◆50




場外の地面に身体が触れた時点で負け。

そんなルールが存在するなら始まる前に言うべきだ。ルールを隠してまで負けたくないと言うなら、もうこれは暇潰しではない。

危なく勝ちを譲ってしまう所だった。

負け判定は場外の地面。それ以外なら負けにはならない。


...風は無い。

砂煙で私の姿も見えない。

ここがチャンスか。

観客席の壁、今私がいるこの壁を足場に膝を曲げる。


フェアリー種の妖精エルフ族、それが私。

唯一詠唱なしで使える魔術、造形魔法 エアリアル。

自分の背に4枚の羽根を造り出す魔術。

羽根が出ている間は魔力が限度なく減っていき、他の魔術は使えないが空を飛べる事で戦闘の幅は一気に広がる。

今の私の魔力量では5分が限界か...この5分で終わらせる。

現時点でこちらが2勝している。ここで私が勝利すれば3勝。残る2戦で3を獲得するのは不可能。

最後の勝利は勝ち点2です、といい始める恐れはあるがそれでも同点だ。


この3回戦で決まる...必ず獲る。


背に集中して...一気に羽根を開くイメージ。


「....っ!」


少し空気を揺らし4枚の羽根が私の背に。羽根が現れた時点で魔力は削られてゆく。

羽根を素早く畳み壁を蹴り微粒子を残し星が煌めく夜空へ。

最高地点で羽根を開きホバリング、久しぶりにエアリアルを使ったので羽根の動きが固い。左右の羽根を小さく揺らし、軽く扇ぎ、1枚1枚動かす。これだけで感覚は取り戻せる。


「...、よし」


感覚を取り戻した頃、全員が夜空を見上げる。

私を見ている者でプンちゃん以外はこの羽根、エアリアルを見るのは初めてだろう。そんな表情の中でプンちゃんはいつもの笑顔でブイサインをしていた。


「いってきます」


呟き、羽根を鋭く畳む。空気抵抗を無くす為ならエアリアルを1度停止すればいいが、それでは方向の調整が難しい。

膝を曲げ、空気を蹴る様に一気に急降下。

ソニックブームの様な小さな衝撃波と破裂音を響かせ夜空から地上へ、乙女座が立つ戦場まで降下する。


景色が線の様に姿を変え、空気の震動音さえも置き去りに。

空気を破裂させた時に出た衝撃波の雲が消える前に私は剣を振る。


「...、!?」


見開かれた瞳を最後に私の視界は数秒前と同じ様な砂煙に包まれる。

左の2枚を扇ぎ右横へ移動すると胸に深い斬り傷を抱いた乙女座が倒れていた。攻撃は完璧にヒット、速度を乗せた斬撃は剣術の様な威力を持ち地面まで斬り抉った。

しかし...これでも星座は死なない。

顔を歪めながらもすぐに立ち上がろうとする乙女座へ素早く追撃の四連撃重剣術 カドレアル を撃ち込む。

左下から最後は右下へとクリスタルを描く様な四連撃を残さずヒットさせディレイに襲われる前に小さく飛び下から上へと剣を振る。単発重剣術 孤月こげつが描く三日月が乙女座の胸にヒット、羽根で強く空気を揺らし後ろへ飛ぶ。距離が開いた所でディレイに襲われる。

重系剣術を連繋した為今回のディレイは強く、1歩も動けない。が、全ての剣術が完全にヒットした為 相手も簡単には立ち上がれない。ディレイクールには充分。ここでエアリアルを終了させる。


恐ろしく重くなる剣、久しぶりのエアリアル。

そして、久しぶりに使った剣術 孤月。

まだプンちゃんの様に上手く三日月を描けていない...か。


溜めていた空気をゆっくり吐き出し倒れる乙女座へ言葉を投げかける。


「星霊じゃなければ最低3回は死んでるわよ」


他の種族ならば最初の一撃で確実に命を失っている。

続く四連、そして孤月で。四連の時点で少なくても2回は死んでいる。

簡単には死なない...星霊の特性を最大限に使った戦闘をすべきだと私は思うが...。


「誰が最低3回は死んでるの?」


溢される声を拾った瞬間、床に倒れているハズの乙女座が眼の前に。その姿が視界に入った時、激痛が全身を駆け回る。


「星霊じゃない貴女はひと突きで終わりね」


冷たい線が私の胸を、心臓を通過した。と理解した途端に体温が一気に低下する感覚。

数秒前とは違い、妙に熱くずっしり重い線がもう一度通過すると膝が力なく崩れ身体を支えようとするも思うように動かせず倒れた。

温かい液体が溢れ出し冷たい床に溜まる。



なぜ乙女座はここに?

嘘..これ全部私の...血?

あれだけの攻撃を受けてそんなに早く動けるハズがない。

...震えてる?動かせないのに?床が冷たい?


......寒い。




ぼやける視界の端が黒く塗り潰される。



暗闇に呑み込まれる最中、私のクチは驚く程早く......震えている?






瞬間移動...テレポート?

いや、魔術の感じはしなかった。

なら単純に高速移動?

それもないだろう。簡単には死なない星霊だとしても、あれだけの攻撃を受けてすぐに動ける訳がない。

簡単には死なないが痛みや疲労等は感じる。

急降下からの斬り、四連、そして最後の一撃も完全にヒットしていた。最初の時点で例え星霊といえども簡単に起き上がれるレベルの攻撃ではないハズ...しかし。


「...、ひぃちゃん!!」


大声で叫ぶプーの声がわたしを叩く。

何が起こったかなんて今どうでもいい。ハロルドが無事なのか それが今一番重要な事なのではないか。


プーは誰よりも早くハロルドの元へ急ごうとラインの奥、戦場を目指し足を動かす。



「入んな!!」



その行為を認めない。と腕くみする金髪の大男が獣の様な咆哮をわたし達へ飛ばし圧し叩く。隣でクスクスと笑う石灰色の髪を持つ双子が交互にクチを開いた。


「入ったら負け!」


「...ヴァルアの勝ちになるよ?」


「ヴァルアの勝ち!」


「...でもあの人死んじゃうかも?」


「死んじゃうかも!あの人!」



交互に喋る双子座、わたし達を睨む男。

何が負けだ。


「そんなん知った事か!」


プーの背中を叩きラインを越え戦場へ。

わたしは走りつつ抜刀、乙女座へ向かう。プーは一直線にハロルドの元へ。



「おわぁぁっと!ここで乱入だぁぁ!これは違反行為!この試合はヴァルア様の勝利となるっ!乱入行為は相手チームに、この場合は十二星座に勝ち点2が追加されます!これで試合は振り出しに戻ったぁぁぁぁっ!!」



