◆70





デザリアが荒れ狂ってると言うのにダンジョンボス攻略にここまでのメンバーが集まるとは...皇位持ちが旗を上げたから集まった訳ではなくボスを討伐をした時に入手出来るアイテムや名誉と言ったモノが冒険者達を引き付けたのだろう。

ダンジョンのモンスターは外に出ない。正直言って放置していても危険はないし放置した方が被害者も出ない。それなのに危険を犯してまでダンジョンへ潜る。理由は色々あるが半数以上は強くなりたいからだろう。

わたしもダンジョンで戦闘しレベルを上げレアなアイテム等をダンジョンに求めて潜ってるクチだ。武具の能力も立派なステータス。いいアイテムを入手し、それを使っていい武具を生産したり売ってお金にしていい武具を買ったりと、ダンジョンに潜る事は高確率で自身のステータスアップに繋がる。



そのダンジョンを支配するボスモンスターの攻略会議が今まさに安置で行われている。

攻略会議と言うからもっとこう...効率やらを強く出して張り詰めた空気になるだろうと予想していたのだが.....1クエ終わらせてワイワイ賑わう集会場の様な状態。

ある意味レアアイテムよりもレアな猫人族に眼を輝かせる者やどうでもいい話に笑いの華を咲かせる者等、今から命賭けでボス討伐を行うとは思えない雰囲気だ。


そんなユルい安置でも、リーダー達は円になり会議を続けている。


わたし達のメンバーからはワタポ、猫は黄金鎧の重剣士、アクロスやアスラン、ルービッドにリピナ。他にも有名な顔が円になり鋭い表情で各々言葉の剣を研き1つの武器を作り上げている。


ギルマスやパテリダ以外は自由に時間を使っている。マルチェの商人が薬品類等を販売していたり、ビビ様は簡単な武具メンテ等々、休むだけではなく準備も安置で行う。

わたしもこの時だと言わんばかりに色々な人とフレンド登録を試みようとフォンを取り出すも、作戦会議が終わった様でフレンド登録は後回しになる。


ギルド 赤い羽のマスターアクロスが扉の前に立ち声を出す。全員の視線が集まった事を確認しアクロスは赤銅色の鎧をガシャリとならし話を始めた。

集中して話を聞き、気になる点は素早く質問、回答を数回繰り返し自分達のやるべき事を理解。数回パテ内で確認しハルピュイアが待つ部屋の扉を開く。

無言の空に軋む音が響き渡り、全員がボス部屋へと突入。

扉は先程と同じ様に隙間なく閉じられ天井にあるシャンデリア風のオブジェクトに光が灯る。

数秒の沈黙を破る様に叫ばれる高くざらついた鳴き声と羽音。ハルピュイアとハーピィの姿を確認、アクロスは指示を飛ばす。


「ビビさんと俺でハピを釣る!猫はハルピをタゲして部屋の奥へ!他は作戦通り!」



ビビ様とアクロスの鉄壁隊が取り巻きのハーピィを残さず扉の近くまで釣る。この時ハルピュイアがついて来た場合は猫ズがタゲを剥がし部屋の奥まで釣る。ついて来なかった場合はハルピが居る位置でタゲを自分達に向け反転...ハーピィとハルピュイアが部屋の中心に背を向けさせる状態を作り出す。

癒隊は部屋の中心へ急ぎどちらにも治癒術が届き、どちらの状況も素早く確認出来る位置で働く。癒隊を守る様にわたし達がモンスターの背を睨む位置で戦闘開始。


ハーピィ1体のタゲを剥がし数人で叩き討伐、これを8隊同時に行いハーピィを素早く掃除する事に成功、振り向きすぐに猫隊と合流する。


問題はここからだ。

ハルピュイアは全属性に対して圧倒的に有利な風と、デバフを操る。羽は堅く攻撃も上手く通らない。ハーピィがリポップする前にダメージを稼ぎリポップした場合は素早く掃除しハルピュイア戦へ戻りたいが...リポップする数が問題だ。倒せば倒しただけ増えるハーピィ。出来る事なら1度もリポップさせずにハルピュイアを討伐したい。


