◆51




ボクの中にある忘れたいでも忘れちゃいけない記憶の蓋が無理矢理こじ開けられた。


あの日と同じ月が見える夜。

白系の髪の毛。重く赤い液体。

細い喉を無理矢理通り吐き出される声にならない声。

処理が追い付かない脳。

閉じない瞳。震える身体。

呼吸さえ満足に出来なくなる。そして動かなくなる自分。


頭の中で青白い火花が何度も、何度もスパークする感覚。


また、何も考えられなく、何も解らなくなりそうだった。

ただ1つ。

アイツを、ボクから大切なモノを奪おうとした乙女座をボクは...壊したいと思った。


そんなボクを、黒い海の中で膝を抱え震えるボクを強引に引き上げる手。

あの時とは違う。

今は1人じゃない。

あの時とは違う。

もうボクは見てるだけじゃない。

あの時とは違う。

もう...何も 失いたくない。


「....行こうワタポ」


大切なモノは全部守る。

強くなって全部守って、そして願いを。

の最後の願いを叶えるんだ。


ひぃちゃんもワタポもエミちゃんも大切なモノ。

ゆりぽよ も 猫人族の空も大切なモノだ。


エミちゃんがひぃちゃんを助けてくれる。

ボクが今やるべき事はひぃちゃんを傷付けた乙女座を怨む事じゃない。


朝を取り戻す為に戦う事だ。



「....!!来ましたぁぁぁっ!傷付けられた仲間の為に、再び剣を持ちこの戦場へ舞い戻る!これが人間の...仲間を思う者の儚くも美しい想い!!感動!...しかし!我々星霊も傷付けられた仲間の為に戦うのだ!!同じ感情がぶつかり合う中での第四回戦目か始まるっっっ!!」



「残ったのは金髪だけかよ...おい!そこの黄金色」


腕くみした大男がボク達を見て叫んだ。黄金色...ボクの事か。


「お前はいつ出る?その細いオモチャごと潰してやるよ」


細いオモチャ。

ボクが持つ武器の事か。


「...プンちゃ...。行っておいで」


答えず前へ進むとワタポが一瞬ボクの名前を呼び、そして送り出してくれた。


ボクを狙ってくれるのはありがたい。

最初に戦いたい相手を決めた時ボクはあの男を選んだ。

そして今は 最初の時以上にあの男と戦いたいと思う。


入るな。とあの男は叫んだ。

入ったら負けだぞ でもよかったハズだ。

アイツの眼は十二星座の中で一番、人を傷付けて人から大切なモノを奪う事を望んでいる眼だ。


闘技会場で背中にあるカタナに触れ、大男へ言う。


竜刀りゅうとう...この武器はキミじゃ折れないよ」


この武器は竜騎士族の里に残されていたカタナ。

あの夜が終わり、ひぃちゃんと出会い、色々な人に助けてもらって...ボクはもう1度里へ戻った。

あの夜の事が夢だったら...なんて想いを抱いて戻った訳じゃない。

みんなに ボクは生きてる。と、みんなに...謝る為にボクは里へ戻った。

その時このカタナを見つけた。


瓦礫の中で、ボクを呼ぶ様にこのカタナが待っていた。


ボクのせいで里は、みんなは、殺された。

誰でもいいからボクを許してほしいと泣き叫んでいた。

でもそれは責任を、罪を、願いを、放棄する事。


もう逃げない。

もう失わない。

罪を背負って、ボクみたいな人を生まない為に。

同じ事を2度とさせない為に。

そして...願いを叶えてあげる為にボクはこのカタナを手に取った。



「入ってきなよ。キミのその武器とボクの....。どっちが上か教えてあげる」



「おおぉぉぉっ!黄金色の少女は恐れを知らないのか!?十二星座1凶悪な獅子座リーオウを挑発したぁぁぁっ!謝るなら今だぞ黄金少女!さぁ早く一言、ごめんなさい。と!!!」



獅子座...リーオウ。

それがボクの相手の名前か。



「ごめんなさい...ボクが進む道の先には...キミの存在は見えないんだ」


「こ、こ、これはマズイぞぉぉぉ!!リーオウ相手に眼中無し発言!!あどけない表情で恐れ知らずの言葉を吐き出したぁぁぁっ!!」



傷付け奪う事を望む様な獰猛な笑みを浮かべ戦場へ現れた獅子座のリーオウ。

あの表情でボクを怖じ気つかせるつもりだったのかな?

