◆73
「一番面倒くさいヤツに見つかってもうたわ」
そう呟き はぁー、とわざとらしい溜め息を吐き出すデザリア服の男。この男はわたしが初めて出会った冒険者で、冒険者の楽しさを教えてくれた人物。何だかんだで頼りになる男。
「アスラン何してんの?コスプレ?」
ドメイライトで出会い、わたしがこの街バリアリバルを目指すきっかけになった冒険者、それがアスラン。
普段も悪趣味なアロハシャツ姿だが今日は軍服ときたか....。この状況でデザリア軍の制服に身を包んでいるという事は襲撃者以外あり得ない。しかし心の何処かで何かを期待しているわたしは「コスプレ?」と言い会話する事を選んだ。
「コスプレなワケあるか!俺様の本職はデザリア騎士なんや。解るか?敵って事や」
「敵...ね。仕事内容は言えないの?」
「言ったら手伝ってく...」
「手伝わねーよ」
アスランが話終える前に答え斬りかかる。敵と言った時点でもう戦う以外に選択肢はない。街や冒険者達に被害を加えてなかったならまだ会話を続けられたが、この状況で敵が眼の前に現れたならばやる事は決定する。
「短気すぎるやろ!」
「アロハもだけど、その服も趣味悪いな」
剣でわたしの細剣を受け止めるアスラン。クローや魔銃など色々な武器を使うタイプだが腰にクローを装備している事から得意武器はこの剣ではなく腰のそれだろう。
「落ち着けや、俺様の仕事は冒険者と戦う事やないて」
クチではそう言うものの力いっぱい剣を押しわたしを弾く。戦う事が仕事じゃなくても邪魔するなら...って事を今言葉ではなく力で告げられた。
「俺様の仕事はセッカをデザリアまで連れていく事や...あぁ、これ秘密な」
「秘密か。でもそれなら尚更放置できないわー。普段の格好になればユニオンに入れるしょ?そーなったら余裕で誘拐できるじゃん」
わたしの言葉にアスランは、なるほど と言う様な顔で反応したが...考えていなかった訳ではないだろう。あえてやらなかった...が正しいか。
「他には誰が仲間なの?もう秘密も何もないじゃん。この状況的に」
「せやな。お前が知ってんのはゆうせーだけ...あー森で会ったハクもおるわ」
森...あの時のデザリア兵か。
知り合いだったからあの時「アカンわ」と何がアカンのか知らないが逃げていたのか...全く気付けなかったし予想もしていなかった。
わたしが魔術主体で戦う事も魔女である事も知られている。しかしわたしはアスランの事を何も知らない。圧倒的に不利な状態での戦闘になる訳だが、わたしの情報を持っていなかったとしても勝てる確率は微レ存。どっちにしろ、だ。
だからと言って放置する気はないし、何より。
「ムカつく」
もう1度わたしから攻めるとアスランは同じ様に受け止め普段の雰囲気とは違う...普段のアスランからは考えられない程真面目で、鋭い雰囲気で言う。
「邪魔すんなって、やるしかなくなるぞ?」
やっとスイッチを入れたアスランはわたしを押し弾き、1歩踏み込み無防備状態のわたしへ剣を振るも焼ける空気だけを斬った。
わざと外した訳ではなく、わたしが運良く瓦礫に足を引っ掛け転んだ事により斬られずに済んだだけ。アスランは確実にわたしを斬るつもりで剣を振り、今も転んだわたしに迷わず剣を振り下ろす。
振り下ろされる剣を横から細剣で叩き起動を反らす事に成功し、倒れた姿勢のまま素早く身体を回し立ち上がる。
星霊界やダンジョン、他のシーンでもただ戦闘を見ていた訳じゃない。見て、自分にも出来そうな動き...立ち回りや戦闘スタイルを可能な限り吸収したつもりだ。今までのわたしとは違う。
...対人戦闘で初めて頭もフル回転させた相手が、知り合いになるとは最悪なのか最高なのか....とにかく、笑えない冗談に付き合える程、わたしにもこの街にも余裕はない。
「一気に終わらせるよ、アスラン」
わたしは言い終えると同時に左手は細剣、右手には短剣を持ちゆっくり空気を吸い込み頭を切り替える。眼の前にいる人物は...敵だ。
焼ける様な空気をシュッと小さく吐き出し戦闘を再開する。
長引く事はないだろう。コレが失敗、または通用しなかった場合...わたしにはもう魔女の力を全開にして戦う以外に手段はなくなる。
