第32話 待ちくたびれて…

 時を遡ること数日前…。

『骨董品店 グラスホッパー』の店内で独りプリンを食べる女性。

 プリンセス天功、その人である。

「誰もいない…」

 私を置いて遊びに行ったに違いない。

 なぜ、誘われると思っているのか?愚問である。

 そういう性格なのである。

 プリンをこよなく愛し、思い込みの強い若干面倒くさい女…それが彼女である。


 誰もいない店内…彼女が店の鍵を開けて冷蔵庫からプリンを取り出し食し…帰る…繰り返す日々、すでに3日が過ぎていた。

 プリンも残り少ない…あのオヤジは補充にすら帰らないというのか…。

 もしくは、プリン以上のナニカを見つけたのか…夕張メロン味のプリンとか?

 プリンセス天功は首を横に振る。

「プリンス…それは一時の気の迷いよ…結局、ヒトはシンプルなものに帰るもの…原点帰依…」

 あなた~が帰る場所は~この冷蔵庫でしょうね~♪

 歌いながら気が付いたのだが…オヤジのプリンは最後の1個となっていた…。

 オヤジ帰っても、プリンはぇのである。


 その最後のプリンを躊躇なく取り出したその時、背後に他人の気配を感じた。

「はっ!」

 とっさに飛び退るプリンセス天功であったが、一瞬遅かった。

 額にナイフが突きつけられた。

「近くで見れば、なかなかの美人だ…」

 顔に傷がある痩せた男リッパ―である。

 リッパー部下がプリンセス天功を手際よく縛り上げる。

「ここ数日、通ってるようだが…オマエ、エドモンドの知り合いか?」

 黙って睨み返すプリンセス天功。

「いや…答えなくて結構、実はどーでもいいんだ…どうやらハズレを引いちまったようでね…今頃、南へ向かったアサシン殺し屋に始末されてっかもしんないし…まぁ、ココからは勘の悪い上官の指示は無視して海で待つことにしたんだ」

 なんだかよく喋る男だ…。

 いちいち両の手をクルクルと動かして話す仕草がイライラさせる。

「そこでだ、お嬢さん、一緒に海水浴に行かないか?」

 猿轡さるぐつわをされている天功に拒否権など無かった…。


 ………

『UFOレプリカ』…銀色に輝くその外観は、でっかいフリスビー。

 そのフリスビーが空中を浮遊しながら進んでくるのだ。

 目立つな!というほうが無理である。

「この恰好じゃ目立つと思うのよ」

 というB・Bの提案で街へ立ち寄るのだが…どうみても服装よりも乗り物のほうが違和感丸出しだ。

 なんだかんだで洋服を買ったのだが、あれやこれやと服以外にも買い込んでしまった。

 なんだかキャンプにでも行くような気持ちになって、途中から目的も忘れてショッピングを楽しんでいる御一行。


 逃亡者の自覚がない…数日前に殺されかけたのに…死神と手を繋いで生きる時代が、こういうメンタルタフネスを育むのである。

 見習いたいものだ。


「HALの話では、まぁ…夕方には海に出るらしいからバーベキューね今夜は」

「それで肉を買い込んだんですな嬢」

 嬢とはB・Bのことである。

「そうよ」

「アッシはジャポン製のヌードルを買いやした、ジャポン製のソースで鉄板で焼くと美味いんです」

「焼きそばね~懐かしい」

 なんだか盛り上がるオヤジとB・Bを横目で見ているエドモンド。

(これでいいのだろうか…なにか大事なことを忘れているような…)

 買い込んだ食材を確認する真剣な眼差し、さすが元・食糧調達部隊の少尉さんである。

「しまった!青のりを忘れているぞ!」

「えっ?」

 B・Bとオヤジが驚嘆の表情でエドモンドを見る。

「どうするの?エドモンド! レッドジンジャー紅しょうがに気を取られて…青のりを忘れるなんて…」

「そんなんだから、軍をクビになるんでやすよ…まったくダンナは…」

 オヤジが両手でやれやれといったポーズをとる。

「いや…しかし…焼きそばの担当はオヤジ、貴様だったはず」

「ダンナ! 責任転嫁は男らしくないでやすよ!」

「うっ…すまない…確認を怠ったのは俺だ…」

「どうでもいいじゃありませんか…粉が有ろうが無かろうが…」

 HALがで呟く。

「いいわね~食べる必要のないヒトは」

 コクピットのHALにB・Bが近づく。

「食べますよ…ワタシも」

 とマニピュレーターがご立派な重箱をB・Bに差し出す。

「アンタが何食べるのよ」

 カポッと蓋を開けると…見なけりゃ良かった…。

 ミミズにそっくりなナノマシーンがビッシリと…グニャグニャと這いまわっていた。

「悪趣味な…AIよね…誰の人格をベースにしたのかしら?だったかしら?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る