三 会議は踊る

 パズパシャ帝国東南の辺境であるヨスト。崖に囲まれた狭い土地をうまく使い、漁と海運業で栄えている街だ。特にヨストは大陸東端の国々との交易が盛んで、狭くて辺境にもかかわらず富裕な街だった。


 東端の国々へ行くには、海路を使うしか手がない。大陸を西側と東側に分断するマナハッド山脈は南北に延び、陸路での東西の行き来を拒んでいる。天を突く高さの山脈を越える事は、自殺行為とまで言われていた。


 それでも、海の交易路が開かれる前は命がけで山越えをした商人達もいる。彼等の尽力のおかげで、東と西の交易は始まったのだ。


 ヨストは位置的に、この東端の国へ向かう南回り航路の最終補給基地なのだ。水や食料、時には人も補充して西から東、また東から西へと船が行き交う。そうした地理的条件から、このヨストは栄えたのだ。


 そのヨストに、異変が起こり始めたのは、約一年前からである。港を出てすぐの辺りに海賊船が出没するようになったのだ。


 これまでにも、ヨストの富を狙った海賊が襲撃してきた事はあるが、いずれも漁師達とギルドが共闘して追い返している。


 ヨストは土地柄か、船での戦闘に特化した冒険者が集まりやすい。海の魔物が多く集まる海域まで簡単に船で出られる事や、ギルドが自前で船や船員を確保している為に、自前で船を用意しなくてもいい事が影響していた。


 そのヨストが、どうして今回に限り海賊の横行を許しているのか。


「……あの岩島を何とかせん限り、海賊どもは我が物顔で近辺の海を行き来するだろう」


 苦い声で発した町長の声に、その場にいた誰もが俯いた。街の中央にある議事堂に集まっているのは、この街の有力者と呼ばれる者達だ。町長を筆頭に議長や網元、街一番の商会の会長などが一堂に会し、何をやっているかと言えば延々と実りのない話し合いだ。議題は、ここ数ヶ月街を占拠している海賊の事である。


 彼等は街から視認出来る沖合に浮かぶ岩島を根城にし、ヨストに入る船を襲っているのだ。しかも襲う船を選別していて、帝国の中央政府に気付かれないようにしている。とはいえ、街に入って金や物を運んでくれる船が襲われている事によるヨストの打撃は大きい。


 誰もが海賊をどうにかしなくてはと思っていても、手段がないのだ。いや、あるにはある。この場にいる誰も見た事はないが、話にだけは聞いた事があるのだ。


「やはり、帝都に願い出て魔法士部隊を派遣してもらった方が……」

「それをする為には、領主様に動いてもらわねばならん。どうやってあのガーフドン男爵を動かすのだ?」


 魔法士部隊派遣を提案した人物も、町長の返事に何も答えられなかった。ヨストの街を含む近隣の領主はガーフドン男爵といい、帝都に陳情を願い出るにはまずこの領主を通さなくてはならないのだ。


 帝都の中央政府に直接嘆願する方法もなくはないが、それをやると領主との関係が悪くなる。町長達としてもなるべく穏便に済ませたいのだが、当の領主がやる気を出してくれないのは困りものだ。


 それに、帝都へ嘆願しに行く案が採択されないのにはもう一つ理由がある。単純に手段がないのだ。


 海賊に海路を押さえられてしまっているので船を使う訳にはいかない。かといって、切り立った断崖を通る山道を行こうにも危険が多くて庶民は通れないのだ。魔物の脅威もあるが、こちらにも山賊が出るという。


「帝都へ行く手段さえ見つかれば、何とかなるかもしれないが……」

「ガーフドン男爵に睨まれるのは覚悟の上ですか」

「ヨストの街の現状を中央政府が知れば、おそらく男爵は更迭される。そこは心配ないだろう。だが……」


 町長は暗い顔で俯いた。行き来の難しい道とはいえ、これまでなら冒険者を護衛に何とか通れたのだ。だが、今はそれも出来ない。


 ヨストの街にいた冒険者は、全て海賊との戦闘で命を落としている。漁師の一部と冒険者達で向かった海賊討伐は全部で三回、そのどれも街側の惨敗で終わっているのだ。これまでに犠牲になった人数は既に三桁を超えている。


「何故、男爵は動いてくださらないのか……」


 当然の疑問が、出席者の間から上がった。領主とは税金を取る権利を得る代わりに、住民の安全を守る義務がある。ガーフドン男爵とてそれを知らないはずはないのに。


 誰もが沈痛な面持ちでいる中、一人が吐き捨てるように言った。


「そんなの決まっている。海賊共から金が送られているからだ」


 その場にいた誰もが見て見ぬ振りをしようとした事実を、目の前に叩き付けられた気分だっただろう。


「そんな、証拠もないのに――」

「それ以外に何がある!? あの男爵が、だぞ? 街から上がる税金より、海賊共から送られる金の方が多かったんだろうよ」


 窘めた一人に食って掛かった先の発言者の言葉に、誰も何も言えなかった。ガーフドン男爵の金に対する執着心は、ここに皆が知っている事だ。とにかく金に汚く、一メローでも得する事と自分が損をしない事が大事な人である。


 今回の海賊騒動も、いつもなら街から入る税収が減る為真っ先に対応しただろう。それが何も動いていないという事が、海賊から金を受け取っているいい証拠でもあった。


「このままではこの街は終わりだ……」


 農業を行えるだけの土地がないヨストは、食料の大半を余所の街に頼っている。今のところ備蓄で何とかなっているが、これ以上海賊に海路を封鎖されてしまっては、早晩干上がってしまうだろう。


 それに、海賊は海にいるだけではない。とうとう陸に上がってきて冒険者協会――ギルドまで占拠してしまった。ヨスト支部の支部長の安否も心配だが、何より荒事をまとめるギルドを占拠されてしまったのは痛い。


 元よりヨストにいた冒険者は全滅してしまっているが、ギルドが押さえられているから外から冒険者を呼ぼうにも呼べなかった。


「早急に何とかせねば……」

「だが、具体的にどうするのか」

「山道を行ける人材があればいいのだが……」

「無理だろう。冒険者なら何とかなるかもしれないが、めぼしい人材はすでにいない」


 あれこれと言っても、結局振り出しに戻ってしまう。室内には重苦しい空気だけが蔓延していた。

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