そうなった場合わたしはデザリア以上の犯罪者になるだろう...でも。そうなったとしても守りたい。
わたしを受け入れてくれたセッカやセッカを認めてくれたこの街の人達を。
「移動詠唱と同時詠唱やろ?」
アスランはそう言い剣を捨て背腰に両手を伸ばしクローを装備した。本気だ。
以前見たクローよりも爪が長く右は4本、左は1本の爪...いや、アレは斬り、突き、裂き を可能にしたクローで手を覆う部分はガード性能を上げているタイプ...それがなんだ。そんなもん、どうでもいい。
詠唱していた魔術、ファイアアローとウインドアローを同時に放ちアスランの気を散らし、剣術で叩く。
アスランは3本3本のアローを器用に回避する。しかし回避先はわたしがアローで誘導したので眼の前で剣術を発動させる。するとアスランもクローを無色に発光させていた。
「見え見えやて」
読まれているのは気付いていた。アスランもわたしの狙いには気付いていた様子だが...。
「どうする?」
わたしは小さく笑って呟き返した。剣術で決めるのは読んでいたんだろ?なら...コレはどうする?と。
わたしの左...細剣は薄緑色に発光。右の短剣は薄赤色に発光している。
白、緑、赤の光が激しく衝突し風と炎が命を刻み燃やす様に吹き荒れ戦闘は終わった。
「アスランが謝るまで、謝らないからね」
剣術のディレイから解放されたわたしは武器を鞘へ落としユニオン本部へ向かおうとすると、瓦礫をの山を崩しアスランが立ち上がろうとしていた。素早く剣を抜くとアスランは両手のひらを前に出し言う。
「だから短気すぎやて、もう終わりやて!腰痛くて戦えんわ...腰痛バトラーや」
そのまま瓦礫に座りクロー装備を解除し、フォンへ収納した。本当に戦う気がないらしいが...ならばなぜ立った?黙っていればわたしはこの場を離れ、起き上がるのはその後でもいいはずだ。
「さっきのスキルなんや?」
「それを聞く為に起きたの?」
「まぁな」
バカか...わたしが完全にヤバイ奴なら殺されるだろ。
「...剣術と魔術を組み合わせてスキル」
「ほぉ。マゾにしかできんか?」
「多分...んや、わかんない」
魔術は詠唱が必要なスキル。
剣術は詠唱が必要ないスキル。
この2つを組み合わせるのは不可能と言われていたが、不可能ではなかった。
最初は考えもしていなかったがプーが狐の力を少しでも使った時に発動させる剣術は全て雷を少なからず纏っていた。
それを見てわたしは考え、答えを出せた。
停止詠唱を必要としない魔女、多重詠唱ディア。そして魔女が使えるエンハンスの効果を組み合わせた事により実現できたのが、魔法剣。
魔女は全員、触れさえすれば魔力で繋ぐ事が出来る。
例えば、わたしがホウキを持って魔力を繋ぎ詠唱した魔術の魔力を少しでも注げばホウキに乗って飛べる。
今回はこのエンハンス効果を利用し、多重詠唱で火と風を詠唱し、左右の武器にその魔力を少し注いだ。
それで火、風の属性剣術が完成した。
「そうか」
アスランは敵と言ったが...今のアスランはもう敵ではない気がしたので全てを話した。
次はアスランがわたしの質問に答える番だ。
「デザリア軍で一番偉い人は誰?デザリア王はどんな感じ?」
◆
崩れ燃える街を包む恐怖も不安の温度。
冒険者達は火を消し、民間人を避難させる中で散る火花。
武器と武器がぶつかり合う度に、なんで。どうして。と心の中で呟いた。
冒険者を襲ってマテリアを奪っていた犯人。この街を襲撃した犯人。
それがワタシの知る人物だった。その人物はワタシからもマテリアを奪う為に武器を振り、邪魔するなら関係ない人々も手にかけるつもりだ。
「時間ないんだよね、お願いだからマテリアちょーだい?」
ハルバードが強い無色光を放ち、炎と瓦礫を吹き飛ばしワタシを襲う。
重剣術をもう何度も受け、傷もあちらこちらに。それでもワタシは立つ。
死にたくはないし死ぬ気もない。でも戦いたくない。
勝てる負けるよりも...戦えない。
どうしてワタシばっかり....。そんな事を考えてしまった。そんな事しか、考えられなかった。
ネフィラの次はリョウ、そして今はゆうせーさん。
どうしてワタシの知り合いはみんなワタシの敵になるの?どうしてワタシがみんなと戦わなきゃいけないの?
