さんまの炭火焼き(塩)
鈴木介太郎
さんまの炭火焼き(塩)
母さんの得意料理がさんまの塩焼きだから三日にいっぺんさんまを食わされる。俺は魚嫌いって言ってるのに出してくる。
「骨まで食いんちゃいよ!」
が母さんの口癖だ。
骨が喉に引っ掛かるのが嫌で骨を残すのに、毎回しつこく言ってくる。骨なんて食べる必要性を感じない。
しかも面倒なことに昔ながらの製法を好み七輪で炭火焼きにするから、いつも俺が裏山に手頃な木の枝を集めに行く。
今日も常備してた炭がなくなったので俺は裏山に向かう。ついでに飽きたエロ本を埋めることにする。
母さんが認める上質な枝を集めながら、どこに埋めようかと逡巡する。
見つからないところにするなら山の上だろうと思い、いつもより山を登ることにした。
中腹まで登って、この辺りでいいだろとちょうどあった桜の木の根本をスコップで掘る。
エロ本五冊が入る深さになり、そろそろ頃合いだと思って最後の一掘りしたところ、がきん、と土とは違う感触と音が鳴る。
なんだ?
俺はさらに掘り進めていく。埋まってるものを傷つけないように周辺を丁寧に掘る。
白の先っちょが出てきた。俺は手を突っ込んで白の先っちょを掴み、無理やり引っ張り出した。
カブを抜くようにすっぽりと抜けたのは骨だった。しかも動物の骨じゃなくて人間の頭蓋骨。
「うぎゃあーーーー!」
俺はびっくりして思わず頭蓋骨を投げ捨てた。
頭蓋骨は弧を描いて木の峰にぶつかり、地面をころころ転がってちょうど顔がこちらを向くように止まる。
生きてたら眼球が収まっていただろうところは暗い穴が開いている。それなのに俺を見ているような気がした。
俺は恐るおそる頭蓋骨に近づき震える手で拾う。正面で頭蓋骨を観察した。
さっきは突然で驚いただけで、落ち着いてみるとなんだか可愛らしかった。
特に最初恐怖だった落ち窪んだ目の穴がキュートだった。
こんなときは警察に連絡すべきかもしれないが、俺は頭蓋骨を気に入り家に持って帰ることにした。拾い集めた枝を入れてる籠の中に頭蓋骨を入れる。
裏庭の縁側に籠を置き、頭蓋骨だけを取り出して脇に抱える。
「おかえりー」
母さんの声が聞こえて飛び上がる。これを見られたらさすがにヤバい。
しかし運のいいことに、母さんは俺が帰ったことを気配で察知しただけで、どうやら台所にいるようだ。
「ただいまー!」
俺は大きな声で返事をし、二階の俺の部屋に駆け込んだ。
襖を閉めて、やっと落ち着く。俺は敷きっぱなしの布団の上に胡座をかいた。
目の前に頭蓋骨をどんと置く。
やっぱり、可愛い。
持って帰って正解だった。しかしこのままにしてたら部屋を掃除に来た母さんにすぐばれるだろう。さてこれをどこに隠したものか。
考えてとりあえずエロ本を隠してた押し入れの段ボールの中に仕舞う。
「さんま焼けたよー」
母さんの呼ぶ声がして、俺は一階に降りた。
母さんと父さんと姉ちゃんとばあちゃんはすでに食卓を囲んでいた。
俺は母さんに注意されて手を洗って食卓につく。
「最近でも昔でもいいんやけど、ここらで行方不明になったやつとかいる?」
俺はさんまをほじくりながら誰とはなしに言った。
「なんや突然」
父さんが顔を上げた。
「どんな話でも話始めた時は突然やろ」と俺は突っ込んでから「別に大した意味はないけど」と説明した。
「そやけどお前にしたら珍しいやろそんな話題」
父さんはまだ訝しんでるようだ。
「もうそんなんどうでもええから、知っとるんかって」
「母さん知っとるか?」
「知らんわそんなん。この村狭いけえ、そんな事件起きたらわかるわ。朝子知らんよね?」
姉ちゃんはテレビのジャニーズに夢中だ。岡田くーん!とおおはしゃぎである。
「こ~ら朝子、静かに食べんさいや」
「はいはい」
「その返事わかっとらんやろ」
とどんどん脱線していくし、母さんも父さんも姉ちゃんも何も知らないようだからばあちゃんに聞く。
「ねえ、ばあちゃんはなんか知っとる?」
「は~、なんやー?」
「話聞いとらんかった?」
「すまんねー、聞いとらんかった~」
これじゃあばあちゃんも当てになりそうにないので家族に頼るのは諦める。
俺はごはんをかっ込んで「ごちそうさーん!」と言って部屋に戻る。
「骨まで食いんちゃいよ!」
お決まりの言葉が聞こえたが無視した。
それから寝るまで頭蓋骨を観察して過ごした。
明日で夏休みが終わり学校が始まるので、零時には電気を消して寝た。
からんからん!