アクロス、ビビ、アスランがハルピュイアのタゲを固定しリピナのギルドが治癒術で盾隊を回復。わたし達は後ろから一斉に攻撃する。

無色光がいくつも輝きハルピュイアを襲い、色とりどりの魔方陣が展開され魔術を放つ。このままゴリ押しで倒せるか?と思った時、爆煙の中に浮かぶ複数のシルエットを確認。


「リポする!」


ワタポは素早く叫び隊列をハーピィ掃除に変更。ハーピィの数は16 体。

最初4体だったが討伐後に湧いたハーピィは8、今は16...次の湧き数は32だ。次の湧きで32体ポップした時点で詰む。

ハーピィを掃除して素早くハルピュイアを討伐出来ればいいが...。

ここにいる冒険者のほとんどが同じ事を思っただろう。次の湧きで地獄になる と。

しかしどうする事も出来ないのが今の現状だ。ハーピィを放置する訳にもいかない。

リポップにリズム...決まりがあるのか?倒したら倒した倍湧く事くらいしかわからないが...何か無いのか?


「ハロプー!何かわかった事ある!?」


戦場に響く音を切り届く声に2人は頭を横に揺らした。

ダメか...いや、それが普通だ。取り巻きとは言え1対多で討伐し、ボスにも気を配る状況でモンスターを分析出来る冒険者など存在するのか?

いや...普段出来ても逃げ道がないダンジョンボス部屋で同じ事を出来る冒険者はいない。


「ハーピィくる!」


誰かが叫んだ声に思考を一旦停止しハーピィ狩りへシフトチェンジしようとした時、ボスへ攻撃を任されていた猫ズがわたし達へ向かってくる。


「鳥を集めて拘束してほしいニャ!1体も倒さにゃいでニャ!」


黄金鎧の猫が叫ぶも全員が、なぜ?と言う表情を浮かべる。猫ズにはボスへの攻撃を任せているハズ。作戦を崩して何がしたいのか...そう思っている冒険者は多いだろう。

しかし、この猫ズが考えなしに適当な動きをするとは思えない。


「うん...。みんなハピを削って1ヶ所に集めて!」


傭兵系ギルドのマスター ルービッドは猫ズの言葉を疑わず叫ぶ。すると烈風、音楽家、ハコイヌ、セシル達までもその言葉を叫びノックバックを利用してハーピィを集める。


「エミちゃ!拘束して!」


最後のハーピィへワタポは剣術を使い押し飛ばす。

ハーピィ達は何かに気付き飛び立とうとした時、ハコイヌが双棍を使い高く飛び叩き落とし、セシル&猫ヒーロー烈火が射ち落とし、それでも逃げようとするハーピィはエアリアルの半妖精が1ヶ所に集める。


わたしは水拘束魔術 ウォータリストレーン を2発同時に発動させると、音楽家がデバフ効果延長の音楽魔法を演奏、水の鎖がハーピィ達を繋ぎ止めた瞬間にプーが水の鎖へ雷を流す。暴れていたハーピィは一瞬動きを止めた。


「にゃーん」


と、可愛らしい声で鳴き悪戯な笑顔を浮かべハーピィを指さす猫人族のゆりぽよ。お団子ヘアーは巻き髪ヘアーに変わっていた。

ピンク色の髪を左右から揺らす風。ゆりぽよの両サイドを走り抜けたのは猫ズの大剣使い、りょくん と るー。

大剣が無色光を放ち拘束中のハーピィを喰う様に左右から牙の様な光が迫る。

単発重剣術が同時に炸裂しハーピィ16体は爆散した。

ディレイに襲われる2人をその場に残し烈火とゆりぽよは素早くハルピュイアへ戻る。

何が狙いだったのか全くわからないが黙って立っている訳にもいかない。猫ズに続く様にハルピュイアへ走りボス戦闘に参加。


「次のハピ湧きは るー1人に任せるニャ!みんにゃはボスと遊ぶニャ!」


謎のマスクを装備した猫ズの銃使い烈火はボス戦中にも関わらずフォンを操作し武器を変更し言った。

本当に何が狙いなのかわからないが...ここは猫ズに任せよう。


ハルピュイアが起こす常態異常の風が吹き荒れた瞬間、盾以外は全員バックステップを数回し、風が消える距離まで下がる。そこからリピナ達は治癒術を盾隊へ飛ばしデバフを解除。素早くハウル系剣術でヘイトを稼ぎタゲ飛びを防ぎ、わたし達は後ろから加減なしにハルピュイアを叩く。

ここで猫ズの るーがボス戦闘を離脱し、リポップしたハーピィへ向かう。数は...、


「4体!?」


計算では次の湧き数は32なハズ。ここで数が極端に減ったのはなぜだ?

