第5話

 一人の家ですることはそう多くない。

 洗濯に掃除を済ませると今度は炊事をする。仕事をしているときはもう少し時間に追われていたものだが、一切何にも縛られることがない状態になってからは、時計を見ることも少なくなった。

 元々、大学を中退すると親に伝えたとき、酷く怒られてバツが悪くなったというのが、一人暮らしを始めた起点である。その当時はまだ姉も実家に暮らしていて、僕のこの決断を呆れた目で見ていたのをよく覚えている。大体にして友達も居らず学業面でも想像と違ったから辞めるなんて理由が、まかり通るとは僕も思っては居なかった。両親、主に父が顔を真っ赤にして怒るのも無理のない話だ。「誰のために金を払って」「お前がやりたいと言ったから」と全く反論の余地もない言葉を並べられたが、当時の僕には響かなかった。

 往々にして、目的意識もなく、ただ集団に帰属するためだけに学校へ通うと言うのが僕には堪らないことだった。トイレに行くにも食事をするにも一人で居るとあざ笑われ、学校に居ない時間もSNSで繋がっていないと「変わり者」とされる。そんな小さな組織の中に身をおいて、つまらない授業を受け、疲弊感だけを日々蓄積させていくことに何の意味があるのか。

 もちろん、今にして思えば、きちんと全うし卒業しておけばよかったと後悔する部分もある。それはやはり就職の面において少なからず「高卒」よりは優遇されるところがあったし、何より、たった四年間もその苦痛に耐えられない僕に何が出来ると言うのか、などと考えて卑屈な自分ばかりが育ってしまった。

 美奈子と別れミナコと出会い、それすらも短い期間で終わってしまった。そのまま続けていれば正社員への道もあっただろうに仕事さえ辞めてしまって、残ったのは僅かな貯金と膨大な時間だけ。はっきり言ってただひたすらに退屈で、生きているのに死んでいるような、無味乾燥の世界である。

 香織さんはそこに少し水滴を零したに過ぎない。ただ、乾いた地表にそれは十分な潤いをもたらした。そんなことを言えば文学的だろうか。

 誰かを好きでいる気持ちは、心に変動を与え、多少は人間らしい生命体に近付ける。

 恋愛体質なのだとすれば、僕は多分、誰かによって自分を満たしておかないと生きていけない哀れな個体なのだろう。

 とは言え、いくら考えたところでそれは後付に過ぎない。事実僕はすでに香織さんを異性として見ていたし、そこにいかなる理由をつけようともそんなものは言葉でしかない。「好き」はもっと感覚的で、しかし深遠なものなのだと、多々観た映画に教えられた。

 そして何より、僕がいかなる恋情を抱いていようとも、そこに香織さんの気持ちが対応してくれなければ、美奈子のように、ただ無様に取り残されるだけの結果になる。

 こんなことを言えばまず姉に怒られようことだが、僕ももう若くない。「なんとなく」とふらついた気持ちで男女交際を行う余裕も、さしてないだろう。

 香織さんをモノにするならば、きちんと手順を踏み、確実性を持ってからがいい。それはもちろん、自分の気持ちに対してもだ。

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