飼い慣らされた僕ら(支配するものとされるもの)

 ある朝、偉大なるカピタンが言葉を投げかけられ、右腕に大きなあざのあるトンレサップ達は皆、一様に頭(こうべ)を垂れた。次にカピタンは筋肉の塊のような巨体のトンレサップ達に仕事を言い渡された。それは金色の箔を塗られた箱を折る仕事で、隆々とした筋肉をしならせてトンレサップ達は勢いよく箱を折る作業に従事した。やがて日が落ち、また昇り、それが繰り返され、トンレサップ達の利き腕の右手がみな疲労で動かなくなった頃、カピタンはそれをやめて休むように言った。それすら言わなければ大きな体のトンレサップ達は何も理解せずいつまでも働き続けるのだ。つまり彼らは皆決まり切ったように愚鈍であった。それをはじめから知っていておしまいまで理解している素晴らしいカピタンは一人、やれやれと心の中でため息をついた。偉大なるカピタンは孤独だった。ここにいるのは右腕に大きなあざのある間抜けなトンレサップばかり。勇気あるカピタンはそんな馬鹿で醜いトンレサップまみれのこの世界で、ひとり正気を保っていられる存在だった。それともとうの昔に狂っていたかもしれない。


 カピタンはトンレサップ達の筋力が回復するまで仕事を休ませた。ぐうぐうと夢を見て眠るトンレサップ達を尻目に眠りもせずに働き続け、できあがった箱も指定された場所へ運んでしまった。そして折り目のついた紙をこれも指定された場所から調達してきた。これを全部一人でやった。そうである。カピタンこそ本当の働き者だった。そして日が昇り、疲れがとれたトンレサップ達にまた言葉を投げかけ、再び箱を折るように命令をした。


 疲れもしないカピタンは思う。自分が疲れたら誰が休めと言ってくれるんだろうか。自分が気が抜けてしまったら誰がそれを癒やしてくれるんだろうか、と。その言葉に返事はなく、カピタンは今日も働いている。能率が落ちると馬鹿でのろまのトンレサップ達を休ませ、彼らが寝ているうちに仕事をてきぱきとこなしてゆく。いったい何のためにだろう。箱を運ぶ。紙をもらう。それも決められた場所に物を置き、物をとるだけだ。しかしあるときカピタンは箱を置く際にその箱を取りに来たもう一人のカピタンに出会った。


「俺?」


 カピタンは叫んだが、自分にそっくりなもうひとりのカピタンは疲れたように頭(かぶり)を振ると、まるで何事もなかったかの体を縮こませてその場を去って行った。カピタンはそれを黙って見送るしかできなかった。そんなことが何度かあった。

 一方トンレサップである。実はあざのあるなしにかかわらず、全てのトンレサップは夢の中でお互いつながっていたのだ。そしてこの工場があまり意味がなく、ただ右腕にあざのあるトンレサップを達を適度に疲れさせるためにあることを知っていた。右腕にあざのあるタイプのトンレサップは知識に劣る除外品として誕生したのだった。それは製造時に間違ったデータが混入したためで、きらきらと輝くトンレサップ達は彼らをカピタンタイプのロボットに統制させて簡単な仕事に従事させた。廃棄はされなかった。あざがあろうがなかろうが、トンレサップには生きる権利があった。それはカピタンにはないものだった。それに、適度に働くと右腕にあざのあるトンレサップは素晴らしい夢を外にいるトンレサップ達にもたらすことを知っていたのだ。それはそれは素晴らしい夢で、外にいるトンレサップ達はみなその夢のことを明けても暮れても語り合っているほどであった。


 月日は流れ、とうとうと流れ、疲れを知らないとはいえ、さすがのカピタンにもミスが目立つようになった。ミスと言ってもトンレサップ達を働かせすぎたぐらいである。しかしそれは、それだけは決して許されることではなかった。夢にノイズが走るし、そして何よりも生きるトンレサップの権利を侵害していた。右腕にあざのあるトンレサップ達は夢の中で外のトンレサップ達とつながり暴虐を訴え、夢を見ない常に目覚めているカピタンは新しく取り替えられることになった。


 いよいよカピタンが廃棄されるときが来た。右腕にあざのあるトンレサップ達が眠っているのを見計らって、いままでカピタンが見たどのトンレサップとも体のつくりが違う、きらきらと輝く美しいトンレサップが新しいカピタンを抱えてやってきたのだ。そしてまだ起動しているカピタンをその胸に抱えたのだ。カピタンは抵抗するなんてことはできなかった。ただ頭の中で警告ががんがん鳴っていた。


 抵抗してはいけない!

 しかし自分は危機的状況にある!

 どうすればいい!

と。


 すると自分の記憶から自分も知らない太古の言葉が流れ出してきた。

 なにもしてはいけない!

 “終わり”が来たのだ!

と。


 そして小脇に抱えられたカピタンはまだ電源の入ってない真新しい自分の顔、姿に見送られ初めて工場の外に出た。――今まで見たことのないまぶしさにカピタンは身をよじる。光の黄金都市がそこにそびえ立っていた。よくみると都市の壁はあの箱でできていた。箱が積み重なって形を作り、その黄金の高みを形成していることがカピタンの旧型ロボットにしては良くできた目に映った。そうしてその作業に従事している自分と同じ顔のカピタン達。自分たちが命令して作ってきた箱が、こんな無意味で荘厳なことに使われていたのだなとカピタンは初めて知った。そんなときだった。きらきらと輝く美しいトンレサップがカピタンの電源を落としたのは。そしてカピタンは動かなくなった。きらきらと美しく輝くトンレサップはこの動かなくなったゴミを一度溶かしてまた新しいカピタンタイプのロボットの原料とした。ロボットを作るのもまたカピタン達であった。


 右腕にあざのあるトンレサップ達は眠っており、そして起き、また彼らの気づかないうちに新しく取り替えられたカピタンに指導されて変わることのない作業に没頭した。外にいるきらきらと輝く美しいトンレサップ達も眠り、右腕にあざのあるトンレサップ達と夢を共有し、その素晴らしさに感動し、目を覚ますと互いに語り合った。箱でできた塔はさらに高く高く積み上げられ、きらきらと輝くそれは全てのトンレサップ達が見る夢の代償であった。トンレサップは眠り、夢を見、カピタンタイプのロボットが、えんえんと塔を高く積み上げてゆく。いずれそれがトンレサップの住む世界に雪崩を打って襲いかかり、彼らの世界を全て壊してしまうまで。

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