湧き数を知っていた様子のるーはハーピィを充分に引き付けて大剣を大振りし4体を同時に一撃で片付けボス戦へ戻る。


「るー、どゆこと?」


わたしは気になって集中出来ない病に感染した為、るーの隣へ行き話しかける。するとニッと笑い答える。


「別々にぃ倒さず同時にぃ倒すニャ。次のハピはフローよろしくニャ」


そう言い残しハルピュイアへ一撃叩き込みに行ってしまった。猫ズは戦闘マニアかよ。

よろしくって次何体湧くのかも言わず...死んだら呪ってやるからな。

知りたかった答えを知れず不機嫌な顔でるーを見送ると近くでハーピィのシルエットが浮かぶ。湧き時間が恐ろしく早くなっている事に焦り全員に伝えようと空気を吸い込むも、リポップしたハーピィの数に空気が力なく漏れる。

リポップしたハーピィは僅か1体。


同時に倒す....最初のハーピィはわたし達4人がisoで討伐、次も似た様な感じで...その次は拘束し りょくんとるーがほぼ同時に全て倒した。

そして先程リポップしたのが4体でそれをるーが同時に倒して、今1体...、


「...にゃるほど!」


猫語混じりにわたしは呟き1体のハーピィを剣術と魔術を使って素早く討伐。

このハーピィは秒間あけずに討伐する事でリポップ数が減る。

最初も次もバラバラのタイミングで討伐した為、討伐数がハーピィの数と同じになりリポップ数が討伐数の倍になった。しかし次は拘束後、2人で複数体を同時に倒した為、討伐感覚にズレはあったが討伐数は2に。その倍の4リポップ、それをるーが同時に倒し討伐数を1まで下げた。

その1を今わたしが討伐したので...次も1体だ。

1体の場合リポップは恐ろしく早い。ここでハーピィを湧き待ちし素早く討伐する作戦に。読み通りハーピィのリポップ時間は僅か数秒で空間にシルエットが浮かび上がる。武器を構え湧いた瞬間に消してやろうと踏み込んだ時、耳を貫く不協和音がボス部屋を包む。


「なんっ!?」


ハルピュイアの咆哮に全員が怯む。剣術も魔術もファンブルしハルピュイアはこの隙に攻撃する訳でもなく両羽を扇ぎ今リポップしたハーピィの後ろへ移動。今の咆哮はヘイトをリセットする効果があるのか、タゲも無視してハーピィの後ろでホバリングし片足でハーピィを鷲掴みする。

掴まれたハーピィは悲鳴を響かせるも、その声を塗り潰す咆哮を吐きハルピュイアはハーピィを捕食。

一際高く耳障りな鳴き声で叫び全員が耳を塞ぎ眼を閉じた。


「うっさ...声も立派な攻撃かよ」


近くで叫ばれてムカついたわたしは毒を吐き眼を開く。

わたしの前でホバリングしているハズのハルピュイアは...わたしが知るハルピュイアの姿とは違っていた。恐ろしい瞳でわたしを見下すハルピュイアに震えた笑顔を送り軽く挨拶し、その場をゆっくり離れる作戦を行う。

ここで焦り走るとハルピュイアをビックリさせてしまうだろう。ゆっくり1歩2歩と進み、みんなと合流を。


「...ん?」


敵意ありせんよ作戦で離れるわたしをゆっくり鷲掴みし顔の前まで引き上げ観察するハルピュイア。眼を細め首を傾かせじっくりわたしを見る。

ハーピィを捕食したハルピュイアはまずサイズが大きく、肌の色は褐色に、瞳は赤く、翼には剣の様な羽が冷たく輝く。身体が大きくなった為足も勿論大きく。爪は太く頑丈に...。

