弱者と銃(妄想のなかの英雄)

 世界なんていますぐに終わってしまえばいい。いつでもアキシキはそう思っているし、それはどこでもそうだ。アキシキは昼休みが始まると、通っている高校のトイレの個室に駆け込み、ハンドルネーム――もっともアキシキはそのハンドルネームしか知らないのだが――Z・Zから手に入れたプラスティック製の一見おもちゃに見える拳銃を手にして、それを眺めながらうっとりと世界の終わりについて妄想を巡らせる。おもちゃのように見えるプラスティック製とは言えアキシキのもっている拳銃は3Dプリンターで作られた実際に38口径の弾丸が撃てるもので、Z・Zお手製の業物だ。アキシキはアングラサイトでガンマイスターのZ・Zと接触し、紆余曲折を経てそれを手に入れたのだった。


 だけど、弾丸がない。弾がない拳銃など、ただの飾りだ。でもアキシキはそれを気に入っていたし、いつでも彼のカバンにそれをしまっている。

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。それを聞くとアキシキは拳銃をカバンに突っ込むとわざわざトイレの水を流してから何食わぬ顔をして個室から出た。これから退屈な午後の授業だ。

「よう、アキシキ、お前、また便所飯か? 汚ねえなぁ」

 トイレから出てきたところで嫌なクラスメイトと鉢合わせ、カバンを見てそのクラスメイトがアキシキを揶揄する。事実昼食はトイレの個室で食べたのであながち嘘ではない。けれどこの中には弁当の他にも……。


 バーン。


 アキシキはそのクラスメイトをカバンに隠している拳銃で撃ち殺す妄想でその揶揄を受け流す。

 バーンバーン、バーン。

 さらに妄想の銃弾はあちこちに飛び、それをおかしそうに見ている女子の一群や気にもとめないでのんびり歩いている男子にもあたりちらすように当たってゆく。バタバタバタ。妄想の中で人は倒れ、そうして現実の世界では何も起きない。当たり前のことが起こり当たり前じゃないことは起こらない。けれどいつかそれを当たり前のことにする。そう、38口径の弾丸さえ手に入れば。そうしてアキシキは弾丸さえ手に入ればすぐにでもそうするつもりだった。


 弾丸を手に入れて人を撃ち始めればきっと自分は殺されるだろう。殺されないまでもおそらく死刑になるだろう。それは世界の終わりと同じことだ。少年法など知ったことか。アキシキは殺したがっていたし、言い換えれば同じくらい死にたがっていた。

 アキシキのことをもう少し語ろう。アキシキは前にも述べたがひ弱な少年だ。背も低く、痩せこけて力もない。虚弱体質だと自分でもそう思っているし、周りの評価も同じであった。


 そんなアキシキも最初は大きなボウイナイフをカバンに入れていたのだ。そして同じように毎日毎日昼になるとトイレでその大きすぎるナイフを両手に持って妄想していた。けれどもそこにはほころびがあった。彼は妄想にうまく入り込めなかった。自分がひ弱でナイフを人に殺すほど突き立てる力も機敏さもないことを痛いくらい知っていたからだ。だからさらなる武器を求めた。そうしてたどり着いたのがアングラサイトで出会ったZ・Zの拳銃だった。ナイフはあっさり拳銃に変わり、そうしてアキシキは本当にうっとりできる時間を手に入れることができた。


 けれどもアキシキは知らない。銃をまともに撃つにもナイフほどではないが筋力がいることを。そしてそれを自分が持ち合わせてないことを。さらにはZ・Zお手製のプラスティック製拳銃もせいぜいまともに撃てるのは1発程度のか弱い代物でしかないことを。(それは素材のせいであってどうしようもないことなのだ)つまり彼の妄想は結局妄想でしかなく、Z・Zの拳銃はアキシキをうっとりさせる以外に何の意味も価値もなかった。


 妄想から妄想へ。アキシキは必死にそれにしがみつき弾丸はいっこうに手に入らないまま成長し、高校を卒業するとフリーターになった。そこも嫌になり辞め、引きこもりをはじめ親に家を追い出され、裏社会の片隅を覗き恐れおののいて引き返し、それでもようやく手に入れた弾丸をアキシキは自分自身に使った。Z・Zのピストルは役目を見事に果たし彼の命を奪い、そして自壊した。

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