事に成功。


キティ...このタイミングでコイツのドアップ写真はやめてくれ。


ユルんだクチと水色の髪、グルグルメガネを装備した...青い奴。


コイツはなぜこの大陸にいるんだ?コイツは何者なんだ?

いや...そんな事より、コイツの写真いらねーよ!


わたしは心で叫びマナリチャージを続けた。


セッカは街の人々が全員無事である事を知り1つ心の不安が消えたのか小さく息を吐き出した。目立つ怪我をしたのは全員冒険者で、死者は出ていない。しかし街を襲撃したのはアスラン達で、街の建物への被害は大きい為 簡単には解放されないだろう。


まぁ...アスラン達にとってもそれがいい。解放され国へ戻れば待っているのは死。

ここで拘束されていた方が数百倍安全だろう。


そんな事を考えていた時、突然立体マップが強い光を一瞬だけスパークさせ消滅...ショートした。



まるで雷が落ちたかの様に。





全身を包み、刺す雷。

まだ違和感を感じる身体。

頭の天辺から爪先、尻尾の先まで、1つ1つの細胞が瞬時に反応する感覚と加速する視界の中でぎらつくオッドアイ。その周りを取り巻く色とりどりの光が魅狐の速度と並ぶ。

速い、ではなく、軽い。

そう思ってしまう程ふわりと浮き、飛ぶ様な動きを見せる人形達。器用に、奇妙に指を動かすオッドアイはまるで踊っているかの様に人形達を操る。


魅狐は長刀を強く握り、並んだ人形を片っ端から破壊しようとした瞬間、魅狐の耳...感覚器官が何か違和感を感知しプンプンに知らせる。瞳孔を縮める様に瞳へ意識を送り違和感を感知した先を睨むと細い何かが張り巡らされている事に気付く。

ここで停止、または方向転換する事は可能でそれが一番安全な判断なのだがプンプンの頭にはこの2つの選択肢は無かった。自分から普通を、平凡を、平和を、幸せを奪ったリリスが眼の前にいる。

ずっと探してた、会いたかった、謝りたかった、最後の願いを叶えてあげたいと思った妹が...本物のモモカがいる。

足止めも遠回りも有り得ない。


プンプンは右手に持っていた長刀を空高くへ飛ばし上げ、小さな電音...破裂音の様な音を合図に視界の端に映り込む飛び跳ねる様に走る2つの人形へ手を伸ばした。


2つの人形を掴んだ瞬間、人形達の身体を雷が走る。人間、生き物相手ならばこの時点で静電気の様な痛みに顔を歪める。しかし人形達はただ捕まれた感覚しかない。

自分の妹と同じ顔、同じ髪、同じ声を持つ人形を何の迷いもなくプンプンは前へ、何かが張り巡らされている前方へ投げ飛ばす。

人形とは言え人の死体を材料に作られた人形を片腕で軽々と投げ飛ばすだけのSTRはプンプンには無い。しかしエンハンス系のディアを使っている状態ならば可能になる。

プンプンのディアは自身のSTRが底上げされた訳ではない。

速度が極端に上昇しその速度でも問題なく物事に対応できる反応速度も得る。さらに雷属性がプラスさせる。

これが現在プンプンが持つディアの性能。AGI極のDEX補正型。STRが上昇する事はない。

しかしプンプンは軽々と人形を前方へ投げ飛ばして見せた。


張り巡らされているモノが何なのかを人形達で確認すると同時に人形達を壁にその何かを突き抜けてやる。

そう考えていたプンプンだったが1つ忘れていた事に気付く。このモモカ達は “リリスが操り動かしている” 。

そう気付いた時、宙で人形は何かに引かれる様にうち上がり離れた位置に軽々と着地した。

自分の意思で動く生き物には決して出来ない動きがモモカ達には出来る。

それを今まさに見せられたプンプンは小さく舌打ちするも足を止める気配はない。それどころか地面を蹴り高く飛び、落下中の長刀を空中で拾いリリスを睨み構える。

両手で握られた長刀を顔の横で構え、刃先をリリスへ向けると無色光を放ち雷が弾ける。バチバチッとプンプンの身体から溢れる雷をリリスは物欲しそうな瞳で見て、顔を歪め笑う。

その表情を撃ち抜く様に突き射たれた単発突き剣術 睦月むつき

ひぃたろが星霊戦で使って見せた飛ぶ斬撃、飛斬術ひざんじゅつ。その飛斬術を使った突き剣術はプンプンの持つ雷を纏い、空気を焼き揺らしリリスへ落雷する。


斬撃、剣術を飛ばす事が出来る飛斬術は一見便利に見えるが威力は低下し、使用者は集中力と体力を消耗する。剣術全てが飛斬術で打ち出せる訳ではない。プンプンの選んだ剣術は飛斬術で放つ事が可能だった為、空中からリリスを狙い射ち放った。


飛斬術の威力低下を雷の速度でカバーし放たれた睦月は落雷の如く瓦礫を越え地面に不覚突き刺さる。

雷を纏い放たれた突きをリリスは簡単に回避し、言葉を溢す。


「あぁ、ぁあ、素敵。欲しい、ほしい、ホシイ」


青白く不健康な色合いの肌を持つリリスだが、この言葉を吐き出したリリスは両頬を桜色に染めた。左人差し指と中指を噛み全身をぴくつかせ、小さく震える膝でどうにか立ちプンプンへ、いじらしいとも思える視線を送る。


