バンシー(少年と少女と幻想世界)

 遠い野原の小さな高原には朝露と共に生まれ日没と共に死んでゆく少女達がいる。少年はある日そんな少女のうちの一人と恋に落ちた。

「あした、また、ここで」

 夕暮れ時にそういう少年に少女は笑う。

「わたしに明日はないの」

 少年は別れたくないと思った。近くにあった庵に死にゆくはずの少女を誘い、その命を引き延ばそうと試みた。

 驚くべきことに試みは成功し、二日目の朝を迎えた少女もまた驚いた。そうして嬉しそうに少年に言った。

「朝がこんなに美しいものだったなんて」

 少年はその言葉だけで報われれば良かったのだ。けれど少年は少女ともっと生きたいと願うようになった。少年は庵に篭もりどうしたら良いのか考えた。やがて方法が見つかった。それは非常な苦労を伴うものであった。

 けれども少年は朝生まれて夕べに死ぬ少女を一日でも長く生かしていくのに、どれだけの苦労でもするつもりだった。だけども苦しいのは死にゆくはずの少女だった。彼女にとって引き延ばされた生は苦しみでしかなかった。先延ばしにされて行く生は少女に苦しみしか産まなかった。それでも少年のためならばと、一日一日を過ごしていった。恋に落ちたことをよすがに生き続けた。この先に何があるのか、誰も知らなかった。生きて行く先に何があるのかも。

 少年は夢を語った。未来を語った。いつか二人で幸せになろうと。けれど実際には今こそが幸せなのだった。少女を生かしておくための苦労はそれはそれは大変なものだったが、それを少女に語ることはなかった。

 代わりに少女は過去を語った。朝露と共に生まれ日没と共に死ぬことを疑いもしなかった頃の自分を語った。今の苦痛については語らなかった。

 二人の会話はかみ合わなかったけれど、そこになにがしかの幸せはあった。けれどそれもつかの間のことだった。

 少女は苦痛に倦み、少年も苦労に飽いた。幸せはどこかに吹き飛んでいった。少女は激痛を語り少年は苦労を語った。これまでのことが無駄だと互いに知った。

 そうしておしまいになった。少年は少女を生き続けさせるのを止め、少女は激痛を隠さなくなった。それも今日の日没になればおしまいのはずだった。

 最後の瞬間、少年は自分を責めていた。自分の苦労など棚に上げて自分が少女に与えていた苦痛を思い、己の浅はかさを責めていた。少女の心も凪いでいた。苦痛はいまだ続いていたが、あとは存在が消えゆくだけだった。少女は初めて少年のことを心から思った。最初の日のことを思った。恋に落ちた日のことを思った。少女は優しい笑みを浮かべたが少年はそれを見ることはなかった。

 少女は死んだ。けれども少年は嘆き悲しむのを止めなかった。後悔の念に囚われてしまった。老人になっても嘆き悲しみ、野原の側の庵で、一日限りで死んでゆく少女達目当てに寄ってくる少年達を追い払った。二度と自分のような思いをする少年が出ないように。

 やがてかつて少年だった老人は少年達の一人によって頭を割られて死んだ。そして未来の少年はまた、少女達と恋に落ちる。

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