◆58




「雨か...」


赤銅色の鎧を微かに叩く雨粒にアクロスはいち早く反応した。雨が苦手 と いう訳ではない。

普段ならそこまで気にしない雨だが今日は気にしてしまう。


野外戦闘での天候、気温、地形の3つが勝敗へ大きく影響する。

今はまだ小降りの雨だが本格的に降られると非常にマズイ。


まず声が雨音に潰されてしまう。レイドを束ねる際は指揮官、指示をとる者の存在は必要不可欠。

雨は聴覚だけではなく視界、そして足場までも奪う危険性が。本降りの中でターゲットとレイドメンバーを視界に捉えておくのは簡単ではない。

泥濘でいねいする地面を素早く移動し追撃やサポートに回るのも難しくなる。

カムも雨水で使い物にならなくなるのでパーティメンバーと会話するにも大声で話さなければならない。


それだけではない。

重撃系や素早く動く剣術、火 土 の魔術の使用が困難に。足を滑らせた場合、剣術はファンブルする。剣術のファンブルは魔術と違いディレイタイムが本来の2倍以上にも。

火 土の魔術は下級及び一部中級や上級も不発状態に陥る。


これらの理由からアクロスは雨へ素早く反応し今回のレイドを仕切るジュジュの指示をあおった。

ジュジュは一言「急ぐぞ」と言い速度を大幅に上げる。

不機嫌な声で「最悪」「帰りたい」と呟くギルド白金の橋リーダーリピナはホワイトローブの裾を気にしつつ進むとメンバーの1人がリピナへ「近くにいます」と耳打ちする。

近くにいる。そのメンバーがリピナの近くにいますよ と言った訳ではない。モンスターが、今回の目的であるゲリュオーンが近くに潜んでいる。彼女はそう伝えた。

今度は裾や跳ねる泥も気にせず前衛隊まで急ぎ伝える。



「ウチの子が感知した、この辺りでハイディングしてるっぽい」



前衛は片腕を上げレイド足を止める。リピナは急ぎ戻り配置へつく様に指示を飛ばす。


前衛は赤い羽とアクロディア数人、そしてアスラン。

最初は赤い羽が盾をしローテチェンジしつつタゲ固定を狙う。

中衛のアタッカー達が前後の距離を気にしつつ広がる。

後衛は白金の橋と他ギルドの癒、魔。

今は全員横1列に並びゲリュオーンを発見次第素早く前中後のフォーメーションをとる。



雨が強くなるウンディー平原を微かに、でも確かに揺らした。



アクロスの持つ両手剣...大剣が強い光を放ち地面を叩く。同時に雨音を吹き飛ばす様な圧が平原を駆け抜けた。


ターゲットの気を引く為の剣術。

単発剣術 ハウル。


叫びにも似た斬音が平原に響き渡り揺れ跳ねる足元。地面を抉る様に、ついに姿を表す。

高さ5メートルはあるだろうか、幅も広く情報通り鎧で全身を包む頭3つ手足6つの怪物 ゲリュオーン。


その姿形に怖じ気付く様子もなく、前中後に別れアクロス率いる赤い羽盾隊は武器をとり、盾を構え距離を詰めた。

パーティの最大数は1パテ6人。全員で渾身のシールドバッシュをゲリュオーンの足へヒットさせ3人がハウルを使う。

狙い通りターゲットは盾パテへ。重装騎士が1歩踏み込むと地面が揺れる。



「次の1歩で3ハウル、3盾、防御後は攻撃開始!」



ジュジュの指示がレイド全体へ響く。

3ハウルは盾隊の3人がハウルし攻撃前にターゲットの最終固定。

3盾は盾隊のハウルをしていない者はターゲットの攻撃を防御する事。

今度の剣術ハウルは地面ではなくゲリュオーン本体にヒット、ヘイトの高い攻撃へ怒り錆び付く肉厚の剣を振る。

その攻撃を3つのタワーシールドで受け止めると盾の左右を切る様に走り抜ける中衛、タワーシールドを足場に高く飛ぶ者もいる。


攻撃をガードしたとは言えあの巨体から繰り出される一撃は無傷では到底受け止めきれない。痛みを感じる直後 体を包む無色の光が腕の痛み等を綺麗に癒し消す。

後衛の癒隊が攻撃動作を確認した瞬間に詠唱していた治癒術 ヒール。

ここで礼の一言でも言いたいが、そんな事をしている暇は戦闘中にない。

すぐさまハウルしターゲットの飛びを防ぎ、中衛の削隊が遠慮なくゲリュオーンを叩く。雨雲の下で輝く数多くの無色光が鉄の怪物へ吸い込まれる様に放たれた。



いける。いけるぞ。

タゲ固定も安定している。このまま押しきれば問題なく倒せる。



現状は安定している。

ゲリュオーンには特に変わった動きもないのでジュジュは指示を出さず...作戦を変更せず戦闘を続けた。


この判断は正解だ。

下手に作戦を変更しメンバーが素早く対応出来なかった時に産まれる隙は全滅に繋がる場合もある。今回のモンスターA+の怪物ゲリュオーン等ではその危険性も高い。


A+...充分に高難度ランクでそれも巨大系のボスモンスター。ソロやパテでの討伐は不可能に近いジャンルのモンスターがこんなに...簡単に討伐が進むものなのか?