夜中の二時ぐらいに物音がしてはっと目が覚める。
上体を起こして耳をすませるが何も聞こえない。
気のせいか。
欠伸をひとつして横になって目をつむる。
からんからん。
また聞こえた。次は幻聴ではない。しっかり聞こえた。
俺は起き上がって周りを見回した。
からんからん!
音がだんだん大きくなるにつれ、それが外から響いてることに気づいた。俺は電気もつけずにカーテンをこっそり開いて外を覗きみた。家の正面の道路が見える。外灯が少し離れたところにしかないため、薄暗くて見えずらい。
からんからんからんからん!
右の方からひときわ大きなからんからんが鳴った。
そちらを見ると、がりがりに痩せた頭のない骸骨か現れた。
「おわおわっ」
驚いて尻餅をつく。
あわてて外を見たがすでに骸骨の姿はない。夢?幻覚?
俺は結局眠れずに学校に登校した。
授業が終わり寄り道せずに家に帰る。
二日連続でさんまを食べ、骨を残して自室に戻る。
今日は寝ずの番をする予定だった。学校で十分睡眠をとってきたから睡眠欲は大丈夫。
頭蓋骨を脇に置いて、ずっとカーテンに張り付いた。
夜中の二時。昨日と同じ時間にまたからんからん!と鳴った。
俺は唾を飲み込んで待つ。
すぐにからんからん!は大きくなって最高潮に達した。
家の前を頭のない骸骨が走り抜ける。やっぱりあれは夢じゃないんだ。骸骨が走ってる!
俺は驚愕のあまり写真を撮るのを忘れていた。
決定的瞬間だったのに、バカなことをした。でもまあ明日もある。
骸骨のことばかり考えていたら、あっという間に次の日になった。決定的証拠を掴んでやるんだ!と意気込む。
夜中の二時。辛抱強く待っているとまたまた頭のない頭蓋骨が家の前を走り抜ける。
今回はカメラを構えて待ち受けたのでばっちりシャッターを押せた。
すぐに画像を確認すると、くっきりと写真に納めることに成功していた。
よし、証拠はばっちりだ。
でもこんなの人に見せても気持ち悪がられるか、偽物だって言われるだけだろうと思った。だって俺が友達に見せられても同じこと思うし。
この写真は誰にも見せることなく思い出にプリントしてデータは消す。
それから毎晩のように俺は骸骨が家の前を走り抜けるのを観察した。気分はすでに駅伝をみている感じ。
このときにはすでにこの頭なし骸骨は俺の持ってる頭蓋骨を探してることに気づいていた。
返してあげるのが一番だろうが、なんせ相手は骸骨(しかも頭なし)なので、どうも喋りかける勇気が起きない。
襲われたら嫌じゃん。
だから毎日見ることしか出来ない。
そのうち飽きてきて、からんからん!の音を聞いて、あ、また走ってんな、て思うだけになる。
ほんとのところ、頭蓋骨は直接会わずとも道端に置いとけば渡せることはできるのだがしなかった。頭蓋骨は俺の宝物になっていたからだ。
しかしそうも言っていられない時が来た。
ある日気が向いて骸骨の駅伝を見ていると、骸骨が突然立ち止まりこちらに体を向けた。いつもと違う行動に驚く。しかも骸骨には顔はないに俺と目がばっちり合った気がした。やばっ!とすぐに顔を引っ込めたが、遅すぎたのがわかる。目がなくてもあれは俺の存在に気がついた。
その日はもう、カーテンから外を覗けなくて、布団にもぐってずっとビクビクしていた。
朝がきてやっと気が落ち着く。しかしもちろん夜はまた来るし、骸骨も来る。
俺は久しぶりに真剣に骸骨の動向を探った。一時からスタンバって、骸骨が来るのを待った。
からんからん!