司会星霊のうるさい実況も今のわたしの耳には届かない。

無意識に剣が無色光を纏い、単発剣術 スラスト で乙女座に斬りかかる。

走る速度を緩める事なく振り下ろされた剣を軽々と受け止める乙女座。


「なんの真似?戦うなら相手をしてあげるけど...貴女では私が退屈してしまうわ」


呆れ色を含んだ言葉を吐き終えると、剣が、乙女座の腕が素早く動きわたしは軽々と吹き飛ばされる。

乙女座の剣は鞘に。いつ納刀したかもわからない速度だ。


「....」


無言でハロルドを見つめ、乙女座の剣士 ヴァルア はポニーテールをつまらなそうに揺らし戦場を立ち去った。



「ヤ...血が、傷で、イヤ、イヤ」



喉の奥から強引に出される掠れ声、ハロルドを抱き胸を押さえるプーの手や身体には息が詰まりそうになる程 大量の血液が。


「イヤ、イヤイヤ、イヤ」


眼球を震えさせ呼吸間隔も不規則。指先まで凍えているかの様に動かないプー。

何かにとり憑かれた様な...尋常ではない反応...一体プーに何が...いや、そんな事は今どうでもいい。


「プーちょっと 手をどけて」


隣でプーに声をかけ、手をどけてほしい。と言ったのだがクチをパクつかせ空気さえ吸えず小刻みに震える眼球でわたしを見る。

やはりこの反応、症状は尋常ではない。

しかし今優先すべきはハロルドだ。言葉を理解出来ているかさえ怪しい今のプーに何一つ期待は出来ない。


「ちょ、どけ!」


わたしも焦っていた。

ハロルドから溢れ出る血液の量、色を失う唇。そしてプーの状態に。


ハロルドを抱き何も出来ずフリーズ状態のプーを力任せに引き離し氷属性魔術 アイスウォール を小さく弱く素早く発動した。

パキパキ と音をたてハロルドの傷口を凍結、血液の温度で溶かされそうになれば氷は反発、冷たく厚く範囲を広げる状態異常凍結。

これで何とか止血は出来た。次は...、


「エミちゃ!プンちゃ!」


次は何をすべきか、焦り模索するわたしを落ち着かせるかの様にワタポが駆け寄る。


「!?...控え室へ早く」


短くでも確かな指示をわたしへ言い、腕を回しハロルドを起き上がらせる。わたしも逆側からハロルドを支え控え室まで歩こうとした時、床に崩れていたプーが立ち上がり「ボクも」と強く。呼吸も瞳も焦りの色は感じるが崩壊状態ではない。


「うん お願い。ワタシ治癒術するね。控え室に行けばゆりぽよが薬品類を集めて治癒術師、医者を呼んでくれてるハズだから急いで」


ワタポは妙に落ち着いている...心配していない訳ではないだろう。

しかし前のワタポなら...蜘蛛女の時の様に泣き叫び焦りの色に染まると思っていたが...何かがワタポを変化させた、あるいは目覚めさせたのだろうか。

とにかく落ち着いている者が1人でも居るのは心強い。



「こっちニャ!早く...星霊にゃピューンと飛んでけニャ!」


両手にポーション瓶を抱きかかえた紫に桃メッシュの猫耳少女が星霊族の治癒術師、医者を怒鳴る。

虹色のラインを越える頃、星霊達と合流、ハロルドは素早く控え室へ運ばれた。



白いワイシャツにはハロルドの血液がじっとり残った。






「くっそ!あの乙女座!」


「フロー、モノに当たってもひぃにゃんは治らないニャ!」


「わかってるよ!」


「わかってるにゃら少し黙ってるニャ。治癒術は集中力が大事だニャ」


「....っ、、わかってるよ」






プーは落ち着きを取り戻したのか呼吸も安定している。

ワタポや星霊と一緒に治癒術を。

ゆりぽよ は クゥを撫で落ち着いて全員を見ていた。怒りのままゴミ箱を蹴飛ばしたわたしへ素早く注意。

一番 落ち着けていないのはわたしか...。


試合は一旦止まっている。

こんな状態で戦えなんて言われたら全員暴れているだろう。

...なにが暇潰しだ。

人の命を奪う事が星霊界の暇潰しだと言うのか?

もしそうなら、こんな世界ぶっ壊して...、なんだ?

...この感じは...?


怒りで周りが見えていなかったのか小さな変化さえ感じとる事が出来ていなかった。

ゆりぽよに怒られたわたしは一度深呼吸し、今感じた何かに集中する。

空気中のマナが減ってる...それは当たり前だ。

治癒術を使っている者が数人いる時点でマナの減りは早い。しかし、そうではなく...なんだろうか...。


空気中には無限と言える程マナが存在する。使っても使っても、次から次へと増えるマナ。魔女以外が魔術を使う際はこのマナと自分の魔力を使って発動させる。

魔女は自分の魔力さえあればマナを必要とせず魔術と治癒術を使える。

剣術もマナを使って発動される為、普段では不可能な速度や威力を出せている。


そういったマナの変化にも敏感なのが魔女だ。

今わたしが反応したのはそのマナが...形を変化させている様な感じに驚いている。

なんだこれは...変化...と言うか濃く混ざり合う感じ。



知ってる...この感じ初めてではない。

なんだった、思い出せ...思い出せ。

記憶のページを必死にめくりやっと辿り着いた答え。


それは... 再生術。


再生術を使っている時に起こるマナの変化だ。

魔女の中にも再生術を使う魔女も存在する。そして魔術と治癒術以外では魔女もマナを使う。わたしが剣術を使う時も勿論マナを必要とする。再生術も同じだ。


では誰が再生術を?

