◆57


景色、空間に意識を溶け込ませる様に息を潜め隠れる。

これを隠蔽術 または 隠蔽魔術 と呼ぶ

この隠蔽...ハイディングは魔術でも出来るが正直魔術を使わない方がいい。

魔術を使う事でハイド成功率は高まるが同時に魔力感知される確率も高まる。魔術なしでハイディング出来る隠蔽術は熟練度がものを言うが扱えれば色々と便利だ。

温度や匂いで対象を感知するモンスターや戦闘経験値がズバ抜けている人には効果は薄いがそれもまた熟練度でハイド値は変わる。



人間は産まれて始めに学ぶ事は言葉、コミュニケーション能力をつけるらしい。

親や家族 自分の名前、挨拶や返事等を学ぶ。


わたしは魔術。魔術を覚える過程で言葉、魔女語を自然と覚えていた。


そしてケットシーは言葉と隠蔽術を最初に学ぶ。

この世界で隠蔽術に優れている種族と言ってもいい程ケットシーのハイディングは見事だ。


しかしわたしの知る中で恐ろしさすら感じるハイディングを扱う者がいる。それが人間のキューレ。

ケットシーを知った今だから解る。キューレの隠蔽術は違法レベルだ。

きっと何か秘密があるに違いない。



「....にぇ。フロー」


何とも言えない表情でわたしを見て、またもフローと呼ぶ猫人族の弓使い ゆりぽよ。

今わたし達は昼食後ゆりぽよに隠蔽術のレクチャーを受けていた。


「...にぇ」


ねぇ。と何度も言うゆりぽよだが、これは恐らくリビール率を高める為の作戦、罠だろう。ここで返事してしまうとハイド値は一気に低下しリビールされてしまう。

早まる心臓を落ち着かせ息を潜め景色に溶け込む。


「...フロー。全然ハイディングできてにゃいニャ...普通に見えるニャ」


そう言ってフォンを取り出し、パシャ と音を。

フォンの撮影機能を使った様子だか残念だなゆりぽよ。カメラを使ってリビールするのは不可能だ。


「フロー、そのままでいいかりゃ見てみるニャ」


フォン画面をわたしに向ける。目線を揺らし確認すると...ハッキリ自分の姿が撮影されているではないか。


「まぢかよ!なんで!?」


「全ッッ然、出来てにゃいニャ。声かけるこっちが戸惑うレベルニャ」



リビールすら必要ない。今そう言われたのか...なぜだ。

レクチャー通りに息を潜め溶け込んだハズ...何がわたしのハイディングを邪魔している?

他の人はどうした?まさかハイディング中?



「くっそ!これでもくらえ....!」


わたしは魔術 サーチングバッドを発動させた。黒紫の小型コウモリが周囲に隠れる者をサーチング、リビールする魔術。

他にも ピーピングバッド や トレーサーバッド といった魔術も使える。攻撃魔術ではないが便利な魔術。


「うわ!」


と 声をあげるとプーが物影から姿を表す。そこからハロルド、ワタポクゥ と全員のハイディングをリビールする事に成功。


「わたしの前ではハイディングなど...無意味!」


決めセリフを言いビシッと親指を立てる。不満そうな顔でワタポが何かを言おうとした時、大きな影がわたし達を包む。

上空に眼を向けるとそこには巨大な鳥。

ケットシーの森からシケットまで送り届けてくれた...ディアに呑まれた人間だ。


「聞いたぞ冒険者達。ご苦労だったな」


低く通る声を響かせ枯れた世界樹の枝で羽を休め言葉を繋ぐ。


「ここで待とう。準備が出来次第ウンディー大陸へお前達を送り届けてやる...それが私に出来るせめてもの礼だ」



見た目はモンスターだが元人間。まだ心までディアに呑み込まれた訳ではない様子だ。

デブ猫とパイプがあるのか...ケットシー達とも顔見知りらしく怖がる者は誰1人いない。

ウンディー大陸まで送ってくれるならここは甘えよう。

通常のルートで帰るとなればあの無人港で船を待たなければならない。いつ到着するかも解らない船を待つよりスカイルートで一気に海を渡れるのは魅力的。

今すぐ帰る選択肢もあるが、先程やっと復興作業が終了したので本来の、シケットの夜を。



猫人族をもう少し見たい。





その日の夜、わたし達は猫人族達と月が高く登るまで話した。

ケットシーの事や外...わたし達が見てきた世界の事を。




「それじゃわたし達は帰るね、必ずまた会おう。ぽっぽ」


昨夜、ゆりぽよへ「一緒にこないか?」とわたしは言った。一緒に太陽を取り戻した仲間だ。今さら遠慮も何も必要ない。

ゆりぽよが来てくれれば楽しくなると思うし わたしもまだこの世界の端しか見ていない。一緒に色々見て知って進みたい。そう思いゆりぽよへ声をかけたのだが、答えは「今はまだ行けない」だった。