だが、なんとなくそのからんからん!に覇気がないような気がした
違和感を覚えながら待っていると、骸骨の姿が現れた。
驚いたことに骸骨は走っていなかった。ジョギングの速度で走っている。
しかも俺ん家の前で減速して立ち止まった。二階の俺の部屋を見上げている。
もう俺はカーテンから顔を引っ込めない。骸骨がどう出るかを見極める。
すると骸骨は歩いて家の門をくぐり、俺ん家の敷地に入ってきた。
玄関に向かって進んでくる。すぐに死角に入って見えなくなる。
心臓がばくばくと破裂しそうなぐらいに鼓動した。汗が全身から吹き出る。
ぎぎぃぃいいぃ。
玄関のドアが開くのが聞こえた。
骸骨が家に入ってきたのだ!
俺は混乱し、どうすればいいのかわからなくなり、とりあえず隠れることにした。頭蓋骨を胸に抱いて押し入れに飛び込む。
襖を締め切って、骸骨をなんとかやり過ごすことにした。上手くいけばいいが。
からんからん!ぎいぎいっ!
階段を上がってきている。
足音と骨の鳴るからんからん!という音が、もうすぐそこまで来ていた。
すさーーー。
襖が開けられる音がした。このときほど鍵のある部屋だったらと思ったことはない。てか、玄関の鍵を閉めればよかったと今になって思ったが遅い。
部屋のなかに骸骨が入ってくる。たぶん俺を探しているようで、がさごそ物音がする。
と、突然がさごそ音がやんだ。周囲が静寂に包まれる。
帰ってくれたのかと安堵したのも束の間、次の瞬間、俺の隠れていた襖が開けられた。
「~~~!」
声にならない声が喉から絞り出された。
目の前に骸骨が立っていた。俺は腰が抜けて立ち上がれない。
骸骨は膝を曲げて、うんこ座りをする。俺と同じ目線になる。
俺は何も言えなくて、何の抵抗もできなかった。
戦おうなんて思考回路にはならなかった。いくら見た目が弱そうだからって、死人に勝てる気がしなかったからだ。だって死んでるのだから殺せない。
骸骨は俺の胸に抱かれた頭蓋骨を見た、ような気がした。
手を伸ばしてくる。俺は耐えきれなくて、骸骨に頭蓋骨を渡した。宝物だが、これで許してもらえるかも知れない。誠意が大切だった。
骸骨は頭蓋骨を受け取り、一も二もなく頭蓋骨を首の上に持っていった。まるで歯車をかち合わせるように何度か位置を調節して、頭蓋骨をセッティングする。かちり、とはまった音がした。
「ようやく見つかった。あんがとな坊主」
骸骨が、どういう原理か知らないが言った。
「あわあわあわ」
俺は泡をくってまともに喋れない。
「なんやお前、細い身体やなー、ちゃんと飯食っとるか?」
「あわあわ」
「お前はあれだ、骨食え骨。カルシウムが足りとらんわ。そしたら、ワイみたいな立派な骨になるわ。人間死んだら、最後に残るのは骨だけやからな。骨は大切にせなあかん。ほんじゃ、ワイは帰るで。カルシウム取りや!」
骸骨は言いたいことだけ言ってあっさり帰っていった。からからと音を鳴らしながら・・・・・・。
次の日の朝、またさんまの炭火焼きが食卓に出てきた。
俺は身を綺麗に食べたあと、骨だけとなったさんまを箸でつまみ、ばりばりと頬張って食べた。
それを見た母さんが「口酸っぱく言い続けてきた甲斐があったわー」と感慨深げに喜んでいた。
さんまの炭火焼き(塩) 鈴木介太郎 @harapeko26
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます