オダイカンサマには敵うまい!

斎木リコ

海賊編

一 その名はオダイカンサマ

 温かい日差しが降り注ぐ、のどかな景色の中を三台の馬車がのんびりと行く。荷馬車は珍しい三連結型で、それを引く馬は先頭の二頭だけだ。よく手入れされているが、あの二頭だけで後ろの三台を全て引っ張るのだから、大した力である。


 先頭の荷馬車の御者台に座るのは、年の頃は三十程の男が一人。つばの広い帽子を目深に被り、灰色の長めの髪を首の後ろで無造作に一括りにしている。座っている為に背の高さはわからないが、体形はがっしりとしているようだ。馬車の御者台に座っているより、戦斧でも持って戦場を走り回る姿の方がしっくりくる。


 深い谷間に敷かれた街道は、蛇行しながら谷の奥へと向かっていた。道を行くのは、この荷馬車達だけで周囲には誰もいない。


 そんな馬車をめがけて、街道の脇に広がる森から馬で走り寄る者があった。口々に奇声を上げてくる彼等はあっという間に馬車に追いつき周囲に陣取る。


 御者の男は、焦った様子も見せずに被っていた帽子を被りなおした。余裕のあるその態度は、襲撃者達を煽る効果があったらしい。


 襲撃者達は、下卑た笑いを顔に乗せて、一斉にはやし立てた。


「命が惜しけりゃ馬車を置いていけ!」

「いや、いっそそのまま俺等に捕まっちまえ!」

「はっはっは! こんなちんけな奴じゃあ、買い手もつかねえよ!」


 襲撃者から飛び出てくる言葉にも、御者台の男は身じろぎもしない。それに対して敵はさらに笑い声を大きくした。どうやら、恐怖で固まっていると思われたらしい。


 そろそろ敵がこちらの馬車に手を掛けられる間合いだ。御者はそっと懐に手を入れると、そこから何やら小石大のものを取り出した。陽光にぎらりと怪しく光るそれは、黒くて丸いものである。


 御者台の男は、それをひょいと敵に投げつけた。視線は街道の先に固定したままだというのに、その黒くて丸いものは敵の一人に命中する。


「うぐお!」


 妙な声と供に爆発音が辺りに響いた。先程男が投げたものが、敵に当たった途端に爆発したのだ。敵は既に馬上から転げ落ち、向いてはいけない方向に首が向いている。


 わずかな手間と時間で敵を一人屠った男は、同じように前を向いたままひょいひょいと周囲の敵に先程の黒い爆発物を投げつけ、あっという間に敵の大半を潰してしまった。


 ふと耳を澄ますと、背後から聞こえていた剣戟の音や馬の蹄の音が消えている。耳に入るのは、目の前の馬の蹄が立てる音と、三台の荷馬車の車輪が上げる音だけだった。


 御者台の男は、ようやく馬車を止めた。彼は御者台から降りて最後尾の荷馬車の荷台へと向かう。


「ヤード、依頼人に怪我はないか?」


 男が荷台に向かって声をかけると、二十代半ばくらいの男性が顔を出した。金の髪に青い瞳、顔立ちも十分に整っていると呼べる美丈夫だ。その手には体格に相応しい大剣が握られている。


「ない」


 ヤードと呼ばれた金髪の若者は、素っ気なくそう答える。馬車の後ろに展開していた敵は彼、ヤードが全部引き受けてくれていた。荷馬車の背後の街道には、あちこちに転々と襲撃者――盗賊の死体が転がっている。


 それらを何となく眺めていると、背後からヤードの声がした。


「あんたも無事そうだな、レモ」

「まあな。あとは……」


 レモと呼ばれた男は、周囲を囲む崖の上に視線をやった。



◆◆◆◆



「……どういう事だ?」


 崖の上から先程の襲撃を見ていた一団がある。彼等は皆ぼろいとは言え鎧兜を着けていた。揃いでないところを見るに、おそらくそれらは全て盗品と思われる。


 顔立ちも凶悪そのもので、盗賊の頭とその手下と言われれば「なるほど」と納得出来る様子だ。


 中でも先程呻くような声を上げた人物は、一団の中でも上等と思われる装備を身に着け、今も一団を束ねるように最前列に馬を進めている。彼の位置からは、先程の襲撃がよく見えた事だろう。


 事前にあの商人がこの街道を通る情報は仕入れていた。その際に、冒険者を護衛に雇ったとは聞いていたが、三人のパーティーだと聞いたから心配していなかったというのに。


 いつものように、手下だけで終わる仕事だったはずだ。いくら護衛がいようとも、数の上でこちらが有利だった。手下だけで手こずるようなら、自分達も出る手筈だったのに、その暇すらないなんて。


 計算違いに、お頭は内心焦っていた。そんな彼の思いを知らない配下の男が、緊張した様子で聞いてくる。


「お頭、どうすんだよ?」

「うるせえ! あいつらで駄目なら、俺等が出るに決まってんだろうが!!」

「ねえねえ、いつそんな事が決まったの?」


 場違いな声に、お頭と呼ばれた男も、彼に声を掛けた手下もぎょっとして周囲を見回した。誰もいなかったはずだ。


 なのに、彼等の目には近くの木の枝に座る小柄な少女が映っていた。薄茶色の髪、美少女とは言えないが不細工という程ではない。それなりに化粧をすれば化ける可能性のある顔立ちだ。年の頃は十代半ばか。そんな小娘が、見るからに盗賊でございという出で立ちの自分達に臆することなく声を掛けてくるとは。