諦めの悪いわたしは何としてもゆりぽよを連れて行きたい。と思った所でワタポが割り込んだ。「待ってるから、気が向いたら会いに来て」と。

その言葉にゆりぽよは笑顔で頷き今回の勧誘は失敗...でもないが成功もせず終わった。



「にゃ。必ず会いにぃ行くニャ。みんにゃもまた来てほしいニャ」



必ず また。

そう約束し わたし達は巨大鳥の背へ手を伸ばした。

もう言葉は必要ない。わたし達はわたし達の日常へ、ゆりぽよ達はゆりぽよ達の日常へ戻るだけ。必ずまた何処かで会える。


「行って」



名残惜しささえも吹き飛ばす様に力強く羽ばたかれた翼。

シケットを包む太陽の香りを最後に、青く綺麗な大空へ飛び立った。



「これが冒険者かぁ」


不意に漏れた言葉。

今までわたしは冒険者と名乗っていたが本物の冒険者を全く知らなかった。クエストをして稼いでワイワイ楽しく。これも冒険者だがそれだけではない。

知らない地へ進み、知らない事を知る。見た事ない人と出会い別れまた出会う

楽しい事や嬉しい事だけではなく、辛い事 苦しい事も同じだけあるんだ。


こんなの、絵本の中でしか見た事ない。


それを今わたしは自分の眼で見て触れ、これが冒険者....冒険者と言えば昨日メッセージが届いていたハズだ。

相手は癖の強い冒険者 キューレ。



『人見知りな宝石のお告げ の後にユニオンが冒険者を束ねてモンスター討伐へ向かった話しは知っているな?その時討伐に失敗したモンスターがウンディー大陸で力をつけて潜んでいる。そのモンスターを今度こそ討伐する為の会議を1時間後ユニオン本部で行う。C+からランクアップさせるチャンスだと思うぞ?』



いつ読んでもあのキューレからのメッセージだとは思えない。じゃ や のじゃ 等の年寄り染みた口調は排除されていて確かに読みやすいが...会話回数の多いわたしにはこのメッセージは違和感しかない。


それにしても、ボスモンスター討伐会議がユニオンで行われた事に驚いた。あのリーダー...ロキだったか?アイツが懲りずに冒険者に声をかけたのか?ランクアップのチャンスかも知れないが残念ながらわたし達はシケットで癒されていた。悪いなキュー...ん?昨日来たメッセージで昨日討伐会議...ならばまだチャンスはある?


わたしは急ぎキューレへ通話機能を使う。


「....、もしも」


『なーにをやっとるんじゃお前さんは!』



朝一番にキューレの怒鳴り声が左耳から右耳へと貫通した。3人にも聞こえたらしく驚いた顔でわたしを見る。

どうせ話すしみんなにも聞こえる様に音量を上げて通話しよう。



「ごめ、で?討伐は?」


ここで何をしていた等とダラダラ話すと無料で情報を提供する様なものだ。素早く話を切り返し本題へ入らなければ色々と情報を抜き取られる。


『あと数分で出発じゃ!ユニオン襲撃の件も知っとるじゃろ?』


ユニオン襲撃...それは間違いなくわたしとワタポが起こした事件だろう。もし今 眼の前にキューレがいたら表情の変化で「コイツ何か知ってるな?」と思われていたに違いない。通話で助かった。