でも...傷付け奪う事が当たり前の本物はそんなカワイイ顔で笑わないよ。

本物は...傷付ける や 奪う なんて事、1ミリも考えない。

ただ思うままに、望む様に、全部を奪うのが...あの夜ボクから全部奪い去ったアイツの表情...本物の殺人者の表情だ。



「死んでも知らねぇぞ」


両手持ちの大剣を片手で軽々と抜き、1度振り男は言う。

早く始めたい。そして早く終わらせたい。


「死んだらそっちの勝ちでしょ?それじゃあ...ボクがキミを殺したら、ボクの勝ち?」


死んだ場合 ではなく殺した場合の判定はどうなるのか...それを確認しておきたい。

獅子座は1度眉を歪め、そして大きく笑った。続くかの様に会場内が笑う。


「意識を奪ったら、場外に落としたら、殺したら、お前の勝ちだ」


「降参は?」


「降参した場合も勝ちだ、俺は降参なんてしねぇけどな」



片手で軽々と振った太く厚い大剣を両手で持ち獲物を喰い殺す勢いで攻めてくる獅子座。


気絶、場外、殺し、降参。


この4つが確実に勝利できる条件なのか。


勝利条件を再確認していると獅子座はもう眼の前まで到着、大剣を振り下ろしていた。

空気を斬る、ではなく空気を圧し潰す。

首へ食らい付いた時に獣達が浮かべる感情を眼に宿し、大剣は地面を粉砕した。


「剣術を使わなかったのは正解だね...次はボクの番かな?」


獅子座の背後に回り込み問い掛け背中のカタナを抜刀。

抜刀時の勢いのままカタナを振り下ろすも大剣に防がれる。

すぐ攻撃は移り大剣を荒々しく横一閃に振る。が、遅い。


「またボクの番だね」


再び背後へ回りカタナを。

同じ様に防がれ、攻守が交代し、また背後へ回る。

これを数回わざと繰り返し、ボクは離れ言った。


「どうしたの?潰すんじゃないの?」


「...?、おいおい何の魔術だよその眼」


男の口元は笑っているが眼には恐れ、額には汗粒が見える。


「あぁ、これは気にしないで。魔術でも何でもないから」


笑う様に答えカタナを指先でクルクルと回す。


黄金色の髪と瞳。

それが普段のボク。

でも今は 黄金色の髪に赤い瞳。

突然眼の色が変わると誰だって驚き、魔術ではないのかと疑う。


でもこれは魔術じゃない。


「ひぃちゃんの様子が気になるなぁ...。そろそろ終わりにするね」



小さな破裂音と同時にボクの全身を小さく突き刺す痛み。

景色が早送りの様に流れる中で一点だけを、獅子座だけを捕らえる赤い瞳。

眼球の中心がキュッと締まる様な感覚。

右手に持つ竜刀の刃が纏う無色光を塗り潰す様に青白く荒い光が包む。

その光さえも置き去りに。


青白い月の華を描く様に四方八方から斬り裂く。

何連続なのか自分でも解らない。カタナを振る度に音を立てて空気が揺れる。


剣術 雷月華らいげっか



破裂音、青白い光、赤い瞳。

これは魔術でも剣術でもなく、ボクが持つ特種能力...ディアの力。


雷が全身から溢れるディア。

ディア中は瞳が赤く、髪が銀色に染まり耳と尻尾が出る。でも今完全に発動しているワケじゃないから瞳の色が変わるだけ。

エンハンス....自分強化系のディアだ。

ボクのディアがあって初めて完成したオリジナルの剣術。


雷の速度で移動し、雷の威力を乗せて斬り、1度でもヒットすれば麻痺が蓄積される。

この速度でも相手を捕らえる事が出来るこの瞳がなければ今頃場外だ。


何度も斬り、離れ、斬り、を繰り返す疾雷の中で獅子座リーオウは大剣を荒く振り回した。

ビックリするほど麻痺耐性が高い...。

動く、適当でも剣を振り回すと思っていなかったボクは一瞬反応が遅れギリギリのタイミングで大剣を回避。

身体にはヒットしなかったが靡いていた後ろ髪が、三つ編みが斬り飛ばされる。


この剣術中に反撃してくる人がいる。今まで知れなかった事を知れたよ。

ありがとう。


全身から雷を更に溢れさせ速度を加速させ斬る。

カタナの無色光が弱く小さくなった頃、獅子座はもう動かない。麻痺...か気絶か。

剣術が終わる瞬間にボクはもう1つの剣術を使った。


単発重剣術 孤月。


雷を纏う三日月が獅子座を綺麗に両断した。



「....こ、これは...ど、どう...」


孤月で2つに斬り離された獅子座をみて言葉を失う司会星霊。


動きを止めた時点てまボクから溢れていた雷は消える。

正確にはディアをボクの意思で消した だ。

昔は操れなかったディアも今では操る事が出来る。


「....これボクの勝ち?まだ?」


獅子座、司会星霊に問い掛けるも返事、答えはない。


数回斬り離した程度じゃ死なないと思うし...気絶でもないのかな?

