第8話

「進展すればいいとは言ったけど、豪く早いな」

 いつもの喫茶店で、いつものエスプレッソを飲みながら、高科は素直に驚いたように言った。香織さんからは話が行っていないようで、目を丸くしている。

「本当にね。僕もそう思わないでもないよ。人生ってこんなにうまく行くものだっけって思ってる」

「やめてくれよ、幸せオーラ出すの」

「出ちゃってる? ごめんごめん」

「気持ち悪いな、キャラクタが違いすぎる」仰々しく顔をしかめると、「まあ頼んだのは俺だし、そうなってもいいんじゃないかとは思ったけどさ。どこか違和感があるのは俺だけか?」

「違和感?」真面目な声音で問われるので、こちらもふざけるのはやめる。「まあ、ないことはないよ。やっぱり、うまく行き過ぎているような気はする。だって香織さん、失恋したばかりなんだろ?」

「うん。立ち直れないくらいにズタボロだったはずなんだけど。まあ、お前がそれくらい魅力的だったのかもしれない、姉ちゃんにとっては。何はともあれ、良かったよ」

 釈然としないが、僕にしてみたって美奈子やミナコからの復帰は早かった。ほかに何かを見つけられればそういうものだと思う。それに僕以外にも、姉だって正孝さんに振られて、それでもそこまで落ち込んでいるようにも見えなかった。何かが欠けた分、補ってくれる何かがあれば、案外元気で居られるものだ。姉にとってそれは多分仕事で、香織さんにとっては望み通り僕がその立場に収まれたということなのだろう。

「深く詮索するのはやめておくよ。彼女が本当に僕を好きで居てくれるのかはわからないけど、そう言ってくれたことは嬉しいし、結局、やることは変わらないからね」

「まあ、女心はなんとやらって言うしな」

「そうそう。もしまだ本心から忘れられていないんだとしても、僕がそれを忘れさせればいいだけの話で、大した問題じゃない」

「今回はやけに自信家だな」高科はそう言って笑ってから、ひとつ頭を下げた。「どうか姉ちゃんのこと頼むよ。今度また大きく落ち込むようなことがあったら、見ていられない。引き受けて、その立場になったのならば、姉ちゃんにそういう思いはさせないでくれよ。親友と言えど、もしそうなったら俺はお前のこと一生恨むよ」

 高科がそこまで香織さんのことを気に掛けている理由はわからない。家のこととなると、いくら付き合いが長かろうと、なかなか立ち入りにくい部分である。事実僕は自分のことはともかく、家族のことを余り高科に話していない。お互い様だ。

「大丈夫だよ」それは少し、自分に言い聞かせている言葉でもあった。「任せてくれ」

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