静まるボス部屋。見つめ合うわたしとハルピュイア。


「き、綺麗な顔だすね」


だね、と、ですね が混ざってしまったわたしの言葉にハルピュイアは首を傾げゆっくりクチを開く。

最悪な事に誰も助けようとせずただわたしが食べられるのを見ている。

何なんだこの空気は。お前が変なタイミングで叫んで食べて進化するから、わたしがスベったみたいな空気になったんだぞ。お前ボスよね?同種、しかも子供を食べて進化したならもっと威圧感とか恐怖を全力で出せよ。半端な感じだからみんな「んーと、で?」って顔になったんだぞ。


「わかってんのか鳥!」


わたしの注意もスルーしてゆっくりクチへ運ぶハルピュイアに恐怖よりもイライラが沸騰する。

こんな優しい食べ方あるかよ!もっと激しく残酷に貪り喰うくらいしろよバカ!


心で叫びクチは素早く動かしバカ鳥の舌へ熱々ファイアボールを8つプレゼントした。

空気を焼く音と爆裂音がドスベリしたボス部屋の空気さえも焼き消し、拘束から解放されたわたしは急ぎみんなの所へ走り、やってやった!と言う様な顔で合流。


「見た?ゼロ距離魔術作戦。完全ヒッ...」


完全ヒットしたしょ?うぇーい!と調子乗ろうとしたが、ハルピュイアは完全激怒し怒りの咆哮を響かせ翼を振った。


1ヵ所に集まっていた冒険者達へ飛ばされたのは剣の羽。

広範囲で迫り来る剣羽を回避するのは不可能。

突然戦闘モードになった為わたしは乗り遅れていた。


巨大な魔方陣がボス討伐隊の足下に展開され緑色の光の柱が包む。防御と回復を同時に行う上級治癒術をリピナは詠唱を済ませて留めていた様で、今それを発動させ剣羽を防ぎ全員を回復させた。

ギルド 白金の橋 マスターリピナ。治癒術師のみで結成されている癒ギルドのギルマスだけあって治癒術のレベルも高く、タイミングも素晴らしい。


「盾持ちは俺様続け!ゲス共!」


恐ろしく似合わない防具に身を包んだアスランはそう言い放ちハルピュイアへ迫りハウル系剣術でボスのターゲットを自分へ向ける。他の盾持ちも同じ様に続き、いよいよボス戦 と思える空気が部屋に充満した。

翼撃を数人で受け止めるもノックバックしてしまいスタン状態に。素早く治癒術でスタンを解き別の盾がタゲをとる。

囲うと翼撃の的になる恐れがあるので交互に隙を見て攻撃する中、魔術を使える者は魔術でハルピュイアの気を引く。ヘイトがバラついた瞬間にフルアタックし素早く盾がタゲをとり、また魔術でヘイトを拡散させる。このまま押せば討伐出来るのではないかと誰もが思い一瞬ゆるむ隙をハルピュイアは待っていた。


翼を羽ばたかせ紫や黄色といった数色混ざった風を起こし高く飛びホバリング。

剛風に耐えきれる訳もなく飛ばされ隊列は崩れる。

高い位置から放たれる剣羽の雨が倒れるわたし達に突き刺さる。攻撃力はそこまで高く無いが数が異常。先程の風でデバフを受けた者や今の剣羽で麻痺に陥る者が続々と現れる。最悪な事に治癒術師は全員麻痺、盾は混乱状態。

状況を見て色々と指示を出していた盾と癒が状態異常、ボスはこのチャンスを逃さず魔術の詠唱に入る。風魔術の魔力を感知したわたしは同じレベルの風魔術を詠唱、同時に放った。

魔方陣を空中に展開させ巨大な風の刃がぶつかり合う。

上級風魔法を簡単に扱うハルピュイアに魔術を主体にする冒険者は表情が曇り、ハルピュイアは歪んだ笑みを浮かべた。直後、小さな魔方陣が上空に展開され風の槍が降り注ぐ。


中級風魔法...威力もそこそこだがこの魔術の最も有能な点はデバフ鈍足とデバフ効果を延長させる所だ。風が身体にまとわり付き重く動きが遅くなる鈍足。現在発動中のデバフ...麻痺や混乱の効果延長の対象になる。

