第33話 あれからひと月

「それにしてもすることがないなぁ」


 あれからひと月。

 人族王国ルグレシアで日々を過ごすオレはのんびりとした時間を過ごしていた。


「何もないということは平和でいいことではありませんか? 天士様」


「まあ、確かにそうだな」


 部屋でのんびり過ごすオレの傍らにはエルフ族の少女イノの姿もある。

 彼女はあれからもオレ専属のメイドとしてこうして一緒に過ごすことが多くなった。

 オレとしてはイノには自由に過ごして欲しいのだが、本人いわくオレにお仕えする方が幸せとのことなので、彼女の意思を尊重する結果となった。


「しかし、こうすることがないとなぁ……。前みたいにどこかの国とスポーツ勝負でもあるといいんだが」


「確かにスポーツをやっている時の天士様は一番輝いておりますわ。ですが、スポーツ勝負ともなると双方ともに何かを失う危険もありますので、普通はそうそう行うものではありませんから」


 イノの言うとおり、この世界のスポーツは双方契約の元に行われ、その結果勝者は敗者から様々なものを得られる。

 それは領土であったり、財であったり、あるいは人であったり。

 まさにスポーツによる勝負で国力が変化する世界。それがこの異世界なのだ。

 確かにオレがミーティアのいる人族王国に属している以上、暇だからという理由で他国とスポーツするわけにもいかないか。


「あ、ですが練習試合とかなら可能かもしれません」


「え、練習試合あるの?」


 思わぬイノのセリフに飛びつくオレ。


「はい。近々メル・ド・レーンスポーツ大会が始まりますから、それに向けての練習試合として他国同士のスポーツ勝負をすると聞きます。ただそうした練習試合は強国同士が行うものですから、天士様や私が所属しているこの人族王国との試合を受けてくれる国があるかどうかは……」


 あー、なるほど。確かにこの人族の王国は他国と比べて弱小種族の集まりとして見下されている。

 そんな国と練習試合をしてくれる国はないか。

 とは言え、やるに越したことはないのではないだろうか。

 そのメル・ド・レーンスポーツ大会にも興味はあるし、ミーティアに相談だけでもしてみよう。

 そう思ってオレはイノを連れて、ミーティアのいる部屋へと向かう。


「ミーティア。今いるかー?」


「ふえ!? て、天士様!?」


 なにやら扉の向こうからガタガタと慌てる音が聞こえる。

 一体どうしたのだろうか?


「どうしたんだ、ミーティア? なにかあったのか? 随分慌てた様子だが」


 気になって扉を開けるとそこではベッドの上でタオルを握り締めているミーティアの姿があった。


「て、てててて天士様! き、ききき急に開けられてはわた、わたわた私も慌てますよ!?」


 なにやらものすごく混乱した様子だ。

 顔中真っ赤でベッドも乱れている。

 そして、よく見るとミーティアが握っているタオルになにやら見覚えがあるような……。


「あれ、ミーティア。それひょっとしてオレのタオルじゃ?」


 オレがそう質問すると彼女はギクリとした顔をして硬直する。

 そうだ。昨日、暇だったので近くの山をマラソンした時に使ったタオルだ。

 マラソンを終えた後、イノに洗濯してもらおうと洗濯カゴの中に入れていたのだが、今日聞いたところ、そんなタオルはなかったとイノに言われていた。

 それがなぜミーティアの手に……?


「あ、あれー!? へ、変ですねー!! ど、どうして天士様のタオルがこんなところにー!? あ、ああー! そっかー! 風で飛ばされて私の部屋のベランダにきたんですねー! 偶然ですー! と、というわけで天士様のタオルは無事、安全に厳重に私が保管していたので問題ありませんよ! ええ!」


 そう言ってものすごい勢いでオレに近づいてタオルを返してくれた。


「え、あ、ああ、そうか。助かったよ。ミーティア」


「い、いえいえ! それほどのことはありません!」


 となぜか彼女はうろたえた様子でオレから離れる。

 ちなみに隣ではイノが「……王女様。ずるい」とジト目で見ていた。


「ああ、そうだ。それよりもミーティア。他国との練習試合って組めるかな?」


「練習試合、ですか? どこからその話を聞いたのですか。まだその要請は今朝入ったばかりなのですが」


「へ? 今朝?」


 思わぬミーティアからの返しにオレとイノが顔を見合わせる。


「あれ? 違うのですか? 実は今朝、ドラゴン族の王国ドラグニアから練習試合の要請があったのです。それも天士様、あなたを名指しにして」


 思わぬ国からの要請は、オレに新たなるスポーツ勝負の予感を漂わせていた。

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