第二章

女の園(一)

(朕は男として欠陥があるのではないか……)

 劉協は悩んでいた。

 曹三姉妹が嫁いでから半月ほど経つ。

 ずっと一人で眠っている。

 劉協とて女に興味がないわけではない。

 が、そういう気分にはならないのである。

 劉協の住む宮殿には、皇帝の子孫を残すための後宮がある。

 霊帝の頃には皇后以下女人が二万人暮らしていたとも言われている。

 今は二万人などという馬鹿げた人数はあり得ない。

 それでも二千人は下らない。誰に手を出してもよい。

 が、劉協は手をつけない。

 その気になれないのである。

 曹操の三姉妹が嫁いできたことが原因である。

 伏皇后の苛立ちは尋常ではない。

 すでに鬼である。

 皇帝といえども人間である劉協は、鬼を抱く気にはなれない。

 かといって、三姉妹にも手は出せない。

 曹憲は陰気な女だが、曹節と曹華は魅力的である。

 しかし、あの曹操の娘なのである。

 自分が曹操の孫を生ませると考えるとそれだけで胸糞が悪くなる。

 もちろん三姉妹以外にも宮廷にはいくらでも女はいる。

 だが、劉協には手を出す気にはならなかった。

 できない、といった方が正しい。

 宮廷のとある侍女を褒めたことがある。つい最近のことである。

 その女は伏皇后に死ぬほど叩かれたという。

 嫉妬ゆえ、だろう。

 その噂を聞いた侍女はどうしているかと劉協が訊ねると、暇を出されたという。

 哀れなことをしたと思う。

 このような調子であるから、女に手を出すことなどできない。

 皇帝でありながら、侍女ひとりに声さえ掛けることができないのかと思う。

 伏皇后は日に日に狷介(けんかい)になっていく。

 注意しても耳を貸さない。

 二、三日ほど女に手を出さなくともどうということはない。

 二週間、である。

 伏皇后の見ていない間に……といっても、どこかで伏皇后が見ているようでとてもではないがその気になれない。

 英雄色を好むというが、劉協はとても英雄の器とはいえない。

 英雄というのは曹操のような男のことを指す。

 それに劉協と曹操とでは住む世界が違う。

 曹操は男の世界に住んでいる。

 蒼天にかがやく星々のごとく煌く将軍や軍師に囲まれて、これまた劉備や孫権といった英雄と戦っているのである。

 劉協の場合は違う。

 劉協は女の世界に生きているのである。

 なぜならば曹操に仕えていた忠臣たちは、曹操に追放されるか殺されてしまったからである。

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