そんな答えの出ない質問を繰り返していた。
「戦いたくないよね?それじゃマテリアだけ置いて行って。俺も戦いたくないんだ」
戦いたくない。とクチでは言うもののハルバードは死神の鎌の様にワタシの命を狩にくる。表面の血液が乾きザラついた赤いハルバードが、ワタシに流れる血液を啜るかの様に身体へ入り込む。
動きは見えてた。回避もガードも出来るスピードだった。
でももう、いいかなって思っちゃった...どうでもいいかな って。
衝撃、痛み、熱。
早く感じなくして。
脈打ち流れる血液を早く全て啜って。
もう何もわからないんだ。
何をどうすればいいかも、何をどうするべきかも。全部わからない。全部考えたくない。何も見たくない。
死にたくないよ?でも...傷つけたくない。殺したくないんだ。
戦ったけど...結局ネフィラを助ける事は出来なかったけど...リョウは助けたいって思った。あの子はまだ何も知らないんだ。世界が力を合わせて1つになって、いい世界を作ろうもしてる事も。遅いかも知れないけど1歩1歩進んでる事も知らないんだ。
教えてあげなきゃ。そんなやり方じゃ世界は変わらない。別のやり方があるんだよって。
そう思っていた。堕ちたリョウを助けたいって思った。
でもね...ごめんね。
ワタシ、もう歩けないや。
救ってあげられない。
ごめんね。
自分の命を諦めて、ただ終わるのを待っていた。
知り合いになら殺されてもいい。そんな事を胸で呟くもハルバードがワタシの命を終わらせる事はなかった。
「その人はまだ殺しちゃダメって言ったでしょ...。もぉ...言う事聞いてよ」
と、静かな声が冷たく響きワタシの命は呼吸を続ける。
痛む傷を押さえ上半身を起こし眼を開くと、ゆうせーさんは攻撃体勢でピタリと停止していた。
「危なかったぁ~、さすがモモカだね!」
と、元気のいい声が響く。
痛む身体を動かし立ち上がって辺りを見渡すと低い小屋の上に小さな人影を見つけた。
赤黒いローブに身を包むピンク色の長髪の女の子。
リョウと再会する少し前に見た女の子....モモカ。
「レッドキャップ...、やっぱりデザリア王を人形にして」
ワタシがここまで言うと、違う方向から元気のいい声が返ってくる。
「へぇー、もうそこまで予想してたんだ。お姉さんやるね」
ニヤリと笑いどこか掴めない雰囲気の少女がそこに立っていた。
ピンク色の長髪とローブ...顔も小屋の上にいるモモカと同じ。
「それより早くどうにかして...。わたし疲れてきた...」
最初に聞こえた静かに冷たい声がまた響く。ゆうせーさんの数メートル後ろで何かを掴み引く様な体勢の...ピンク色の長髪とローブの女の子。
突然同じ顔、同じ身長、何もかもが同じの少女が3人ワタシの眼の前に現れた。
止まりそうな頭を回転させ状況を整理しようとするが、事は起こり続ける。
「だからわたし...この騎士を使う事...反対したんだよ」
と、冷たい声で言う少女モモカ。
「わたしはいいと思ったもん!この人優しいしさ!」
と、小屋の上から元気よく声を出すモモカ。
「それよりどうするの?殺しちゃう?あ、ライフマテリアは回収しやきゃ怒られちゃうし...やっぱり殺しちゃう?」
この状況を楽しんでいるかの様に話す何処か掴めない雰囲気を持つ少女モモカ。
全員性格はバラバラ...顔も似ているし三つ子?
三つ子でも何でもいい。3人ともレッドキャップなのは間違いない。1人でも捕らえて話を聞き出せたら...。
先程まで生きる事を諦めていたハズのワタシ...でも、本心は生きたいんだ。だから今捕らわれてるゆうせーさんを助けたいと思ったし、1人を捕まえて話を聞いてリョウも助けたいと思ってる。これがワタシの本心なんだ。
手放した剣を、命を拾う様に手で確かに拾いあげ構える。
「わぁ!?お姉さん戦うの?」
元気のいい少女がワタシにそう言うと掴めない雰囲気の少女が言葉を繋げる。
「お姉さんじゃ勝てないかもよ?いいの?逃げた方がいいと思うけどねー...そうだ!10数えるから逃げて!捕まえたらわたしの勝ちゲームしよ!鬼ごっこ!」
すると静かに冷たく、もう1人の少女が呟く。
「この人は殺しちゃダメなんだよ....。モモカ..捕まえたら殺しちゃうでしょ?お姉さんもやめて...」
この子達...見た感じでは10歳程の歳だろうか。その歳でここまで冷静で残酷な考えを持てるものなの?