上級魔術から同属性の中、下級魔術へ繋げるスキルとマジックハイディングまで使えるとは想像もしていなかった。

隠蔽魔法は魔法で自身の姿をハイディング、しかしマジックハイディングは中級ランクの簡単な魔術までなら魔術感知されない様にする為のエンハンス。バフなら詠唱の時点で気付けたがエンハンス持ちだったとは...。


状況は最悪。

レイドは半壊状態。

指示を出していた盾癒はデバフとダメージで動けない。逃げる事も出来ない。


「エミちゃ、霧出して数分でいいからボスのタゲ外せる?」


何か考えがあるのかワタポは霧魔術...隠蔽魔法をお願いしてきた。あの手のボスには数分しか通じず大声や派手な動きをした時点でリビールされるが...ここは何も言わずミストハイディングを使った。



「んにゃ~...これは一旦退くしか無いニャ!」


ゆりぽよことキティが霧の中で意味不明な発言をぷっぱなす。一旦退くにも扉は閉じられていて内側からは開かない。


「ここから無事に....んにゃ、やっぱいいニャ」


「烈火、それダメなやつニャ」


死亡フラグを建てようとする烈火とツッコミを入れるりょくん。キティは「ばいにゃら烈火」とレイド半壊状態にも関わらずこの余裕。


「ボクは逃げたくないな。倒したい」


プーは猫ズに言いダメージ残る身体を起こし長刀を構える。わたしの気持ちもプーと同じだ。逃げるなんてダサい事したくないしまだ何とかなるんじゃないか?と思ってる。


「逃げる じゃにゃいニャ。一旦退くだけニャ。次は鳥を叩き落としてやるニャ」


悔しさ混じりのキティの言葉にプーが反論しようとするも、ハロルドが押さえる。


「気持ちは解るけどプンちゃん。今の私達じゃハルピュイアに勝てない。ポーションも底を尽きそうだしこの被害の割りにボスはノーダメージ、無理して勝ってもマイナスになる確率の方が大きいわ」


「でも、じゃあどうやって退くの?扉も開かないし...」


ここで猫ズがニャっとズル賢い笑みを浮かべ扉を数回叩く。今の音でハイドレートは下がりハルピュイアに気付かれるのも時間の問題に。

逃げるも何も叩いたくらいで扉が開くハズもない。ポーションを取り出し回復しようとしたわたしは眼と耳を疑った。

擦れ軋む音、耳障りだと思っていた、扉が動いた時に発生する音がボスにゆっくり、確かに。ハルピュイアは咆哮し霧が全て消される。



「デバフの人達をよろしくニャ。俺達が時間稼ぐニャ」


大剣を構えハルピュイアを鋭い瞳で睨むるー。いつの間にか弓を装備しているキティゆりぽよ。謎の旗を背負っている黄金鎧のりょくん。鍋を掴む時に使う手袋の様なグローブを装備する烈火。

ネタなのか真面目に言ったのか全然わからないが、猫ズは迷わずハルピュイアへ突き進んだ。


「ほれ早くせんか!猫人族が足止めしとるうちに部屋から出るんじゃ!」


部屋の奥、安置から年寄り染みた声で渇を入れるキューレと「悪い遅れた」と笑うジュジュ。何をどうすればいいのか全く解らない中でも身体は勝手に動く。麻痺や混乱に陥る冒険者を重い身体で必死に起き上がらせ安置へ急ぐ。猫ズ達へ振り向く事もせずただ必死に助かりたい一心で。全員が安置まで移動した事を確認し、キューレは謎の木箱をフォンから取り出し伸び出たロープに火をつけた。

