第84話 なんでもないようなことが幸せらしい

「だから、太郎玉を置いていけ…オマエには仲間がいる、みすみす死ぬことはない」

 桃太郎がエドモンドに手を差し出した。

「…渡せないな」

「なに?」

「話を聞いたら、余計に渡せないな」

「エディ、良く聞いて、なんだか無理っぽいから、お渡しして頂戴」

「ダンナ、カミキリムシでは勝てそうにありやせんぜ、後で、アッシが適当なガラス玉を安く売りますから、ここはひとつ素直になって」

 いつの間にやら後方から、エドモンドの隣で座り込んでプリンを食べていたプリンセス天功とオヤジ、桃太郎に太郎玉を差し出せと促してくる。

「アンタ、太郎玉ひとつなら、獲り込めるのよね?」

「あぁ…ひとつなら負荷は少ない、まぁ時間制限はあるがな」

「エドモンドがひとつ…獲り込めるならば、あるいは…」

「ん? 獲り込むってなんだB・B?」

「アンタ、ちょっと、手を出して」

 B・Bがエドモンドの手をグイッと引っ張る。

「痛っ‼」

 掌をエドモンドの愛刀『白雨』でサクッと斬った。

「なにをする‼」

「だから、玉を獲り込んでみろって言ってんのよ‼」

 ググッとその傷に金太郎の太郎玉を押し込む。

「イダダダダダダ…」

 ヌポッ…と傷口から体内に吸い込まれていく太郎玉

「……ん? 痛くない…痛みが引いた…」

「なんてことを…適合しなければどうするんだ‼」

 桃太郎が怒鳴る。

「その時は…まぁ…ねぇ…」

「俺…ヤバいのか?」

 生唾を飲み込むエドモンド。

「アンタが適合すれば、もう一個は私が使えば問題ないわ」

「無茶だ…それに、徐福は調整した3つの太郎玉を獲り込めるんだぞ、オリジナルには及ばないものの、単純な生物としての強さは俺の比じゃない」

「ダンナ、なんか変化は?」

「あぁ…それがな…身体が熱いんだよな……ガハッ‼」

 突然、口から血を吐いたエドモンド。

「…始まったな…数日は激痛が襲うぞ、一度、適合すれば数時間で体外へ放出されるが、不適合だと…」

「不適合だと?」

 プリンセス天功がズイッと身を乗り出してきた。

「不適合なら……穴という穴から血を吹きだして破裂した後に太郎玉だけが残る…」

「嫌な死に方でさぁな~」

 憐みの視線をエドモンドに送るオヤジとプリンセス天功。

「マスターの生存率は低くはないはずです…少なくても簡易的にではありますが、遺伝子が書き換わっている途中ですから、0から書き換えるよりは、多少の体性があるはずかと…思います」

 HALの見立てではだ…根拠は薄いようで、いつものように断言はしていない。

 無言で蹲るエドモンド。

 時々、ビクンッと脈打つ姿が不気味だ。


「数日は…このままだ、適合できれば…だが、出来なければ、数分で死に至る」

 桃太郎が刀を納めて、離れていく。

「そういうことね」

 皆が察して、エドモンドから離れていく。

 そう…破裂したら困るから、安全と思われる場所まで移動したのだ。


 焚火を囲んで、飯を食って、数時間…

 相変わらずエドモンドが苦しんでいる。

「アレよね…本当に苦しいと声もロクに出せないのね」

「今からでも取り出せないもんでしょうかね~」

「ソレが出来れば何千人も死んでいないわ」

 シレッと言うB・Bだが、それを承知でエドモンドに太郎玉をねじ込んだのは彼女である。


 エドモンドは思い出していた…

 考えてみれば、オヤジに騙されていた日々が幸せだったのだと…。

 見ず知らずの人から、良く喋る玉を預かり、金髪の少女に振り回され、デカいイグアナに襲われ、軍から追われ…カミキリムシと同化しつつある。

(俺…いいことなんて一つも無かったな~)


 エドモンドは死にかけていた。

 そんな都合よく奇跡など起きないのだ。

(俺は特別なんかじゃない…)

 エドモンドの意識が途切れた…。


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