「んぁー少し聞いたよ。それが?」


『あーのバカ者...ロキが...そんな話しは後じゃの。お前さん今どこにおるんじゃ?』


「いま?えーっと...空?」


『...は?』


「とにかく討伐隊はまだ出発してないのね!?そのモンスター情報やら何やら送って!よろしく!」


『んなぁ!?ちょ、待た...』



切ってやったぜ。


「今のキューレさんだよね?討伐?モンスターって?」


会話から気になるワードをピックアップし素早く聞いてくるワタポへ昨日キューレから届いたメッセージを見せる。するとすぐモンスター情報等が送られて来たのでそれも確認。



[重装騎士ゲリュオーン]

三身一体の巨大重装騎士モンスター。

手足は各3組、6本ずつあり手には剣4本、盾2つの武装。頭から爪先までを鋼鉄の鎧で包み防御力は非常に高い。

危険度はA+ 。


キューレの情報だと、赤い羽、白金の橋、アクロディア、他にも多くのギルドや冒険者が討伐隊に参加していて仕切りはマルチェのマスター ジュジュ。

場所はウンディー大陸。とだけ書かれている事からゲリュオーンとやらは相当目立つモンスターなのだろう。



「...この3つだけでも相当ハイレベルなレイドだね」



ショートヘアを風になびかせるプーがポツリと声を。

獅子座との戦いで後ろの髪を切られたので昨日ワタポに髪を切り整えて貰っていた。

背中まで伸びていた髪は今首をちらりと隠す。

前髪は相変わらずいい感じになっていてわたしより少しボリュームあるショートヘア。自分の事をボクと呼ぶ元気いっぱいの女の子。似合うぞプー。

そんなボクっ娘プーが言った3つ とは 赤い羽、白金の橋、アクロディアの事だろうか。



「確かにこの3つのギルドはランクの高いギルドね」



ローズクォーツの長髪を左横でまとめるサイドテールの半妖精ハロルド。防具の左胸に猫足...にくきゅうのワッペンが装備されている。コレと言った効果もないワッペンだが乙女座に貫かれた防具の傷を可愛らしいにくきゅうで塞いでいる。

腰には美しく白い宝剣。星霊剣を貰ったのはハロルド。愛用していた芸術的な剣はまだ強化が足りないらしいので宝剣をメインに。

パールホワイトの鞘へそっと指先を触れさせ小さく笑う。



「そのモンスター...討伐に向かうなら付き合うわよ」



新しい剣の試し斬りには丁度いい相手だ。ハロルドはそう思ったに違いない。

ハイレベルのギルドや冒険者、皇位持ちが2人も関わってるレイドは是非見てみたい。



「んなら、いこか!鳥くんバリアリバルまでどのくらい?」


「速度を上げれば15分、このままだと30分程かかる。どうする?」


「30分ね、りょーかい」



安全飛行でお願いし、フォンを操作。

収納していたマグーナフルーレを腰へセットしネクタイを装備、腰ポーチの薬品類を調整しサスペンダーを気合いのパチン。



モンスター討伐自体が久しぶりで、その相手が高難度。

レイド参加も初なので気合いを充分に入れ青く綺麗な海へ小さく笑ってみせた。







皇位情報屋 キューレ はフォンとタブレを素早く操作しエミリオへ送る情報をまとめていた。

この情報料金は参加した場合のみ請求しよう。そう決めて情報を送信。


「キューレ」


送信完了の文字を確認し振り向くとそこには自分と同じ皇位の称号を持つ男、ギルド マルチェのマスタージュジュが居た。スーツ姿ではなくブルーブラックの軽装にクロー。武具から見て今回はアタッカー、削 での参加。


「なんじゃ?」


「そろそろ出発するが昨日言ってた冒険者は途中参加か?」


昨日、討伐会議前にキューレはジュジュへ面白い冒険者がいる。といいエミリオの話をしていた。討伐会議には参加しなかったものの情報を要求してきた事からレイドには途中参加するだろう。


「参加すると思うが...途中からじゃの。構わず進めてよいぞ」


「了解」



天気が心配だな...と溢しながらレイドへ戻るジュジュ。

メンバー達が最終確認をする中でキューレは空を見上げる。キューレの仕事は討伐、戦闘ではなく情報収集と情報の販売。今回のレイドに限らず基本的に戦闘には参加しない。



ウンディー大陸を沈める灰色の空、微かな雨の匂いを運ぶ風を押し返す様に討伐隊はバリアリバルを出発した。



「全く 何をやっとるんじゃ」



呟かれた声はポツリ、ポツリと落ちる雨粒に溶けて消えた。






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