双子座でさえ心に子供が色濃く残っていた...でもこの子達には...そういった感情的なモノが欠けている気がする。
観察し分析していた時。
突然降り下りて来た影がゆうせーさんの喉を斬り裂いた。
「みんな何してるの?早くマテリアと女王を持って帰ろう?ね?」
力なく崩れ落ちたゆうせーさんへワタシは走り素早く治癒術の詠唱を始める。しかし少女はそれを阻止する。
「ねぇみんな。この人誰?お姉さん治癒術したいの?」
子供とは思えない体術で詠唱阻止されるもワタシは素早く立ち上がりゆうせーさんへ治癒術をかける為に急ごうと足を動かす。しかし足が、身体が動かない。
「なに..っ、お願いだから、お願いだから治癒術を!」
喉が避ける程の声で叫ぶと同じ顔の4人がゆうせーさんに集まり、ワタシを見て...各々違う笑いを浮かべ倒れるゆうせーさんへ太い針の様な物を突き刺そうと構える。
何かに捕らわれて動かない身体へ必死に力を入れ叫ぼうとするも、今度はクチが見えない何かに塞がれて声が出ない。なんで...何が...どうして。
謎の拘束スキルに抗うも、相手は待ってくれない。
太い針が不気味に輝き、ゆうせーさんの命を突き刺し啜った。
「モモカ、もう解放していいよ」
「わかった...。モモカ...捕まえて殺しちゃダメだよ?」
「はいはーい、そんな怖い顔しなくてもわかってるよモモカ」
「ねぇ!それよりモモカ!次は女王様だよ!どんな人なのかなぁー...会うのが楽しみだね!」
謎の拘束スキルから解放されたワタシは地面に膝をつき全てが停止する感覚に襲われていた。
助けられなかった。
また眼の前で、手の届く範囲にいた人を助けられなかった。ネフィラも、ゆうせーさんも。
ワタシは何も出来なかった。
ただ見てただけで...何も。
「全員突撃!怪我人はこっちで保護する!」
突然響く声、揺れる地面にワタシは涙をのみ顔をあげるとギルド赤い羽と白金の橋が一斉に少女達へ突撃していた。
「遅くなって悪かった。大丈夫か?」
赤い羽のマスターアクロスがワタシに言った。
ゆうせーさんには白金の橋が数人で治癒術だけではなく再生術までかけてくれている。
「お願い、お願い助けて!」
泣き叫ぶ様に叫んだ声は今度こそ届いた。強い瞳で頷き返す白金の橋マスター リピナ とギルドメンバー達を見て安心したのか全身の力が抜け意識が遠くなる。
「...ゆっくり休んでな。ご苦労様」
アクロスはそう言いワタシを安全な場所まで運ぶ様に指示を飛ばした。
あの少女達は何処かへ消えてしまった。
◆
燃え上がる炎と砕けた街並み、瓦礫と炎。
倒れる人や痛みに耐える人。
空気は焼け焦げていて...あの記憶が甦る。
誰が何の目的でこんな事をしたんだ。絶対に見つけ出して...。
「....ッ!」
奥歯を噛み、不安感を噛み砕こうとするも消えない記憶がボクの心を煽る。
あの夜...燃え上がる炎と砕けた竜の門...炎に包まれた里。
空気が焼け焦げる夜。
あの時とは違う。
今のボクには...誰かを守る力もあるんだ。
バリアリバルを雷撃の様に駆け回っていると突然大声が響き、足を止めた。
「あぁー!!」
声が聞こえた方を見ても誰もいない...でも確かに今声が聞こえた。
「上だよ!上!」
また声が響き、言われた通り上を見上げると建物の屋根にその人達はいた。フードローブを装備し、フードを深く被っていて顔が見えない。
「だれ?ボクを知ってるの?」
そう言うと、ゆっくり全員がフードを外し顔を出す。
ひぃちゃんの髪色より濃く、ゆりぽよの髪色より薄い、ピンク色の髪。
子供の頃、ボクは毎晩この髪を撫でていた。
寝付くまで。ずっと。
「えっと....お姉ちゃん!...だよね?」
「.....、モモカ」
「やっっぱり!お姉ちゃんだ!会えて嬉しい!」
声、笑顔、ブイサインをする癖。全てがモモカだ。
ボクの大切で大好きな妹の、モモカだ。
モモカなんだ。それは間違いない。でも...
「....なんで」
なんで生きてるの?
じゃなくて...なんで。
「わたしも」
「わたしも...」
「わたしもかな?」
「わたしも!」
「 モモカだよ?お姉ちゃん 」
「え...」
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