余白の隅
糖分0%
バレンタインネタの小話です
「……これは、何です?」
魔女は思いきり顔をしかめ、テーブルに置かれたものを睨んだ。
手のひらほどの可愛らしい包みである。ピンクの水玉模様が描かれたラッピング袋に、爽やかなレモン色のリボン。いかにも年頃の少女が喜びそうなプレゼント。
しかし、それを差し出された魔女は、正反対とも言える地味な紺のローブを身にまとい、色気のイの字のかけらさえ見当たらない表情を相手に返していた。
そして相手も照れた様子一つない。彼は予想通りとばかりにうなずいた。
「チョコレート」
「見れば分かりますよ。私は何のつもりかと聞いているんです」
「中身までは見えてないけど」
「見れば分かります」
金髪の魔法使いは、いったん口を結んで椅子に腰掛けた。
「バレンタインだから」
「……バレンタイン?」
「まさか知らない?」
「いえ、知ってはいますが」
本を閉じ、魔女はラッピング袋のリボンをちょいとつまむ。かすかな甘い香り。とうがらし茶の湯気と混ざって妙な匂いになる。
「女性が、想いを寄せる男性へ贈るものでは?」
「そうだけど、クロさんがくれることはないだろうから、こっちからあげようと思って」
「なぜそういう結論に行き着くんです?」
「俺、けっこう料理得意なんだよ。女の子に食べてもらうのが好きでさ」
「では普通の娘さんにあげてください」
苦い顔のまま魔女が突き返すと、彼はそれをさらに押し返した。
「いや、これクロさん用だから」
「せっかくですが、甘いものは嫌いなんです」
「だと思った」
魔女は怪訝そうに彼を見上げる。嫌いだと思っていたなら何故、と問いたいのだろう。
彼女の手から湯呑みを奪い取ると、魔法使いはひどく真面目な顔で告げた。
「甘いものを摂取して、せめてもう少し性格をまろやかにしてください」
「……………」
魔女は無言で立ち上がり、背後の戸棚から小瓶を取り出した。ふたを開け、中の赤い液体をもうひとつの――つまりは魔法使いの湯呑みに、どぼどぼと注ぎ込む。
元々赤みの強かった茶が、トマトのような色合いに染まった。
魔法使いは汗をにじませ体を離す。
「……クロさん、それ、タバ――」
「あなたが辛いものを摂取して、もう少しその性格を刺激的にしてくださったら、考えなくもないです」
「……………」
――赤い。
紅茶でもハーブティーでもないというのに、赤い。しかもそれらのような透明感のあるレッドではなく、濁った赤茶色である。臭いも鼻が曲がりそうなほどひどかった。もはや甘い辛いなどという次元を超えているに違いない。
「……………」
魔法使いは恐る恐る湯飲みを手に取った。が、胸の高さまで持ち上げたところで、動きを止める。しばらくの逡巡、睨み合い。湯呑みを支える手が震えている。
彼は結局敗北した。
渋々魔女に湯飲みを返還する。
魔女は涼しい顔で自分の茶を受け取り、飲み干した。
「……せっかく作ったのにな」
ぽつりと敗者の嘆きが漏れる。
「……………」
「せっかくクロさんのために作ったのにな……」
「……うるさいな。あなたは女ですか」
「女でも男でも、自分の作ったものを拒絶されたら傷つくだろ!?」
ついに彼はさめざめと泣きはじめた。
魔女はうっとうしげに眉をひそめたが、無視を決め込んで本に集中する。
しかし女々しい訴えはしつこかった。
「クロさんのために作ったのに」
「……………」
「頑張って作ったのに」
「……………」
「ちょっとくらい食べてくれてもいいのに」
「……………」
「せっかく甘さ控えめにしたのに……」
魔女の忍耐はとうとう限界に達した。
勢いよく本を閉じ、チョコレートに鋭い
ボン、と袋が発火した。
「わー!? ちょ、ひでぇ! あんまりだ!」
「本人を燃やさなかっただけ慈悲を感じてください!」
まったく無糖の口調で言い切られ、魔法使いは肩を落として席を立った。黒焦げのチョコレートを未練がましく見つめるが、当然元には戻らない。彼は叱られた仔犬のようにとぼとぼと家から出ていった。
「……まったく」
冷たい眼差しで彼を見送ったあと、魔女は片手を宙に差し出す。
その手のひらに、ぽすんと小さな包みが落ちてきた。可愛らしいピンクの水玉模様。レモン色のリボン。
魔女はリボンをほどき、中から一口サイズのトリュフチョコをつまみ上げた。濃厚な香りがふわりと広がり、眉根を寄せる。
嫌そうな表情でそれを口に放り込んだ。
眉間のしわが深くなる。
「ぅあっま」
甘さを吐きだすように舌を出すと、魔女はとうがらし茶を求めて台所へ急いだ。
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