【第三章】百夜白夜の偽装
歓談
午後六時頃に、妻鳥に勧められて風呂に入った後は、午後七時になって、他の招待客らと共にリビングへと集まり、妻鳥が用意した夕食を味わった。
「いよいよこの後、待望の謎解きが始まるわけだが――」
と食後の席で珈琲を味わっていた穗村は、一同に語りかけると、残念そうに、
「その前にシリウスを眺めてみるつもりでいたが、既にあの曇天で、それは叶わなかったよ。氏が暮らすこの邸で同じようにシリウスを眺められるなんて、僥倖以外のなにものでもないと喜んでいたんだけどな……」
シリウスと言えば、星座観賞を趣味としている氏が最も愛しているという星だ。太陽を除いた場合、全天で最も輝ける恒星ということになる。
以前は東京に住んでいた氏が、この孤島へと執筆活動の居を移された理由は明かされていないが、ファンの間では、それだけ星がよく見えるからだろうとも臆されている。
穂村が、自慢げに蘊蓄をまじえながら、星座などについてを語る中、加賀美が僕に、持ち前のご丁寧な口調で、
「晴原さん、そんなに暑いのでしたら、マフラーをお外しになれば良いのではなくて?」
この電気式暖炉が灯されたリビングは、少々室温が高すぎる。そのため僕は、蒸し蒸しとする首に巻いたマフラーを片手で摘まみ広げながら、もう一方の手でぱたぱたと首筋を扇いでいた。
「いえ、暑さ寒さを我慢するのもお洒落の基本ですから」
とどこかで聞き齧った意見を返す。
「あら、そうですの」
せっかく気にかけてやったのに、というように、加賀美がつんと顔を逸らす。
「それにしても、新羅さんはなにかと人騒がせな人だったな。風邪一つで死に怯えるなんて、まるで子供だ」
たかが風邪くらいで大袈裟だと、僕も思う。それだけ小物だということだろう。ただ円谷にしても、いもしないアナコンダやらに怯えていたわけだから、そう他人のことを言えたわけではないが。
その新羅は、あの後丁度正午頃に、妻鳥が昼食に用意したお粥を持ってその部屋を訪れた際、『このままでは死んでしまうから病院に行く』との書き置きを残すだけして姿を消していたらしい。
そのせいで、事前の情報収集の際には、既にその部屋の鍵は妻鳥さんが施錠している状態となっていて、室内を改めることはできなくなっていた。まあそれで謎解きがどうこうというのでなければかまわないのだけど。
「そういえば、その新羅さんですけど、氏と同じ携帯を持っていましたよね」
と僕。
「珍しい型の衛星携帯だから、今回の企画を前に用意していたんじゃないかな」
円谷は応えると、皮肉まじりに、「その苦労が無駄になったのはご愁傷様ってところだな」
会話の主導権を奪われた穂村が、割り込むように、
「ところで晴原君は、俺達が、戦いを前に、男同士一緒に風呂に入らないかって誘った時、自分も少し風邪気味だから入浴は眠る前にするなんて言っていたが、容態はどうなんだ?」
「いえ、それ程酷くはないんですよ。熱も微熱程度ですし。大事をとっただけです」
そうでなくても、お前なんかと一緒に風呂だなんて、死んでもごめんだね。
「まさか新羅さんみたいに、このままじゃ死んでしまう、なんて言い出さないよな?」
からかうように続ける穂村に、形だけの笑いを返しつつ、
「そんな訳ないじゃないですか」
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