ポンコツロボットとニート少女

まつやに。

第1話 「働きたくない少女と働き者のロボ」

 蒸気機関が大きく発達したこの世界はロボットと人間が共存し、互いに手を取り合って生活していた。ロボットが危険な労働現場や技術を人間に提供し、人間はロボットの身体を直したり鋼鉄の手では勤まらないより感覚的な仕事に従事するようになった。だが異常なほどに成長を続けるこの世界に対し、労働者の数が徐々に足りなくなってきた。その為労働が出来る様になる最低年齢が大きく引き下げられ、十才で会社や工場に勤めるのが当たり前になっていた。

 しかしそれでも就労を拒む者もいる。そのような人間は社会的に最低の扱いを受け、大きな迫害と罵倒を受ける。対してロボット達は造られた段階でプログラムが書き込まれるためにそのような品種は存在しない。過酷な労働に疑問を持たずにひたすら動き続ける機械となる。

 町の堀の中はゴミとガラクタが不法投棄された荒れ地になっている。人間たちが捨てた生活排水や生ごみ、ロボットたちが捨てた油と不要になった部品の数々が落とされ山の様に積み上がっていた。悪臭が漂い排水と油が入り交じった泥を浴びた鉄製の腕。こんなところに誰もやってこない。

 しかし今日は違った。堀の中に一人の少女が投げ込まれた。汚れたつなぎを着た少女は三人の少年の手によって堀の中へ落とされた様だった。堀の上から少年たちが少女を罵倒し嘲笑っている。

「いい気味だなルウ。ろくに話せる友人も居なくて無職のお前にはお似合いの住処じゃないか」

「十三にもなって未だに働かずにガラクタ弄りばかりしているお前なんか社会のゴミそのものじゃないか! ゴミはゴミ捨て場にって親から教わらなかったのか? だが、ここはいいところだ。好きなだけがガラクタ弄りができるぜ、死ぬまでなぁ」

「おいおい、言ってやるなよ。ルウの両親は死んじまったんだぜ。労働に耐えきれずに身体を壊した負け犬さ。負け犬の股から生まれた負け子犬のルウちゃんは何にも知らないのさ」

 ルウと呼ばれた少女は見下ろす少年たちを強く睨み付ける。少年たちにはそれが面白くないようで、ルウに泥を投げつける。何もできないルウは頭を守るようにただ丸くなって収まるのを待つしかなかった。

「けっ、二度とゴミが町に戻るんじゃねーぞ。社会は貢献してる奴しか認めてくれないんだからな」

 少年たちは反論も身動きもしないルウに飽きたのか泥を投げるのを辞め立ち去って行った。静かになった堀の中で少女が身体や衣服に付いた泥を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。

「全く、自我を持たないアホ共が……。好き勝手してくれちゃってまぁ、数少ない服が台無しだわこんちくしょー」

 ルウは薄汚れたゴーグルのレンズを拭って歩き出す。堀の異臭に顔をしかめて、腕で鼻を塞ぐ。

「うっ、さすが町の掃き溜め。鼻がひん曲がりそう。早くどこか上れるところを探さないと……」

 瓦礫を避けながら堀の中を進んでいく。堀の中は相変わらず異臭と泥水ばかりで歩くルウの足元を取られ気も滅入ってしまう。堀は広く町の周りを一周しているため歩いても歩いても進んだ気にならない。

「どこに出口あるんだよ。昔に堀を作った人間はどうやって出たんだ……ん?」

 見つからない出口に愚痴をこぼしているとルウの視界の先にある瓦礫の山の中に黄色く光るものを見つけた。ルウは瓦礫に駆け寄ると掘り起こす。

「お、重いー。か弱い女の子に働かせるなっての」

 半分に折れたボロボロの鉄骨に泥水を吸い続けて重くなった麻布。瓦礫の中に堀を出る手段があるかも知れないと考えて、どかし続ける。すると瓦礫の中から一体の汚れたロボットが掘り起こされた。所々錆びて泥で汚れているが、四肢はしっかりとつながっており、腕の形からして現場作業用ロボットだろう。壊れているのかシステムがオフになっていて動いていないが。

「こいつを生き返らせて堀の壁を上らせればここから出れるかもしれない! それにもしも頭にAIも積んでいるなら友達になってくれるかもしれないし!」

 ルウはロボットの胸部パネルを取り外し、中を見る。防水加工が運良く働いていて中の基盤は無事なようだった。

「これならまだ動かせる。私なら戻せる、大丈夫」

「よし」と自分に小さな喝を入れてルウはロボットの再起動に取り掛かる。身に着けていたつなぎから工具を取り出して胸部パネルをさらに解体する。内部電池の汚れを袖で拭って付け直す。千切れたコードを繋ぎ直して電源を入れ直すと成功したようでファンのモーター音を鳴らしながらアイライトが点った。