「また変な癖が出てるよリリス!」


No.1、今この場でリリスに操られていないモモカが、どこか恥ずかしそうな雰囲気で、慌てて言った。

リリスは垂れ堕ちそうな涎と涙を拭き取り、指を忙しく動かす。


プンプンは着地後、剣術ディレイも終了し、二度目の剣術を構えるとリリスは笑いプンプンへ語りかけた。


「今、から、面白、い、モノ、を見、せてあ、げ、るから、プン、プン、も、もっと、私、に見、せて、ね」


言い終えるとリリスは左薬指をカクカクと動かし、左親指を曲げ薬指と親指の先が接触した途端、プンプンの身体を何かが縛り付け、自由を奪う。プンプンは拘束感に抗おうと動くも、1センチ程身体を揺らすのがやっと。ならばと全身から雷を溢れさせ自分を拘束する何かを焼き切ってやろうと試みるも、溢れた雷は一瞬で力を失い空気に溶け消える。誰かが何かをしている。プンプンはそう思い耳...の様な形をした感覚器官から微量の雷をパチパチと弾けさせ周囲の情報をサーチすると、1人のモモカに異変を感じた。


「動かないで...お姉ちゃん」


そのモモカは両手を合わせて何かを願う様なポーズで、悲しそうな視線をプンプンへ送り呟いた。


ボクはお前のお姉ちゃんじゃない。


そうクチの中で叫び更に強い雷を溢れさせるも、結果は同じ力を一瞬で失い消える。


「わたしが今使ってる糸は...お姉ちゃんの雷を弱める糸だから...無理だよ」


糸。この言葉にプンプンは記憶を漁った。確かにリリスは糸やハサミ、針などを使う。しかしプンプンが知るリリスの糸で、眼で確認出来ないタイプは人形を操る時に使う糸だけ。あの時よりレベルアップしているのはお互い様。

しかし、属性耐性を持ちしなやかで頑丈な糸をリリスが操れるとしても、それをあのモモカが使えるのはおかしい。スキルなら納得できるがその場合リリスならば、他のモモカにも同じスキルを使わせて、自分を素早く確実に拘束する事を選ぶハズだ。

そこまで考えて、モモカ達を観察してみる。するとモモカ達の違いに気付く。


瞳の色が全員違う。

ここで自分を拘束しているであろうモモカの瞳をもう1度見て、1つの記憶がパチッと火花を散らした。


黄緑色の瞳。細く見えない糸。


知っている。この瞳とこのスキル。直接戦った相手ではない。でも、知っている。

プンプンはその相手の名前をポツリと溢す。


「ネフィラ」


「正解、よ。プン、プン」


溢した言葉にリリスが反応し、プンプンは反射的にリリスへ視線を向ける。

そして見せられた。リリスが言った 面白いモノを。


薄緑色の魔方陣が展開され、そこから緑の、風の巨腕が現れる。何かを握っているその腕はリリスの足元で手を開き魔方陣の中へ消える。

巨腕がリリスへ届けたモノはデザリア軍の征服を装備した男性...の、死体。


リリスは太く長い針を何処からか取り出し男の死体へ何度も何度も突き刺しては引き抜き突き刺しては貫き、まるで何かを縫っている様に死体を弄ぶ。次にリリスは死体の眼へ青白い手を伸ばし、瞳を抉り奪うと手に付着した血液をペロリと舐め、素早く詠唱し魔術を発動させる。

黒紫の魔方陣が死体を包む様に展開されそこから湧き延びる黒い糸の様なモノが死体を包み始める。ここでリリスはモモカ、本物のモモカの髪を適当に掴み5センチ程の長さで切り、その髪と奪った瞳を魔方陣へ。

最後にローブ内から赤いクリスタルの破片を取り出し渦巻く魔方陣へ投げ入れると、とろけそうな笑顔で「少し、待っ、て、ね」と呟く。


2秒後、プンプンを拘束していた糸が解け自由になると、魔方陣があった場所にはピンク色の長髪を持つ少女が膝をついた状態でゆっくり瞼を上げた。



「これ、で、さっき、の、死体、が、持つ、力、を、持っ、た、モモ、カ、が生、産で、きた、わ...。服、は、帰っ、てか、ら、あげる、わね」



リリスは死体をベース素材にモモカ髪からモモカのDNAを死体へ混ぜ入れ、モモカから奪った感情の欠片で、見た目も中身も本物に近い偽物を生産して見せた。死体の主が持っていた力を持つモモカを。

リリスは長い髪を強引に引き誕生したモモカへ、細く熱を宿した針でNo.を焼き刻む。

産まれたばかりのモモカはキョロキョロと辺りを見渡し、プンプンを発見。

両眼を丸くして声を出した。


「お姉ちゃん」


プンプンの耳を突き抜けた声はモモカの声と変わらない色を持つ、別物だった。








最初に見た景色は崩れる街並み。


次に見たのはわたし達。

その次はわたしを作った人。

最後はわたしの知っている人。


その人を見て、わたしの心には燃える様な何かが湧き渦巻く。


あの人が、お姉ちゃんが、わたしを助けてくれなかったからこんな事になったんだ。


お姉ちゃんがわたしを見殺しにしたから、わたしは作られた。


どうしてお姉ちゃんは生きているのにわたしは死んでるの?


心臓もない。体温も。

酸素もいならい。崩れ燃える街にいるのに温度も匂いも感じない。

それなのに、どうして生きてるの?


お姉ちゃんは全部あるのに、どうしてわたしは全部ないの?


わたしはどうすればいいの?

わたしはどうして産まれたの?


どうして眠ってちゃいけないの?

どうして死んだのにまだ生きなきゃならないの?


そもそも、わたしは生きているの?


何も無いのに...。

お姉ちゃんは全部持ってるんだね。わたしに無いものを全部、全部、全部。



お姉ちゃんばっかりずるい。



誰のせいでこんな事になったのかな?



誰のせいで....



「お姉ちゃん」







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