ジリジリと火花を散らし箱へ近付く火...爆弾か!?と思い全員が構える。安置で爆弾を爆発させるとか...頭オカシイなんてレベルではない。


「3...2...1...」


ぽふん。と煙っぽい音をあげ箱は爆発。ピンク色の煙...と言うか雲が宙を漂う。

謎の爆弾が爆発すると扉は音を立ててゆっくり閉じ始める。中に猫ズがまだ...助けなきゃ、いや、助けたい。そう思った冒険者はわたし以外にも沢山存在していて全員が扉へ走る。その時、線の様な...残像と言うか...恐ろしく早い何かがボス部屋から安置へ流れる様に...。



「ハァハァ、たまんにゃいニャ、マタタビィィアアアア」


「にゃは、にゃは、にゃは、にゃはははは」


「キャッキャッキャッキャッツ」


「~~~~、~~~~~...、~~」




「これで全員無事じゃの」


「えっと...キューレさん、これは?」


「なんじゃ?ワタポ、お前さんは知らんのかのぉ?猫にはマタタビ。これはマタタビ爆弾じゃ。ジュジュの特製マタタビ爆弾...ちょっと効果強すぎるかのぉ」




トリップ寸前の猫ズを見てどっと疲れが襲いかかり、わたしは安置に倒れた。

初のダンジョン攻略、初のボス戦はわたし達冒険者の負け...と言っても全員生きてる。

あの時無理にでも戦っていた場合、誰かが死んでいたかも知れない。


「さっきごめん。ボク、わかってなかった」


「わたしも。正直あのままプーが押し出てたら便乗してたッス」


「挑む事は悪い事じゃないわ。でも状況や自分達の実力を把握して、答えを出さなきゃならない時もあるわ」


「死んだら全部終わっちゃうからね。この判断は正解だとワタシは思うよ」




今回のボス戦は勝利して得るアイテムよりも、もっと大事な事を得た気がした。


少し休んでからみんなでダンジョンを出よう。


レベルをあげて、色々な経験値を稼いで、強くなってからもう1度挑む。

それが一番の近道で遠回りで、今わたし達に出きる事だ。



「初レイドにしては上出来ね。お疲れ様」



そう言ってハロルドとワタポが差し出してくれたポーションをわたしとプーはお礼を言い受け取った。





やっぱり、ポーションは美味しくない。










眠れない身体。

お腹が減らない身体。

呼吸できない身体。

痛みも忘れて。

壊れても直る。

誰も直せない心。

冷たい身体、体温はない。

人の形をした人ではない存在...人形として今もこの世界に繋がれている。


汚れた命と無くしたモノ...。

温度の無い声と光の無い瞳。

全てが、本当に全てが変わってしまった。

こんなわたしを...否定してくれますか?



「久、しぶり、ね。モモ、カ」


霧の様にゆっくり立ち込めては溶け込む声にわたしは返事とは言えない言葉を返す。


「月...」


大きくて綺麗な月が雲の隙間からわたし達を覗く。

金色で綺麗な。


「...、眼、どう?」


「うん...悪くない、かな?」


「そう。よかっ、たわ。でも、ど、うして?私、の眼だ、と、お、人形、遊び、がで、きる、の、よ?」


「うん。でもわたしはこの眼がいいんだ」


「母親、の、眼、だか、ら?」


「それもあるけど、この眼だと世界が色づいて見えるんだ」


「...そう。じゃあ、私、の、眼は、他に、回す、わね」


「うん」




わたしの眼は左右違う。

右はわたしの瞳。左は自分の眼よりも少し薄いピンク色の瞳。

母親の瞳。

父親の瞳は左右とも別の人形に使ってる。


もう戻れない所まで堕ちてしまった。

もう救われない所まで進んでしまった。


「そろそろ満月...だね」





リリスの願い。

それは わたしの身体を自分の物にする事。


わたしの願い。

それは 眠る事。





あなたは...。


昔みたいに元気よく笑ってますか?

昔みたいに我慢せず涙を流してますか?

昔みたいにわたしが寝付くまで隣にいてくれますか?

昔みたいにわたしに おやすみ と言ってくれますか?



それが最後の言葉になるかもしれない。


もう二度と会えなくなるかもしれない。


それでも、優しい笑顔で。

何でも許してくれる笑顔で、わたしの汚れた心も命も全部許して...おやすみ と言って見送ってくれますか?


わたしを縛り繋ぐ糸を切ってくれますか?
























「お姉ちゃん」







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