そんなの考えるまでもない。この中で再生術を使える者は1人だけ。


「ハロルド」


「んに?」


「ハロルドは今 再生術を使ってる!」


「んにゃんと!」


「「!?」」



治癒術を使っているワタプーは喋る事が出来ないが表情が一変した。


確か再生術には自分の魔力が尽きるまで自分自身を再生し続ける術があったハズ。その術は発動中ずっと意識を失う術...。

魔力が尽きるまで起きる事はないので使う人などいないが.....、そういう事か。



「星さん達でハロルドがもう完全大丈夫って解る人いる!?あの、なんだっけあるじゃん!そーゆー治癒術...めでたくなる みたいなさ」


「メディケ スペクタクル...ですか?」


恐る恐る答える星霊にわたしは頷くと「使えます」と答えた。


「よっしゃ!それを15分おきに使ってハロルドの状態をわたしに教えて、他の人は治癒術をやめて離れて」


そう言って苦酸っぱい魔力回復ポーションを一気に飲みハロルドの近くへ。


「...はぁはぁ...、エミちゃ、何するの?」


長時間治癒術を使っていたワタポは息を切らしている。呼吸を整えつつわたしの行動を気にして質問してきたので短く答えた。


「リチャる」


「...リチャル?」


次はプーが喋る。頷きすぐに詠唱、魔術を発動した。

わたしの身体から光の様なオーラが出てハロルド移動する。

自身の魔力を対象に送り与える魔術 マナリチャージ。


使用者がリチャを自ら解除、または魔力が尽きるまで発動し続ける魔術だ。

そしてわたしは詠唱中、発動中に自由に動ける為もし魔力が尽きそうになっても回復ポーションを飲めば問題ない。

メディケ スペクタクルでハロルドの状態を診てもらい心臓の再生が終了した時、マナリチャージをやめハロルドの魔力が尽きるのを待てばいい。


突き刺された時に咄嗟にこの再生術を詠唱、発動させる人が存在していたとは....死ぬ危険がある状態なら迷わずその場で心臓だけを再生させる術を選ぶ。勿論 あの乙女座がそれを黙ってやらせるとは思えないが....この自己再生術を選ぶよりは生存率は遥かに高い。何せ術が成功すれば死ぬ事だけは避けられるのだから。しかしハロルドはこの自己再生術、自身の魔力が底をつくまで目覚める事が出来ない術を選び発動した。

この術は狙った部分を再生させる術ではなく、全体的に再生させる術。心臓も勿論再生対象ではあるが、その他の傷等も対象になるので心臓が再生する前に魔力が尽きてしまう。


わたしはケットシーの森で魔術の質を調べその質や特性を見抜いた。シケットでは「相手に自分の魔力をあげる魔術使えるし!」と言った。


ここでエミリオは空気中のマナの変化も感知できる。という答えに辿り着き魔力を与える事も出来ると言ったのを覚えていたのか...頭の回転が早いからこそ、この術を使った方が生存率が高いと判断できたのだろう。


さすがハロルド。

殺しても死なないとはこの事を言うのか。


わたしは声を出さず笑い、近くにあった紙へ文字を書きマナリチャージに集中した。



「残りの2戦、絶対勝って....うん。勝つよ」


「ボクも。エミちゃんはひぃちゃんをよろしくね。行こうワタポ」


「うん」


「私もにゃおったし応援するニャ!クゥも一緒に応援ニャ!」




2人とも、絶対勝って。

あのムカつく金髪とウザい双子座をブッ飛ばしてきて!



控え室からみんなを見送った時、2人の、ワタポとプーの表情に驚いた。


今まで1度も見た事ない研ぎ澄まされた鋭い表情のワタポと、先程の姿からは想像出来ない...いや普段の姿からも想像出来ない 燃える様に冷たい瞳を揺らすプー。



「フロー」


「?」


「猫族の問題にゃのに...」


「バウ!」


「ニャ!?...クゥ...んーにゃ、行ってくるニャ!そっちは任せたにゃん!」




巻き込んでごめん。と言おうとしたのか?

巻き込まれたなんて誰1人思ってないし、わたし達はわたし達の意思でここに来た。

全部 取り戻すんでしょ?

朝も ゆりぽよの大切な何かも。


わたしはここで終わる気はないし、ハロルドだってまだ飛べる。

サクッと終わらせて みんな笑って太陽の下でアイスでも食べようぜ。




その時もう1度 エアリアル 見せてよね ハロルド。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る