 しかも、一体いつの間にこんな近くまで来たのか。お頭はちらりと配下を見るが、誰も彼女の接近に気付いていた者はいないらしい。お頭自身も気付かなかったのだから、当然だ。


 それによく見れば、枝は小娘の体を支えるには細すぎた。一体どういう事なのか。自分たちと同じ目線の高さにいる小娘に何とも言えない不気味さを感じるが、ここで引くのは沽券に関わる。


「おい、嬢ちゃんよ。俺たちに何か用かい?」


 お頭が問うと、娘はにっこりと笑った。


「あるよ。小父さん達、おとなしく捕まってくれないかな? 私、人外専門だからさあ、戦うのは勘弁なんだよね」


 そうおどけた様子で言う小娘に、不気味さも忘れてお頭は怒りで頭が一気に沸騰した。


「なめた口利いてんじゃねえ! おい、野郎共! 構わねえからぶっ殺せ!!」


 盗賊とはいえ、統率は取れている。だからこそ、ここまで負け知らずで来たのだ。

 頭の号令一下、男達は馬を駆って小娘に躍りかかる。多勢に無勢、しかも相手は丸腰とくれば負ける要素はどこにもない。


 勝利を確信したお頭は口の端を持ち上げる。彼の意識があったのは、そこまでだった。


 次に気がついた時には、移動式の檻の中に入れられていた。ひどく揺れる為、振動で目が覚めたのだ。周囲には、意識を失った仲間が転がされている。思い出そうにも、命令を出した後の記憶がない。


 一体、自分はいつ寝て、いつここに、誰の手によって運ばれたのか。


「あ、目が覚めた?」


 声の方を向くと、あの時の小娘が笑顔でいる。


「てめえ! 俺等に何をしやがった!?」

「えー? とりあえず意識を刈り取って捕まえただけ。これから近くの街の巡回衛兵隊詰め所まで連れてくから」


 呆然としつつ話を聞いたお頭は、内心にやりと笑った。この辺りを回る巡回衛兵隊の隊長には、金を渡している。これまで自分達が捕まらず、捕まっても簡単に逃げ出せたのはそれが理由だ。誰しも、金の誘惑には勝てない。


 だが、続く小娘の言葉に頭の表情は凍り付いた。


「あ、言っとくけど、衛兵隊はつい十日程前に新しい部隊と入れ替わったから。前の部隊長は今頃帝都で裁かれていると思うよ。取り締まるべき盗賊から賄賂もらっちゃ駄目だよねえ」

「何だと!?」


 今まで金で操っていた連中が捕まった事にも驚いたが、どうして彼等と自分が繋がっていると目の前の小娘が知っているのか。ここから一番詰め所でも、片道に六日はかかる。何故、目の前の小娘は衛兵隊が入れ替わった事を知っているのか。


 お頭は、一つの可能性を口にした。


「……はったりだ」

「そう思いたいなら思っていれば? 街につけばわかるから」


 小娘の自信満々な様子に、お頭にも焦りが見え始める。今更ながら、自分が押し込められている檻を見た。


 この檻には車輪がついているらしく、乗り心地は最悪だが街道を移動している。目の前の小娘は、あのおんぼろ馬車の荷台部分に腰掛けていた。だが、檻と荷馬車を連結している部分が見当たらない。


 この檻は、どうやって移動しているのか。それに、上から見ていたが荷馬車の周囲にこんな檻は見当たらなかった。畳んで荷馬車に入る大きさでもない。


 この檻は何に引かれて動いているのか。そしてどこからこの檻が出現したのか。考えるだに、お頭の背筋は寒くなってきた。やっとこの現状が普通ではないと認識し始めたのだ。


「おめえ……何者だ……?」


 呻くように出たお頭の声に、小娘はにっこりと良い笑顔を浮かべた。


「私達はね、冒険者パーティー『オダイカンサマ』だよ」

「なん……だと……?」


 聞いた事がある。三人組の冒険者で、組合――ギルドの上層部から直接依頼を受けている腕利きのパーティーがあると。そのパーティーの名前が確か、「オダイカンサマ」といったはずだ。大剣使いの男と妙な武器を使う男、それに得たいの知れない女の三人組だとか。確か、結成からわずか三ヶ月で有名な盗賊団を三つも潰したという。


「おめえが……あの……」


 信じられないものを見る目で、お頭は小娘を見る。目の前の彼女はとてもそんな腕利きには見えないが、確かに自分達をいとも簡単に捕縛してしまったではないか。


 最初に彼等の話を聞いた時には、とんだ与太話だと思った。次にその名を聞いたのは、知り合いの盗賊団の頭にだった。近場の街の酒場で、酷く暗い顔をしていた男の顔を思い出す。


 オダイカンサマに捕まったら逃げられない、覚悟をしろ。彼はしきりにそう言っていた。しまいには、今のうちに足を洗うと言ってあのお頭はいずこかへ消えていったのだ。


 彼が言っていた事は、本当だったのか。お頭は檻の中でがっくりと肩を落とした。

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