小さな不安が産まれるもその不安の原因がハッキリ解らない。

ここで「何か不安だから作戦変更」等と中身が見えない指示を飛ばす訳にもいかない。

考えすぎ....この言葉で終われるのが一番いい。


頼む、このまま終わってくれ。


無言の願いは激しい雨音ではなく、轟音と悲鳴に書き消される。後衛の足元に描かれた巨大魔方陣から無数の岩の槍が力強く突き抜け、癒 魔 を襲った。


土属性上級魔術 ダニッシュニードレス。


無数大小の岩の槍が一気に突き抜け魔方陣内の対象を貫く広範囲魔術。


ゲリュオーンは今前衛がターゲット固定している。それを削 が容赦なく攻撃...ターゲットが移るとすれば間違いなく削、中衛隊。

ましてやゲリュオーンは攻撃や行動をしている。魔術を詠唱、発動できる訳がない。

そんな中でも容赦なく魔術が、今度は中 後を狙い発動される。


「下の魔方陣から出ろ!」


急ぎ叫ぶ声は雨音に叩き落とされ届かないまま 癒 魔 そしてポーションを使う為に一旦下がった 削 が容赦なく貫かれる。

考え悩む隙を与えずゲリュオーンの3本の腕が絶望色にも見える無色光を放ち、錆び付いた剣が奏でる低く耳障りな音が一瞬雨音を遠ざけた。

ジュジュを含む 盾 削...ゲリュオーンの近くにいた者達は風に浮く枯れ葉の様に空中へ上がり、無色光を纏った2つの槌に叩かれ地面へ落とされる。


A+とは思えない戦闘力だが、これがA以上のボスモンスター。

同じA+の冒険者を集めても討伐できなかった等の話は飽きる程 よく聞く話。

Sランク冒険者も、ギルドも、人数だって平均よりも多く集め、情報から作戦を考え挑んでこの有り様。


再びゲリュオーンの槌が無色光を纏った。

重く固まる身体を起こし、ジュジュが見たのはゲリュオーンの頭...縦に並んだ頭の先頭を叩く冒険者の姿。

その一撃でゲリュオーンの槌は光を弱め、消えた。


「真ん中!」


落下中の冒険者が叫ぶと今度は中間の頭が爆発した。雨で威力は激減されているが円を描く様な炎を地面に倒れる冒険者達は5回見た。

特徴強い炎エフェクト...あれは魔銃から放たれた火炎弾。


危なげなく着地する冒険者が持っているのは斬打を両方の攻撃が可能な武器 双棍。

火炎弾を放ったのはゲリュオーンを横に銀色のヘビィボウガンを構える冒険者。

Sランクの ハコイヌ、セシル。


「ナイス!」


2人へ声を飛ばし低姿勢でゲリュオーンへ突き進む黒スーツの女性。

両手で握った剣の先を向け無色光の尾を薄暗い平原に残し突進の重いひと突きから素早くジグザグに剣を振り下ろし無色光を消した。

戦う音楽家、A+冒険者のユカは姿勢を崩さず両眼を閉じディレイに襲われる。ディレイ中も格好よく振る舞うのはアーティストとしての癖なのか。

それとも狙い通り、思った様に全てが進んだからなのか。


頭、足を攻撃されバランスを崩したゲリュオーンは盛大な水飛沫みずしぶきと泥水を拡散させ倒れた。



「3分だけ頑張る」


ディレイが終了し、剣を地面へ突き刺しネクタイをキュッと絞める音楽家。それに続くように無いネクタイを絞めるハコイヌとセシル。


「4分いける」


バシャリと水溜まりを鳴らし3人へ近付く人影は足を止め詠唱。近くにいたアクロスとジュジュへ治癒術 ヒールを使った。


「ビビ おっそい」


いいタイミングで登場したのはマスタースミスの称号を持つ鍛冶屋。真っ赤な長髪と真っ赤な軽量装備、タワーシールドとハルバードも真っ赤で目立つ。

スミススキルを認められ皇位の称号を送られるも あっさり断った鍛冶屋 で有名な男性。鍛冶屋でA+冒険者のビビ。



「変態鍛冶屋ビビが参加か」



痛む身体を起こし立ち上がるアスランは痛撃ポーションと体力回復ポーションを同時に飲む荒業を披露。

彼の言葉に「死んだなアスラン」と返し同じ様に二刀流ポーション術を見せる烈風。


アクロスは周囲の冒険者へポーションを、ジュジュは後衛の癒を優先的に起こしポーションを渡す。



「死闘再開だ」


アスランはハルバードを捨てタワーシールドを両手で構えいつの間にか立ち上がっていたゲリュオーンの攻撃を防ぐ ではなく 押し返した。

続く二撃目はビビが危なげ無く防ぎ、ハルバードで剣を弾く。



「前が武器、中が魔術、後は....テキトー テキトー!」


「後ろは全対応!」



ハコイヌの言葉に付け足すセシル。どうやらこの2人は戦闘中にゲリュオーンの小さな変化に気付いた様子。

武器攻撃をする時は必ず先頭の頭が揺れる。中、後の頭は周囲を見渡していて 中間の頭が停止した時が魔術詠唱の合図。後方の頭は武器も盾も魔術も使うので動きが止まった時、何か仕掛けてくる合図。


これらの動きに気を付けて戦闘し、スキルを潰せば問題なく討伐できる。

半壊していたレイドが復活し本格的に戦闘再開。

ゲリュオーンの情報が全員の耳に届いた事を確認したジュジュは新たな作戦を伝える。


前衛の盾はローテなしで全員でゲリュオーンのヘイトをとりつつ剣術を防御。


削は前中に分かれローポしつつ足、隙があれば胸を狙う。


後衛の癒は2つに分かれ1つは休む事なく範囲治癒術。魔力が尽きてきた頃に交代するローポ作戦。


後衛の魔は中衛まで前進し中後の頭を狙い魔術。

魔隊も癒同様のローポ作戦。



ローポはローテーションでポーションタイムをとる事。

これにより止まらず回復攻撃が可能に。


ゲリュオーンの動きに焦りの様なモノを感じたジュジュは全員に突撃命令を。

囲う様にゲリュオーンへ近付きフルアタック。

勿論この時も頭の動きには注意するも反撃する隙を与えない猛攻。


先程までの苦戦が嘘の様にゲリュオーンは攻めに攻められついにその姿を灰の様に爆散させ大量のマナを空間に残し消滅した。




ゲリュオーンを討伐するまでに費やした時間は僅か15分。

何時間も戦っていたかの様な疲労感と大型ボスモンスターを討伐した達成感がレイドメンバーへ雨の様に降り注ぐ。



上空には鳥が飛んでいた。






「あれ!レイドじゃない!?」



わたしは平原を指さし雨音に負けない声で言った。



「だね、モンスターは見えないけど...」


「みんな倒れてない?まさか....」


「あれレイドの死体?」



プーが言わなかった事をあっさり言うハロルド。そう思いたくは無いが...この雨の中で倒れているという事は...敗北したのだろう。


「まだ生きてる人いるかも...降りて!」


巨大な翼を折り畳む様に風を切り平原へ急降下する。

雨風に眼を細め平原が近付いて来た時にわたし達は飛び降りた。お礼の言葉を残しウンディー平原へ降下。巨大鳥はそのまま翻りシケットへ飛び立つ。



雨を吸う地面へ着地し、素早くレイドメンバーへ駆け寄るとわたし達は眼を疑った。

笑う者、悔しがる者、呆れる者、と 色々な表情が雨降る平原に咲いている。



「お?マゾっ娘エミリオ!元気してたか?」


「アスラン...レップにハロイヌ...セシルっちまで何してんの?」



ビビ様と音楽家もこの雨の中、一体何をしている?

よく見ればみんなボロボロの泥だらけだが...誰1人として瀕死状態ではない。


「残念だったなエミリオ!もうドロ ジャンケンは終わったぞ」


和服装備の緑髪、烈風がニヤリと笑い言った。


「ドロ ジャンケン?」


「レイドでモンスターを倒した時、ポーチがパンパンになるんだよ!その時入りきらなかったドロップアイテムがその場に残るんだよ、ボク達も参加したかったなぁー」



なるほど。

フォンポーチいっぱいまでアイテムやらをくれて、入りきらなかったモノはその場に。それを誰が貰うか決める為のジャンケン大会と言う事か。


確かに各々がアイテムを手に....なんだアイツは!


「をぉ、ワ...ワタ」


「ん?どうし...ッ...」


「なになに2人し...てっ!?」


「え、何アレ」



なんと言うか...鎧型モンスターの頭の様なモノを装備する人がそこにはいた。

雨にうたれる頭防具は薄緑色でライトグリーンに輝く瞳が1つ。天辺は尖り...とにかくダサい。

後ろ姿を見るとゴミ箱を被ったアホにしか見えない。

そのゴミ箱防具の冒険者がこちらに気付きゆっくり接近してくる。

他の冒険者達が道を開けるのは防具についている効果ではなく...ダサすぎて近付きたくないからだろう。



「エミリオ久しぶり」



非常に耳障りな高い声がわたしを貫く。

誰だ...このキモダサは。

思い出すも何も、こんなヤツ知らないぞ!


「え、無視?」


なんだあの瞳...ターゲットを逃さない緑の眼光。なんのつもりだ...わたしが過去に何か酷い事でもしたか?

不意に冒険者の手がユラリと上がり頭装備へ。


キュュュ...と何かをチャージする小さな音が聞こえると緑の瞳がゆっくり黒く染まり光を弱める。

消えた? いや...突然開眼しビームを放つつもりか!?

見た感じゴーレム系のモンスターにそっくりだ...ゴーレムは瞳の光が弱まり突然開眼発光させビームを放つ...こんな所でビームを!?


「俺だよ!」


放たれたのはビームではなく、声。

マスクの中心が開き笑顔のハコイヌがそこにいた。


「んな!さっきそれ装備してなかったじゃん!」


「うん、でもエミリオみて自慢しようかなって」



この男...出会った時もリバーブワイバーンのマスクを装備していた。

あのマスクもそのマスクと同じくレイドでゲットしたのか?だとしたら...本当に運がないぞ。

そーゆー装備はハズレ品でしかない。


「エミちゃ知り合い?」


両眼を開きどこか嫌そうな顔をするワタポへこのマスクマニアを紹介しようとするも、別の男の声に全員が視線を向ける。



「ここにいつまでも居る訳にはいかない、全員ユニオンまで移動しよう」



ほぉ。あの男があのマルチェのマスター皇位持ちのジュジュか。確かにお金が好きそうな顔してるな。

ユニオンに戻る必要ないだろ。と思ったが恐らく「ありおつまたよろ!」と伝えたいのだろう。この雨の中じゃ行っても、ハイハイおつおつ。で終わりそうだし。


「わたし達も行こうぜ」


そこでハコイヌやアスランをみんなに紹介しよう。他の冒険者も気になるしキューレに情報料の話もあるし。





わたしの人生初レイドはまた先になりそうだ。





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