場外に出すといっても...持ち上げられないし...降参もしてくれない。


「...じゃあ仕方ないね。殺しちゃうね?」


自分の身長より長いカタナを数回、指先で回し獅子座の前へ移動。

片手で握ったカタナを一気に振り下ろそうとした時 震える声が闘技場に響き渡る。


「やめろ!!」


「...キミは..弓使いの..射手座さんだったね?」


「リーオウは気絶状態...お前の勝ちだ」


その言葉を聞き、ボクは次に司会星霊を見る。


「しょ、勝者は黄金色の少女!」


今までの実況に比べればあまりにも短い言葉。でも充分か言葉。



「~~~っ...はぁ~...。殺しちゃうね なんて言わせないでよ。ボクは誰も殺したくないし誰かから何かを奪ったりしたくないんだ。この獅子座さんにも大切な何かがあると思うし...獅子座さんを大切だと思う人も存在すると思う。キミ達も暇潰しとか言って他人の大切なモノを奪ったり壊したりするのは辞めなよ。そーゆー所にボクは怒ってるんだよ!」



「...偽善者?」


「偽善者!本心では殺して奪って笑いたいんだ!」


「なん...っ、ボクはそんな」


「プンちゃお疲れ様!次はワタシだね...よろしくね双子座ちゃん」


「...この人も偽善者?」


「偽善者!顔で笑って本心では殺したくて奪いたくて、酷い顔してる!」



「「...ムカつくから殺しちゃお」」





あー、もう!

なんでワタシの相手は変な性格の人ばっかりなの。

エミちゃも どっちかと言えば変な性格だし、ネフィラも褒められる性格じゃないし...この双子なんて性格悪いし。

怒ってる人を煽って火に油だよ。

もぉ...。


「プンちゃお疲れ様!次はワタシだね...よろしくね双子座ちゃん」


これで ターゲットはワタシになるかな?戦闘へ気持ちも変わればいいけど..。


「...この人も偽善者?」


「偽善者!顔で笑って本心では殺したくて奪いたくて、酷い顔してる!」



気持ちは変わらなかったー!

まぁ...でも、まだ幼いし精神的な面もこれから成長するよね。


カワイイ顔してるのに変な言葉ばっかり覚えて...星霊ではどんな教育をしてるの?大人がちゃんと子供を見てあげないからダメなんじゃないの?



「「...ムカつくから殺しちゃお」」



ハモったー!殺されるー!

...はぁ、仕方ない。ワタシがこの子達の相手を確りしてあげよう。



準備すると言って1度ラインの外へ。

戦う準備は出来てるけど、その前に。



「プンちゃは控え室に行きなよ」


「え?...でも」


「ゆりぽよ が応援してくれるから大丈夫!」


「応援するニャ!それにぃ控え室のモニゅターで試合見れるニャ」


「そそ。それと...エミちゃだけ残すのは...ほら」


「...ありがとう、絶対勝ってね!」


「ん!また後で!」


「転ぶにゃよぉーん!またニャ」




あれだけの速度で動き回っても全く疲れてない...プンちゃってスポーツ好きそうだなぁ。


「ワタにゃ!」


もう1度ラインの先へ行こうとするワタシを呼び止め、ポケットをゴソゴソする ゆりぽよ。

なんだろう...?


「んにゃ」


「ん?...えっと」


「アメにゃ。コレあげるから頑張るニャ!」


「クアゥ!」


「えっと...うん2人ともアリガトウ」


緑の包み紙に入ったアメ玉を3つ貰った...変な文字が書かれているけど...全く読めない。

緊張しないでって事かな?

ありがとう。



アメ玉をポケットへ入れ今度こそラインを越えた。



「遅いー!遅い遅い!おーそーいー!」


「...本当に遅い」



はぁ。ワガママと言うか...なんか...エミちゃを砕いた様な2人だ。


「ワタシはワタポ、2人は?」


「...カトル」


「ポルク!ポルクだよ!」



あ、素直に答えてくれるのね。


タレ目ちゃんで前髪を下ろしてる恥ずかしがりっぽい方が カトル。


前髪をキューレさん見たいに結んで上げてる元気のいい方が ポルク。


2人とも真っ白な髪と青い瞳...カワイイ。



「早くやろ!早く早く!すぐ終わるけど早く!」


「...すぐ終わるね...弱そう」



カワイイけど毒が強い...メンタルズタズタになりそう。



「はいはい、今から始めるから...。よろしくね」



灼熱の剣をゆっくり抜刀すると双子座も背腰から武器を。

磨き上げられた短剣を1本ずつ握る。


カトルちゃんの方は刃がギザギザ...と言うのは違うかな...刀身に尖り?針?棘?が3ヵ所...あの形状はデバフあり、特種効果武具エクストラウェポンか。


ポルクちゃんの短剣はストレートなモノ。でもカトルちゃんの武器よりレベル、ランクは遥かに上 か。



交互にくるのか、同時にくるのか、それは解らない。

でも...あの身長で短剣使いは9割 素早い。



「....、ふぅーー。よし」



「いい?いくよ!いくよ!」


「...よーい」



「「...、ドン」」





お互いの声を合図に双子座は同時にスタートした。




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