「やった、動いた! 成功した!」

 点灯したアイライトが左右に振れ、ルウの顔を捉える。するとロボットの腹部にあるスピーカーからノイズ交じりの音声が流れてきた。

「システム再起動確認。システム再起動の為、オーナーの再登録をお願いします」

「あなたの新しいオーナーは私よ。ルウ・ジブル、ルウと呼びなさい」

「カクニンしました、ルウ。私はハッピーワーク社製の型番号HF2730特殊現場作業用二足歩行ロボットになります。新しいギョウムを設定してください」

「そんな長ったらしい名前はどうでもいいわ。そうね……、面倒だからロボでいいわ。あなたはこれから私の友達よ。上司だとか部下だとか働くとか社会貢献だとかそんなこと私たちには一切関係ない。好きな事をして好きなように生きる。あなたは私の一番目の友達になるのよ。言いようによればそれがあなたの仕事なのかもね」

「わかりました、ルウ。ワタシはルウの今からトモダチになります。しかし一体トモダチとは何をするギョウムなのでしょうか?」

「私も初めての友達だから分からないわ。とりあえずここから抜け出したら考えましょう。ロボ、あなたこの壁上れる?」

 ルウは高くそびえる堀の壁を指さす。そこは時間が経って更に高く太陽が上って湿った堀を照らしている。壁は所々に瓦礫がとび出ていたり泥水でぬかるんでいて危険だ。ひとつ間違えれば足を滑らせてまた堀の底へ真っ逆さまになってしまうだろう。少なくともルウは上ることができないだろう。

「モチロンですルウ。ワタシにかかれば簡単です。オチャノコサイサイってモノですよ」

「……あなたホントにハッピーワーク製? バグの所為で捨てられたんじゃないの」

 ロボは布団の様に覆いかぶさっていた瓦礫の中から立ち上がろうとする。ギギッと錆びた鉄どうしが擦れる音と共に瓦礫の上にロボの全身が露見する。特殊作業用に相応しい太い鉄の腕と足に分厚い鉄板で覆われた身体はルウの心を勇気付ける。指先の内部から細かい刃がついた鉤爪が出てくる。

「へぇ、あなた意外といいボディしてるじゃない。ちょっと太めだけど。今までゴミ山の中にいたとは思えないわね」

「HF2730型は全てこのボディで統一されています。しかし確かにワタシは同期の中でもとても良いボディをしているとジフしています。ルウは見るメがありますねトモダチというものはヒトの感性の成長も促進させるのでしょうか」

「やっぱりあなたはどこかバグってるみたいね……。捨てられたの時の故障の所為なのかプログラマーがアホなのか。まぁ退屈しないしそのままでいいわ、そこら辺の鉄くずと一緒じゃあ面白くないもの。早くこんな臭いところからおさらばするのよ!」

「ワタシにはニオイが分かりませんが。行きますよルウ、背部のセキサイ用台座に乗ってクダサイ」

 ロボは壁に爪を刺して張り付くとルウを背中に乗せる。そして爪を突き刺してルウの為に安全を確認しながら登っていく。一つ一つ確認しているため登攀速度はかなり遅くなっている。だがルウはその速度に不満気で、台座の上で胡坐と頬杖をつきながらロボに話しかける。

「ねー流石に遅すぎない? 作業用ロボットならもっとこう、シュババッと登れないの?」

「アニメではないのでゲンジツはこんなものですヨ。安全を取るかスピードを取るか、ワタシは特殊現場作業用なので安全を取るようにセッテイされています。セッテイを変更しますか? その場合、スピードが今より1.5倍早くなりますがルウの死体がガレキの一部になるカクリツが68.4パーセント上昇します」

「……今のまま安全と確実に登って」

「リョウカイです、ルウ」

 変わらずゆっくりと登るロボは一時間程掛けて堀を登り終えた。泥水と悪臭から逃れることができたルウは高く上った太陽と砂埃の混じった新鮮な空気を味わうように深呼吸した。

 ルウとロボの背後には堀と塀に囲まれた町があるが、門が締まっており中の様子を覗くことはできない。塀の中からは工場から出ている黒ずんだ排煙や蒸気、鋼鉄を打ち鳴らす音が聞こえてくる。町の外は地平線の先まで何も見えず太陽が照り付ける砂漠が広がっていた。

「町にはもう戻れないわね。戻りたくも思わないけど」

「これからどうしますかルウ」

「このままここにいても仕方ない。一番近い町はどこかわかる?」

 ロボは電子音を鳴らして頭部を回転させる。どうやら周囲を探知しているらしい。

「ここから百三十五キロメートル先のトボロの町がイチバン近いでしょう」

「う……あの人口の八割がロボットっていう町ね……。一度行ったことがあるけど労働至上主義が凄くて気持ち悪くなったわ、押しつけはされなかったけど。――仕方ない、トボロの町に行くしかないわね」

 ルウは再びロボの背部に座りこむ。

「リョウカイ、トボロの町へ向かいます。ルウ、ベルトを締めてしっかり掴まっていてください」

 ロボはルウがベルトを締めたのを確認すると脚部のキャタピラを動かして砂埃を巻き上げながら道を走り始めた。車両ほど速度は出ていないが歩くよりはましだろう。背後にいるルウの髪が風になびいている。

 そして労働の町から逃げるようにルウとロボは砂漠を渡っていく。

 トボロの町に向かって。

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