28 理科室6

「あ……そっか……あたし……やっぱりこの世に居ちゃいけないんだよね……」

「ええ、残念ながら」


 梓はよろけながらも、しっかりと悠を見据えながら、悠の方へと歩いていく。


「梓さん……」


 駿一が、梓が歩くのを遮るように、梓の前に立った。


「梓さん、すまないが、もう少し待ってくれないか?」


 梓は歩みを止め、少し間を置いた後、駿一に尋ねた。


「何でですか?」

「何でっていうか、良く分かんねえけど……俺、悠が昔のままだって思ってたんだ。でも、あの世で色々あったんだって分かって……悠の事、邪険に扱い過ぎてたんだって、やっと分かってさ。その……もう少し一緒に居て、悠に色々とやってやりたいって思って……」

「駿一……」

「なあ悠、俺達ってさ、結構いい関係だと思わないか?」


 駿一は体を翻し、悠の方へと向き直った。


「しゅ、駿一、駿一は……」

「やかましくって、うざくってさ……でも、何だかんだで悠が俺に憑りついてから色々な事が起きて……」

「……」


 悠は駿一の話に聞き入った。


「それでさ、俺も俺なりに色々な事を体験したけど、それは悠も同じでさ」


 梓が一歩を踏み出した。そして、よろめきながらも一歩一歩、着実に駿一と悠の方へと歩みを進めた。


「でさ、何だかんだあったけど、思えば悠と話してる時って、なんだか悪い感じしないなって。……今になって気付いてさ」

「駿……一……」

「だからさ、これからだろ、本当に悠と過ごすのは。やっと気付けたところなのに……なのに、こんな時に悠を除霊なんてさせられねえ!」

「駿一……!」

「梓さん、梓さんに悠は除霊させない!」


 駿一は梓の方へ向き直ると、両手を広げて梓を睨み付けた。


「駿一さん……残念だけど……」


 梓が辛そうに目を伏せ、俯いた。


「……え?」

「悠さんは、そうやって駿一さんに認められたかったんです」

「俺に?」


 駿一は後ろを振り返り、悠の顔を見た。


「うん……あたし、すっごく嬉しい!」


 悠の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。


「悠さんは、駿一さんに認められて、凄く嬉しくて……そして満足してる」

「うん。あたし、満足してる。満足……しちゃってる」

「あ……」


 駿一は気付いた。数々の霊と合い、その生き様を知ってきた駿一が気付かないはずはなかった。


「お前……成仏しちまうのか?」

「そう……みたいだね……」

「一旦はあの世に行った悠さんでしたけど、またこの世に戻されて、そして駿一さんと合ってしまった。だから、この世に未練が残されているとしたら、それは駿一さんと仲良く、そして長い間一緒に話して過ごす事。そして、たった今、それを駿一さんも感じてたって確信が持てた」

「悠……」

「駿一……」


 駿一は早足で悠に近寄った。


「その時点で、悠さんの未練は消えた。だから……」

「成仏するのか。淋しくなるな、悠」

「あたしもだよ、駿一」

「なあ悠。俺だっていつかは死んで、あの世に行かなきゃならない。でも、今は無理だ」

「来ちゃ駄目だよ! 絶対来ちゃ駄目! 来るなら絶対、寿命で来てよ!」


 悠は頬を紅潮させながら眉を吊り上げた。


「はは……俺もそのつもりだ。だからさ、待っててくれよ、その時まで」

「うん! 絶対待ってる! 百年でも二百年でも……千年だって待ってるから!」

「はは……さすがにそこまでは長生きせんだろうが。ま、頑張ってみるよ」

「うん。約束だよ!」

「ああ……勿論だ!

「そろそろ……時間かもしれませんね」

「元気でね、駿一」

「悠もな」


 駿一は悠を両腕で包んだ。


「成仏、するんだな」

「多分、もうすぐ……」


 駿一は、霊体である悠を抱く事は出来なかった。悠の感触はまるで無く、空気を掴んでいるのと大して変わらない。しかし、駿一は、何故か悠の体温が、自分の腕に伝わっているような気がした。


「拙者も、あんなふうに成仏できるかのう」


 駿一と悠の抱き合っている様子を見ている梓の瞳も、うっすらと涙で滲んでいる。


「できるですよ、きっと。それより、そろそろ悠さんが成仏するです。しっかりと見守ってあげましょう」

「またね、駿一……」

「ああ……またな……」


 二人はまだ抱き合っている。


「……梓よ、いつ成仏するのだ?」

「えーとですね……」


 二人の固い抱擁はなおも続いている。


「そろそろ成仏……する筈なんですけど……」

「……するのか?」

「しませんねー……」

「……ねえ、駿一」

「うん?」

「あたしさ、成仏する気配、無い」

「……へ?」


 駿一は呆気に取られた。


「あ、梓さん?」


 駿一はわけも分からず梓の方を向いた。


「え、えと……成仏、しないみたいです」


 梓も混乱している。


「……ほえ?」


 梓の回答に、駿一は更に混乱した。さっぱりわけが分からない。


「はっきりとは分からないですけど、悠さんは、きっとそっちの方が幸せなんだと思うです」

「しあわ……せ……?」

「そう、駿一さんともっと一緒に居たくなったとか、そんな感じじゃないでしょうか……」

「そんな感じって……んないい加減な」

「ほら、霊って私達からとってみれば曖昧な存在じゃないですか。だからその辺はいい加減なものでですね……」

「梓よ。なんだかとっても苦しい言い訳に聞こえるのだが……」

「え……えへへ、ばれましたか?」

「で……こいつはどうなるんだよ」

「多分、もう暫く成仏は出来ないんじゃないかと。本人次第でしょうけど……」

「やった! 駿一、ずっと、ず~っと一緒だよ!」

「ず~っとって……待ってくれ、俺のプライベートは……」

「良かったポ。悠が居なくなると、ロニクルも淋しいプ」

「成仏って、離れ離れになるって事だろ? ボク、そんなの納得できないよ。良かったな、二人共!」

「……良かった」


 二人の様子を見ていたロニクル、ティム、雪奈の三人は、よくは分からないが、取り敢えずどうにかなった雰囲気を感じ、喜んだ。


「はは……そっか、こいつらもか……やっぱり……悪夢……だぜ……」


 駿一の心は蘇った絶望で一瞬で打ちひしがれ、ショックからか、突然、気が遠くなった。

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